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創作怪談――創怪

蛇の目がお迎え……

作者: ユージーン


 引っ越した先はカラスの多い所だった。

 最初は普通の住宅街としか思わなかったのだが、気になりだすとやたらと目につく。


 すぐ目の前の地面に舞い降り、こちらを避けようともせず、踏んでしまうんじゃないかという距離まで来てから飛び上がる。

 そのまま手が届きそうなほど近くの塀の上に止まって、首を回したり傾けたりしながらじっとこちらを見ている。連中は眼が頭の側面にあるから、人間とは違って頭を横に向けたほうがよく見える。


 そんな事があってから、辺りを見回すと電柱のてっぺんはもちろん家の屋根や木の枝など、ともかく目に付きそうな場所にいて、まるで辺りを監視しているように感じられて寒気がした。

 カラスが好きということはないが、それでも今までこれほど不気味に思ったことはないから、やはりこの町はどこか少し変なのではないかという考えが浮かんで仕方がなかった。




 引っ越して1ヶ月ほどした頃だろうか。

『傘女』を見た。

 傘女というのは私が勝手につけたあだ名だ。


 私の仕事は基本的に年中無休なため、休みはローテーション制で平日に当たることが多い。

 閑散とした平日の昼間に出歩いていると、まるでどこか違う次元に存在する町に紛れ込んでしまったような不思議な感じがする。それが好きで人の少ない時間に近場を散歩したりしていた。


 傘女は晴れているのに傘を差して歩いていた。

 日傘ならそれほど珍しいということはないが、和傘に赤みを帯びた黒に近いドレスを着ているのはさすがに目立つ。

 しかもカラスを連れて歩いている。

 実際のところは不明だが、ともかく数羽があとに続くように地面を跳びはね、あたりをバサバサと飛び回る。

 カラスは頭のいい鳥で、育て方によっては人間によく懐くという話を聞いたことがあったので、もしかすると飼い主なのかもしれないと思った。

 雛の頃から数羽を育てて繁殖させたのかもしれない、と。


 それから散歩中に何度か見かけた。

 いつも昼の住宅街には場違いなレースの飾りのついたドレスを着て、なぜかそれにはそぐわない和傘を持ち、たくさんのカラスを連れていた。

 見かけるうち、私を見ると会釈をしてくるようになった。

 理由はわからなかったが、最初に会釈を返したことで、なんとなく親近感を持たれたのかもしれない。

 おかしな人と関わりを持つのは良くないかとも思ったが、会釈を無視して怒らせる事になれば、さらに面倒なことになるかもしれない。




 いつものように散歩をしていた。


 バシッ!


 大きな音に驚いて振り返ると、ゴミ集積場の側に傘女が立っていて、閉じた傘を振り回していた。

 鬼気迫るという感じで周囲を薙ぎ払う。

 足元には黒い羽が飛び散っていた。

 周囲をカラスが飛び回っていた。

 鳴きもせず、地面をぴょんぴょんと跳びはねたり、飛び上がっては鋭く急降下して威嚇する。

 時間が経つごとにカラスは増えてくる。

 2、3度カラスをぶん殴るのに成功すると、振り回すのをやめて傘を広げて歩き出した。

 なおもカラスたちは襲いかかろうと必死だったが、広げた傘を恐れているのか一定の距離からは近付こうとしなかった。

 傘女が道を曲がって姿を消すまで私は立ち止まったままだった。

 ゴミ集積場には2羽のカラスが血を吐き、時々翼をバタバタさせながらもがいていた。体はひどく変形していて命が失われるのを待つだけのようだった。


 おかしな物を見てしまったとは思ったが何かができるわけでもなく、ともかく散歩を続けてアパートの部屋に帰った。

 カラスは傘女のペットなどではなく、お互いに相手を憎み合い、報復するために付け回していた。

 そんな事があるのだろうかとは思ったが、見たままを解釈すれば他に考えようがない。




 引っ越してから半年ほどした頃。

 夜勤だったので空が暗いうちにゴミ出しを終わらせて寝るつもりだった。

 夜空はまだ明るくなっておらず寒い。黒く光るアパートの外階段を白い息を吐きながら足を滑らせないようにそろそろと降りていくと、駐車場の隅に設置されたコンテナ型の集積場が街灯に照らされていた。

 いつもとは様子が違っていた。

 近づいていくと、赤黒い液体が表面を覆っていて、あちこちに手形や指で付けたような平行な細い筋が残っている。

 コンテナの下に力づくで押し込もうとしたのか、半分はみ出たぼろぼろの和傘が落ちていた。

 あの傘女の傘だったと思う。たぶん。


 ゴミを詰めた袋を持ったまま玄関に立っている自分に気がついた。

 自分は何も見ていない。

 ただゴミコンテナが汚れていただけだ。

 けれどゴミ袋を持って立っていた自分を誰か見ていた人がいたかもしれない。

 時間が時間だけに何かの疑いがかかっても困る。

 警察に通報した結果、ただの悪質な冗談だったとしても、それはそれで仕方ない。

 部屋のテーブルに置いてあるスマホを取ろうと靴を脱いだ時、ドアをノックされた。

 小さな硬い音だった。

 驚いて身動きできずにいるとまた聞こえる。

 小さな音がドアの下の方から聞こえる。

 すぐにバサバサと羽の音もする。

 後ずさるようにして部屋に戻ると、今度は窓の方からも羽音が――それも複数らしくいくつもの音が重なって聞こえる。

 黒い翼の警告のような気がして電話をするのを諦めて朝になるのをひたすら待った。




 昼になる前、インターホンが鳴り、ドアがノックされた。

 警察官だった。

 変に隠し事をするのは事態を悪くすると思い、昨夜というか早朝というかに見た事を正直に話した。

 その後に起きたことまでは話さなかったが。

「傘がコンテナの外に落ちてたんですか?」

 と何度も聞き返し、部屋を出た時間を確かめてから戻っていた。

 玄関のすぐ外に黒い羽がたくさん落ちていた。


 数日後、今度は私服の警官がやってきた。

 ボサボサ頭でヨレヨレのコートを着て――ということはなく、紺色の野球帽を被り防寒着の上にポケットのいっぱい付いた釣り用のベストを羽織ったラフな感じの人と、分厚いセーターで着ぶくれしたせいでスーツのジャケットが着られなくなったらしい人の二人組で、警察手帳を見せてもらい身分証明書を確認すると確かに警察の人だった。

 やはり傘の話と時間のことを確かめられた。

 なかなかはっきりしたことを言わなかったし、それは職務上、当然のことと思う。それでもしばらく話をすると何があったのか教えてくれた。

 ゴミ集積場のコンテナの中で女性の遺体が見つかったが、周りの手形や指紋、靴跡などすべて女性のもので、状況的に誰かがいたら痕跡が残らないのはありえないので、考えられるのは怪我をした女性が自分からコンテナに入った後に死んだのではないかという事だった。

 ただ傘が彼女の体の下から見つかっているので、そこだけがどうしても辻褄があわない。

 そもそもなぜ私が傘があるのを知っていたのか。

 ひとつ考えられるのは、私が部屋に戻った後に女性がコンテナを出て傘を持ち、もう一度コンテナの中に戻った、というものだ。

 それを聞いて私はキッチンに駆け寄って胃の中身を吐き出した。

 朝食を食べていなかったので酸っぱくて黄色い透明な液体が流しに広がった。

 警官たちはそれを見て複雑な表情をし、なにか思い当たることがあったら連絡してほしいと言い残して帰っていった。




 それからずっと考えていた。

 あの時、私の眼の前のコンテナの中に瀕死の傘女が息を殺して隠れていたのか。

 あるいは自分のすぐ背後に黒い翼の仲間である何者かが隠れていて、私が立ち去ってからなんの痕跡も残さないような現実には不可能な方法で傘をコンテナの中に入れたのか。

 ただの見間違い、思い違いだったのか。


 けれどすぐにその悩みも消し飛んだ。

 また傘女が現れたから。

 同じ和傘を持ち、ドレスを着て、カラスを従えている。

 化粧も髪型もそっくりだったが、じっくり見ると別の女性らしかった。

 会釈もしてこない。

 それを見て職場を挟んだ反対側の町に引っ越すことを決めた。




 引っ越しの日。

 トラックを見送った後に手伝ってくれた同僚の車に乗せてもらって引越し先に向かった。

 日程が立て込んでしまい、出発する頃には日が傾いて空がオレンジ色になっていた。

 しばらく行くと、学校なのか、あるいはその他の公共施設のものか、広い運動場の横を通っていた。

 赤信号で止まる。

 ふとグラウンドを見ると、あの傘があった。

 それもたくさんの傘がまるで花畑のように並んでいる。

 隣接する3階建てのコンクリートの建物や敷地を取り囲む高いフェンスにカラスがびっしりと止まり、傘を睨みつけているようだった。

 傘が徐々に動いてこちらを振り向きそうになった時、信号が青に変わって車が動き出した。

 グラウンドがどうなっているのか振り返って確かめる勇気はなかった。




 後日、あの和傘は蛇の目傘とわかった。

 名前だけは「雨雨 降れ降れ」の童謡で知っていたが、具体的にどういうものかは気にしたことがなかった。

 傘を開いて上から見ると、中央の部分に紺色や赤、黒などの丸い部分があり、その外側に白い帯状の輪が囲んでいて、さらに外側にも中央と同じように色がついていて同心円状の模様になっている。

 それがまるで眼のように見えることから蛇の目と呼ばれた。

 眼には古来から魔を避ける力があるとされている。

 大きな黒い鳥を見て何の疑問も持たずにカラスと思ったけれど、果たして私が見ていたのは本当にカラスだったのだろうか。

 あの蛇の目傘の人たちは何をしていたのだろうか。


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