第3話
1度しか出会ったことのない女性のことが、達也は忘れることができなかった。仕事には支障はないが、暇さえあればその女性のことを考えるほど。女性に会うために朝の電車は絶対に変えず、帰りの電車は1本ずつ時間を変えた。しかしあの日から2ヶ月経ったが、まだ出会えていない。達也は今日出会えなかったら、諦めようと決めた。ここ2ヶ月の間、名前も知らない女性のおかげでつまらない毎日も楽しめたからと。
「…あ」
今日もダメだったと思いながら電車を待っていると、横にある階段からあの女性が降りてきた。これも運命だと思い、達也は女性の後を追い同じ車両に乗ることにした。まだ声をかける勇気は無い。このつまらない毎日を楽しませてくれる小さな幸せと思い、女性を目で追うだけ。そしてたまたま女性が座ろうとしている席の隣が空いていたので、そこに腰を下ろす。
隣にあの女性が座っているだけで幸せだと思った達也は、何もアクションを起こさなかった。気がついたら降りる駅だったらしく、女性は立ち上がった。その駅は達也の降りる駅の2駅前だった。
女性の最寄駅がわかったので、次の日から達也は朝早くから出社時間ギリギリまでその駅で待つことにした。1週間待っていると女性は、もともと達也が乗っていた電車より2本前の電車に乗っていることが分かった。それも10両目。あの日は偶然、あの電車に乗っていたらしい。だから達也は、同じ電車で同じ車両に乗ることにした。