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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第一章 越境
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1-8 変化した日常

 真一がホームで御幸から話を聞いてから四日が過ぎ、鬼に襲われてから丁度一週間が経った。

 あの日から行方が分からなくなっている榊原紅子は、当然ずっと学校を休んでおり、先週末から警察による捜査は始まっていたが、進展している様子は無い。

 今ではクラスだけでなく、学校中に紅子の失踪が知れ渡っていた。それと同時に、紅子が最後に一緒に居たのが、真一である事も瞬く間に噂となって広がり、露骨に避けられ、以前より一層孤立する事となった。

 情報源は警察から聞き取りを受けた、あの日一緒に学校に残っていたクラスメイトや教師あたりだろう。

 

 普通、ただの行方不明者に警察は即応したりしない。

 この日本では、確認されているだけで年間八万人程の人間が行方不明となり、その内、約九十パーセントが自発的な失踪というデータがある。警察だって暇ではない。明確に事件性が確認されない場合、積極的に動かないのはある程度、仕方がない事なのかもしれない。

 しかし、今回の失踪発覚の原因は、血まみれで倒れていた真一だ。警察が事件性を感じて捜査を始めるには十分な状況と言える。


 警察の捜査によって、真一の制服を真っ赤に染めた血は、真一自身のものであると証明され、真一が紅子に危害を加えたという可能性は下方修正された。しかし、今度はなぜそれ程の流血をしたのか等、犯罪に巻き込まれて黙っているのでは、と疑われるはめになった。結局、その量は問題だが、自分自身の血で汚れた服を着ていたからといって、何度も取り調べるわけにもいかず、真一が警察から呼び出されることは無くなった。


 真一自身、紅子の事は心配していたので、極力警察の捜査には協力するようにしていただけなのだが、紅子と最後に一緒に居た事、他の人より多く警察から話を聞かれる機会があった事から、学校での立場は最悪と言っていい物になってしまった。


 事件性に疑いが生まれた為、一通り聞き取りが行われた後は、学校関係者が警察から話を聞かれる機会は無かったのだが、一度貼られたレッテルはそうそう覆る事は無い。

 一応、警察に協力しているだけで真一が犯人というわけではない、と教師などは警察から聞いているようだったが、逮捕されるまではどんなに疑わしくとも犯人として扱わないなんて事は常識で、結局、警察のいう事を建前以上に捉えている人間は教師も含めて稀だ。

 初期情報以降、続報の入って来ない状況が続き、瞬く間に噂だけが尾ひれ背びれを生やしてエスカレートしていった。


 そんな真一にとって居心地の悪い学校生活の中、もう一つ大きな変化があった。


 その変化を起こした張本人は現在、真一の目の前で色とりどりのおかずが綺麗に詰められた弁当箱をつついている。


「あによ。ほんなに、見たって、あげないわよ」


 弁当を真一から遠ざけた上、行儀悪く口に詰めたおかずを咀嚼し、飲み込みながら言うのは見た目だけ美少女、カレンだった。


「別に狙ってねぇよ」


 真一は今朝、コンビニで買った総菜パンをもそもそと食べながら突っ込む。


「毎日、コンビニのパンじゃ味気無いんじゃない?」

「いや、コンビニのパンも美味いですよ」

「でも、こう毎日だと栄養が偏るでしょ?」

「一人分の弁当なんて面倒で作ってられないですし、これで十分ですよ」

「不精ね」


 カレンと同じ内容の弁当をつつきながら、御幸が呆れた声をだす。


 三日ほど前から真一はカレン、御幸の二人と一緒に豊ヶ原高校にある文化人類研究会の部室で昼食を共にしている。


 なぜこんな事になったのか。

 それは真一が学校内で居場所を失った事が原因だった。


 クラスでは勿論、校内の何処に居ても真一は注目の的で、周囲はひそひそと噂話で溢れており、昼食も落ち着いて取れない状況になってしまっていた。

 そして、人目を避け、閉鎖されている屋上に続く階段で、食事を取ろうとしていた真一の前に突然、豊ヶ原高校の制服を着たカレンが現れたのだ。


「アンタ、何でこんな所でご飯食べてんのよ!」


 まさかカレンが同じ高校に通っていたとは思っていなかった為、驚きつつ、しどろもどろに現状を説明する真一に対して、カレンは同情するでもなく、不機嫌そうに鼻を鳴らして言い放つ。


「バッカじゃなの! アンタに疚しい事が無いなら堂々としてなさい! その榊原ってのが見つからない限り、言いたい奴はアンタが何してたって言いたい事言うのよ。それならコソコソするだけ損よ!」


 そして、呆気に取られる真一に有無を言わさず、文化人類研究会の部室まで連れて行った。

 部室にはお茶を入れて昼食の準備をしていた御幸がおり、御幸の事をもっと年上だと思っていた真一は、彼女が高校生で、しかも同じ学校の三年生だったと知り、二重に驚いた。


 驚いたのは御幸も同じで、真一が学校中で噂の的になっている事は知っていたが、まさか隠れて昼食を取らなければいけない程の状況とは思っていなかったのだ。事情を聴いた御幸は真一を快く部室に迎え入れ、その日から三人で昼食をとるようになった。


 長い昼休みに落ち着ける場所を得たおかげで、学校生活における真一のストレスは随分とマシになった。

 そうでなければきっと近い将来、学校に来られなくなっていたはずだ。


「高坂君は一人暮らしだったわよね。昼は知っているけど、朝夕はどうしてるの? まさか、三食コンビニで済ませてたりしないでしょうね」

「まさか。そんな無駄遣い出来る程、余裕のある生活してませんよ。時間が無いとレトルトに頼っちゃいますけど、基本的に自炊を心がけてますよ」

「コンビニご飯と余裕ある生活が結びつかないけど、家ではちゃんと食べているなら良かったわ。でも、その年で自炊は大変でしょ?」

「その年でって、御幸さんだって二つしか違わないじゃないですか」


 真一は御幸の物言いについて、やっぱりずっと年上の女性を連想させるな、と思ったが、言葉では逆の事を言う。真一は処世術として女性と年齢関係の話をする時は、相手を若く感じている、と思わせる言い回しをするように気を付けているのだ。


「それに、御幸さんも親元離れて暮らしてるって言ってたじゃないですか。男女の違いはありますけど、毎日ちゃんとしたお弁当用意して、御幸さんの方が凄いですよ」


 昼食時の雑談でお互いの状況についてもある程度話しており、真一が一人暮らしをしている事情も、御幸が親元を離れてホームに住んでいる事も、カレンが同じマンションの別の部屋に住んでいるが、ほとんどホームに入り浸って部屋には寝る為に帰るだけの状態である事も、既に話題に上っており、全員が知っていた。

 その生活環境なのだから、カレンが二人分の弁当を作るとは思えず、二人が毎日食べているお弁当は御幸が作っているとばかり思っていたのだ。


「あははは! 御幸が料理なんて出来るはずないじゃない。こう見えてもお嬢様育ちなんだから、家事なんて一切やった事ないわよ」

「え?」

「カ、カレン!」

「何よ? 本当の事でしょ?」

「私だって、人並みに出来るわよ。料理だって、掃除洗濯だって」

「料理は学校の調理実習でやっただけ、掃除は自分の部屋しかやらない、洗濯なんて洗濯機に入れてスイッチ入れる位しか出来ないでしょ? そんなのは家事が出来るなんて言わないのよ。家事はその場だけ出来ればいいんじゃないの。家事が出来るっていうのは、毎日やって初めて言える事よ。家事なめんじゃないわよ」


 御幸はカレンに言い負かされて、悔しそうに黙った。

 しかし、立派な事を言っているが、カレン自身はどうなのだろう。


「ええっと、じゃあ、そのお弁当はカレンが?」

「アンタ、アタシが料理をするように見えんの?」

「全く見えん」

「喧嘩売ってんの? でも、当たり。この弁当は梓さんが作ってくれてんのよ」

「梓さん?」


 突然出て来た知らない人の名に真一が聞き返すと、カレンに言い負かされ、沈んでいた御幸が説明してくれる。


「私達が子供の頃からお世話になってる、姉みたいな人よ。私が本家を出て一人暮らしを始める時に一緒に来てくれて、今はホームで一緒に住んでるの。それで、家事一切はその人がしてくれてるのよ」

「そうだったんですか」


 カレンがお嬢様育ちと言っていたから、真一はお手伝いさんみたいな人を想像する。


「私も家事を覚えた方がいいとは思っているのだけど、つい甘えてしまうのよ。やっぱり一人暮らしって大変なの?」

「まあ、家事って細々した事が多いですけど、やってると意外に時間かかりますから、慣れるまでは大変でしたよ」

「じゃあ、今はもう慣れたの?」

「ぼちぼちです。俺ってこっちに越してきて、一ヶ月経ってないじゃないですか。で、今はこんな状態ですから、放課後に遊ぶような友達も居ないし、時間だけはあるんですよ」


 真一はなるべく暗くならないように努めて軽く言う。


「アンタ、寄り道とかしたりしないの?」

「うーん、帰りにスーパーとかドラックストアに寄ったりはするけど、他は土地勘ないからなぁ。それに、スーパーで買い物しちゃうと生ものとか心配だし、すぐ帰るようにしてる」

「うわ、それってほとんど家と学校の往復だけって事? 寂しいヤツね」

「放っとけ!」


 真一はカレンの辛辣なコメントに半笑いで答える。こういった場合、カレンの細かい事を気にしない性格はありがたい。


 三人で昼食を取るようになってまだ三日だが、真一は御幸とは勿論、カレンとも随分打ち解けた。

 真一もそうだったが、カレンは誤解され易く、初対面の印象は良くない。ただ、ある程度付き合うと気づく事だが、カレンは口が悪い上に思った事がすぐに口に出てしまうだけで、基本的に悪意は無い。裏表のないその性格は、慣れてしまえば思ったより付き合い易い。


 その後も三人は昼休み一杯まで部室で談笑し、リフレッシュして午後の授業に臨むのだった。

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