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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第一章 越境
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1-7 越境者

第一章の説明部分は今回で最後になります。

次回からは話が動きますので、もう少しお付き合いください。

 真一が自分の記憶に自信が持てない原因である消えた傷について、御幸は苦笑交じりに理由を知っていると、証拠もあると言うのだ。


「証拠? 証拠って何ですか? 俺が聞いても理解出来る理由なんですか?」


 今まで御幸がしてくれた説明では、それが正しいのかどうか判断できる材料が足りない上、現実離れし過ぎていて、真一には理解しきれなかった。では、今度の証拠は真一にとっても証拠となり得るのか、その思いが言葉として出た。

 そんな真一の物言いが気に障ったのか、再びカレンが口を開こうとするが、事前に予想していたのか、御幸が手で制して返事を返す。

 

「大丈夫よ。これに関しては、一目瞭然だもの」


 御幸は自信たっぷりにそう言うと、真一に向かって人差し指を差した。

 指さされた真一はきょとんとして、御幸の細くしなやかな指先を見る。それを御幸は面白そうに見て、呆れ顔のカレンから受け取った手鏡を開き、鏡面を真一に向ける。


「? あの―――」

「アイスノン外してみて」

「はい。……外しましたけど?」


 御幸の持つ手鏡には困惑顔の真一が映っているだけで、特に変わった所は無い。


「ホンっトに鈍い奴ね! アンタ」

「はぁ? じゃあ、お前はわかんのかよ? ああ、お前は御幸さんの仲間だもんな。事前に聞いて知ってるってわけだ」

「バッカじゃないの? 聞いてないわよ、そんなどうでもいい事。それに、御幸が何を言いたいかなんて、一目瞭然じゃない」

「なっ」


 煽っているわけでは無いようで、カレンは机に頬杖を突いて呆れ声で言う。


「あんた、何で頬冷やしてたのよ?」

「そりゃ、お前が―――って、腫れて無い。結構、痛かったのに、殴られた傷ってこんなに早く、腫れが引くもんか?」

「んな訳ないでしょ! このアタシが全力でぶん殴ったのよ? 普通だったら、奥歯が折れてたって不思議じゃないんだから。どんどん腫れて行って、明日になったらパンパンに赤黒く腫れ上がってなきゃおかしいのよ!」

「だよな。……って、お前が自慢げに言うかよ! それも被害者である俺に!」

「はいはい。それくらいにして、本題に戻るわよ。―――それで、理解してもらえたかしら?」


 再び、真一とカレンの間に入り、御幸が話を戻す。


「えっと、傷の治りが早すぎるって事ですか?」

「ええ。君は昔からそういう体質だったりするの?」


 先ほどの真一とカレンのやり取りで分かっていた話だが、一応、確認として真一に問う。


「いや、特にそういう事はありませんでした。これって―――」

「ええ。これが制服に血が残っていたのに、傷が無くなった理由よ。―――つまり、君は短時間で死にかけの傷すら治癒してしまう力を持った越境者になった、という事ね」


 良かったわね、と御幸は言うが、ここでまた越境者が出て来た。


「『治癒してしまう力を持った越境者』って、何ですか? 越境者ってそんな超能力者みたいな奴だったんですか?」

「ええ。越境者はみんな力を持っているわ。そうでなければ鬼に対抗する事なんて出来ないもの」


 御幸はごく当たり前の事を言っているような調子だが、真一にとってはここで聞いた話の大半が当然ではない事ばかりだった。


「これが私の言う『証拠』だけど、これだけはっきり結果が見えると、納得出来るでしょ?」

「確かに傷の治りが早くなっているのは理解しましたけど、越境者とか能力とかそういった話はまだちょっと……」


 確かに怪我の治りが早いのは確かだが、それだけで今までの話を全部信じる事が出来ず、真一は言葉を濁す。

 そんな真一の反応に、御幸は苦笑いをするだけだったが、横で聞いていたカレンはそれで済ませられなかった。


「アンタ、ほんッとにグダグダうるさい愚図野郎ね! 何が不満なのよ。アンタは鬼に襲われて、傷の治りが早い越境者になった。これだけ丁寧に御幸が説明してやってるのに、文句ばっかり言って」


 元々、気が短い性格で考えるより感じるタイプのカレンにとって、今までのやり取りが全部まどろっこしくて仕方ない。証拠と言うならもう一度、鬼に遇わせてやればいいし、そもそも信じられないならグダグダ言わずにさっさと帰ればいいと思っていた。


「いや、別に文句ってわけじゃ―――」

「文句でしょ? 証拠、証拠ってバカの一つ覚えみたいに言って。―――ちょっと考えればバカでもわかるわよ。いい? 人間の女が人の喉笛食い千切れるわけないじゃない。だから、あれは鬼! 住宅街にあんな連中が大量にいたら誰も気づかないわけないじゃない。だから、あの時アンタは真夜の中に居た! 最後に、頸動脈ごと喉を食い破られたら、人間はすぐに失血死よ。それがこうして生きてるんだから、アンタは力を手に入れた。で、真夜を越えてちゃんと今ここに居る。それを越境者って言うのよ! どうよ? まだ何かある?」

「あ、ありません」

「ふん! 初めっからそう言ってればいいのよ!」


 真一はカレンの勢いに押し切られて、つい返事をしてしまい、慌てて訂正しようとするが―――


「これ以上、グダグダ言うなら、ロボにお願いして同じように喉笛食い千切って確かめさせてやるところだったわ」


 ―――黙っている事にした。

 本当に命がけの実験を実施するかは分からないが、『ひょっとしたら』と思わせるだけの説得力がカレンにはあった。

 それに、よくよく考えれば、真一にとって大事なのは第一に、自分の記憶が確かどうかという事であって、それ以外、ほとんどの事については御幸の言う事が嘘だろうがどうでもいいのだ。

 それに、あまりに話が突飛過ぎて簡単に信じる事は出来ないが、人を騙そうとするのであれば、もっと信じられる嘘をつくだろう。

 あとは短い間のやりとりでの判断でしかないが、御幸は悪意で人を騙すような人間には見えず、カレンはそもそも感情に素直過ぎて、嘘をついたり出来ないと思った。


「一応、私からの説明は以上よ。全部、納得出来たとは思わないけれど、現状で君に教えてあげられる事はここまでになるわ」


 御幸が説明の終了を告げるが、その言い方は今話した事が全てで無い事を示すものでもあった。

 しかし、一番確認したかった事には結論が出たし、ここまでの話で納得出来ない要素はファンタジーに属する事で、それはいくら言葉で説明されたところで本当に納得する事は出来ないのだから、聞いても仕方がない。

 ただ、真一にとって『どうでもいいほとんどの事』に含まれず、ここまで話題に上がっていない事が一つある。話を終わるのはそれを確認してからだ。


「あの、あと一つだけ聞きたい事があるんですが?」

「何かしら?」

「最初に話した通り、俺があの公園に居たのは、近くの自動販売機に飲み物を買いに行ったクラスメイトを待っていたからなんです。それで、そのクラスメイトが今、行方不明になっているんです。彼女の行方に心当たりは無いでしょうか?」


 そう。紅子はあの夜から行方不明なのだ。

 考えたくないが、もし、紅子が真一と同じように、真夜に引きずり込まれていたとしたら……。


 御幸はカレンに視線を向ける。


「真夜はあの公園全体を包んでいたけど、それより外には広がっていなかったわ。それに、あの場にあんた以外の人間は死体も含めて居なかった。私が保証するわよ」

「そう、か。ありがとう」


 カレンは淡々と答えたが、真一にお礼を言われると顔を顰めて、何時ものように「フン!」と息を吐いてそっぽを向いた。


 結局、紅子については何も分からなかったが、あの場に居なかった事だけは保証された。で、あれば後は警察の仕事だ。

 心配は心配だが、あの場に死体があった等と言われるよりはずっとマシだ。


「他に何か聞き残してる事とかは無い?」

「はい。考えても分からない事ばかりですが、結局、俺が知りたかったのは、自分の記憶が正しいかどうかと、クラスメイトの行方だけで、それについては十分納得しました」

「そう」

「アンタ、変な事気にすんのね。自分の記憶なんだから、信じるも信じないもないじゃない」


(普通、死にかけてから短時間で無傷になってたら、夢か妄想かと思うわ)


 実践して確かめさせられたら堪らないので、真一はそれを口には出さず、反論は心の中だけに留めておいた。


「じゃあ、説明が終わった所で、今度は私達から一つ提案があるのだけど、聞いてもらえるかしら?」

「提案ですか? 取りあえず聞いてから返事で良ければ」

「ええ。十分よ」


 御幸は咳払いを一つして、提案を口にする。


「単刀直入に言うわね。―――真一君。私達の仲間になって、一緒に鬼と戦って貰えないかしら?」


 漫画や小説ではよくある場面だが、一度死にかけている真一は王道展開に心が躍ったりはしなかった。


「私とカレンは古くから鬼退治を生業にしている家の出身で、私たちも鬼退治をしているの。それで、君みたいに新しく越境者になった人を保護した場合、スカウトする事になっているの。これは今の君がそうであるように、突然、常識外の事態に遭遇した人を助ける意味が強いから、別に強制ではないし、仲間にならなくても、力の事とかで困った事があれば相談には乗るわ。一応、真夜以外で力はそれほど強力な効果が現れないから、日常生活で困る事は少ないと思うけどね」


 戦うという単語の強烈な印象をなるべく柔らかくする為か、真剣でありながら、御幸の口調は何でも無い事のように軽い。


「もし、私たちの仲間になってくれるようなら、鬼や力の事とか色々、もっと詳しく教えてあげられるし、今回納得しきれなかった事も、理解出来る様になると思うわ。―――どうかしら?」


 確かに、御幸の話で納得出来ない事は多い。ただ、真一が本当に気になっていた事については決着がついている。鬼の存在が本当だとしても、真一に英雄願望は無い。一度に家族を失い、つい先日は自分自身も死にかけた真一は、理不尽な死が思うよりずっと身近なものである事を理解している。

 だから、真一は御幸の提案に首を横に振った。


「すみません。俺には務まりそうもありません」

「そう」


 御幸は断られたにも関わらず、少し安心したように微笑んだ。

 カレンは、と言うと、提案については全く興味が無いのか、真一が断っても一切反応しなかった。

 そして、これでお互い必要な事を話し終えた事になり、真一は暇を告げる。


「真一君。必要ないかもしれないけど、最後に一つ君にアドバイスをしておくわ」


 玄関まで見送りに出た御幸はそういって、真一を呼び止めた。


「君を襲った鬼なんだけど、あの日、私たちは倒しきれなかったの。また君が襲われる可能性は低いと思うけれど、もし月が蒼く染まったら、気をつけて。それが真夜に入った証拠だから」

「月ですか?」

「そうよ。真夜の月は蒼いの。あと、普通は獲物に違和感を感じさせない為に真夜は夜に現れるけど、別に昼間に真夜に引きずり込めないわけじゃないの。夜でもないのに急に夜になったら、そこは真夜よ。もしそうなったら、すぐにその場を離れなさい。越境者になった君なら真夜の範囲を出れば、問題なく現世に戻れるから。たとえその場で誰か他の人を見つけても、助けようなんてせず、自分の事だけ考えて逃げるの。越境者だからって全員が鬼と戦闘して勝てるわけじゃないのだから。絶対よ」


 可能性が低いと言いながら、御幸の眉は心配げに下がっている。


「俺は一度死にかけてるんですから、そんな事しませんよ」

「そう? ならいいわ」


 真一は頭を下げ、玄関のドアを開ける。


「さっきも言った通り、仲間にならなくても、困ったことがあれば気軽に相談してね」

「はい。色々、ありがとうございました」


 外に出ると、御幸のアドバイスに従い、月が白い事を確認すると、真一は家路を急いだ。

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