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い らいらする

 ほの暗い部屋で、テレビの画面だけが白白と明るい。

 史絵は、爪を噛みながらそれを眺めていた。

 十九時。まだ早いのかやっていない。

 二十時。この時間、ニュースをやっている局はない。いらいらと爪を噛む。噛み千切った爪の先から、じわりと痛みがわくが、気にもとめずに次の爪を噛み始める。

 二十一時。ようやくNHKでニュースが始まる。外国情勢、交通事故、殺人。

 二十二時。二十三時。各局の報道番組をチャネルを変えながら、眺める。

 どの局も史絵の待つニュースを報じていない。

 おかしい。どうしてニュースになっていないのだろう。

 だって、さっき私は、人を殺したのに。

 あばれる花菜の胸に落ちていたキッチンばさみをつきたてて、泣くこどもの顔を首が曲がるほどふとんにおしつけた。

 動かなくなった二人を前に呆然としていたら、外から妙な叫び声がして、あわてて履きだし窓から逃げ帰ってきたのだ。

 噛む爪が指先になくて、史絵は親指の関節を噛んだ。血の味がする。

 日付が変わった。もうニュースはやっていない。バラエティ、アニメ、ドキュメンタリー。チャンネルを変えても、興味のないものばかりだ。

 テレビを消して、ラグの上に丸まって目をつぶる。

 異臭がした。生ごみ、洗濯物、腐ったなにか。

 ごりごりと親指の付け根を噛みながら、史絵は暗い目で床をにらむ。うっすらと埃をかぶった傷だらけの安っぽい合板。

 花菜の家のフローリングは、真新しいチョコレート色だった。淡いペールピンクのシステムキッチンに、アップルグリーンの冷蔵庫。

 花菜は、高校時代よりいくぶんふっくらとしていた。

 リビングにしいた布団の上の娘は、ぬいぐるみをだいて絵本を見ていた。

 東欧風のしゃれたカップで揺れる香りのいいコーヒー。

 キッチンカウンタ―の上にセンスよく飾られたかわいい雑貨と、ハーブの鉢植え。

 そして、たくさんのフォトフレーム。結婚式。赤ちゃんを抱いた二人。七五三。動物園でのひとコマ。はじけるような笑顔、笑顔、笑顔。

 家も人も、なにもかもが「私は倖せ」とうたっているようだった。

 倖せ。

 史絵も倖せになれるはずだった。

 彼の奥さんが会社に怒鳴りこんできて、会社をクビにされたけど。

 両親に、恥知らずだとののしられ縁を切られたけど。

 彼と結婚できた。いっしょにカフェをやろうと言ってくれた。

 史絵は喜んで、OL時代のとぼしい貯金も、もらえたわずかな退職金もすべて彼に渡した。

 なのに、彼は足りないと怒る。怒って口もきいてくれなくなる。

 だから、史絵はあちこちに頭をさげてお金をかき集めたのに、それでもまだ彼は怒っている。

 飲みに行ってくると言ってから、もう十二日も家に帰ってきてくれない。

 お金があれば、彼は前の優しい人になって、念願のカフェが開けて、史絵は倖せになれる。なれるはずだ。なれなければ、おかしい。

 アパートの廊下を歩く足音がした。彼のものではない。警察かもしれない。

 起き上がり、史絵は息を殺して玄関をにらんだが、足音は部屋の前を行きすぎた。別の部屋の住人が遅い帰宅をしただけだったようだ。

 史絵はまんじりともできずに、夜を明かした。

 四時からNHKで再びニュースが始まるが、やはり史絵の待つ報道はない。

 七時を過ぎたころ、史絵はいらだちと不安を抑えきれずにふらふらと立ち上がる。

 血のにじんだ右手にバッグを握り、昨日、逃げてきた家へと向かった。

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