くりとん
言った言わないの話って本当に嫌い
目が覚めた
顔をくすぐられるようなむずがゆい感触
目を開ける
黒い毛玉がある
毛玉が瞬きする
「ニァ」
猫だ。こちらを見ている
金色の目に自分の顔が見えた
猫が首をかしげる
鼻をひくつかせこちらの鼻を嗅いでいる
見慣れない生き物を観察しているような感じだ
起き上がる
猫は身を翻してベッドから降り
出口へ向かう
途中
こちらを振り返りもう一鳴きした
ついて来いとでもいう風情だ
重い体を操って出口へ向かう
戸は少し開いていた
猫はそのままスルリと部屋の外へ
追いかける。
廊下を通り階段を下りる
広い場所に出た。
ソファーがある
リビングのようだ
また鳴き声
右奥のドアの前に黒猫がいた
行儀良く座ってこちらを見ている
開けろということだろうか?
ドアに向かい開ける
少し重い
ドアの向こうの床はタイルだった
厨房・・・?
黒猫は開く途中で体を滑り込ませ
一直線に歩いていく
誰かの足に擦り寄った
甘えた声を出す
「おう、おはようチビスケ
目ざといねぇお前は、ちょっとまってろよ」
あの大男だ。ヤンといったか
エプロンをしている
「あ?あぁお前が開けたのか。
こいつこのドアだけは重くて開けられねえんだよ」
ほかのドアは開けられるということだろうか
それで入ってこれたのか
ひょっとして昨日のあれも・・・?
思い出して少し気まずくなる
「腹減っただろうがもう少し待ってろ
座っとけ。そのうちみんな起きてくる」
初対面のときとは全く態度が違う
気さくな感じだった
言われたとおり
ソファーに座る。
所在無いのでテレビをつけた。
海外のニュース番組
日本語と英語が同時に流れる
「はよーっす」
振り返る
ゆったりとした服を着た恰幅のよい男がいた
昨日ミリタと紹介された男だ
「はやいねぇ、感心感心。新人はそうじゃなくっちゃね~」
そのまま横切り戸棚を開ける
コップを取り出し、冷蔵庫へ向かった
視線に気づいたのかこちらを見る
「牛乳飲む?」尋ねられる
「あ・・・はい、いただきます」
マグカップを差し出された。
受け取り、飲む
「みなのもの!おはようっ!!」
「・・・おはようございます」
2人の女性が入ってくる
自称姫とイン・・・リンと紹介された女性
二人ともミリタと違い、身なりが整っていた。
「あ、コラお前はそっちじゃないこっちじゃ
いかんぞ、目上のものを下座に座らせては
無粋なやつじゃのぉ親の顔が見たいわっ」
ずいぶんな物言いだ
少し眉間にしわを寄せるが
素直に言われた席に座りなおす
自称姫とリンも座った
「おーっし、そろったか
ちょうど出来たとこだ
おい新入り、配膳手伝え」
ヤンが顔を覗かせて明るく言う
言われたとおり手伝いに向かう。
宅に料理が並んだ。
ビジネスホテルのような洋食
焼いた食パン、目玉焼き、レタス、
ポテトサラダ、コーンスープに紅茶
長く一人暮らしの青年にとっては
かなり豪華な朝食だった
これをヤンが作ったのだろうか
驚いていると自称姫が満足げに口を開く
「どうだっ?なかなかだろう?
ヤンはすごいぞ!一流レストランで働いていたこともあるのだ」
ものすごいドヤ顔だった
昨晩のことを思い出し
なんとも言えない気分になるが
他人の色恋だ自分には関係ない、と思い直す
エプロンを外したヤンが席についた
「では唱和せよっ!いただきますっ!!」
「「「いただきます」」」
遅れて青年も従う
「・・・いただきます」
スープを口に運ぶ
うまっ・・・!?
食欲のスイッチが急に入り
普段とはまったく違うスピードで料理を口に運ぶ
そういえば昨日はまったく食べていない上に
ここ数日まともな食事をとっていなかった
ふと視線に気づいて顔を上げると
ヤンが頬杖をついて満足げな表情をしている
「・・・うまいです。」
ヤンは歯を見せて笑った。
自称姫は満足げなドヤ顔をし
ほかの2人も和らいだ表情をしていた。
朝食を終える
紅茶のおかわりが注がれる
リンがみんなの皿をまとめて厨房へ持っていった
自称姫が口を開く
「さて・・・では話をしようか」
青年は身を固くして自称姫を見る
「そう睨むな。
危害を加えるつもりはないし、
警察に引き渡すつもりもない。
お前を助けたのはこちらの都合じゃ」
自称姫は紅茶を口に運ぶ
ゆっくりとした優雅な動作だ。余裕を感じさせる。
「お前のやったこと。なかなか面白い
だがやりようが稚拙に過ぎる
あれでは自暴自棄と変わらん
手を貸してやろう。儂の傘下に加われ
貴様の本懐を遂げさせてやる
世直しがしたいのだろう?」
そういってわらう
青年は少女の話した内容を頭の中で吟味する
怪しすぎるしリスキーすぎる
仮に少女の話が本心だとしても
何のためにだ?目的がわからない
口を開く
「そんなことをしてアンタに何の得がある」
「頭は悪くないようじゃな。感心感心
なに、もちろん条件がある
警戒するのも当然じゃ
お前に提供できるのはその体のみ なのだから
こちらは衣食住、情報、装備、そして捜査のかく乱
どう考えても割に合わん
じゃから・・・」
「私の復讐に手を貸してもらう」
少女の顔が大きく歪む
笑んでいる。凄惨な笑みだった
こんな顔で笑う人間を見たことがない
眉間にしわを寄せ、口を裂けんばかりに開き
目は爛々としているのにまったく明るさを感じさせない
青年は気圧される
得体の知れない恐怖を感じた
しかし頭はフル回転している
復讐?警察を敵に回してまで?
自分に出来ることがあると?
「復讐?・・・の内容は?」
気圧されながらも口を開く
「それはまだ話さん。
こちらもお前をそこまで信用できんしな
死体の処分も隠蔽も面倒くさいこと この上ない」
さらっと言ったが断れば殺すということか?
「脅しじゃねえか」
「お前にとっても悪い話ではなかろう
もう一度言うが
衣食住、情報、装備、捜査のかく乱を提供してやる
ついでに鍛えてもやろう
手を貸せ。この国を蚕食するやっぱらを叩き潰せ
お前の怒りに手を貸してやる」
まっすぐ目を見て言われる
本気であることが伝わってくる
「・・・・・・出来るのか?」
「やるのだ
今ここで決めろ。時間はやれない」
無茶苦茶だ
なんなんだこの状況は
ここは日本じゃないのか
だが青年の胸中には
戸惑い以外の感情が芽吹いていた
自分の一部が歓喜の産声をあげている
熱度をもった黒い感情が
溶岩のような粘度をもって胸中を這う
指先に全く力は入らないのに
胸中に確かに感じる力強い情動
青年は息を大きく吐く
自分の人生に こんな判断を求められる瞬間が訪れるなんて思いもしなかった
でも、だがしかし
「わかった。手を貸す。よろしく頼みます」
「ヨシッ!」
少女は手を叩く。乾いた軽快な音がした。
「ではまあ契約の証としてな・・・」
少女は背に手を回す
大きく無骨なナイフを取り出した。
可憐な装いにまったく似合わない
驚いて椅子から立ち上がる
何をするつもりか
少女は椅子から立ちナイフを順手に持ち直す
空いた左手でスカートをたくしあげた
白い腿があらわになる
?
意味がわからず怪訝な顔をする
少女はそのままナイフで
自分の腿を切りつけた
「なっ・・・!?」
血が流れる
膝を通って すねを通って足の甲を通り
床に至った
意味がわからずその様を見る
少女が座って足を組む
「跪いて足を舐めろ」
言い放った
呆然とする
こいつ頭いかれてんじゃねえか
「早くせよ。血がもったいない」
血は止まっていない
流れ続けている
床にポツッポツッと血の染みができる
横で大きな音がした
血相を変えたリンが飛んできた
救急箱を持っている
ヤンとミリタは腕を組んで静かにこちらを見ている
少女・・・姫が口を開く
「真の証として跪いて足を舐めろ」
「ああ!もうっ!!」
青年は少女に近寄り
少女の前で膝立ちで座る
そのまま顔を近づけ舌を這わす
鉄の味がする
思ったよりも冷たかった