Mr.ふるすいんぐ
薄暗い部屋の中で
青年はパソコンに向かい
一心不乱に作業をしていた
目が血走り、息も荒い、
緊張ゆえだろうかキーを打つ打鍵音もいつもより大きい
収集した情報を選別する
IP上の住所と入力座標が近いもの、かつ関東近辺
プロフィールがおふざけでなく怨恨や怒りを感じるもの
複数回プレイされているもの
条件を絞り直しては再検索を繰り返す
暗い部屋にキー音と機械の駆動音だけが響く
ようやく満足のいく結果が得られたのか
青年は椅子の背もたれにもたれかかる
椅子の軋む音がした
青年は息を吐く
天井を見上げたまま動かない
何事かを逡巡しているらしい
しばらくして大きく息を吐き出し
そのままずるとすべり
だらしない格好で画面を見つめている
該当ターゲットは16名
情報の裏をとらなければならない
スーツ姿で支度をし、家を出る
仕事に向かうサラリーマンのようだ
途中コンビニに寄り
メモリースティックに写したデータを
プリントアウトする
目的の駅に着き、
近くの喫茶店で該当人物が通るのを待つ
本当に実在の人物なのか怪しいものなので
気長に待つ
コーヒーで粘る迷惑な客になるだろうが
仕方がない
3時間ほどたって
今日は空振りかと考え出したそのとき
目的の人物が現れた
手元の資料を見る
間違いない
急ぎ会計を済ませ
後をつける、該当人物は通勤途中らしく
オフィスビルに入っていく
情報の裏はとれた
そのときの青年の表情をどう形容すればよいのだろう
希望に満ちた というには邪悪にすぎ
苦悶に満ちた というには口の形が合わない
その日はそのまま帰路に着いた。
自室に戻った青年は
地図を見ながら いや、地図を睨みながら
なにごとか考えている
覚悟は
決まった
明日
決行する
始めれば
もう後戻りできない
翌日
青年は食事を準備したが、
嚥下するのにひどく難儀している様子だった
リクルートスーツを着込む
フリーマーケットで入手した
装備一式をリュックサックに入れる
金属バットの入ったクラブケースを持つ
朝8:00に家を出た
アパートの住人と軽く挨拶を交わし
外に出る
目的地についた
昨日とは別の喫茶店でターゲットを待つ
昨日とだいたい同じ時間にターゲットが通る
事前に計画したとおり青年は動き出す
後は時間との勝負だ
近くの公園にある林の中に入る
フリーマーケットで入手した装備に着替える
クラブケースのジッパーをおろし
中の金属バットを握る
すばやく身を躍らせ
目的の人物
エネミーネーム”援交おやじ”を補足
人通りのない路地に入ったところを
後ろから全力でぶったたく
何が起こったのかわからなかったのだろう
「なっ?!・・・ぎっ・・・あ・・つ」
言葉にならない声を上げる”援交おやじ”
大声を出せないように端切れを大量に口に突っ込む
しかるのち右足へ再びフルスイング
”援交おやじ”の顔が驚愕と恐怖で見開かれている
自分が襲われていることを認識したらしい
躊躇してはいけない。時間がないのだ
続けて左手、左足、右腕と順番に
力任せにぶったたく
鈍い音が数度、路地に響く
”援交おやじ”は芋虫のように体をくねらせ
なんとか逃げようとする
しかし目的はもう達成した
”援交おやじ”のかばんから財布と携帯を抜き取り
財布は札だけ抜いて携帯を操作する
そのとき後ろから女性の悲鳴がした。
予想の範囲内だ。119通報の必要はなくなった。
”援交おやじ”の携帯を投げ捨てダッシュする。
あらかじめ決めておいたルートを通って
公園に到着
スーツに着替え、
フリマで買ったボロはゴミ袋にいれ
ホームレスの住居に投げ入れた。
何食わぬ顔で目立つ伊達めがねをかけ
ゆっくりと駅へ向かう
パトカーか救急車か
サイレンの音がした
電車に乗って帰路につく
心臓がはやがねの用に脈打っている
自分がしでかしたことに脳が警鐘をならしている
足が震える、冷や汗が出る、熱いのか寒いのかわからない
「もしもし?」
声をかけられた
自分に向けられていると認識するまで
しばらくかかった
つとめて冷静に返事をする
「は いっ?」少し裏返った
声をかけたのは目の前の中年女性だった
温和そうな雰囲気が伝わってくる
「顔が真っ青ですけれど、お座りになりますか?」
涙が出そうになったがこらえた
「・・・はい、では・・・お言葉に甘えて・・・
ありがとう・・・ございます・・・」
「いいえ」
女性はにこりと微笑んで席を譲ってくれた。
ほんとうに久しぶりに人に優しくされた。
なぜ
なぜこのタイミングなのか
青年の胸中は喜怒哀楽がごちゃ混ぜにからみあって
もはやまともに考えを巡らすことができなかった。
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うちにかえってきた
帰ってこれてしまった。
てっきり途中で捕まるものと思っていたのに
テレビをつける
カロリーメイトを咥えた
どうせ食事なんて喉を通らないと思い事前に買っておいた
自分のニュースは少しだけ流れた
警察は強盗傷害事件として捜査を進める方針
「強盗傷害犯か・・・」
ニートのほうがマシだな
疲れからか
風呂に入るとすぐ寝てしまった。
眠れないと思っていたのに
夢を見た
大きな鬼瓦
いや火に包まれた鬼の顔が迫ってくる
自分は必死に逃げている
手足の感覚がおかしい
見ると子供のころに戻っていた
炎の色は青色 鬼は何がおかしいのか
高らかに笑っている
ひどく楽しそうに嗤っている
食われそうになるところで
目が覚めた