一限目 「派遣クラス」
ある雨の日の午後。勇者育成機関に存在する、ある一つのクラス、Sクラス。
今日もまた各々が自分勝手に自己鍛錬をしたり、エルロッドとベルルカが連れションにいったりする中、突然のノックが響き渡りました。
「失礼します」
圧倒的な強者ばかりの教室に敬語で入ってきたのはある一人の若者教官。教官にも関わらず生徒に対して敬語を使うのは一流の武芸者に対する尊敬や畏怖ではなく、相手の気分を損なえば死ぬ可能性が高いからです。
もちろん本当は相手が敬語だろうとそうでなかろうと、気に食わなければ殺しますが。
「今日はどうしたであるか?」
そんな中、比較的礼儀がわかっている方のバカ、アザトが訊ねます。
しかしアザトの巨体と威圧感に気圧されて後退りしてしまう若者教官。
「ひっ、こ、今回はですね…!?」
引きつった顔でどうにか報告しようとする若者教官を可哀想に思ったのか、不思議な念でも受信しているのかというようなミミックの少女、ヒスイがアザトと教官のあいだに割り込みました。
「怖かったね?怖かったんだよねー?大丈夫なのよん、ヒスイちゃんたち、あー、シキちゃんは違うけど、人間食べたりしないからねぇ?」
綺麗すぎて狂気すら纏う瞳が至近距離から覗き込んできてさらに後退る若者教官。
話にならないとばかりに溜息をつく着物幼女。始祖屍鬼、シキ・ヨイヤミです。
「のう、ヒスイ、それにアザトよ。其奴は此方達より遥かに弱いのじゃ。それを理解して接してやらねばならぬのだぞ?」
自分より年下に見える幼女に遥かに弱いなどと言われて少しイラッとした若者教官でしたが、シキの赤い目とちらりと覗いた牙を見て失神してしまいました。
「く、食われる…」という言葉を残して。
―――――
「全く、何してるんですか!」
「ほんとだよバカばっかりかよ」
タイミング悪くキジを撃ちに行っていた二人は若者教官の姿を見るなりキレ気味にそう言いました。
「てかハココお前、なんで助けてやらねぇんだ…」
「いつものこと。ベルルカがいなければ収拾がつかない」
さり気なくエルロッドにも戦力外通告をする無愛想系超古代魔導人形のハココ。
「…ま、まぁそうかもしれんけど…」
エルロッドは自分の口下手を思い返していましたが、ハココは機関内での魔人という評判から教官に恐れられるだろうという思考をしていました。
勿論エルロッドは気付きませんが。
「大丈夫ですか?カイ教官?」
ベルルカが優しく若者教官を起こすと、教官は頬を染めて起き上がりました。
「は、はい…大丈夫です」
「よかった。ご要件をお聞きしてもよろしいでしょうか? 」
ベルルカの優しげな口調に、教官は恐怖に代わってに申し訳なさを滲ませながら言います。
「実は…トゥーロの街近辺で魔物が異常発生していまして、Sクラスの方々を派遣するということに…」
「なるほど。まぁすることもないですし、行きますよ」
ベルルカが勝手に決めたように思えますが、Sクラスの面々はハココを除いて毎日毎日代わり映えのしない自己鍛錬ばかりで飽き飽きしています。
とはいえハココはめんどくさいなどという感情もありませんし、全員同意のうえでトゥーロ派遣が決定しました。
「感謝します…!」
カイ教官は引き受けてくれたこと以上に、生きて帰れることに感謝して帰っていきました。
――――
「ここがトゥーロの街であるか」
トゥーロの街の門を眺めながらアザトが呟きました。
「なんというか、飾り気のない街じゃのう」
辺鄙な場所にあるここトゥーロの、頑強な壁や堅牢な城壁に対してシキがそう評価しました。
そんなシキの言葉に対してハココが一言。
「ここは冒険者の街」
その言葉にアザトとシキが首を傾げます。
「なんじゃそれは」
「どういうことであるか…?」
どうも色々な街のことや世界の歴史について疎いように思える二人を見てベルルカが苦笑します。
「この街は昔から迷宮がありまして。普段から迷宮を攻略する冒険者達で賑わっているのです。飾り気がない、というのは冒険者気質だからでしょうね」
「なるほどのう」
ハココの言葉足らずを補足するベルルカを毎度毎度見ているエルロッドがハココに歩み寄りました。
「ハココの説明でわかるやつ、そうそういないんじゃないか?特にあいつらは…」
エルロッドがそう言ってもハココは疑問符を浮かべ、最低限の伝達、とだけ告げてベルルカ達のあとを追って無人の門をくぐって街に入っていきました。
エルロッドも嘆息しつつ、まぁいいか、と続きます。
「で、何これ?」
街に入るとそこは阿鼻叫喚の地獄絵図。
迷宮と思しき場所から次々に魔物が溢れだし、街を破壊しています。
たくさんの冒険者が訪れたり住み着いたりするうちにどんどん大きくなったトゥーロを埋め尽くす大量の魔物達。
「住民は退避済み、ってことでいいのかな」
「だからって油断は大敵なのやよ〜!」
戦闘態勢に入ったSクラスの
気配を察知して、万を軽く上回る魔物達がエルロッド達の方を一斉に睨みつけます。
「迷宮が暴走でもしたのでしょうか。要調査ですね」
散歩でもするかのような気軽さでハルバードを構えると、ベルルカが地面を蹴りました。
―――――
「終わんねえな」
「終わりませんね」
「終わらないのである」
「終わらぬのう」
「終わらないねぇ?」
「終了予測。…不可」
五分後。街に溢れでていた魔物の九割を殲滅したSクラスでしたが、そこからが減らないことに気付いてぼやいています。
「迷宮壊すか?」
「冒険者が何百年かけて攻略できないところを、ですか?悪くないですね」
エルロッドとベルルカがそういうや否や、アザト達もにやりと笑って賛成の意を示します。
「いっちょ行くか!」
「「「「おー!」」」」
――そうして、魔物の異常発生を抑えるためだけにSランク迷宮を攻略した六人組は遥か未来、作り話に過ぎないとは言われつつも語り継がれることになったのでした。
息抜きに徒然なるままに彼らの日常を綴ります。千歳衣木です。