毛布の王様
その国が暖かいと呼ばれるワケは…
昔々あるところに、とても寒くて冷たいことで有名な国がありました。
その国は四方八方を山に囲まれ、緑が芽吹くのはほんの一時期だけで、ほとんどの季節が雪に覆われた国でした。
国民の多くは地下にこしらえた家に住み、滅多なことでは外出しないため、内気で外交の少ない国だと言われていました。
その国の王様と王妃様には一人の息子がおりました。
間もなく14歳になろうかという王子様は、それはそれは寒がりで、一日中暖炉の側を離れずに、本を読んでばかりいました。
おしゃれ好きのため厚着をするのはカッコ悪いから嫌だ!と言い張り、薄手の瀟洒な衣服を好んで召されるのですが、なにぶん寒がりな御方のため、結局は上から何枚もの毛布をマントのように纏い、ずるずると引きずって歩くという、なんとも不思議で不格好な姿であるにも関わらず、それに満足して自由気ままに日々を過ごしておられました。
ところがある時、王子様はほんの不注意から自分をくるむ温かい毛布を暖炉に近付け過ぎてしまい、危うく大火傷を負うところを優秀な侍女のおかげで間一髪で免れるという事件を起こしてしまいました。
王子様は焼け焦げた毛布を眺めながら、「これはマズい」と呟きます。
臣下の多くがそれを聞いて、やっと気付いて下さった……と内心で安堵しながら「どうかなさいましたか」「お怪我がなくて何よりです」「どうぞお気をつけ下さいまし」と口々に応えました。
すると、王子様は言いました。
「私はこれまで、毛布というものは温かく肌触りが良ければそれで良いのだと思っていた。
特に動物の毛皮を使って拵えた物は手入れこそ大変なのだろうが、毛布としてガウンとしては最上のものだと思っていたのだが……しかし違った。
これからは、もっと安全性に関しても然るべきだな。まさかこんなに燃えやすいものだとは思わなかった……
燃えにくいだけじゃない。引きずったり擦ったりしても解れにくい素材で、もっと気密性を高めて素材自体の保温能力を高めれば、薄手の物も作れるのではないか?
そうすれば今よりもっと身に纏い易く、腕の自由を制限する事も無くなるだろう。
足運びの面でも優れた、見た目にも優雅で洒落た物を作れようぞ!」
この事件をきっかけに、独自の毛布を開発することに目覚めた王子様は、数年かけて研究し、試行錯誤の末に自信作を作り上げ、その翌年からは次々に新しいデザインの毛布を世に発表するようになりました。
人々はそれを外套や衣服として身に纏うだけでなく、建物や乗り物など様々な防寒に使い回すようになり、それに比例して多くの人々が外出を厭わなくなってくると、ゆるゆると流通が盛んになり、活気付いた街で市場が設立し、観光客が徐々に現れ、この土地ならではの資材や技術が重宝されるようになりました。
そうして、だんだんと形象を変えたその国は、寒くて冷たいことで有名だったはずが、いつの間にか真冬の自然美に囲まれた「暖かい氷の国」と謳われるようになったのでした。
こうして、図らずも自国の繁栄に多大の貢献した王子様は、王位に就いてからも毛布に対する情熱が衰えることはありませんでした。
そしていつからか、その功績に因んで「毛布の王様」と親しみを込めた呼び名で称され、何代にも渡って語り継がれるようになるのです——が、それは未だ誰も知らないお話。
相も変わらず寒がりでおしゃれ好きな王子様は、今日も暖炉前の居心地良い空間に居座って、ぬくぬくとお気に入りの毛布にくるまりながら資料を読みふけり、議案を練っているのでした。
―おしまい―
2011/10/14 初稿 2016/03/22 改稿
とても寒がりな王子様なのに、どこよりも寒くて閉塞した自国を飛び出そうとは思わなかった所がミソかも。