王への面接は命がけ
上に立つ人間にとってはちょっとした気まぐれでも、
下の者からしてみればそれが大きな迷惑だったりする事がある。
突然、この国の王がアルバイトをしてみたいなどと言い出した。
王の願いとあれば叶えて差し上げるべきとは言っても、さすがにそれはムリがある。周囲の大臣連中でそればかりはできませんと止めてはみたものの、悲しいことに王と大臣との間には大きな身分の差というものがあった。言葉の最後に「王命である」とつけられれば従わないわけにはいかないのだ。
それでも最悪の事態は避けねばならんと思い、前王から使えていた大臣が王に進言をした。
「王様、アルバイトというものは働く前に面接を受けねばなりません。
まずは面接を受けてみてはいかがでしょうか」
その意見にもっともなことだと頷いた王を見て大臣はニヤリと笑ったのだった。
まず大臣は城に食料を売りにきている商人に話しをつけた。この商人は、このような城を相手の取引もやるが町人相手の小さな店も経営しているなかなかのやり手だった。
「先日王様が、アルバイトをしてみたいと仰った。そういうわけでな、お前に王様の採用面接を頼みたい。そしてその上で不採用としてほしいのだ。アルバイトをするにはまず面接を通らなければならないと伝えておいたのでな、不採用だと言っておけばあのお方もそれ以上は何も言ってこないであろう」
事情を聞いた商人は最初ポカンとしていたが、大臣の言った事がわかり慌てて首を横に振った。
商人にとってみれば城は一番のお得意様だ。ちょっとやそっとの願いなら叶えてあげたい。
しかし王様相手にそのようなことをすれば、下手をしなくても首が飛びそうだ。
なんとか断ろうと思案しているところに大臣から一喝が飛んできた。
「お前は商人であろう!人の無理や無茶を聞いて金を受け取っているその商人が話だけで断ろうとは何という事だ!この話が聞けぬというならお前のところからは今後一切何も買わんぞ!」
そうまで言われてしまえば断るわけにはいかず、商人は青い顔で首を縦に振るしかないのだった。
面接当日。
王を外に連れだす事なんて勿論できない。面接は城の謁見の間で行われた。
「顔をあげよ」
商人が緊張しながら王へと顔を向ける
「お前が私の面接をしてくれるというものだな。今日はよろしく頼むぞ」
「はい!よろしくお願いします!まずは履歴書を拝見させていただきたいのですが」
王がすっと右手を上げると横にいたメイドが銀の盆に乗せた一枚の紙を持ってきた。
「拝見します」
メイドから紙をうけとってその内容を読んだ商人は思わず。ため息が出た。
その紙は一見どこにでもある履歴書であったが、書かれている内容は普通とは大違いだった。
まず賞罰の部分を見ると先の戦で将として活躍する、と書いてある。特技には治世と書いてあった。
そして、職歴のところには王と一文字だけが書いてある。
世にも珍しい王の履歴書を読んでいると、
商人は王の横でじっとこちらを眺めている大臣の視線に気が付いた。
わかっています、わかっていますよ大臣殿。脂汗をダラダラ流しながら商人は気持ちを切り替える。
今日の目的は履歴書を見て採用を判断することではない。最終的に王へ不採用を告げる事だ。
結果が決まっているのならやらなければならない事も勿論決まってくる。
男は正面に座る王へと顔を向け、あえて不採用にするための面接を始めるのだった。
「王様、履歴書を拝見いたしました。その上でいくつか質問をさせて頂きたい。王様には王としての仕事以外一切の職歴がございません。商店のアルバイトにその経験がいかせると思いますか?」
その質問を聞いた王がジロリと商人をにらんだ。
「なるほど、私の持っている経験は商店での役には立たないのだとお前は思うのか。それはつまり、お前にとって私の王としての仕事が役に立たないつまらないものだとそう言いたいわけだな。」
王の言葉をきいた周囲の騎士が一気に殺気立つ。王へ無礼な態度をとるようなら、すぐさま斬って捨ててやろうと考えているようだった。
「め!滅相もございません!王のしてきた事になんの文句がありましょうか!王様のなしたことは全て!どれ一つとっても私たちの役に立ってきた尊いものでございます!」
「そうか、ならば良いのだ。お前に文句がないのなら、こちらも何とも思わんよ。さぁ面接を続けようじゃないか」
慌てて土下座をして商人が許しを乞うと、王の方も別に本気ではなかったようであっさりと商人を許した。しかし、王以外の周囲の者たちの雰囲気は変わらず、商人を見る目は依然として厳しい。
それでも王の機嫌がなおった事で商人はホッと胸をなで下ろした。
何故かこの話を持ちかけた大臣も騎士と同じくこちらをにらんでいる事に、少し納得はいかなかったが。
「王様、失礼いたしました。それでは面接を続けさせていただきます。私の商店は夜中も店を開けております。王様は夜中働くことはできますか」
「うむ、よくぞ聞いてくれた!実は私は夜襲を得意としておっての。夜は強いぞ。先の戦でも夜中に戦場を駆けまわり相手の陣地を潰して回ったものだ」
「…はい。存じております」
王の夜襲の話は有名で、今では歌や劇にもなっている。いずれ歴史の教科書にも載るに違いない。
生まれたばかりでもない限り、この国で知らない人はいないだろう。
その後も商人は王への質問を続けた。
しかし、そもそも他国との交渉事すら行う王に、ただの商人が自分の店の採用面接とはいえ話で勝つことなどできるわけがないのだった。時には睨まれ、時には上げ足をとられするうちに商人はもはや自分が何を質問し、何を答えているのかどんどんわからなくなっていった。
「王様、質問は以上でございます。面接の合否は…。合否は、後程ご連絡させていただきます!」
ヘロヘロになった商人はここで結論を出すことを避けた。一旦この場を去る事さえできれば、あとでもう一度大臣と策を練れば良い。とにかく一刻も早く商人はこの場から逃げだしたかった。
「よしわかった。採用の合否が当日に来ることは珍しいそうだからの。それは別にかまわん。
ところで商人よ、もし合格だった場合に私はお前に一つ頼まねばならないことがある」
まだ何かあるのかと思いながらも、なんでしょうかと商人が震えた声で訊き返した。
「実は王というものは気安く人から物は受け取れんのだ。まずは目録を受け取り、その後に送られてきた物の真贋や危険物の有無などを調べる。こうしてようやく私の手元にまでやってくる。これは私の身の安全にもかかわってくる事なのでな。絶対に特例は認められん」
「これが時間のかかる話なのだ」と王が商人に向かってぼやいてくる。
なんの話をしようとしているのか商人にはわからなかったので、この話をただ黙って聞いていた。
しかし、その後の王の言葉に商人はさっきとは別の意味で何も言うことができなくなった。
「だからの、客から金を受け取るのにも先触れから数えて3日はかかると思うのだ。
その事を客にはお前からよく言っておいてくれよ」