Day Dreamer & Over Thinker 6
6.
「創造主が降臨した。わたしが、神である」
光につつまれたあと、そんな声がして、そのあとは何も起こらなかった。
つまり、「爆発は、起こらなかった」
原子力発電所は爆発しなかった。
空の上から、声がする。
「わたしが、神である」
次の瞬間、頭の中にイメージが流れ込んでくる。
ひとつは、赤く焼ける溶岩のようなものの中で、生きながら焼かれる人や、どこかとても寒いところで氷漬けになる人。串刺しになって、いろいろな刃物が体に刺さるのに死ねない人。
「これが、地獄だ」
もうひとつは、みんなが楽しそうに笑って、草原の上で遊んでいる姿。空は青く、こちらまで幸せになりそうな風景。
「これが、天国だ」
親と視線をかわす。
「地獄とか天国とかって、見えた?」
わたしの言葉に二人ともうなづく。
つまり、幻覚ではない。
「わたしに従うものは天国に行き、わたしに逆らうものは地獄に行く」
ふたたび、神の声が聞こえる。
従えば天国、逆らえば地獄。
とんだ独裁者だな。
「さて、神の名において、君たちに命令する。君たちの子どもを殺しなさい。殺された子どもも、殺した親も、どちらも天国に行かせてあげよう」
頭の中に響いた声は、とても残酷なことを言った。
わたしは、親のほうを見る。
親は、なんと表現していいのかわからない表情をしていた。
わたしを殺す気なのか。
わたしを殺さない気なのか。
わからなかった。
次の瞬間、外から、悲鳴が聞こえた。
わたしは、急いで外に出る。
子供が、大人によって、殺されようとしていた。
親なんだろう、きっと。
まわりの人は、かたまっている。
だが、殺されようとしている子供を、だれかがかばおうとしている。
もうひとりの親だ。
わたしは、駆けだして、手近にあった棒で、襲っている大人の頭を思いっきりぶんなぐる。
だが、また別のところで悲鳴が聞こえる。
そこに行くと、子供を殺した親が、これで天国に行けるのだと叫んでいた。
わたしは、その親を滅茶苦茶になぐりつけた。
しらばくして、彼らは動かなくなった。
なんという不道徳。
天国に行くために善いことをし、地獄に行くのが怖いために悪いことをしないなら、それは不道徳だ。
それは、銃を頭の後ろに突きつけられて、「善いことをし、悪いことをしないということを守れ、さもないと殺す」という命令に従うのと何のかわりもない。
もし、それで治安が良くなったとしても、それは結果の問題でしかない。
その人が道徳的であることを意味しない。
それは、ただ、その人が臆病であることを示すにすぎない。
そういう人は、人を殺せば天国に行ける、人を殺さないなら地獄に落ちるといえば、きっと人を殺すのだろう。
それは道徳的ではない。
仮にそれで天国に行けるとしても、それが道徳的だとは思えない。
それは、道徳的な態度ではなく、臆病な態度だ。
何が善いことか考えたり感じたりすることなど、そういう人には関係ないことで、ただ天国に行きたいという欲望、あるいは地獄に落ちたくないという欲望のために、人殺しをするに過ぎない。
頭の中にビジョンが浮かぶ。
殺された子供が天国で笑っている姿。
殺した親が天国で笑っている姿。
幸福な結末。
不道徳な行動による、幸福な結末。
彼らは暴力に従ったにすぎない。
そこには愛情はなく、恐怖や欲望がある。
地獄に落ちたくないという恐怖。
天国に行きたいという欲望。
そこには、愛情はない。
それでも殺せないという感情はない。
自分より大きなものに身も心も頭もささげて、何も考えず、家畜の生を生きている。
殺せと言われればわが子も殺す。
そうしてみんなで天国に行けて幸せだという。
恐怖と欲望で人を支配する邪悪な神。
許さない。
そのとき、わたしの頭に声が響く。
「この世が夢であることを知って、目覚めよ」
目覚めよ。
精霊の声がする。
目覚めよ。
「あっ、ちょっと、大丈夫?」
声に振り向くと、犬神さんだった。
犬神さんは、わたしの持っている、血に濡れた棒っきれを見る。
そして、傍らに転がる、子供と、親らしき大人も。
まわりを取り囲む人も。
「そっか。この親、子供を殺しちゃったんだ」
きっ、と空を見上げて、犬神さんは、突然大声で叫んだ。
「神さま! 聞いているか! あんたは人を天国というご褒美と、地獄という恐怖で支配しようとしている独裁者に過ぎない! そしてあんたは人々に殺し合いをさせている! ひどい存在だ! あんたは最強なのかもしれない。でも、一番善い存在なんかじゃ、断じてない! わたしは、あんたよりも素敵な存在を想像することができる! もっともすぐれたものはお前ではない!」
次の瞬間、雷が落ちた。
「地獄に落ちよ」
犬神さんは、消滅した。
おお、これが神だというのなら、なんという邪悪な神だろう。
最も強いものであるかもしれないが、最も善いものではありえない。
不道徳な邪神である。
目覚めよ、目覚めよ。
そうだ、これは夢だ。
そして、こんな悪い神が最高の存在であるわけがない。
ここではないどこかから、わたしたちを救いにやってくるのは、こんな神さまではない。
「お前は邪悪だ、神よ!」
わたしは大声で叫ぶ。
「これは夢だ、悪夢だ! 真実ではない! わたしは目覚める! たとえお前が最強の神だとしても、わたしはお前を否定する!」
ぴしり、と。
空に亀裂が走った。
そこから、二人の人間が降りてくる。
その瞬間、わたしは思い出した。
そうだ、これは夢だった。
二人のうち、一人は知っている。
以前、夢で会ったことがある。
空の光が一つになり、女の形をとる。
「見つけたぞ、母さん!」
二人のうち、男が叫ぶ。
「覚悟してよね!」
女の方も叫ぶ。
ぐさりと剣が、女の体を突き出して、地面にたたきつける。
そうだ、これは夢なんだ。
そして悪い神さまを殺さなくてはならない。
わたしは剣を取り出して、地面に縫い付けられている女の首を撥ね飛ばした。
神は死んだ。
永遠の天国と永遠の地獄で、人をたぶらかすものを殺した。
二人が降りてくるのが見える。
「やあ。君は、確か、二番目の夢であったね。バカでかいホテルの」
「そうですね」
わたしは、夢の中でこの人と会っている。
それはもう、ずいぶん遠いころの話だけど。
「ありがとう。この人を探していたんだ。探すのに、思ったより手間がかかったけど、なんとかできた。この人が消えたことで、世界は元通りになるだろう。でも、ごめん。君に人殺しをさせてしまった。いや、もう死んでいるといえば死んでいるんだけど」
元通り。
そう、この世界は、ただの夢。
それが、よいことなのかどうかはわからないけれど、わけのわからない神さまに蹂躙されるよりは、ずっとましだろう。
そして。
「いえ。人の心に入り込んで、都合よく動く人間は、暴力的ですから。そういう人間を殺してしまっても、特にわたしとしては問題がありません」
「はは。僕に似てるね」
でも、ありがとう、と言って、二人は消えた。
ゆらゆらと、まわりの世界がゆらめく。
きっと、もうすぐ、目が覚める。
了




