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Day Dreamer & Over Thinker 3

3.

 朝は、何の変哲もない朝だった。

「おはよっ、トオル」

「おはよう、ハルカ」

 今日見た夢のせいだろうか、朝なのに、若干気分が高揚している。

「あれ、もしかして今日は、けっこう元気?」

 ハルカが、ちょっとおどろいたようにこっちを見る。

「いや、なんか変な夢を見てさ。それでテンションがちょっとおかしい」

「へえ。どんな夢?」

 トオルは、今日見た夢の話を、ハルカにした。

ついでに、話の流れで、バレーボール部の男の話もした。

「ちょっとちょっと。いくら夢だからって、ひどすぎない? その人を見捨てちゃうなんて。っていうか、ちょっといじめられてんじゃんか!」

 はじめに話を聞いたときは、びっくりしたような顔になったと思ったら、次の瞬間にはたしなめるような顔になり、最後には怒っているのだけど、どこか心配そうな顔つきで、ハルカはまくしたてる。

しまったな、とトオルは思った。

自分のトラブルを、うっかりしゃべってしまったぞ。

「もう、もう、もう。ちゃんといやなことがあったら、あたしに相談してって言ってるじゃない」

「いや、ごめん」

「とりあえず、今日の放課後にでも、先生に一緒に相談しにいこうよ」

 それはさすがにトオルにも、ちょっと恥ずかしい。

そして、男女平等主義者たるトオルにとっては恥ずべきことに、女の子についてきてもらうなんて情けない、という、その考え自体が男女平等主義的には情けないだろうことを、トオルは感じてしまっていた。

「一人で行ってもいいけど、近くまでは一緒に行くから」

 ずいっ、とこっちに一歩踏み出す。

「っていうか、ちゃんと言ってなかったら、あたしからも言うし、場合によっては、トオルも首根っこつかんで連れていく」

 こうなると、止まらないんだよな。

トオルは、そういえば、昔から、トラブルに関しては、かなり行動力があがるやつだったな、と思い出した。

もっとも、そのトラブルというのは、だいたいトオルがだれにも相談せずに抱え込んで、大きくなったトラブルなのだったが。

「もう、問題を一人で解決しようとする自主性は尊重しますけどね、だれかに相談することも覚えたほうがいいよ。他人が信用できないのかもしれないけど」

 そこで、言葉を区切って、少し顔を赤くして、

「あたしのことは、信用できないかな?」

 トオルは、言葉につまった。

正直、何を言っていいのか、まばたき七回くらい迷ってしまった。

「ほかの人間よりは、かなり信用してるよ。

でも、やっぱり、相談するのって、難しい」

 ふうっ、と軽く溜息をついて、ハルカはにやっと笑った。

「もう、わかってるって。でも、それでも、ちゃんと言ってほしいって言ってんの」

「わかったよ。今日の放課後、一緒に行こう。いや、先生に言うときは、ちゃんと一人で説明するつもりだけど」

「まあ、それでいっか」

 なんで、昔から、ハルカは自分の面倒を見てくれるんだろう?

トオルは、一瞬疑問に思ったが、そんなことより言うべきことがあった。

「ハルカ」

「なに?」

「ありがとう」

 どういたしまして、とうれしそうに笑う。

なんだかんだで、実のところ、一緒にいて一番安心できる相手は、家族を含めてさえも、ハルカなのかもしれない、とトオルは思った。

だが、結局、トオルが、この日の放課後に先生のところに行くことはなかった。


 学校の生徒のだれかが、あの病気にかかった、ということは、すでに朝の朝礼のときに聞いていた。

だが、体育の時間に、トオルは、気づいた。

ストレスの原因たる人間がいない。

もちろん、それは喜ばしいことだった。

しかし、昨日の夢のことを思い出すと、なにか不安感のようなものがわきあがってくるのを止めることができなかった。


昼休み。

「ちょっと、いいかな」

 転校生から声をかけられて、トオルはびっくりする。

「えっと、ナカタさん、だった、よね」

 そういえば、似たようなセリフを、昨日の夢でもしたよな。

「昨日の夢でも、にたような挨拶をしたわね」

 ぞわり、と肌があわだつ。

 急に心臓がバクバクしはじめる。

「ちょっと、話があるんだけど」

 転校生に連れられて、トオルは教室を出ていく。

それをハルカが心配そうに見ていたが、トオルは気づかなかった。


「まず、第一に、君は、昨日の夢を覚えているか?」

 学食の自販機近くの、人通りの多いところで、トオルたちは並んで壁にもたれかかっていた。

人通りが多くて、おしゃべりがかまびすしい。二人が何を話しているのかは、だれも聞こうとは思わないし、そうしようと思っても難しいだろう。

転校生は、コーヒーを飲んでいる。

 昨日の、夢。

転校生は、そう言った。

「夢、って、あの」

「私と、君と、教師と、生徒が出てきた夢さ。体育館で私を助けてくれただろ?」

 トオルは、呆然とした。

「夢じゃ、なかったのか」

「いや、夢だよ」

 転校生は、きっぱりと宣言する。

「夢は、夢だ。その夢が、現実に影響を及ぼすだけでね」

 彼女は、夢でも現実でも、それがそんなに重要なことではないかのように言った。。

「昨日は、助かった。知っているかもしれないが、私は、ナカタ=イツミ。よろしく」

「あ、ああ、よろしく。僕は、ヤマモト=トオルだよ」

「それでは、ヤマモトくん、君は、この学校で、あの病気にかかった人が出たことは、聞いてる?」

「え、うん、それは、まあ」

「じゃあ、昨日から休んでいる人間が、君があの夢で会った男の子だということは、知っているかな」

 一瞬、トオルは、イツミが何を言っているのか、わからなかった。

 いや、何を言っているのかは、わかったが、それが何か意味のある言葉として、受け取られることがなかった。

「つまり、あの夢で起こったことは、現実とリンクしている、ということだ」

「いや、その、それってつまり」

 あの病気は、あの夢が原因で起こるということなのか?

「たぶん、君のお察しの通りだよ。あの夢の中で、『取り込まれる』と、こちらの世界では、目覚めなくなる」

 ぽかん、と。

トオルは、一瞬、思考停止した。

「いや、ごめん、ちょっと、信じられない」

 その言葉を聞くと、イツミは、ふうっと息を吐いて、まあそうだろうな、と言った。

「まあ、急に信じろというのが、そもそも無理な話だ。無理な話だが、事実だから、いちおう、こちらから伝えられることは伝えておこう」

 ごくり、とコーヒーを一口飲んでから、イツミは話はじめた。

「あの、奇妙な病気は、夢の中で、『夢魔』に襲われることによって起こる。昨晩の例でいうと、先生だ」

 先生。

トオルは、昨日の先生の態度を思い出した。

あれは、トオルの知っている先生じゃなかった。

「夢で目覚めなくなった人たちのうち、何人かが、その『夢魔』になるようなんだ。まあ、メカニズムはよくわからないんだが。だから、昨日のあの男も、あるいは『夢魔』になっているかもしれないな」

「しかし、その話に、証拠はあるのか?」

 あまりにも突然、理解しがたいことを言われたために、信じたくない気持ちが出てきて、トオルは疑問をぶつけてしまう。

「直接的な証拠は、ない」

 ただし、と一言、イツミは付け加える。

「君が、昨日、夢を見た。そして、昨日の夢で助からなかった男が、今日学校に来ていない。そして、昨日、君が見た夢と同じ記憶を、私が持っている。これは、私の言うことを信じるには、十分な証拠とは言えないかな」

 それは、トオルにとって、納得できる論理展開だった。

「百パーセント、ナカタさんの言うことを信じられる、というわけじゃない。でも、ナカタさんの言うことが、信憑性があるというか、今のところ、一番まともな説明なのは、確かだな」

「ま、私以外に、説明をする人間もいないだろうしね。ああ、あと、ナカタさん、じゃなくて、下の名前がいい。偽名なんだが、下の名前のほうが気に入ってるんだ」

「ぎ、偽名、か」

 あまり日常生活で使わないだろう単語だ。

「というか、君は、いったい何なんだ、えっと、イツミ、さん。偽名のこととか、夢の中で戦っていたりとか」

 空を仰いで、イツミは、しばらく考える風にする。

「ちょっと、ややこしい話になるし、もうそろそろ昼休みも終わる。続きは、あとにしよう」

「あと、って?

 あとがいつのことなのかわからず、トオルは聞いた。

「放課後。例の男の家に行く。そのときに一緒に来てくれないか。道すがら、説明する」


 ハルカと、放課後に職員室に行くという約束だったが、問題の当事者が病気でいつ目が覚めるかわからない以上、トオルの問題は、現在は解決しているわけなので、それはパスして、イツミと一緒に、その病気の男の家に行くことにした。

しかし、ハルカを説得するのは、意外と骨が折れた。

「いや、だからさ、その、僕をいじめていたやつが、あの病気で寝てるから、いちおう今は問題ないっていうか」

「でも、問題は報告しておいたほうがいいんじゃないの」

「うん、でも、ちょっといろいろなことがあってさ、また後日、ということで」

 不審そうな顔を、ハルカはトオルに向ける。

「ねえ、トオル。今日、放課後どっか行くわけ? 別にどこにもいかないなら、一緒に職員室行こうよ」

 妙なところで、ハルカは勘が鋭いときがあるんだよなあ。

「いや、実は今日は、イツミさんと、その男の家に行くんだ。夢のこともあるし、とりあえず、また今度にしようよ。ごめんね」

「イツミさん? ってあの転校生のこと、もしかして? っていうか、うわさに疎いのに、例の病気でその男の子が起きてこないってわかっているのは、なんかおかしくない? もしかして、それ、転校生から聞いたの?」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、トオルはうまく答えられない。

「そ、そんなに一度に言われても答えられないよ」

 ふうっと息をひとつつく。

「えっと、確かに、転校生のことだよ、イツミさんっていうのは、下の名前のほうが好きだから、そっちで呼んでくれってさ」

 ふうん、とハルカは、少し不機嫌そうな顔を見せる。

「で、なんで、噂にうといのに、例の病気で倒れたのが、その男だってわかるわけ?」

「いや、それも、転校生から聞いた」

 ぐっと不審そうな表情を深めて、ハルカはトオルの目をのぞき込む。

「なんで、転校生がそんなに耳が早いの。なんか、変だよね、その転校生。本当に、安全な人間なの?」

 心配そうな光を目にやどして、ハルカは聞く。

正直にいえば、安全かどうかはわからないが、夢に引き込まれた自分を助けてくれたのは確かだし、話はちゃんと聞いておきたい、とトオルは思うのだった。

「心配は、わかる。でも、今は僕も、状況がよくわからないんだ。明日。明日、全部話すよ。わかってなくても、とにかく話す。だから、今日は、行かせてくれないかな」

 まだ、ハルカは、不服そうな顔をしていたが、

「絶対だよ。絶対。約束して」

 絶対、明日、そのときにわかっていること、全部話して。

トオルは、小指を出す。

「指切りげんまんだ。僕が、約束したことを、今まで破ったことがないのは、知ってるだろう?」

「うん、知ってる。だから、約束しようって言ったの」

 そういって、指切りをする。

それで、ハルカは安心したようだった。


「ごめん、おまたせ」

「確かに、少し時間がかかったな。なにかあったのか?」

 イツミに言われて、トオルは今までの話をする。

「ふうん。いい幼馴染じゃないか。心配してくれるなんて」

 たぶん嫌味ではないのだろうが、トオルには判断がつかない。

「遅くなって申し訳なかった」

「いや、いいさ。とりあえず、道すがら、説明しよう」

 そうして、イツミと一緒に、下校することになった。

イツミは、迷うことなく、道を歩いていく。

どうすれば、病気の男の家に行けるのか、すでに調べているかのようだ。

「確か、私が何者なのか、という質問だったはずだね。私は、そうだな、政府の研究機関の人間だ、というとわかりやすいかな」

「政府の研究機関?」

 いきなりスケールの大きな話になったものだ。

「日本で、例の病気が流行りだして、それが世界にも広まったのは、わかっているよね」

「それは、知っている」

 そもそも、世界で最初の患者が、自分の母親なのだから、トオルが知らないわけはないのだった。

「原因が不明ながら、その調査は行われていたわけだが、どうやら夢にその起源がありそうだ、ということがわかった。まあ、わかったのは本当に最近で、ここ一カ月程度のことなんだが」

「一カ月? そりゃずいぶん短い」

「さすがに、客観的な証拠がまだないので、発表はまだできないのだけど、それでも一年以内には、何らかの形で発表しなければならないだろう。一応、助けられなかった人間が、例の病気で目覚めなくなるという事例は、積み重ねられているわけだし、私たちのように夢に入れない人間でも、私たちの言うことを信じざるを得まい」

「私たち、って、複数いるのか、夢の中に入ることができる人は。そもそも、なんで夢に入れるんだ?」

 うーん、とイツミは眉をよせる。

「複数いる。正直、なんで夢の中に介入できるのかは、わからない。脳の検査もしたんだが、まったくわからない」

「わからないって、そんな」

「いや、そういうものなんだよ。本当に、この病気については、まったくといっていいほどわかっていない。わからないなりにいろいろやるしかない」

 ちらり、とトオルを見る。

「トオルくん、だっけ。君もだよ。君みたいに、夢に入れる人間。それが、私たちと同じ種族ってことだ」

「え、そうなの」

 トオルは、間抜けな声をあげる。

「そうだよ、君と同じように、突然、他人の夢にひきずられる人間。まあ、はじめて入った他人の夢が、夢魔のいるところだった、っていうのは、かなり珍しいタイプだと思うけど」

「じゃあ、イツミさんたちは、もともと人の夢に干渉できる人たちで、それが夢魔のいる夢に巻き込まれた、ということなの」

 こくり、とイツミはうなづく。

「そのとおり。夢に入れるという、特殊能力というか、超能力のある人たちが何人かいるらしい。その能力の研究をしていたところが、最近、政府の、例の病気の対策をしている研究所と協力している。夢と、現実で起きている原因不明の病に、なんらかの因果関係があることがわかってきたからだ。私たちは、もともと、その夢に入れるという能力を研究していたところに所属していた。もちろん、何人いるのかは知らないが、そこに所属していない能力持ちもいるだろう。君のようにね。トオルくんも昨晩見たと思うけれど、慣れれば、何もないところから、日本刀を出せたりできる。まあ、夢の中だから、やりたければ、ずいぶんとすごいことができる」

 昨日の日本刀は、そういうことだったのか。

「とりあえず、夢魔と私たちが呼んでいる存在が何なのかとか、なぜ夢魔に襲われて助けられないと現実世界でも目が覚めないのかとか、そもそも、なぜ私たちは他人の夢に干渉できるのかとか、そういうことは一切わからない。とりあえず、夢魔にまともに対処できるのは、現状では私たちだけだから、夢魔を撃退している。これで、だいたいの説明になったかな」

 歩みを少しゆるめて、トオルが理解したかどうか、ながめやる。

トオルは、うなづく。

「まあ、わからないことがたくさんあるってことと、夢魔が病気に関係しているってことはわかった」

「ま、大事なところは押さえてある理解だね」

そして、病院の前で止まる。

「ここが、あの男が入院している病院だね」

 エントランスを通り、エレベーターの前に立つ。

 エレベーターが来る前に、イツミは、

「もう部屋はわかっている。まあ、そこに行ったところで、本人とはしゃべれないだろうけど」

 エレベーターが来て、乗り込む。

ぐうん、と重力が減る感覚のあと、ある階で止まる。

エレベーターから出て、廊下を歩くと、そこが病室だった。

ノックしてからドアを開けると、 少し、やつれたような女の人が顔を出した。

これが、あの男の母親なのだろう。

「はじめまして。私、政府で、例の病気を研究しているものですが」

 そう言って、イツミは何か身分証明書のようなものを見せた。

トオルの方からは、よく見えなかったが、おそらく、研究所の身分証明書のようなものだったのだろう。

それをちらりと見たあと、どうぞ、と女性は、トオルたちを部屋の中に入れた。

そこでは、ベッドの上で、あの男が、目をつぶっていた。

イツミが、声をかけるが、当然のように、反応がない。

トオルは、気分が悪くなるのを感じた。

その気分の悪さとは別に、ちょっとだけ、罪悪感のようなものも。

いくつか、イツミは検査のようなものをしたあと、母親らしき女性と、いくつか話をして、名刺を渡した。

「なにか、変化があったら、こちらに連絡をよろしくおねがいします」

 思ったよりもずっと事務的に事態は進み、二人は病院を出た。

「どうした? 気分が悪そうだが」

「ああ、うん、なんでもない」

「昨夜のことを思い出していたのか」

「それも、あるかな」

「それだけじゃないのか」

 気分が悪いのは、母親が死んだときのことを思い出すからだ。

母親が、例の病気の、世界ではじめての患者だと聞くと、イツミは本当におどろいた顔をした。

「それは、全然知らなかったな。まあ、そんなに早い段階で死んでしまった人たちからは、病気の治療の知見はあまり得られないだろうから、私たちが知らなくても当然かもしれないが」

 なにかそんなことをぶつぶつ言ったあと、お悔やみを、イツミはしてくれた。

「ありがとう」

 トオルは、しかしそれでも、気分の悪さとは別に、罪悪感のようなものも、確かに感じているのだった。

「ところで、もし仮に、君が今日も夢魔のところに引き込まれたら、私を強く想って、私を呼ぶんだ」

「え?」

「夢の中だからな。強く願えば、そちらに引き寄せられるものさ」

「そういうものなのかな」

 案外、単純だ。

夢というのは、案外、単純なものかもしれないが。

「それじゃあさ」

 トオルは提案する。

「もし、そっちが夢魔の夢に引きずられたら、そっちが僕を呼んでくれよ」

 それを聞くと、イツミは眉をひそめる。

「それはできないな。素人が危険に飛び込むのはまずいし、守りながらは戦えない」

「いや、やっぱりちょっと、罪悪感が少しだけ、そう少しだけあってね」

 ほんの少しの逡巡のあと、

「やっぱりだめだな。危険すぎる」

 きっぱりとした、妥協の余地のない声。

「そうか、ならいいさ」

 トオルは、頭を切り替える。

それなら、それで、別にいい。

本当に?

もやもやとしたものを抱えながらも、別に抱え込んでいる疑問をイツミにぶつける。

「もうひとつ、気になることがあるんだけどさ。いったい、どうしてこの町にイツミさんはやってきたの?」

 ちょっと言っている意味がわからないという顔で、イツミはトオルを見た。

「転校してきたから、だけど、そういう意味で言っているんじゃなくて?」

「いや、なんでわざわざこっちに転校してきたのか、その理由を知りたいんだよ。よくそっちの事情は知らないけど、ふつう、理由がないと転校してこないだろ」

 なるほど、合点がいった、とイツミは笑う。

「そういう意味か」

 前髪をかきあげて、

「私もくわしくは知らないんだが、このあたりで、急に例の病気にかかる人間が増えているらしい。その調査として、私が派遣されてきた、ということだ」

 トオルはおどろく。

「そうなの? この町で?」

「この町、というか、まあ、このあたりで増えているのは確からしい」

 トオルは、不安になる。

正体不明の病気。

母の命を奪った病気。

それが、自分の近くで広がっている不気味さ。

背骨の中を、冷たい液が頭の方へのぼっていく感覚。

恐怖の中で、ほんの一瞬、呆然自失していると、ぽん、と肩を叩かれた。

「大丈夫。心配ない」

 見上げると、イツミが笑っていた。

「病気の拡大は、私たちが止めてみせる」

 それは、とても頼もしい笑顔だった。

「それに、今回は、夢魔を祓うのが、かなり得意なやつも来てる。私だけじゃないんだ。心配ない」

 来ているのが一人ではない。

そのことに、トオルはおどろいたが、すぐに、それも自然なことかもしれないと思いなおす。

原因不明の病気に対抗しようとする人間が、一人でフィールドに来ることのほうが、ありそうにないことだろう。

「だから、トオルくんは、安心して今夜は眠ってくれ。ぜひ、夢で会わないことを、祈っているよ」


 夜。

布団にくるまりながら、今日の会話を思い出す。

心配して、不機嫌だったハルカ。

明日、きちんと話さないといけないな。

大丈夫だと言ってくれたイツミさん。

本当に、大丈夫だといいけど。

とにかく、今夜は何事もないといいなと思いながら、トオルは眠りに落ちていった。


トオルは、ゆっくりと目を開ける。

奇妙にリアリティのある空間。

しかし、それと同時に、リアリティのない感覚。

これは、以前にも感じた感覚だ。

この奇妙な現実感は、前の夜に感じたものだ。

「ということは、だれかの夢のなか、というわけか」

 トオルは、少し溜息をついた。

「できれば、夢魔が出てこない夢だといいなあ」

 そうひとりごちて、トオルはまわりを見回した。

ホテルのような、旅館のような、とりあえずばかでかい宿泊施設のエントランスホールのようなところにいた。

外は、明るい陽射しが照り付けている。

外に行くべきか、中を見るべきか。

トオルは、少し迷ったあと、限りあるだろう建物の中を見て回ることにした。

人が七人か八人くらいは通れるくらいの幅がある廊下。

吹き抜けを見上げると、十数階くらいの高さがあることがわかった。

そして、その十数階上から、エスカレーターや階段がジグザグに降りてきて、またこの地上から上のほうへ、ジグザグに昇って行っている。

トオルは、エッシャーのだまし絵を思い出した。

エスカレーターで上に上がりながら、イツミさんの言っていたことを思い出す。

そういえば、イツミさんは、日本刀を出せたとか言ってたな。

トオルは、自分の手を見る。

もしかして、武器を自分も出せるんじゃないのか?

「うーん、ううううん」

 うなりながら、右手に意識を集中させる。

拳銃。

ピストルを出す。

イメージを紡ぐ。

だが、しばらく待っても、出てこない。

「うーん、なんでだ」

 なにか、コツでもあるんだろうか。

明日、イツミさんに会ったら聞いてみよう。

三階か四階くらいのところにたどり着くと、食堂があった。

どうやら、バイキングになっているようだ。

ひょいひょい、といくつかつまんで食べる。

「お、うまい」

 夢の中でも、味覚は感じるんだ。

この味覚を感じたり、妙な現実感を感じたりするのは、これが、夢魔の夢だからなのか、それとも、他人の夢とはみんなこういうものなのか。

「自分の夢、ということはないよね、たぶん」

 いつも自分の夢を見ているときの感覚とは違う。

ふつう、自分が夢を見ているときは、これが夢だとは自覚していない。

でも、今の自分は、これが夢かもしれないと思っているし、いつも夢を見ているときのように集中していない。

まるで、起きているふつうのときのように、いろいろ考える余裕がある。

余裕という言い方が悪いなら、集中していない状態。

そう考えたとき、トオルは、昔、自分の夢で、拳銃を具現化したときのことを思い出した。

あのときは、自分が夢を見ている、とまず考えたのだった。

それから、自分の夢なんだから、自分が願ったことは、具現化できると考えたのだった。

そのときに、モンスターに襲われていたのも、自分が拳銃を出せた理由になっていたのかもしれない。

もう一度、トオルは集中する。

トオルは、目を閉じる。

暗闇が落ちる。

イメージする。

右手。

拳銃。

夢の中だということ

イツミの日本刀。

これは夢なのだから、願望を具現化することができる。

これは夢なのだから、願いがかなう。

これは夢なのだから、自分がやろうと思ったことができる。

右手。

拳銃。

できる。

自分の頭の中で、銃の感触を想像する。

その感触が、本当にリアルに感じられて、それが自分の空想なのか、それとも本当に存在しているのか、一瞬わからなくなった。

あれっ、もしかして、本当に拳銃があるんじゃないか。

目を開けて、右手を見ると、

「あった」

 拳銃が、にぎられていた。

「これ、すごいな」

 自分のやったことに、自分でもおどろきを禁じ得ない。

ピストルの構造なんて、実は知らない。

しかし、トオルは、これは夢なのだから、まともな構造がわからなくても、きっと撃てるのだろうと結論する。

いちおう、試してみるか。

トオルは、客室を開ける。

豪華なベッド。ふかふかのクッション。ばかでかいクローゼット。天井からぶらさがるシャンデリア。

ふかふかのクッションを重ねて、拳銃をクッションに当てる。

ばん。

あまり大きくない、かわいた音がひびく。

拳銃をどけると、そこには黒い穴が開いていた。

「やっぱり、ちゃんと弾は出るみたいだな」

 トオルは、それを確認すると、客室を出た。

しばらく廊下を歩くと、大きな浴場につきあたる。

でかい。

トオルの印象は、それだった。

扉も、高さが大人三人分くらいあるし、中にはいると、どこかのプールもかくやと思わせる大きさの浴場があった。

「しかし、だれもいないな。これ、だれかの夢じゃなくて、自分の夢なのかな。それとも、夢の規模が広いだけ?」

「いらっしゃい」

 そのとき、後ろから声が聞こえた。

 ばっ、と驚いて振り返る。

 おじいさんが、にこにこと笑いながら立っている。

「お風呂をお使いになりますか?」

「え、あ、いえ、そういうんじゃないんですけど」

「そうでございますか」

 にこにこと笑いながら、おじいさんは経っている。

トオルは考える。

これは、「現実に生きている人間」なのだろうか。

それとも、「夢の登場人物」なのだろうか。

 ふと、そのとき、昨日、イツミに言われた言葉を思い出した。

「あの、もしかして、この夢のあるじですか?」

 きょとん。

一体、何を言われたのかわからない、という顔でおじいさんは首をかしげる。

「夢のあるじというのが何かわからないのですが、おそらく違うのではないでしょうか。わたしは、ただの温泉管理人です」

 ふうむ。

昨日、自分も何を言われているのかわからなかったから、判断がつかないな。

そもそも、夢のあるじかどうかって、どうやって見分けるんだろう。

「そうですか、いや、ありがとうございました」

 そう言って、トオルは浴場から出る。

「それにしても、大きいな」

 廊下を歩き、ばかでかい窓から、外の風景を見ながら考える。

 これが、だれかの夢なのは間違いないだろう。

しかし、一度しかこのような夢に来たことはないけれど、この前に入った夢よりも、ずっと大きいように思う。

気のせいなのだろうか。

しかし、前は学校という閉鎖空間だったが、ここはばかでかいホテルで、しかも外にも行けるようだ。

トオルは、自分のほっぺたをつねる。

「うーん、痛いな。でも、痛いからといって、自分の夢じゃないことにはならないな」

 うーん、と考え込む。

「だれがこの夢のあるじかって、どうやって見分けるんだ?」

「それは、夢に没頭していて、あたかも夢の登場人物のようにふるまっている人間が、そうだよ」

 見知った声に、後ろを見る。

いつの間にか、イツミさんがいた。

「いつの間に?」

「いや、あれ」

 見ると、障子がひらいていて、中に宴会場のようなものが見えた。

「あそこを、調べていて、出てきたらばったりトオルくんがいた、というわけだ」

「なるほど。しかし、宴会場か。和風だね。ここ、ホテルなのか旅館なのか、わけわかんないよね。ものすごく混同されているっていうか」

「ま、夢だからね」

 それにしても、とイツミは、トオルの右手を見る。

「その拳銃、どうしたんだい?」

「え、ああ、出した」

 ほう、と面白そうに、驚いたように、イツミは笑う。

「なるほどねえ、自分で出したわけか。すごいな」

 で、さっきの話だが、とシリアスな口調になる。

「夢のあるじ、要するに、夢を見ている人は、夢に没頭していて、ここが夢の中だということにも気づいていないし、この状況に対して、なんの違和感も抱いていない。そういう人間、が、夢のあるじだ」

「あ、それなら、さっき、大浴場のほうで、まさにそういう人を見たよ。でも、夢のあるじか、って聞いても、特に何の反応もなかったけど」

「ほう」

 一応、そこに案内してくれるか、と言われ、イツミと一緒に、大浴場へと、トオルは戻る。

「しかし、その人物かこの夢のあるじである可能性は、低いように思うな」

「どうして?」

「確かに、あるじは、この夢に違和感を覚えてはいない。しかし、だれか異物、私たちのように夢の外からやってきた人から、これが夢なのではないか、といった質問を受けたら、動揺したり、違和感を感じたりするはずだ」

 なるほど。

それなら、さきほどのおじいさんは、まったく動じていないようだから、その可能性は低いかもしれない。

「ま、私も実際見てみないとわからないが」

 そう話しているうちに、大浴場の扉が見えてきた。

「それにしても、僕は、他の人の夢に入っていないからわからないんだけど、この夢って大きくない?」

 イツミは、大きくうなづく。

「確かに、この人物の夢は大きい。人によっては、とても小さい範囲の夢もあるが、この人物の夢の規模はかなりのものだ。私の知る限りでも、一番じゃないかな」

 そんなにでかいのか。

「でも、ここに夢魔がいるかどうかは、わからないんだよね」

「いや、たぶん、いる。私は、この夢に来るまでに、何度か夢を行き来して、夢魔のいそうなところを探していた」

「え、そんなことできるの?」

「トオルくんがピストルを出すのと同じ要領さ。夢魔のいるところに行きたい、と強く想う。そうすれば、今いる夢から、別の夢に移動できる。それを繰り返して、もう移動できなくなったら、そこがおそらく、終着点、つまり夢魔のいる夢だ」

 さすが夢だな。なんでもありだ。

「しかし、トオルくんはなんでここにいるんだ?」

 予想外の質問に、その意味をとりかねるトオル。

「どういう、意味?」

「トオルくんも、移動してきたのか?」

「いや、僕は最初からこの夢にいたけど」

 え、と小さく、おどろきと不審とかいりまじった声をあげる。

「それは、非常にめずらしいな。一回だけなら偶然だが、二回連続というのもあるのか。それとも、なにか別の……」

 ぶつぶつと、イツミは自分の思考に没頭する。

そんなに珍しいことなんだろうか、一番最初から夢魔のいる夢にたどりつくのは。

確かに、そんなに珍しいなら、もしかしたら、偶然ではなくて、何か意味があるのかもしれない。

「ま、考えていても、これはわからないな。でも、三度目も同じようなことがあったら、うちの研究室に顔を出してくれないか。さすがにそこまでになったら、偶然では片づけられない」

 イツミは、真剣な顔をする。

「うん、わかった」

 もし、自分が夢魔のいる夢に優先的に行くことができるなら、例の病気を予防するのに、なにか貢献できるかもしれない。

「大浴場の前で立ち話もあれだな。とりあえず、入るか」

 再び、トオルは浴場に入る。

「よお」

 すると、そこに、軍服を着た男が立っていた。

だれだ?

「サトウか。来てたのか」

「ああ、来てた。さっき、ここのじーさんを調べてみたが、この夢のあるじではないみたいだな」

 そして、トオルのほうに視線をうつす。

「そいつがあるじか?」

「いや、違う」

「じゃあ、何なんだ?」

 そこで、イツミは困ったような顔をする。

「たぶん、私たちと同じような能力者だよ。夢に入れる」

「だが、知らないぞ、オレは。新入り、ということか?」

 それも違う、とイツミは言う。

「私も、昨晩、はじめて会ったんだ。夢魔ではないし、夢のあるじでもない。そうしたら、私たちと同じ能力者で、研究所に属していない人間、ということだろう」

 鋭い目を、サトウと呼ばれた男は、トオルのほうに向ける。

「しかし、夢魔の出る夢に、昨日の今日で二度連続か? ちょっとありそうもない話だな」

「たしかに、珍しい事例だ。だが、次の晩にどうなるのかはわからない。偶然かもしれないし」

「そうだな」

 鋭い目を、トオルから外さずに、

「しかし、夢魔側の偵察者かなにかかもしれない、そうだろう?」

 イツミの方をちらりと見やる。

「ま、その可能性もある」

 あっさりと、イツミはうなづく。

「しかし、昨日、夢魔にあっさりやられそうになっていたし、そうじゃない可能性も、十分あると思うが」

「それすら、計算のうちかも」

「そこまで疑っていてはきりがないし、そもそも私の通っている学校の同級生だ。身元は割れている」

 ほう、と今度は面白そうに、サトウは笑った。

「なるほどね、そこまで身元が割れているわけか。ま、この夢を片づけたら、あんたのことも、調べさせてもらうぜ」

 そう言うと、やっと鋭い視線が少しやわらいだ。

そうは言っても、あいかわらず、どことなく暴力的な雰囲気はまとっているのだが。

「聞こえていたと思うが、サトウと呼ばれている。夢魔狩りの一人だ」

「トオル。どうせ、明日調べるんだろうから、別に今、詳しくしゃべる必要はないよね」

 サトウの高圧的な印象に、不快感を持ったトオルは、特にくわしくしゃべる気をなくしていた。

それを聞いて、面白そうにイツミが笑う。

「はは、トオルくんは私が思っているよりも、反骨精神があるやつみたいだな」

 くいっとサトウのほうにあごをしゃくって、

「いちおう言っておくが、サトウは、トップレベルの夢魔狩りだ」

 トップレベル?

「この一カ月で、百体くらい倒してる」

 百。

三桁というのは、ちょっとびっくりする数字だった。

「ひとつの夜に、複数回戦って、ってこと?」

「そのとおり」

 そう言うサトウの声には、隠そうとしても隠しきれない余裕と自信が見て取れた。

「夢魔というのは、以前、夢魔に取り込まれた人間で、まだ生きている人間なんだ。だから、夢魔を倒すことができたら、そいつは目が覚める。ま、夢魔だったときの記憶はないみたいだが」

「じゃあ、昨日の先生も?」

「ああ、生きているはずだ。学校には、まだ情報が行っていないようだが、おそらく大丈夫だろう。予後経過観察中、といったところのはずだ」

「そうか。学校からは何の連絡もなかったけど、それならよかったよ」

「今朝、目覚めたはずだが、原因不明の病気だから、まだすぐに回復した、とはすぐに言えないんだろう。意識を取り戻した、というだけだからね」

 トオルは、安心した。

「つまり、昨日さっそく一人、夢魔を倒した、というわけか」

 サトウがにやりと笑う。

「この町は、どうやら患者が増えているらしいからな。さっさと夢魔を全滅させて、病気を撲滅だ」

 それは、医者が病気を撲滅するというよりは、軍人が敵を全滅させるというほうが、しっくりくるような雰囲気だった。

「さて、そろそろ行こうか。どうやら、ここはやたら広いらしいからな。夢魔を見つけるのも一苦労になりそうだ」

 サトウは、浴場の外へ出る。

「しっかし、広すぎるな」

 吹き抜けが見えるところまで来て、サトウは立ち止まる。

「オレはついさっき来たばかりなんだが、他のところは、もう見たのか?」

「僕は、この下の階はだいたい見たけど、だれもいなかったよ」

「私も、今来たばかりだから、この階以外は見ていないな。わからない」

「わかった。それなら、全速力で見てくる」

 そう言うやいなや、サトウは、飛んだ。

飛んだ。

文字通り、飛翔した。

「あり、なのか、こういうのも」

「おいおい、これは夢だぜ? 想像力の限界が、自分の限界だ」

そのまま、吹き抜けからすごいスピードで舞い上がっていく。

「うわー、なんかすごいなあ」

 トオルは嘆息する。

「サトウは、本当に才能があるからね。夢の中では、本当にいろいろなことができるってことを気づかせてくれるよ」

 もしかして、自分も空を飛べるんじゃないか、と思って、ちょっと念じてみたが、トオルにはできなかった。

「やっぱり、すぐには飛べないか」

「確かに、私もまだ飛べないんだよね」

 イツミさんもできないんだったら、しょうがないな。

そうは思うものの、トオルはいつか空を飛んでみたいと思うし、実は自分にもできるのではないかという根拠のない自信が心のどこかにあるのを感じた。

一人で拳銃を出せたからかもしれない。

「とりあえず、僕たちも探してみる?」

「そうだね、サトウだけでもなんとかなりそうな気もするけど、やっぱり、見逃しているかもしれないし、私たちもこの夢の主を探そう」

 トオルたちのすぐそばに、エレベーターがあった。

「そういえば、エレベーターは使ってないな。乗ってみる?」

「閉鎖空間は危ない気がするけど……サトウは一番上から調べているみたいだし、一階分だけ、のぼってみようか」

 上へ行くボタンを押して、エレベータが来るのを待つ。

チーン、とおなじみの音が響いて、とびらが開く。

「あれ?」

 そこには、人が乗っていた。

「エレベーターガール、じゃないよね?」

 そこには、女の子が一人、私服で立っていた。

「あれ、あなたたちもこのホテルに来たんですか?」

「ホテルに来た、というより、この夢の中に入った、と言ったほうが適切かな」

 エレベーターに入りながら、イツミがなんでもないことのようにつぶやく。

ぐにゃり。

若干、空間がゆがんだ気がした。

「え」

「なるほど、君がこの夢の主か」

 この歪みが起こるということは、夢の主がこの世界に違和感を感じている、ということなのだろう。

あるいは、夢だと気付きつつある、ということか。

「夢、え、このホテル、夢?」

 ぐにゃん、ぐにゃん、と夢が跳ねる。

しかし、それでも、夢は夢の形をとっている。

「夢に外から人が入ってくる夢、面白いですね」

「信じられないかもしれないが、君は狙われている。私たちが保護しに来た」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます。よろしくおねがいします」

 実にすんなりと話が進む。

おそらく、これが夢の中で、特に疑問が、起きているときのように出ないからだろう。

「でも、だれがわたしを襲っているんです?」

 と思ったが、ちゃんと質問をしている。

夢だからといって、流されるというわけではないらしい。

「ああ、それは、夢魔という存在で……」

 そこまでイツミが言ったとき、どん、という大きな音がして、ホテル全体が揺れる。

「な、なんだ、これ」

「おそらく、サトウが夢魔を見つけたんだろう。正直な話、夢を守るのに、夢の主に会う必要はないからね。夢魔に会って、そいつを撃破すれば、それでいい」

 いつのまにか、ひとつ上の階に来ていた。

「とりあえず、エレベーターから出よう」

 エレベーターから出ると、目の前に広がる吹き抜けを、上から下に、人間のようなものが、かなりの速度で落下していくのが見えた。

続いて、ずしん、と重い音がする。

 三人とも、ぎょっとしたように動きが止まる。

「問題ない、夢魔を吹っ飛ばしただけだ」

 すーっとなめらかに、上のほうから、サトウが降りてくる。

「問題ないって、サトウ、ちょっと派手すぎじゃあ」

「そうか? 夢魔の撃破が最優先だろう。ところで、となりにいるのが、夢の主か?」

「うん、そうだよ」

それから、たぶんイツミは何かを言いかけたのだが、それは下からやってきたなにかが、サトウを壁にたたきつけたことで、言い切られることはなかった。

「よそ見してんじゃねえええええええ」

 大きな声で叫びながら、下からやってきた何かは、サトウをつかんで、壁にたたきつける。

 バレー部の男だった。

つまり、彼が今回の「夢魔」。

「あ、あいつ……」

 怒りがわきあがってきて、ほとんど無意識のうちに、トオルの手に拳銃が具現化する。

ためらいもせずに、トオルは引き金を引いた。

ダメージを受けて、よろめく夢魔。

「お前、だれだ?」

 そう言って、そいつはいぶかしげにトオルを見た。

「記憶が、ないのか」

 一瞬のとまどいが、隙を産む。

その瞬間、夢魔は距離を詰めてきた。

が、次の瞬間、夢魔は吹き飛ばされる。

拳銃を捨てたトオルが、現実にはありえないスピードで、こぶしを振りぬいたからだ。

「記憶がないとはいえ、あんたを思う存分ぶんなぐれるのは、そんなに気分の悪いことでもないと、僕は思うね」

「へえ。いい性格してるじゃないか」

 いつの間にか立ち上がったサトウが、面白うに言う。

「オレたちは正義だ。正義の名のもとには、何をやっても許される。だって、オレたちは『正しい』んだからな」

 そう言うと、転がった夢魔の四肢を、鉄棒のようなもので、串刺しにして、動きを止める。

間髪を入れず、マシンガンが握られて、それでめちゃめちゃに夢魔の胴体を撃ちぬく。

そして日本刀を具現化すると、それで夢魔の胴体と頭を切り離した。

「これにて、一件落着」

 にやりと笑って、サトウは言う。

残酷なよろこびと、どことない高揚を、トオルは感じていた。

夢魔がすうっと消えていく。

もう、夢魔がいた、という痕跡は、まったく残っていない。

「じゃあ、オレは、次の夢魔を狩りに行くから」

 そう言って、サトウは、手近なドアを開く。

その先は、空間がゆがんでいる。

「こうやって、ワープして次の世界に行くんだが、一緒に来るか?」

 トオルは、首を振る。

別に夢魔狩りをしたいわけじゃない。

「へえ。残念だな。けっこう筋がよさそうだったのに」

イツミは、扉の方に向かう。

「とりあえず、私は、もう一つくらいは夢を見てみるよ。夢魔が暴れているとまずい」

 イツミとサトウは、トオルたちに手を振って別れる。

扉の向こうに二人が消えると、トオルと女の子だけが残った。

「変な夢」

「いや、半分くらいは、現実かな」

 夢の主が消えていないから、夢も消えていないのだろう。

「っていうか、どうやって帰ればいいんだろう」

 結局、そのあと、トオルは、その女の子と一緒に、ホテルやばかでかい街を歩き回って、女の子が起きるまで付き合うことになった

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