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図書館に住む妖精の恋(仮)  作者: 河内音子
第一章 図書室の妖精
5/8

「予約してあるから待たずに入れると思うけど、外に並んでいた人たちには内緒ね」

リシャルド様は重厚な木の扉を開けてエスコートしてくれながら、口に人差し指を当ててそう囁いた。

街でも人気のレストラン。こじんまりしているけれど、旬の素材を使ったコース料理を出しており、いつ来ても外に長い順番待ちの列ができている有名店だ。

「いつ予約したんですか?」

「君と約束したすぐ後に。知り合いがここで働いているから、キャンセルが出たところに入れてもらったんだ」

普段真剣に本を読んでいる姿しか見ていないので、微笑みを向けられていることに、胸が高鳴る。自分の鼓動がうるさくて仕方がありません。

オルガと食事に行くのと変わらないよね、なんて思っていた自分に怒りを感じる。リシャルド様は私の手を引きエスコートをしてくれ、席に着けば椅子も引いてくださいました。致せりつくせりの姫扱いを本物の騎士様にされている現状、なんだか過呼吸になりそう。息が荒いのをリシャルド様に気付かれたら恥ずかしくて生きていけないのでなんとか呼吸を深くすることで切り抜けているけど、大丈夫かな、私。

「嫌いなものはある? なければお店のおすすめコースを頼もうと思うのだけど」

「ええ、私はそれで構いません」

「じゃあそうしようか」

店員を捕まえてさらりと注文を済ませる。こういうお店に来慣れているようだ。私はたいていもっと敷居の低い大衆向けのお店に行くので、いたたまれない。せめて、せめてスカートを履いていたかった。靴も動きやすいものではなく、ヒールを履いていたかった。シャツではなくてブラウスだったらよかったのに。

「どうしたの? 緊張してる?」

リシャルド様はテーブルの向かいに座っているけれど、普段お見かけする姿よりリラックスしているようだ。私は反対に職場以外でこうして会うなんて初めてだし、レストランは良い雰囲気だし、リシャルド様の言う通り緊張している。

「少し。このお店知ってはいたのですが、来たのは初めてです。素敵ですね」

「食べ物もおいしいよ。今日のコースはラム肉だそうだけど、苦手だったりしない?」

「大丈夫です、ラム好きです。匂いが苦手な方も多いですけど、美味しいですよね。楽しみです」

「合わせて赤ワインを頼んだけどお酒は飲める?」

「はい、少しなら」

普段オルガと食事に行くときはビールを沢山飲むけれど、この雰囲気のお店で酔っぱらう勇気は私にはない。そのうえリシャルド様の前で失敗なんてできない。既にラム肉料理と聞いて私の頭の中はフォークとナイフの使い方のおさらいでいっぱいいっぱいだ。頼むからラムチョップだけは勘弁して、骨を上手く取り除ける自信がない。

別にマナーを知らないわけではない。でも、好きな人にみっともない姿は見せたくないと思ってしまう。その、初デートだし。

「それでノヴァック先輩は妖精との契約について聞きたいとのことでしたが」

「そう。知っているかもしれないけど、オレのときは契約に相手の妖精が現れなかった。相手の存在は確かに感じたし、炎の妖精だっていうのも確かなんだけど。どこかに囚われているのではないかっていうのが専門家の意見なんだ」

その意見は当たっているかもしれない。捉えているのは目の前の私です。人間と同化してしまったからリシャルド様の元へは迎えなかったわけだから。

「その、妖精の存在は感じることができたわけですよね。……私の契約のときは、契約がなされた瞬間、足りなかったものが埋められたような心地になりました。絶対的に迎え入れてもらえて、私のことを分かってくれる。今まで二十年生きて来てこんなに安心を覚えた瞬間はなかったと思いました」

嘘だ。いや、本当でもあるのだけれど、一瞬リシャルド様と繋がったときもその安心感を得ることが出来た。体の痛みもあって安らげるものではなかったけど、本当にあの一瞬、ノアとの契約の際に感じたなんでもできそうな万能感を得た。

「妖精のパートナーがいる人の話を聞くとね、契約をしようとした一瞬に感じたものを思い出すよ。確かにオレのパートナーはどこかにいる。だっていないのだったらオレが契約しようとしても何の反応もないんじゃないかと思うんだ。実際妖精の本や契約について調べたけど、妖精と契約した瞬間、相手の心を共有して知識が増えることもあるらしい」

そこまで話した時に前菜が運ばれてきた。おしゃれな葉野菜のサラダにシーフードが綺麗に盛り付けられている。サーバーの綺麗なお姉さんが説明をしてくれたけど、聞いても良く分からなかった。こういうレストランって単語が難しい。今度時間があるときに料理の本を読んでみるのもいいかもしれない。

「私の妖精のノアは特別な知識はなかったんじゃないかと思います。お互い様ですけどね。でも私が落ち込んでいるときも明るく励ましてくれるんですよ」

「普通妖精はパートナーと同じ心、そして気持ちを共有するから片方が落ち込んだらもう片方も落ち込むものだと思っていたけど、そういうこともありえるんだね」

リシャルド様は興味深そうに眉をあげた。いえ、本当はありません。リシャルド様の方が確実に私より妖精に詳しい気がする。たぶんノアはチェンジリングがなかった場合の私と同じような性格なのだ。私達の考えは完璧に等しくはなく、だから私が落ち込めば励ましてくれる。

あまり自分のことを話すとぼろがでそうで危ない。私よりよほどノアの方がしっかりしているので、ノアに助けを求めよう。

「あの、先輩は私の妖精に興味ありますか? 呼んでみます?」

「君が良ければぜひ。どういう妖精なの?」

「水の妖精で、子供の人魚みたいな子です。かわいいですよ。ノア」

私が名まえを呼ぶと、私とリシャルド様のちょうど真ん中、テーブルの上の空中にふわりと円を浮かべながらノアが現れた。今はリシャルド様にも見えるようにしているらしく、彼もその様子をじっとみている。

【呼ばれてきたよー! 初めまして】

「初めまして、カミンスカさんの妖精さん。オレはリシャルド=ノヴァック。彼女にとっては学生時代の先輩かな」

【知ってる。今日カタリナの職場で誘ってるの見てたから。あんな急だったのにこんなすごいレストラン予約してるなんてモテる男はやることが違うね】

ノアは言わなくていいことまで口にし、そしてリシャルド様へ向かってウインクをした。リシャルド様はそれを見てくすっと笑みをこぼす。

「今は緊張しているけど、君も本当はこんな風に奔放なのかな?」

「なっ!?」

その言葉にノアがにやにやとこちらを見る。

【まーねー。妖精とパートナーは基本的に同じ存在だからねー。カタリナはこう大人しそうに見えて心の中ではいつもぐるぐるしている内弁慶だからね~】

「そうは言っても全てが一緒ではないですよ!? 私にはノアみたいにおおっぴらに話すことは一生できそうにないし」

【でも考えてることはほとんど一緒】

ノアがそう言って私が言い返そうとしたところでリシャルド様が声をあげて笑い出した。周りのテーブルも食事をしながら会話を楽しんでいるので目立っているわけでもないけれど、私はびっくりしてその姿を凝視してしまう。

「ふふ、ごめんね。久々に声出して笑ったかも。ねえ、カミンスカさんは自分が学生時代になんて言われていたか知っている?」

「いえ、全く。ノヴァック先輩が私のことを知っていたこと自体未だに信じられていないんです、目立つことなんてしたこともありませんし」

「剣術科で君は図書室の妖精って呼ばれていたよ。その水色の豊かな長く柔らかそうな髪と、普段あまり変わらない表情。それに誰よりも上手な浮遊術。図書館を飛びまわる姿はまるで妖精のようだって。ふふ、内情はノアが言うようにぐるぐる考えていたのかもしれないけど、みんな君が何を考えているのか知りたくて、でも表情からは読めなくてやきもきしていたんだ。オレもその一人」

真っ直ぐな視線にどきりとする。リシャルド様の赤みがかった茶色の瞳に吸い込まれそう。胸のあたりがじわじわと騒ぎ出す。このまま見つめていたいけど、顔を早く背けてしまいたいような。

私が何か言わなくちゃ、と口を開こうとしたとき、それは突然起こった。ガシャンと何かが壊れるような音、次いでレストラン中の照明が落ちたのだ。


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