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もっとお肉を!

不定期更新です。気が向いたときに書き足します。微エロあり、微グロあり。小エピソード主体の小説を目指しますので、話がラストレターに収束しないかもしれません。なお、回によって文体を変える可能性があります。

 酒場は大盛況だ。ホールには喧騒と大麻の煙、肉と汗とアルコールの匂いが充満している。客層にあわせた頑丈な樫のテーブルに、今日の仕事を終えた荒くれどもがふんぞり返っていた。汚れた笑顔はスリやチンピラの類、身なりのいいのは詐欺師や相場師のどちらかで、特に羽振りがよさそうなのは娼館の経営者や故買商たちだ。卓上に並ぶ料理はよりどりみどり。皿の数が商売の大きさを示していた。『かち割り蓋骨亭』はこの界隈の一流店である。

 と、音を立てて入り口の扉が開いた。外から冷たい風が吹き込んでくる。紫煙に汚れた空気が渦を巻いて、その霞越しに戸口に立っているのは武装した大男だ。年は二十台なかばだろうか、日焼けした顔には十文字に深い傷跡が走り、灰色の硬い髪が汗でごわごわになっている。鎧こそ皮製の軽いものだが、腰に下げた大ぶりの剣は飾りではなさそうだった。どうみてもパン屋や号外売りではない。

「ああ疲れた! まずはメシ、それから風呂だな!」

 誰へともなく男が言った。客らはちらりとそちらを見たが、金にならない相手と踏んだか、すぐに無視してテーブルの会話に戻った。その後、男に続いて入ってきた連中を見るまでは。

 男は空いているテーブルを目で探しながら、先頭に立って店内に入った。次に入ってきたのは辛気臭い顔をした若い女、これは両腰に小剣を下げた、真っ赤な麻のマント姿だ。頭には浅くフードを被っている。次は、つばの広い帽子を目深に被った少女。十四、五歳くらいだろうか。前の女ほど物騒な身なりはしていないが、油断のない歩き方は市井の娘のものではない。盗賊が好むゆったりとした麻の服を身につけ、革のベルトには目立たぬように短剣を差している。次は背の高い銀髪の男で、いっけん商家の若旦那風だ。色白の上品な手が、皮製の大きな衣装ケースを提げていた。ちょっとした美男子だが、その灰色の厳しい細目は、あたりを無視するかのように全く視線を動かさない。秩序というもののないこの店の客には似つかわしくない態度だ。次に入ってきたのは錆色のローブを着た色黒の男。このあたりではみかけないほどの極端な地黒で、頭は完全に禿げていたが、首周りから頭の横と後ろにかけて、炎が立ちのぼるような黒い刺青が目立っている。そして最後に入ってきたのは、目に警戒の色を浮かべた十七、八の娘だ。体格は華奢だが、長い黒髪の下に、見るからに健康そうな日焼けした肌が輝いている。酒場というものに慣れていないのか、きょろきょろと周囲を見回していた。

 扉が閉まった。吹き込んでいた風がやむと、ホールの中にひそひそ声がこぼれだす。一行がテーブルに向かうのを、ちらちらと目で追うものがいた。だが、最後尾の若い女がテーブルの脇を通過するとき、傍らの客があっと言って椅子の上でのけぞるのに気づいたものは、あまり多くなかった。

 一行は窓際の大きなテーブルについた。夏場なら上等の席だが、晩秋の冷気が足元に溜まるために、この時期は人気のない場所だ。そばかすだらけのウェイトレスが注文を取りに来る。

「なんにします? 字が読めるなら、書いたメニュー持ってくるけど」

「まずはエールを人数分、あとは揚げ物と肉を適当にお願い。ちゃんと焼いたやつね」 マントの女がフードを払いながらそれに答えた。地黒の男がくつくつと笑う。

「うちはちゃんと焼いてますよ。言われなくても」ウェイトレスが不服そうに答えた。

「ああ、ごめんね。そうじゃないの。焼いたやつのほかに、生肉もひと山ちょうだい。皿に盛ってなくてもいいわ」

「はあ?」ウェイトレスが怪訝そうな顔をする。「変わったご趣味ね」

 ウェイトレスが去ると、隣のテーブルから声がかかった。引き締まった体をした柄の悪そうな男で、似たような風体の男と二人席だ。

「兄ちゃんたち、珍しいな。ここは女子供連れで来るようなところじゃないぜ。酒と肉と悪い話が好きならうってつけだが、晩飯を食うだけなら他所に行ったほうがいい。見ろ、みんな兄ちゃんらを今夜のつまみにしてやろうかって顔をしてやがる」相方が笑った。それに答えたのは、背の高い銀髪の男だ。

「ご忠告どうも。上品な店に行きたいのはやまやまですが、なにせ、連れがこういうところのほうが気楽だというもので。困ったものです」

 からかいが通じないと思ったのか、隣席の男たちは目を見合わせた。そこに十文字傷の男が補足する。

「俺たちも長旅あがりでね、細かいことをいう店には行きたくないのさ。やれ武器はどうのとか、外套はあっちだとか、刺青お断りだとかな」

「へえ、」隣のテーブルの別の男が言った。「うるさいのはお嫌いってわけか。確かにここは客の趣味には口出ししねえ。今夜はここに泊まるのかい?」

「空いてれば。雰囲気的にも悪くないね」

 男たちは驚いたような顔をした。

「ここは部屋が少ないから、部屋を取るなら早めにしたほうがいいぜ。もし足りなかったら、そうだな、そこの姐ちゃんくらいなら引き取ってやってもいい。食堂で出るよりいいもん食わしてやるぞ」

 一番最後に席に着いた娘のほうを顎で示していう。

「ん、わたし? いいものって?」

「あとのお楽しみさ。ねえちゃん、肉は好きか?」ニヤニヤ笑う。

「わたしはそれほどでもないけど、連れは大好きよ」

 そういって娘が椅子を引くと、翡翠色の目をした大きな黒豹が一頭、娘の足の間から男を見上げた。男はひえっと言って椅子ごと退いた。

「この子の分までもらっちゃっていいの?」

 黒豹が低くうなり声をあげる。それを遮ったのはマントの女だ。どうやらこの女がリーダー格らしい。

「エリス、お遊びはそれくらいにしなさい。あまり人を驚かせると、またつまみ出されるわよ」

「失礼ね。さっきの店じゃ、ゼゼを絨毯にしてやるとか言われたんだから。黙ってるわけにいかないじゃないの」

 娘が目を怒らせていう。隣の客はテーブルの反対側に退散した。

「それくらいにしとけ。さあ、飯が来たぞ」

 十文字傷の男があきれたように言った。


 1時間後、空腹を満たした一行はだらけきっていた。銀髪の男は腕を組んで居眠りをしている。刺青の男は白目をむき、椅子からずり落ちそうになりながら天井に向かっていびきを立てていた。エリスは起きていたが、豹の目やにを取るのに余念がない。リーダー格の女は革の手帳を取り出して何かぶつぶつ言っていた。

「ねえ」帽子の少女が言った。片足を椅子の上に上げて抱え込み、テーブルに残ったチーズの塊をフォークでいじっている。「そろそろ部屋取らないと。ルディ、聞いてる?」

「そうねえ。でも、隊長様があんなだから」答えたのは手帳をいじっていた女だ。どうやらこの女がルディで、しかも一行のリーダーとリーダー格は別の人間らしい。

「やな予感がするんだけど……」

「そうね。流れが悪そう」ルディは手帳を閉じて目を上げた。視線をやったのは、十文字傷の男が博打を打っている3つ向こうのテーブルだ。

「ナハハハ! おい、どうする? また勝っちまったよ!」大笑いしたのは十文字傷の男の対戦相手だ。木の札をテーブルにぶちまけ、皿に載せたコインを手元に引き寄せる。「どうだい、まだやるか? 今夜は調子いいぜ。少しツキを分けてやりたいが、勝負の女神が俺から離れたくないってよ! よ、俺はそろそろねぐらに帰りてえんだが、お前どうする? もう一回やるか?」

「もう一回」歯軋りしながら十文字傷の男が答える。鼻にしわがよるほどきつく目を閉じて、口が三角形になっていた。テーブルの周りの男たちが歓声をあげる。十文字傷の男は木の札をテーブルに並べ、傍らの椀にサイコロをいくつか放り込んだ。からからという音がして、一瞬だけ場が静かになる。と、周囲からどっと笑い声が起こった。ツキは動かなかったのだ。十文字傷の男の手元にあったコインの皿が、テーブルの反対側へ移動する。相手の男が言った。

「今日は全勝だ。やべえな、ツキまくりだ。今夜はティラとジーナ二人とも呼ぼうかな。明日までに女神を追い払っておかねえと、きっと呪われるぞこりゃ」皿のコインをかき集めて、懐から取り出した皮袋に流し込む。しかし、口ではツキを強調しているが、慣れた手つきは職業賭博師のものだ。「兄さん、悪いな、今日は勝ちっぱなしで帰らせてもらう……」そこで口ごもった。

 十文字傷の男はいなくなっていた。そのかわり、さっきまで男がいたところには、額に十文字傷のある巨大な鳥が立っていた。鳥は翼が退化した二足歩行タイプで、背は大人の背丈より高い。アンバランスなほど巨大な頭に黄色いクチバシをもち、全身灰色の羽毛に覆われている。その鳥が歯軋り、いやクチバシ軋りだろうか、目を瞑たまま、カチカチ音を鳴らしている。テーブルの周囲にいた男たちがうわっと叫び声を上げた。

 次の瞬間、鳥の目が開いた。と同時に振り下ろされた嘴がテーブルの中央を突いて、分厚い木の板が真っ二つに割れる。立ち木のように太い脚がそれを踏み潰し、鋭い鉤爪で賭博師に掴みかかった。周囲の客たちが悲鳴をあげる。と、わしづかみにされそうになった賭博師の体が横に転げた。帽子の少女が全体重をかけて引っ張ったのだ。

「あーあ」もとのテーブルでエリスが言った。「どうすんのよ。これでも今晩ここに泊めてくれるの?」

「ギリギリまで部屋を取らなくて正解ね」ルディが言う。

 恐鳥は興奮していた。獲物を追って鉤爪を踏み出すと、木の床板がバリバリと音を立てて割れた。賭博師は腰が抜けたように四つん這いで逃げる。だが、捕まるのは時間の問題だった。「バルード! 目を覚ましなさい! いい迷惑よ!」帽子の少女は叫ぶと、鳥の下に入って片方の鉤爪を踏むと、次の瞬間、脚を上げる力を利用して側面にとりつき、退化した翼を掴んで鳥の背に飛び乗った。鳥は賭博師を追っていた頭を不意に上げると、少女を後ろに振り落とそうとする。少女はその首に腕を回して耐えた。

「目・を・覚・ま・し・なさいって!」

 恐鳥は背中の異物を諦めて、賭博師に嘴を振り下ろした。ターゲットは横に転げて辛うじて回避したが、嘴の当たった床に大穴が開いた。だがこの男のツキもとうとう尽きた。転げた先はホールの隅で、もうあとがなかったのだ。賭博師は仰向けのまま傍らの椅子の下にもぐりこもうとしたが、そんなもので防御になるはずもなかった。恐鳥は勝利の鳴き声をあげると、いったん首を引き、賭博師の腹に猛然と突きかかった。

 そのときだ。少女は旅用の上衣を脱ぐと、すばやく両袖を鳥の首に結びつけた。そして上衣の裾を咥えると、自身の腕も鳥の首に回し、恐鳥がくちばしを振り下ろした瞬間、鳥の喉元を中心にして、軽業師のように空中を一回転したのである。上衣の下に着ていた薄手のシャツが空気を孕み、旗のようにはためいた。次の瞬間、少女の体は鳥の首からすっぽ抜けて、ひらりと床に着地した。鳥の狙いは少女の体重分だけ手前に逸れて、床に寝転んだ賭博師の腹を外れた。

 数秒がたった。酒場客の誰もが、次の動きに身構えていた。だが、恐鳥の動きは止まっていた。少女の上衣が鳥の頭を包みこんでいた。

「バルード、聞こえる?」少女が言った。鳥は首をもたげたまま、喉の奥でごろごろと音を鳴らしている。

「手綱持ってくるから、このまま外へ出ましょ? いい子、今日は誰も殺さなかったね」 酒場の中に徐々にざわめきが戻った。みな遠巻きに様子をうかがっている。混乱は収まりつつあった。こうなると、少女は鳥以上に、酒場客のほうを警戒していた。混乱が完全に収まるまえに脱出したほうがよいのは明らかだ。少女は仲間が手綱を持ってくるのを待たず、恐鳥の脚に触れて出口へ誘導しようとした。と、まわりの視線を気にしたのか、少女はあいている腕でシャツの胸元を押さえた。実際に透けているわけではないし、別段そこを見られているというわけでもなかったが、身のこなしで勝負しているこの娘の服は、人が思うよりずっと薄いのだ。気になるのも無理はなかった。と、助けた賭博師が呼び止めた。

「すまねえ。助かったよ。ツキの女神はお前さんだったみてえだ」

 少女と鳥は足をとめない。

「だが、俺を突き飛ばしたときにスッた金は返してくれねえか。半分でもいい。全部はあんまりだ」

「ん? なんのことかな」 

「お前が隠してるその金さ。下から見えたぜ、おまえの胸はその三分の一もねえはずだ」

 やり取りに気づいた見物から笑いが起こった。少女がチッと舌を鳴らし、胸の前に回した腕を下げると、シャツの膨らみが下に落ちて、裾から皮の袋が出てくる。賭博師の持っていたものだ。

 賭博師はやはり賭博師だ。酒場の客から混乱が抜ければ、この鳥を倒せる可能性がないわけではなかった。この少女は争いを避けていて、しかもあの大金がかかっている。チャンスはある。

「ざっくりでいい。半分くらい抜いて、あとの半分を返してくれ。それだけあればほかの連中にも手出しをさせないでおける。いい取引だと思わないか?」

 少女は賭博師を睨むと、深々とため息をついた。そして皮袋の重さと大きさを確かめる。賭博師がその前に手をさしのべた。

 と、少女はくちばしの前に垂れた上衣を掴み、体重をかけて引き降ろした。結び目がほどけて鳥の頭があらわになる。真っ黒な目がぱちくりし、長い首がすいと天井まであがった。客がどよめいた。

「お、おい! やめろ! 悪かった! その布を戻し……!」

 賭博師があとじさる。次の瞬間、恐鳥のくちばしがその頭蓋骨をかち割った。死んだ男の体が床に倒れる。

「失礼ね。三分の一くらいはあるわよ。バルード、あたし先に出るからね!」

 上衣に腕を通しながら少女が言った。恐鳥は嬉しそうに人ごみへと駆けていく。悲鳴が起こった。

 ドアを抜けて通りに出た少女に、いつのまにか身支度を終えていた仲間たちが追いつく。

「クリス! お手柄じゃない。あれだけ飲み食いしたけど、その金で収支はプラスってとこ?」マントをはためかせながらルディが言う。

「これは悲しみの代価」クリスと呼ばれた少女が呟いた。「あたしの売り上げよ。協定で決めてある分しか分けないわ」

「けちねえ。もともとバルードのお金なのに」

 寒気のなか、だるそうに伸びをするエリスは不服そうだ。

「丸く収めてたら宿があったのに、どうするのよ。ああもう最悪。せっかくひさびさにベッドで寝れると思ったのに」

 地黒で刺青の男はくつくつと笑っている。銀髪の男のほうは、特段気にもしていない様子だった。

「武器に血をつけてないですから、深夜までに別の区にいけばなんとかなるでしょう。さっきの宿には手下を置いてきたので、次の宿が決まったらバルードの道案内をさせますよ」そういえば、この男が手に持っていた衣装ケースがなくなっていた。

「スケルトンは便利ね。収納も楽だし、変装もできるし、結構賢いし」エリスが言う。「でも、私は動物のほうがいいな」

 と、夜の街路に黄色い光が降りた。『かち割り骸骨亭』から火の手があがったのだ。皆振り返ってそれを見たが、肩をすくめただけでまた進みだした。

「あれでいて、人間並みの思考力あるのよね。まったく、都合のいいときだけトリ頭の振りするんだから」ルディが呟いた。

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