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犬と特徴のない隣人

 僕の家の近所に、少し変わった人がいる。顔も含めた姿形の全てに特徴がないのだ。何を取っても平凡というか、なんというか。少しでも目を逸らすと、もうどんな顔をしていたのか思い出せなくなる。そんな人、珍しくもないって思うかい? だけど僕は、本当に特徴のない人なんて、滅多にいないものだと思うんだ。時々僕は、その人が作りものなんじゃないかと錯覚してしまう。

 姿形には特徴がなくても、その人の生活には特徴があった。まず、何をして暮らしているのか全く分からない。何しろ、平日だって自宅にいるんだ。きっと、何かの自由業なのだろうけど、その態度からは専門的な職業の気配は感じられない。そして、その人はしょっちゅう犬を散歩していた。

 僕が仕事から帰ってくると、よく犬を連れている姿を見る。聞いた話じゃ、昼も朝も散歩をしているらしい。よほど、犬が好きなのだろう。犬の方は、飼い主と違って確りとした特徴があった。中型の賢そうな犬で、堂々と道を行く。かといって、威圧感は感じさせず、どことなく気品がある。

 犬は飼い主を前を常にトコトコと、速くもない遅くもないスピードで歩き、余裕がある。まるで主人を先導しているかのようにすら思えた。


 ある日の帰り道。

 僕はその例のその人を見かけた。やっぱり犬の散歩をしている最中だった。無言で、機械的な動きで散歩をしている。

 そのうちに、物陰から突然、人が出てきた。その人の前に立ちはだかる。手には刃物を持っている。なんと、どうやら、強盗らしい。

 「財布をよこせ」

 と、血走った目で強盗は言った。落ち着いた雰囲気はない。追い詰められて、気の小さな人間が… というパターンだろう。と言っても、僕も負けず劣らず気の小さな人間なので、その状況に何も動けなかったのだけど。足が竦んでしまって。

 その人は何も言わなかった。代わりに犬が「ウー」と唸る。

 「本気だぞ! 金を出さないと、本当に刺すぞ!」

 強盗はそう言った。しかし、特徴のないその人は相変わらずに何も反応をしない。が、

 「俺が本気だってところを見せてやる!」

 そう言って、強盗が犬に向かって斬りかかると、その人は身を挺して犬を庇ったのだった。しかも、背中に刃物が刺さっている。

 「ヒィ」

 それを見ると、強盗は悲鳴を上げる。大いに狼狽している。犬は、何とも情けない事に、主人が刺されたというのに、何もせずにそのまま逃げて行ってしまった。その瞬間、その人はドサリと倒れ込む。強盗はそれを見ると、

 「俺はしらねぇ」

 と、叫んで逃げて行ってしまう。

 僕はそこに至って、ようやく身体が動き、その人を介抱しようと近づいた。しかし、そこで奇妙な点に気が付いたのだ。刃物で刺されているはずのその人からは、少しも血が出ていなかったのだ。

 なんだ?

 そう思って、口に手をかざしてみても空気の出入りを感じられない。つまり、息をしていないって事だ。

 ……これは。

 重傷を負っているにしても、あれで即死というのはおかしい。いや、そもそも血が出ていないのは何でだ?

 僕はそう考えると、少しずつ怖くなってきた。やがて、足音が近づいて来る。犬の駆けてくるような音だ。それで僕は、慌てて物陰に隠れたのだった。

 見ると、あの犬が戻ってきたようだった。犬は主人の元に近付き、少し臭いをかぐような動作をすると、その後でこう言った。そう、“言った”のだ。

 「やれやれ、なんて事だ。壊されてしまったな。家に持ち帰って、直さなければ」

 僕は戦慄し、その場を動けなかった。そしてそれから、できうる限り、あの人には近づかないようにしようとそう思ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編小説の面白さが見事に演出されていますね。 [気になる点] 何もありません。 [一言] おもしろーい! 一発でファンになっちゃいました^^
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