『あなた』は冥土をご存知ですか?
空が荒れている。朝か昼か夜なのか。曇りなのか晴れなのか。それすら分からない色と雲。
紫と暗い赤が混じり合ったような空に濃い灰色の雲が漂っている。
草木が全く生えていない荒れた大地は平坦ですら無く、岩肌のように尖り、黒く煌めいている。
しかし、一帯だけは地面が平坦だった。
いや――平坦に『されていた』。
そして、その場所にはこの場所には似つかわしくない大きな屋敷がそびえ立っていた。
とても大きく、真っ白な壁に快晴のような青の屋根……場所が場所ならさぞ素敵な屋敷だったろう。
その屋敷の大きな門が鈍い音と共に開くと――
――メイドが現れ、誰も居ない筈の外へとお辞儀をしてみせる。
「お初にお目にかかります。
わたくしは『ユナ』、
『ユナ=グリッド・ラ・シエルフィ』と申します」
漆黒のメイド服には白が一切使われていない。代わりに緑色が処々に差し色のように入っていた。
ユナの髪も同様に緑色をしていた。常に瞼は閉じている糸目。荒れた地だという事を忘れさせる程の美しさを放っている。
「『あなた』は『冥土』をご存知ですか?
此処が『冥土』です。
死後の世界……という訳ではありません。こうしてわたくしも生きております。
この『世界』が冥土なのです。一つの世界であり、只の世界の名前に過ぎません。
わたくしは、わたくし共『メイド』は、誰かにお仕えさせて頂く事こそ誉れ。
それ故にお仕えさせて頂く『ご主人様』に相応しい人物を、永らく探しているのです」
ユナは振り返り、目を閉じたまま屋敷を見ている。
「しかし……わたくし共は誰一人として、この冥土へと『冥途』を共に歩もうと思えるお方、思って頂けるお方に出会えないのです」
「『世界』とは幾つもあります。その幾つもの世界を『全界』と呼ぶのですが、わたくし共は全界を自由に行き来出来る稀有な存在なのです。
世界にはわたくし共のように『力』を持たない人間しか存在しない場所もあります。
その世界の者達を別の世界へと転生させる『女神』……。その力で『異世界転生者』は新たな人生を始めるのですが……。
あまりにも世界が高難易度の場合。あるいは、女神に騙されていた場合。
その方はなす術も無く再び死を迎えてしまいます。
わたくし共メイドはそんな方々に仕え、サポートする事により少しでもよりよい世界にしたいと心から願っているのです。
しかし所詮はメイド……。
召使であるわたくし共と冥途を共に逝き、冥土にて永久に共に暮らし永久に仕えさせて頂けるご主人様を探すのは非常に困難……。
それでも希望は捨てず、今も尚、他の世界でお仕えさせて頂くのです」
過去に仕えていた数々の異世界転生者を思い出しながら、ユナは淡々と独りで語り続けている。
「そんなわたくし共ですが、他の世界でご主人様や他の方々……そしてその世界に関わる女神には『冥土のメイド』だという事はバレてはいけないのです。
あくまでその世界に以前より存在していた只のメイドとして生活しお仕えさせて頂く必要があります。
わたくし共は一方的に世界へと干渉し、異世界転生者に接触する訳ですから女神も良い顔をしないのです。
あくまで普通のメイドとして守り、支え、万が一の場合には気付かれぬように問題を処理する事が求められるのです」
再び正面を向いたユナは、淡い微笑みを浮かべながら言葉を紡いでいく。
「わたくしの話は如何でしたか?
本来このような事を他人に話すべきでは無いのですが、『あなた』は知っておいた方が今後の為には良いかと思いましたので。
だって、そうでしょう?
わたくし共の『物語』を見守って下さる方ですから、ね?」
――ユナの目が開くと、瞳が緑色に光り輝いて草木が鮮やかに芽吹いているようだった。
「今わたくしと目が合っている
『画面の前のあなた』
、ですよ?」
ユナから発せられる緑色の光は冥土を駆け巡り凄まじい風を生み出していた。
「ふふ、楽しみにしていて下さいね?
だって、
次に使えるのは異世界転生した『あなた』
かもしれないのですから♡」
ユナは悪戯っ娘のような無邪気な笑みを浮かべると人差し指を自身の口許へと当てる。
「それでは、楽しみにしております♡」
ユナは再びお辞儀をすると屋敷へと帰って行った。
設定
ユナ=グリッド・ラ・シエルフィ
糸目メイド。漆黒のメイド服には緑色の差し色。髪は緑色でとても長い膝丈ロング。髪先は巻いている。睫毛が長く閉眼中は翼のよう。開眼すると瞳も緑色で光り輝き、森のような草木を彷彿とさせる色や模様をしている。『世界』を自由に行き来出来る。
メイド
異世界転生者に仕え、陰ながら支える集団。何時か、全員が心から永久に共に居たいと思えるご主人様に出会い、冥途を共に逝き冥土にて永久に共に過ごし永久に仕える事が夢であり目標。未だに誰一人叶えられていない。
即ち、異世界転生者が王子や王女、女神等をも差し置いてメイドを選ばないと叶わない事であり、異世界転生者は元の世界へ戻る事は叶わない一方通行の為難易度は非常に高い。
屋敷
純白の壁に鮮やかな青の屋根。中は不明だが冥土にはこの建物しか存在しない為他のメイド達も居る筈。
冥土
死後の世界ではなく、一つの世界の名前。赤紫の空に灰色の雲。天気は変わらず雨も雪も降らない。地面は尖っているが屋敷の周辺は平坦にされている。




