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彼の方の、可愛い小さな化けたぬき  作者: サイ
下野国編

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7/18

 川は屋敷を出てしばらく歩くとすぐに辿り着いた。

 高氏も高国も着替えて、動きやすい小袖になっている。

 きらきらと光って眩しく反射する川に目を細めつつも、シイはそのままバシャバシャと水に入って行った。

「シイ……寒くないの?」

「つめたい!きもち!」

 シイはそう叫びながら、きゃっきゃと喜んで水遊びを始めてしまった。

 山の中ではなかなかこの水量の川がないから、見つけたらつい入ってしまう。泳ぐことはできないけど、水浴びは大好きだ。

 水の中に飛び込みながら口を開けて、そのままがぶがぶと飲んでみる。冷たくて、美味しい水だ。

「——あいつ……大丈夫か」

「そうですね、足の傷もあるので、安静に、と昨日言ったところなんですが……」

「いや、傷じゃなくてさ。なんか……」

「……………」

 確かに、違和感は凄まじい。

 今の所耳も尻尾も出ていないが、格好がちょっとおかしい。犬のように四つん這いになって、顔から水に口を開けて突っ込んでいる。楽しそうなその様子は、確かに、異様な光景だった。

「犬みたいになってるぞ」

 犬ではなく、たぬきではあるが。同じようなものか。

 高国は何とも言えなくて黙ってその様子を見ていた。

 しばらく見守っていると、ようやく満足したのかシイは水辺に上がり、石の上でごろんと仰向けになった。

 激しく遊びすぎて息が荒い。

 二人が近づいて来たのでシイは飛び起きて、体を激しく揺すった。水の飛沫が飛び散る。

「——っあ、よせよ、犬みたいに!」

「い、いぬじゃない!!」

 高氏の台詞にどきっとして、シイは慌てて否定する。

 犬じゃない、たぬきだ。——いや、たぬきじゃなくて。

「にんげんだもん!」

「分かってるよそんな事」

 ずぶぬれになったシイを見下ろして、高氏が呆れた声を上げる。

「水遊びしに来たのか?お前は」

「はっ。そだった!」

 シイははっとして辺りを見渡した。自分が暴れたせいで、水はすっかり濁って茶色くなっている。

 これではそもそも魚を見つけられないんじゃないだろうか。

 高氏は呆れたようにシイを見ているし、高国は——よくわからない。いつもの無表情で何も言わないから、怒っているのかもしれない。

 シイはぽたぽたと雫を垂らして立ち尽くした。服の裾をぎゅっと握れば、そこからまた水がぼたぼたと落ちていく。

「ご、ごめんなさい……」

 じゃりじゃりと小石を踏む音がして高国が近づいてくる。かと思ったら高国も水の中まで入って、シイを抱き上げた。

「——どうした?急に元気をなくして」

「っあ、たかくにさま、ぬれちゃ……!」

「川に来るんだから、濡れてて当たり前だ」

 高国の小袖がすっかり濡れてしまっても、言った通り気にしていないようだった。

 シイをしっかりと抱えて顔を覗き込む。

「傷が痛むとか?——痛いはずだよ。ざっくり切れてるんだから」

 そう言われると、怪我をしたところがずきずきと痛みだした。興奮して意識していなかった。包帯に少しだけ血も滲んでいた。

 高国がまだ濡れていない袖でシイの顔を拭った。

「水は冷たかっただろう。痛むのなら、今日はもう帰ろうか」

 シイは目に見えてショックを受けた。愕然として口を開けたまま、明らかに落ち込んでいる。

「——ぼく、ぼくが……」

「シイ?」

「ぼくの、せいで……みず、きたなくなっちゃったから……さかな、とれない?」

「違うよ。姿が見えなくったって魚は獲れる。シイの元気がないから——」

「ぼく、げんき!!」

 魚が獲れると聞いて、シイはすぐに元気になった。目を輝かせている変わり身の早さに高国は口元を緩ませた。

 ——あ、たかくにさまが、わらった。

 高国は表情があまり動かないけど、こうやって笑うんだ。

 それが分かるとシイは何だか嬉しくなった。

 にこにこと見つめ合って笑い合っていると、高氏がやれやれと言うように袖を折った。

「早くやろう。とりあえずこっちに上がって来い」

「はい」

 高国はシイを抱いたまま川辺まで移動した。それから岩の上にシイを降ろして座らせると、高国も袖を折って準備をする。

「——よし、あのあたりでどうだ?」

「はい。やってみましょう」

 二人で相談している。何かを始める雰囲気に、シイはふと人間の漁を思い出した。

「あ、ぼく、みたことある。あみ、なげるの」

「それは猟師だろ?私たちはそんなことはしない」

 高氏はそう言って、裾をめくって水に入って行った。高国もそれに続く。

「おい、シイ、やるぞ!」

 やると言われても何をしたらいいのか。首を傾げるシイに高国が水面を指さした。

「いいか、そっちからこっちに向けて、魚が他に行かないように岩で壁を作るんだ」

 そう言いながら持っていた()を川に沈めて、三角に設置する。あれは、吊り下げて虫よけや日よけにするものだと思っていた。どうして水の中に入れるんだろう。

 不思議に思っていると高国が手際よく、ごろごろと岩を動かして、簾から川を横断するように石を並べていった。

「大きい石は私と高国が運ぶから、シイは小さい石を並べろ」

 高氏が命じ、シイはモクモクと作業した。

 人に命令し慣れてる言い方だ。癪だけど、高国も従ってるから、同じように取り敢えず従う。

 あっという間に川の中に岩の壁が出来上がった。

「これで、向こうから追い立てたら、この簾の中に魚が入ってくる」

「ふわああああ」

 シイは感動して目を丸めた。

 これならシイでもできそうだ。どうして考えつかなかったんだろう。ついでにコツを聞いて、魚が入りやすく出にくい簾の設置の仕方を教えてもらう。

「——よし、後はできるだけ向こうから、魚を追い立てるだけだ。三人でやるぞ」

「はい」

「うん!」

「はい、だろ無礼者」

 高氏に頭を小突かれて、シイはむっと口を結んだ。

「——兄上。シイは家臣ではないので。まだ子供ですし」

「誰かが教えてやらねば、いつまでも分からぬままだ」

 高氏は引かなかった。

 シイを庇ったせいで高国が怒られたら大変だ。

「はい!!」

 そう思って、シイは大きな声で返事した。

「さかな、はやくやりたい!」

「……………」

「よし、行こう」

 高国がそう言って手を繋いでくれた。

 三人で遠くの方からバシャバシャと魚を追いかけて、簾に向かって歩く。魚の姿は見えなかったけど、ただ川を遊びながら移動すればいいだけだから、すごく楽しかった。

 途中は普通に遊びながらで、シイはまた水遊びに夢中になった。

「——よし、そろそろ見てみるか」

 高氏がそう言わなかったら、魚の事を忘れていたくらいだ。

 三人で頭を寄せて、そっと簾を開いて中を覗く。

「う、うわぁぁぁ」

 シイが歓声を上げた。

 そのにはいきのいい川魚が3匹、元気に動いて光っていた。

「おいしそう……」

 既に涎を垂らしているシイを高氏がまた怪訝な目で見た。

「生でおいしそうって、思うものか?」

「たべていい!?」

 高氏の言葉など耳に入っていないようだ。シイは目の色を変えて、目の前の魚を掴んだ。

「は?」

 高氏が信じられない、と言うように声を上げて初めて、だめだったのかとシイは止まる。

「みっつ、あるから……ぼく、いっこ……かとおもって」

 だめなんだろうか。

 耳があったら間違いなく垂れていただろう。

「——そうだな、三つあるから、一人一匹ずつ食べよう」

 高国が優しい声で、シイから魚を受け取った。

「でも、生では食べられないから、焼かなくてはいけないよ。——兄上、どうしますか」

 驚いていた高氏だったが、高国の問いには、にっと笑った。

「そりゃ、獲れたてをすぐに焼いて食べてこそ、だろ」

 二人は手慣れているようで、すぐに川辺で火をおこした。

 枯れ枝を集め、火打石で火をつける。

 ここからは、何をどうすればいいのかわからず、シイは見ているだけだった。

 着物が濡れているから焚火が温かい。シイは何もせず火にあたりながら、魚が焼けるのを見守った。この日食べた魚は、今まで食べたどんな食べ物よりも美味しかった。

 美味しすぎて、食べながらシイはぽろぽろと涙が溢れて、止まらなかった。

 熱々で、ほくほくして。そういえば、ばあちゃんが言ってた。火を使えばもっといろんなものが美味しいんだって。

 僕が、もっとしっかりしてたら、ばあちゃんはもっと長生きできたのかな。美味しいもの、たんと食べて……。

 ばあちゃんに食べさせてあげたかった。そう思うと、余計に、どうしても止まらない。

「——お、おい、どうした?そんな、骨ごと食べる奴があるか!」

 高氏に驚かれて、シイは首を振るしかできなかった。

 骨を喉に詰めたんじゃない。

「お、おいしくて、おいし、くて……ううぅ」

「そんなに言うなら……ほら」

 高氏が、食べかけだった魚を全部くれた。高国もまだ数口しか食べてなかったのに、全部シイにくれた。

 おかげでシイはおなかがいっぱいになった。

 人間って、シイには無関心なんだと思ってたけど。こんなに優しい人たちもいるんだ。

「ありが……ありが、とう」

 そう思ったら、シイはありがたくて切なくて、また涙がこぼれた。

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