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彼の方の、可愛い小さな化けたぬき  作者: サイ


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4/9

 黒塗りの盆に乗せられて運ばれてきた食事は、真っ白な米と味噌汁と、川魚の焼いたの、そして芋の煮物だった。

「うわああ……」

 着替えも済ませて髪も一つに括ってもらった。向かい合ってお膳が用意され、下女が桶を片付けて下がると、食べよう、と言われる。

「これ、たべていいの?さかな、ほんとに?」

 魚を捕まえるのは本当に難しくて。ばあちゃんが元気な時は何度か食べたけど、もうずっと食べてなかった。

「足りなければ、もっと持たせるから、遠慮せずに食べるんだよ」

「うん!」

 食べようと思って、目の前のお膳を見つめる。……この棒、知ってる。お箸っていうんだ。これをどうにかすれば食べ物を挟めるらしいんだけど。

 村で見かけて、自分も見よう見まねで小枝を使ってやってみたけど、全くうまくできなかった。

 高国はどうやるのだろう、と思ったら、じっと目を閉じて手を合わせていた。

「たかくにさま……?」

 どうしたんだろう。寝てるのかな。

 しばらく待っていると、高国はようやく目を開けて、シイと目が合う。

「なにしてたの?」

五感(ごかん)()

「ごか……?」

「私達の糧となる為に命を捧げられたこの食物と、作られた労力への感謝を思う。そして、それを得るにふさわしい者になれるかと内省するんだよ」

 シイはぽかんと口を開けたまま、固まった。何を言っているのかわからない。

 その顔があまりにおかしくて、高国は噴き出しそうになった。——表情は一見変わらないが。

 こほん、と咳ばらいを一つした。

「——まあ、要するに、食べ物をありがたくいただくということだよ」

 それならわかる。お腹を満たす程の食べ物にありつこうと思ったら、並大抵ではない努力と運が必要で。シイだって、たった一粒の木の実を食べるのに、ひたすら感謝しながら食べたこともある。特に冬は、飢えとの戦いだ。うまく冬ごもりするだけの食料を蓄えられないと悲惨なことになる。

 そんな事、一々考えなくても当たり前だけど。人間は自分で狩りに行かないから、忘れないようにしてるのかな。

 高国は箸を持って食べ始めた。それを見ていると、シイも食べたい。涎がどんどん出てくる。

「——どうした?」

 高国が固まったままのシイに声を掛ける。

「ぼく、これ……うまく、ないの」

「使わなくてもいい。手掴みで食べればいいよ」

「ほんと?」

 村では子供も頑張って練習して使ってたから、これを使わないと食べたらだめなんだと思ってた。

「ここには誰も来ないから」

「じゃ……じゃあ」

 ごくり、と唾を飲み込む。

 我慢できなくなって、シイは川魚を手で取って、頭からかぶりついた。がり、と骨をかみ砕く音がする。

 香ばしい魚の味だ。肝のほのかな苦みがたまらなく旨い。美味しすぎて涙が出そうだった。

 ぼり、ぼり、と音を立てながらシイはぺろりと魚を食べてしまった。

 高国は視界の隅でそれを確認していた。しばらく見てから、自分の食事を食べ進めた。

 高国の食べ方はとてもきれいで、全く音が立たなかった。ゆっくりと噛んで飲み込んでいる。お箸ですっと綺麗に魚の身だけを外して食べるのには、シイは驚いて見入ってしまった。

「そのあたま、たべないの?」

「ああ」

 そうなんだ。人間は魚の頭を残すのかな。それとも、高国がそうなのかな。

 シイの頭からは、もう人間のふりをしなくてはという考えが抜け落ちていた。その魚に身を乗り出す。

「それ、ぼく、たべていい!?」

「いいけど——」

 返事と同時ぐらいにシイはその魚をつかみ取って口に入れた。ぼりぼりと音を立ててあっという間に食べてしまう。それも、幸せそうに震えながら。

「……もう一匹貰ってこようか?」

 シイは急いで首を振った。

 欲張っちゃだめだ。魚なんて高級で希少なものをどんどん食べてたら、いい加減にしろ、出て行けって言われる。

 だって、シイはお世話にしかなっていないのに。太らせてたぬき鍋にするのでないのなら、何でこんなに優しくしてくれるんだろう。

「——汁は米にかけて食べるといいよ。やってあげようか?」

 どういう事だろうかと思いながら頷くと、残った汁を米に掛けてかき混ぜてくれる。食べやすくなって、シイはそれを飲み込んだ。具がなくなった味噌汁だったのに、米と一緒になると再びものすごく美味しい汁ものになった。

「おいしい……」

 あっという間に完食してしまって、空になった器を見つめた。

 ああ、なくなってしまった。でも美味しかった。この世にこんなにおいしいものがあるなんて。

 ばあちゃんが、人間は火を使うのに長けてるから、美味しいご飯が作れるんだって言ってた。

 すごいなあ。あんなに熱くて怖いものを自在に扱えるなんて。

「たかくにさまは、どうして、ぼくにごはんをくれるの?」

 高国は食べ終わって箸をおいて、また手を合わせていた。

「——お腹が空いてそうだったから」

「……………。かぞくでも、ないのに」

 他人に食べ物をくれるなんて、どうしてなのかが分からない。

「私は末っ子だから、お前を見て、弟のように思ったのかもしれないな」

「おとうと……」

 それって、家族って事だろうか。シイはどきりと期待に胸を高鳴らせた。

「といっても、私は14だから。お前より10も上になるけど」

 高国はお膳を板間まで運んだ。辺りはすっかり暗くなっていて、虫の声が沢山聞こえる。

 部屋の隅に置いてあった小さな明かりの火を使って、灯台の火をつける。灯台は木枠に和紙を張ったもので、その中に油の入った皿を入れ、そこに油芯を挿して火をつける。和紙に映った火が部屋の中をゆらゆらと明るく照らした。

 シイは明かりがなくても見えるけど、明かりとしてだけじゃなくて、その灯台の暖かい色はじっと見ていたくなる。

 ——弟。

 先程言われた高国の言葉を思い出す度に、胸がぽかぽかと温かくなった。

「おとうと……」

 その言葉を、シイは何度も繰り返して口にしてみた。




 食事をしてからしばらくは、灯台の明かりで高国は読書をしているようだった。

 シイは特にすることもなくてそれをじっと眺めていた。明るくしていても、御簾があるから虫が入ってこない。母屋の方も人の気配が徐々に減って、次第に屋敷は夜の静けさになっていった。

「——さて、もう遅いから寝ようか」

 高国が書物を片付け、手元の明かりを消した。

 途端に落ち着かなくってシイがそわそわとしだす。

「どうしたの?——あ、(かわや)ならこのちょうど裏手にある。私も今から行くから、一緒に行く?」

 シイは首を振ったから、高国は一人で離れを出て行った。

 高国がいなくなっている間に、きょろきょろと寝床を確かめる。

 まさか、この気持ちのいい畳の上で寝るんだろうか。ぴと、と横になってみる。確かに心地良いけど、ただっ広くて不安だ。

 それよりは、土間とか、木の根元とか。もっと言うならこういう——。

 板間の下の床下を覗いた所で、じゃり、と足音がした。

「——シイ?何してるの」

 不思議そうに高国が見下ろしている。いつの間にか夜着に着替えていた。

「えと、どこで、ねようかなって……」

「ここで寝起きしていると言わなかった?ここで寝るよ」

「ぼ、ぼく、あっちでいいよ」

 シイが指したのは板間の更に向こう、庭の片隅だった。

 本当は縁の下が絶妙に良さそうだから、入りたかった。いつも寝ている洞穴に似ていて安心できそうだ。でも、自分の下に誰かがいるのはあまりいい気分がしないだろうから。そこは遠慮しておく。

 うん、と頷くシイに高国は少し眉を寄せた。

「……シイは、いつもどうやって寝ていたの?」

「えっと……」

 洞穴で寝てたって言うと、おかしいよね。

 普通は村人はみんな、藁にくるまって寝てる。きっとあの中は温かいんだろうなって見てたけど、経験してないことを言う訳にもいかない。

「えっと、つちの、うえで……」

 何とか言ったシイの言葉は、衣擦れの音にかき消された。高国が着物を数着、畳の上に並べた。

「畳の上の方が寝心地はいいよ。試してごらん」

 寝床の感触じゃなくて……空間なんだけど。

「秋の風は冷たいよ。——おいで」

 高国が両手を広げている。それをみてシイは目を見開いた。

「——いっしょに、ねていいの?」

「うん」

 ほんとに?

 ばあちゃんが死んでから。誰かと一緒にくっついて寝るなんて、もうないんだと思っていた。

 シイは縁の下の魅力をすっかり忘れて、あっという間に高国の腕の中に飛び込んだ。

「——っうわ」

 急な衝撃に高国が均衡を失って、そのままどさりと着物の上に転がる。高国は怒るでもなく、そのままシイを腕の中に抱き締めて、着物を掛けてくれた。

 温かくて、安心する腕の中だ。いい匂いもする。

 お腹もいっぱいで、シイはすぐにうとうとと目が閉じて行った。

「おやすみ、シイ」

「ふあぁ……おやすみ。ばちゃ……」

 寝ぼけてむにゃむにゃとそんなことを言って、すぐに眠ってしまった。

 すうすうと言う寝息を聞きながら、高国は長い間じっとシイの顔を見つめていた。

布団代わりの着物って、何を使ってるんでしょうね。絹は皺になりそうだし、やっぱり木綿でしょうか。ちょっとごわごわしそうですね。

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