壱
秋の鎌倉。
日に日に冷たくなっていく風が頬を撫でる。
この日は長い葬列が道に連なっていた。
質素な直垂をつけた武家の行列が延々と続いている。事情を知らない者も、余程の要人の葬列だと分かる程の規模である。
葬列は足利邸を出発し、若宮大路の浄妙寺へと向かっていた。
ゆっくりと棺が運ばれる。
足利家の当主、足利貞氏の葬列である。
屋敷を出て小町大路を抜けると、高国は一度屋敷を振り返った。
幼少期からずっと過ごして来た屋敷は、懐かしさと、どこか冷たさのようなものを感じさせる。
高国にとってはこの鎌倉よりも、下野の国にある足利領の屋敷の方が落ち着ける故郷だった。この屋敷は、いつも重苦しく、どこか窮屈で——高国は息をひそめて生活していたように思う。
兄の少し後ろを歩きながら、足元の砂利の音に耳を澄ませていた。
通りを歩いていると人々の視線が、不穏な色を含んでいるように感じられた。
鎌倉幕府と朝廷の争いは日に日に緊張感を増している。
元弘の乱——後醍醐天皇の挙兵に対し、奈良へ向かった北条軍からはまだ鎮圧の知らせはない。町の隅々にまで不安が染み込んでいるのがわかった。
棺を載せた輿が、ぎしりと小さく軋む。
高国は兄、高氏の背中に続いて黙って歩いた。
気持ちが重く沈んでいるのは、父の死のせいばかりではない。
親幕派だった父貞氏が亡くなり、新しく家を継ぐ高氏がこの先どんな選択をするのか。今日この葬儀に参列した者達の目が、それを見定めようとずっとこちらを注視している。
喪が明ければ、幕府は足利に挙兵を求めるかもしれない。その時どう動くのか——もうあまり決断までの猶予はない。
父の死を悼むばかりではいられないのが、この重苦しい気持ちの原因だろう。だがきっと、高氏も同じ気持ちだ。
喪主として前に立つその姿は、すっかり頼もしく威厳も備えた風格がある。武家の棟梁として数年前から実質は高氏が足利を牽引していた。
数年前から共に政務を担うようになり、兄と共に働くのは高国の喜びでもあった。頼もしい兄の力になれるのが自分の生きる意味だと感じる。
そして高氏を側で支えてきた高国には、この先の足利の未来が見えているような気がした。
まだ、とても口にはできないが……。
「——美しいな」
高氏が呟くのが聞こえた。その視線の先を見て、高国もああ、と呟く。
「そうですね」
目指す墓所のある稲荷山は、まばらに赤く色づいていた。
秋の山を見ると思い出す。
10年前に出会った、一匹のたぬき——シイは、今頃どうしているだろう。
過ごしたのはほんのわずかな時間だったのに、あの時の記憶は高国の中で忘れられないものになっていた。10年経つと、自分は化かされただけだったのかとも思う。
高氏からは、ただ去った、と聞かされた。
人を極度に恐れるあの子の事だから、その人から襲われると言うのがとてつもない恐怖だったのかもしれない。
「今日は窮屈で長い一日になりそうだから、せめて景色くらい堪能しないとな」
「兄上……」
高国は声を落とした。
先頭の僧侶に続く棺は、家宰らをはじめとする重臣らによって担がれており、その後ろに高氏と高国が続く。それに、もうじき山門が見えれば、そこにはずらりと弔問の使者が並んでいるはずだ。そこには幕府の使者も大勢——いや、この情勢なのだから、どこに耳目があるとも限らない。
高氏は時々感情的になって喋ることがあるから、高国は身構えた。
「父上の顔、見たか?」
「……………はい」
死に目には立ち会えなかったが、別れの挨拶はした。
「眠るようだった。最期の最期まで、ずっと憂いていたというのに」
「良かったではないですか」
国を揺るがす政変の最中、さぞかし心残りだっただろう。幕府の重臣として国を憂いながら死んでいっただろう。
「生も死もただの自然の営みの一部だと言うじゃないか」
禅問答だろうか。ただ暇を持て余して話しているようにも思う。高国はただ頷いた。
「死ねば苦痛も憂いも消え去るのだろうか。父上の眉間に皺がない顔など、私は初めて見た」
「……よく見ればありますよ」
「羨ましいじゃないか。これからだぞ、大変なのは」
「兄上」
ちらりと見た高氏の顔は、いつもより少しやつれているように見えた。
確かに、いくら感情的になってもいつもなら不用意にこんなことを言う人ではない。
「お疲れのようですね。今日が終われば、少しゆっくりしましょう」
「そうだな……」
高氏は大きく深呼吸して、姿勢を正した。
目の前には浄妙寺の門が遠くに見えてきた。ずらりと並ぶ人の列に、高氏でなくてもうんざりとするかもしれない。
高国にできるのは、その手伝いをすることだけだが。




