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彼の方の、可愛い小さな化けたぬき  作者: サイ
下野国編

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14/19

壱拾肆

 鎌倉からわざわざ買い付けた甲斐あってか、高氏の土産は効果覿面(てきめん)だった。

 高国の為に買ってきたのにと文句を言いながらも、気前よく使わせてくれたのだから、やはり高氏も心配をしてくれたのだろう。

 数日すればシイの熱は下がり、起き上がって少しは食事をとれるまでに回復した。

 我慢強い性格なのか、痛みは相当つらいだろうに泣き言ひとつ言わない。口を結んで必死で耐えながら、布団の上でずっと丸まって過ごしていた。

 油断するとたぬきの姿で丸まっている。そうして何とか耐えているようだった。

 野生の獣がそうするように、じっと丸まって回復するのを待っているのだろう。

 それも落ち着いてくると、シイはまだ布団から出られないものの、ごろごろと寝返りを打ちながら過ごしていた。体力を節約しているようで最小限の動きではあるが痛みに耐えるような様子はなくなった。ただ回復に専念している、という様子だ。高国も付きっ切りからは少し離れ、母屋へ行く時間もできて日常の生活に戻って行った。

 高氏が鎌倉から戻ってきて数日後。

 朝、仏間で高氏に会うのも久しぶりである。

「——久しいな。病気怪我の時こそ、熱心に祈るものじゃないのか」

「そうしたかったんですが……」

 目が離せなかったのだ、仕方ない。

「安心しろ、私が祈念しておいてやったぞ。いつもは私より熱心な奴がなあ」

 揶揄(からか)われているのだとわかってはいても、兄弟でずっと続けていた習慣だから、高国は居心地が悪かった。

「面目ないです……」

 高氏は笑った。

「ちびは、どうだ?」

「熱が下がりました。傷口の腫れもひいてきたようで」

 今日は短めの座禅を終えて、二人は向かい合った。

 高氏自身も帰国後忙しく、話をするのも久しぶりだ。

「良かったな」

「はい。兄上も。無事のお帰りで、安堵しました」

「まあ、な」

 その表情が晴れないので、高国も表情を曇らせる。

「如何でしたか、鎌倉は」

「相変わらずだった。良くない方の、相変わらずな」

 しゅっ、と衣擦れの音をさせて、高氏が膝を寄せた。

 高国も身を乗り出した。

「私は、多分北条に嫌われている」

「まさか」

 咄嗟に出た言葉だった。

 今、この国を動かしているのは天皇でも将軍でもない。執権の北条一族である。

 その中でも足利家は、重臣の中の重臣。北条政権下でずっと優遇されてきた清和源氏の名門だ。同じ名門一族の中でも抜きんでて重用されてきた。

「兄上は重臣筆頭ともいえる我ら足利の、他でもない嫡子だというのに」

「それもな……。大父(おおちち)様の事もあるだろう」

 大父——祖父の足利家時は、高国が生まれる前に亡くなっている。分家との所領争いが起き、家時は幕府に仲裁を求めた。当然言い分が通ると思っていた申し出だったが、幕府は分家方の肩を持った。訴えが棄却された故自害した、と聞いている。若くして重職に就くほどに幕府からの信認を得ていたのに、ここぞという時に味方にはならず、失意の中に自死を選んだ。

「大父様の事は……色々と、複雑な背景と……不幸も重なったのだと聞いています」

「今も不幸が重なってるぞ。北条の血を継がぬものが次期棟梁なんだから」

 自分の事をそんな風に言って見せる高氏に、何と言っていいか困ってしまう。

 本来足利を継ぐはずだった亡き兄、高義の母は北条家門の娘だ。そうして北条と足利の結束が高まるはずが、妾腹の子が継ぐことになった。

「だと言うのに、積極的には私と(よしみ)を持とうとする誘いもない」

「それは……」

 北条の意思なのか、それとも足利としての父の意思なのか。それを考えるのには、情報が足りない。

 嫌われている、と言うのには、それだけのことがあるのだろうが。

「執権殿はどういう方なのですか」

 高国は勿論会ったことはないが、それでも高氏に若いうちから役職を下した上に、高の字も与えたのだ。祖父の事で足利宗家と北条の間には溝ができものの、依然として関係は良好だと思っていた。

「執権殿は……政治に関心のない方だ。好きじゃないんだろうな」

「好き嫌いの話ですか」

「今回も呼ばれたぞ、あれ。田楽」

「ああ……」

 現執権、北条高時の田楽好きは有名である。対して兄の高氏は芸能に関心がないから、さぞかし苦痛な時間だったのだろう。高国は笛くらいは嗜むが、高氏はそれもしない。

「私は酒に酔って顔を赤らめた姿しか見たことがない。あんまりだ」

 高氏の台詞には、怒りが滲んでいた。

「本当に……あんまりだ」

 しばらく沈黙が流れる。

「そんなに……ひどい、有様でしたか」

 高国はもう2年近く、領地を出ていない。父が留守を言いつけてくるからだ。

 留守を守れという事なのか、それとも鎌倉への道が危険だからなのか。または、後継者全てを鎌倉へ連れて行くことに、何か危険を覚えているのか。

 だから、領地外の様子は兄に聞くしかなかった。教師や家臣に聞いても、体裁よく言われたり言葉を選ばれて、本当に知りたいことが分かりにくい。

「——鎌倉への道は、行くたびにひどいものだ。浮浪者はあふれかえり、立ち行かなくなった元武士が徒党を組んで。それでも、私達は武装しているから、これまでそうそう襲われることなどなかったのに……この度は、下野国を出た途端、賊党に出くわした」

 目と鼻の先だ。高国は驚く。

「一時も油断ならなかった。利根川の渡し船ですら、物盗りに遭いそうになった」

「ご無事で、良かったです」

 もちろん随行の護衛には屈強な者を揃えているし、武器も馬も一等品を使っている。万全を期していても、それでも危険と言うのだから。

「お前が来なくてよかったよ」

「……はい」

「御家人は困窮し、地方へ行くほどにその様は深刻だ」

 高氏は声を一段落とした。

 それを見て鎌倉へ赴いたら、当の執権は遊興にふけって贅沢をしている。兄からすればたまらなかっただろう。そこまで器用な性格でもないから、不満が顔に出てしまっていたのかもしれない。

 本来兄は快活な性格だし、利他的に物事を考える人だから、慕う人も多い。

 そんな兄が北条に嫌われている、と言うのは、両者の関係性でいうとあながち間違ってもいないのかもしれない。

「だがな、足利だって、例外とは言えないぞ。私達も、忠義を示し続けられぬなら捨てられるだろう。大父様がいい例だ」

「……………」

 破滅の足音が、少しずつ迫ってきているのかもしれない。

 足利を継ぐのが北条派閥の兄ではなく、足利家門の中から生まれた兄であるというのも、そういう時代の流れに乗っているような気がしてならなかった。

 泥船に乗っているのか、起死回生を計れるのか。あまりにも話の規模が大きすぎて、何を言っていいのかも分からない。

 間違いなく時代の岐路に近付いている。

「——例の……来客は」

 夜中、身分を隠して足利の屋敷を訪れる者。

 今回もあったのだろうか。父は、どうしたのだろう。

「あったぞ。あれは……」

 その正体を語るのは初めてだ。知らず拳に力が入った。

「——天皇(みかど)からのものだ」

 やはり。

 そう思うのと同時に、とんでもないことだと背筋に冷たいものが流れる。

 それはつまり、倒幕——謀反の企みに他ならない。

 高国が表情を固くするのを見て、事の重大性が分かっていると判断したのだろう。

「ちょっと、ここでしか言えないこと言うぞ」

 高氏は更に声を潜めた。高国の顔は更に固くなる。

「父上は決して、首を縦には振らないだろう。隣の部屋にいろとは言われたが、決して姿を見せるな、と言われた」

 話し合いは知っておく必要があるが、引き合わせないと言うことは、懇意にするつもりがないということだ。

「それで通るのですか」

 時代は朝廷——後醍醐天皇へと風向きを変えてはいないのか。

 足利はあまりにも幕府の中心にいる。いつまでも傍観者では許されない。

「父上の思惑が何であれ、私もあれと仲間内になるのは、嫌だ」

 あれ——来たのは使者だろうが、その言い方には嫌悪感が滲んでいた。

 高氏は仏間の質素な仏像に視線をやった。

「幕府から取り戻したものが御家人に渡るだろうか。結局は朝廷のいいようになるんじゃないか」

 訪ねて来た使者は、相当高価なものを身につけていた。

「御家人の困窮、国の衰退——それを憂うと耳に良いことを言うが、実際の所、質素倹約とは一番程遠いところにある御方だ。民の生活とかけ離れすぎている。言葉がいちいち薄っぺらくて、説得力ないんだよ」

「まあ、それは……なにしろ尊き方ですから」

「食事がある、寝床がある。それだけで満足できない者達が、ああでもないこうでもないと私腹を肥やすことに目の色を変えて。——全く、馬鹿馬鹿しくて呆れかえる」

 高氏の言葉には、全く同感だった。

 まだ若い自分達には、家門を動かす力もないし、何かを決める権利も持たない。

 いつかは継ぐだろう家だが、それはまだ先のことで。

 見えるものがあり、憂う気持ちも人一倍強いのに、何とももどかしい思いだった。

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