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彼の方の、可愛い小さな化けたぬき  作者: サイ
下野国編

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10/18

 新しい草履が嬉しくて、シイは嬉しくなって駆け回った。

 しかも、辺りには耕したばかりのフカフカの土が広がっていた。

「うわっ……!!」

 足を踏み外して、畑の中に転がり落ちる。

「シイ!!」

「わあ……ふわふわあ」

「そっちはまだ種を蒔いてねえからな」

 ほっとしたような高国の横で、畑の主人が教えてくれる。

「坊主、遊んでていいぞ」

 シイが何者かも分からないものの、高国に世話をされているからどこかの武家に連なるものと思われているのかもしれない。農家の主人は丁寧な物腰で応対してくれている。

「たね、まかないの?」

「ここの辺りは、今一つでなあ」

 主人の物言いに、高国がしゃがんで、土に触れた。

「土は問題ないようだけど……」

「土も水も同じなんですが。ここは育ちが悪くて」

「なぜだろう……」

 高国は空いた時間を利用して、数年前から実験を行っている。

 海の向こうの古い書物の中に、農業の革新的な記述が散見された。それらをまとめて、この領地でも使えないかといろいろと試している。その甲斐あってそれなりの成果が出ているところだ。

 ゆくゆくは、こういった制度でこの領地を豊かにし、兄を支えていきたいと思っている。

 稲作は国の基本である。

 土に何か問題があるのだろうかと、畑に入って調べてみる。 

「あっ」

 シイが小さく叫んで駆け出した。

 畑の中を駆けまわって、一見すると駆け回って遊んでいるようにも見える。

 主人も種蒔きの方へと去って行ったから、しばらくはシイと高国で畑に入っていた。

 ふと見上げると、シイがお尻を高くして四つん這いになっていた。

「シ——」

 呼ぼうとして、高国はぎょっとした。

 シイのお尻から、ふっくらした太いしっぽが、着物の間から出てしまっている。何に夢中になっているのか、ふりふりとお尻を揺らす度に尻尾もゆらゆらと揺れる。

 辺りを見れば、誰もいない。しかし、見られたら大変だ。

「シイ!」

 呼んだのと、シイが飛び跳ねたのが同時だった。

 シイは急に飛んだかと思うと、両手を土の中に突っ込んで、うつ伏せになっているように見えた。こけたわけではなさそうだが、急に土に突っ込んでいって、けがはないだろうか。

 高国は駆け寄った。

 一段低くなった畑の中で、シイは両手に何かを握りしめていた。

「シイ……?どうしたの」

「あのね。これ!」

 土の上に寝ころんだまま差し出されたのは、シイの手よりも大きな何かの獣だった。

「鼠……?」

「ちがうよ。これはね、えっと……」

 なんだったかな。昔ばあちゃんが教えてくれた。

「もぐら!」

「もぐら……」

 確かに、よく見れば爪が鋭く、鼻がとがっている。

「ここは、もぐらがたくさんいるよ」

「——ああ、だから」

 もぐらが根を食べてしまって、農作物が育たないのか。

「つちがふかふかだから」

 はい、と渡されて、高国は近くにあった布袋でそれを受け取った。

「ぼく、つかまえるね!」

 どうやらシイには、もぐらの動く音が聞こえるらしい。いつの間にか耳まで出て、ぴくぴくと動かしながら、一点目掛けてとびかかる。

 結局、5匹ものもぐらを捕まえてしまった。

 シイは泥だらけになってようやく落ち着いて、いつの間にか耳も尻尾も引っ込んでいた。

 主人がやって来た時に間に合ってよかったと、一人高国は胸を撫でおろす。

「なんてこった!!もぐらを捕まえるだなんて。こいつは本当に厄介で、どうしたって捕まらなかったのに!」

 主人は相当感謝していた。

「こんなこんまいのに、土の中だからなかなか捕まらねえんだ」

「もぐらはね、めがみえないんだよ」

 シイはばあちゃんに教えてもらった話を思い出して、得意げに言った。

「むかしむかしね。おひさまにむかって、ゆみをひいたばつで、めがつぶされちゃったんだって」

 こわいね、といいながらシイは布袋のもぐらをまじまじと見つめていた。

「——何にせよ、大助かりだ。水を入れようが地面を叩こうが、どうにもならなかったもんで。——ほら、これをもっていってくだせえ」

 主人はニワトリの卵を5個もくれた。

 遊びの延長でもぐらを捕まえただけなのに、感謝されて頭まで下げられて。おまけにこんなに貴重な卵までもらえて、シイは目を輝かせた。

「たかくにさま、たまご、たべていい!?」

 いいと言ったら殻ごと飲み込みそうな勢いだ。また耳が出てきても困る。

「——持って帰って、調理してもらおう」

「ちょうり……やくの!?」

「焼いたほうがおいしいよ」

 シイが目を輝かせた。

 あまり卵を食べる習慣はないが、きっとシイは卵が大好きだろう。

 どこかの異国では卵は大変栄養があると、書物に書かれていた。どちらかと言うと宗教的に忌避されるから進んで食べることはないが、狸のシイにとっては宗教の教えなど関係ないだろう。

「厨房に伝えておくから——まずは、帰ったら風呂だな」

 そういって二人はもぐらの代わりに卵を貰って屋敷に帰った。




 屋敷では、あらかじめ風呂に入ると言っていたようで、かえったらそのまま本殿の風呂場に通された。

 湯気ではなく、お湯を張った風呂である。

「——え、おみず?このなかにはいるの?」

「そうだよ。おいで」

 高国が先に湯船の中に入って行った。辺りには湯気が立ち込めている。

「あったかい……」

 部屋の中に入っただけでも、外と随分と違う。

 この量のお水を箱の中に入れるだけでも、一体井戸を何往復しないといけないのだろう。その上、沸かしたお湯を入れるだなんて。

 その労力に、目が回りそうだ。

「ど、どうやって……」

 ぶつぶつとシイが呟きながら動かないから、高国がひょいと抱き上げる。

「わわっ」

 そのまま、高国と一緒にお湯の中に入っていった。

 ちゃぷん——と水音がする。

 冷えた身体を一気に温める心地よい水温に、シイは瞬時に脱力した。

「ふぁぁあ」

 なんで気持ちいいんだろう。

 今まで味わったこともないほどの気持ちよさだ。

 じわりと温まって行く。冷え切った指先がじんじんとと痛むほどで。

 全身の血の巡りが良くなって行くのがわかった。

 気の抜けた顔で目を閉じ、口も半開きになってその隙間から、少し人にしては鋭いような牙がのぞいている。

 頭からは既に耳が飛び出ていた。

 毒気のない顔だ。まだ幼すぎるほど子供で、人の子よりも純粋に思う。

 こんなに小さくてあどけない子がなにか悪さをするようにはとても思えないし、森で生きていけるとも思えなかった。

 シイはそのままうとうととし始める。

 高国は体をささえながら、ゆっくり髪を洗ってやった。

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