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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宝石箱

作者: 佐伯帆由


 とある令嬢が、亡父の後妻や義理の姉たちから使用人のように扱われ、不遇な日々を送ってきたが、ひょんなことから第五王子に見そめられて結婚を申し込まれ、幸せな日々を送っているそうである。


 めでたしめでたし。


 世間の皆様もこの夢物語のような実話に沸いている。だから私のような者でもこの話を知っている。


(そうですか、よかったですわね。

 でもね、世間の皆様。不遇に耐えている令嬢は、かの方以外にもたくさんおりますのよ。そこから救い出してくださるような男性のアテのない私のような者が、ごまんと!)

 私は呟く。


 私と、かの方の境遇はそっくりだ。母が亡くなり、父が再婚した後妻には私より数ヶ月だけ年上の連れ子がいて、その父も亡くなり、後妻と連れ子は私の両親の資産で生活し、私は使用人扱い。

 私は現在、十三歳。十歳で母を、一年前には父を亡くして、義母と義姉と暮らしているのだ。

 しかもこれがそんなに珍しい話でもないから、この国も終わっている。


 考えてみれば、お義母様も似たようなものなのかもしれない。義母の初婚の相手で義姉の父親は、義母よりずいぶん年上の男で三度目の結婚だったそうな。義母は困窮する実家のために身売り同然で嫁いだと聞いている。

 その考えで言うと、私の亡き父は、義母にとって「救い出してくれる王子様」だったのかも。王子様が亡くなった後にも居座り続ける王子様の娘(私だ)を使用人扱いして、「いつまでも幸せに暮らしました」な状況を謳歌しているのだろう。

 つまり立場も経験もずっと上の義母は強者で、未成年の私はまだ庇護を必要とする弱者。弱者が強者に喰われたということだ。

 

 では弱者が強者に立ち向かうには、どうすれば良いのか。「信じていればきっと叶う」と現況を耐え忍んでいても、現実には王子様がガラスの靴と王子妃の座を抱えて向こうから現れる、なんてことはほとんどあり得ない(「ほとんど」というのはつい先日、その例外中の例外たる出来事が起こったからだ)。信じて待っているだけでは無論、ダメだ。


 不遇を(かこ)つ令嬢方が第五王子妃となった方に対し「なんであの子だけ」「私だって」と思ってしまうのも無理からぬことだ。そして二匹目のドジョウを狙うべく、争奪戦が勃発する。

 強者に抗おうとするのは、なにも女性だけではない。男性だって良家の令嬢との縁を望む。かくして、人生を賭けたブン取り合いが熾烈を極めて見苦しいほどらしいのだが、騒動の根底にある原因が第五王子の結婚であるため上層部もあまり厳しく咎められないらしい。


 かく言う私も、その争いに参戦するにやぶさかではない。が、この戦いに臨むには、必要なものがある。どこの家にどんな子息がいて、その家はどんな立場にあるのかという情報だ。

 それも知らずに死闘の最中に身を投じるなんて無謀すぎる。ではそんな情報はどこで得るのか。義母が私に教えてくれるとも思えない。となると。

 社交だ。詰んだ。



 争奪戦は諦めて、職業に就くべく学問や技能に道を見出す手もある。優秀な成績や特殊な技能を活かして活躍する人もいるからだ。かく言う私も父が亡くなるまではそれなりの教育を受けさせてもらった。

 だが知識や技術で身を立てるには、学習や訓練が必要となる。そんなものをどこでも得るのか。義母が私に身につけさせてくれるとも思えない。となると。

 学園だ。詰んだ。



 社交にも学園にも縁がない私のような者だって安定した生活を求める。それなら受け皿は二つある。軍隊と娼館だ。

 しかしだな。いくら闘志あふれる私でも、娼館はごめん被りたい。そこで成り上がるのも、義母の初婚のように金のために嫁ぐのも、同じようなものなのかもしれないが、少なくとも娼館の方が病だの暴力だののリスクが高い。私が入れそうな娼館のレベルを考えると、五年後の生存率はいかほどか。

 では軍隊はどうかというと、女性の受け入れもあるが、私のような栄養不足のヒョロヒョロは兵士として金をかけて訓練する価値があるとみなしてもらえず、よくて下働きか娼館と同じ仕事をするかだろう。やはり五年後の生存率は低いと言わざるを得ない。



 あふれる闘志と根性以外で私が持つのはささやかな貴族籍だ。これを売って小金を手にする方法もなくはないが、これを手放すと就けない職業もある。例えば高位の令嬢の侍女などだ。できれば手放したくはない。どうやら八方塞がりの状況だが、ここで諦めて涙に暮れているわけにはいかない。私は傅かれる側の令嬢としての立場を諦めることにして、義母に面会を求めた。





「使用人として行儀見習いに出たいと思います。住み込みで給金が出るところを紹介していただけませんか」


 私の言葉に、義母は目を細めると胡散臭そうに眺めた。


「なぜ?」

「私は現在、十三歳。成人して婚姻可能な十六歳になるまで、あと三年もございます。父の喪が明けた今、このままでは私は単なるお荷物。お給金がいただければ自ら身を立てることができます」


 義母は眉をひそめた。


「私の継子が下女の真似など」


 私を使用人扱いしているくせに、どの口がそんなこと言いますか。


「下女ではありません、あくまでも行儀見習いです」


 義母は逡巡していたが、ニンマリと笑って口を開いた。


「行儀見習いに出るには支度金がいるのですよ。それにお前がいなければ新たに使用人を雇わなければなりません。私が用立ててやってもいいですが、お前はその給金とやらを私への返済に充てなければなりません」

「えっ……」


 つまり給金は全額没収ということだ。私は驚いた顔をして見せたが、これは想定内だった。義母ならそのくらいはするだろうと思ったのだ。驚いて見せれば嬉々として私を行儀見習いに出すだろう。


「それと、お前の母親が残したという宝石箱。お前が成人したら受け継ぐはずです。これはお前が支度金を返せなかった時の担保にします」

「えっ……」


 私は今度は純粋に驚いた。


「……宝石箱を、担保にですか?」

「そう。見習い期間はお前が成人するまで。それが終われば、お前には私が決めた縁談を受けさせます」


 義母が初めから宝石箱を取り上げるつもりなのはわかったが、私は殊勝に頷いてみせた。


「良いご縁をいただくまでは、見習い先で身につけた技術で、お義姉様の身の回りをお世話したいと思います」


 義母は目を見開き、また逡巡した。


「そうね……。優秀な侍女の存在は令嬢の格を上げます。お前がその気なら、きちんと躾けてくれる先を探しましょう」


 私は立ち上がり、義母に(あるじ)への礼をして見せた。


「お義母様、いえ、奥様。ありがとうございます、精進します」


 義母は相変わらず冷たい目で私を見ていたが、手を振って私を退出させた。



 私が行儀見習いに出た館には、小さな二人のお嬢様と二人のお坊ちゃまがいて、私のような見習いも大勢いるようなところだった。

 見習い先は厳しかった。だが私は全力で努力した。私よりも器用な者はいた。しかし、私ほど死に物狂いで努力した者はいないと自負している。本物を見分ける眼を養い、センスを磨き、美容に関する知識を吸収し、技術を身につけた。

 そして時折帰省しては、得た技術を全て義姉に注いだ。

 なぜって?

 義姉には、できるだけ良い人に見初めてもらわなければならないからだ。人脈の広い、有能な人になら、なお良い。

 私の嫁ぎ先は義母ではく、義姉の夫に決めてもらいたいのだ。義姉の夫なら、少なくとも悪意を持って妻の義妹の嫁ぎ先を選んだりはしないだろうから。それには将来の義兄にはできるだけ高位で裕福で優秀で心優しくいてもらいたい。そんな優良物件を手にするためには、義姉にはできる限り美しくいてもらわなければならないのだ。

 義姉は私が帰省するたびに、どんどんと美しくなっていく。義母は満足そうだった。


「これならお前が成人した後も、侍女として使えそうね」


 義母の呟きに、私は嬉しそうに主への礼をして見せた。

 義姉はというと、私のことを完全に、主人に忠実な使用人とみなしていた。それでも、だんだんと私の技術に依存していく様を、心の中で喝采をあげながら見守っていた。



 二年ほど経つと、私は住み込みから通いでの見習いを許可された。

 通いででも働いて欲しいと願われるということは、使用人としての価値が上がったことを意味する。義母は婚活が本格化している義姉をさらに磨くため、私を使用人部屋に住まわせることに同意した。通いになれば給金が増えるし。

 そうそう、給金といえば、見習い先には給金の一部を積み立てなければならない制度がある。これは退職時に本人に支給される。それに、時折頂ける特別手当なども貯めることができる。勿論、義母はそのことを知らない。見習い本人でなく、実家に給金が支払われる場合は、この措置がとられるのだ。配慮の行き届いた職場で本当に良かった、そこのところだけは義母に感謝する。微々たるものだが、それでも貯まっていく退職金を思えば仕事にもますます精が出るというものだ。

 私は通いであっても努力を続け、事あるごとにいかに義姉が美しいかを宣伝した。義母はせっせと義姉を夜会や観劇に連れ出し、我が家でも茶会などを開くようになった。その甲斐あって義姉には縁談が舞い込むようになったが、義母はより高みを目指しているようだった。

 その頃になると義姉の美は私の腕が不可欠で、また見習い先から仕入れる社交界の噂話などにも、義姉は耳を傾けるようになっていた。今やこの家に、私はいなくてはならない人材となった。


 家にいることが多くなると、我が家で開かれる茶会や鑑賞会で義母が招待した子息らと接触することも増えてきた。すると、私に興味を持つ方も現れ始めた。


「君は縁談を受け付けないそうだね」


 職場の館でもよく見かける令息が、私に話しかけてきた。


「私の縁談は義母が決めますので。あと少しは未成年ですし」

「だが、君の父上の血を引いているのは君だけだろう。それが連れ子の侍女をしているのはなぜだ」


 私は肩をすくめて見せた。


「爵位を持っていたのは父です。父は私ではなく義母に爵位を譲りました。そして私は義母の血は継いでいません。そういうことです。我が家程度の家格では、よくあることですわ」


 令息は面白そうに眉を上げて私を見るので、私はそっと目を逸らした。

 

「だから僕の求婚を断ったの?」


 そう、この軽薄そうな令息は、以前私に婚姻を申し入れたことがあったのだ。


「お断りしたのは義母です。理由は存じません」

「お義母さんが断っちゃって、少しは残念に思ってくれた?」

「私はお申し込み自体を存じませんでしたので、なんとも申し上げようがございません」

「僕の求婚を知らなかったの!?」

「いくつかお申し出をいただいたけれど、全てお断りしたとだけで、どなたからとは」

「そっ……かあ」


 私は彼を見返した。義母がこの人を断った理由もよくわかる。彼は家はそこそこ裕福だが三男なので、私を嫁がせる旨みがないからだ。


「残念だな。しかも恋敵(ライバル)が複数人いるとはね。ま、君自身がその気になったら、是非また申し込みたいな。じゃあね」


 彼はヒラヒラと手を振るとその場を去った。やっぱり軽薄そうな人物である。




 それ以来、職場の館でも実家でも、この令息はよく私に話しかけてくるようになった。だが、どれだけ私に話しかけても無駄だ。私の縁談を決めるのは、今のところ義母だ。そして、義母は私に興味を持って大切にしてくれるような男性の元には、私を嫁がせたりしない。義母が狙うのは、結婚後にも義母が私から搾取しても文句を言わなそうな人物だからだ。裕福ならなお良いらしい。

 当初の計画では、もうとっくに義姉はあの義母を抑えられるような相手を捕まえているはずだったのに。義母が選り好みするから。私ももうすぐ成人を迎えてしまう。少々計画を変更してでも、急いだ方がいいかもしれない。



 私が成人を間近にしたある日。

 その義姉がやらかした。


「か、駆け落ち、ですか!?」


 職場に現れた例の令息から、私は衝撃の知らせを受けていた。


「駆け落ちじゃない。ま、似たようなものだな。とある殿方に、君の義母上の許可なく嫁入りしたんだよ」

「よ、嫁入り……!?もう嫁いでいるのですか?」


 義姉はしばらく前、成人したばかりである。あまりの早技に、私は動悸がするのを自覚した。


「そう。君の義姉上には恋仲の男がいたが、嫡男だったので婿を必要とする君の義母上は許可しなかった。だが二人は諦めずに、殿方の両親も後押しして義母上にないしょで嫁いだんだ。どうやら義姉上の実父の家も協力したようだね」


 彼は私を横目で伺った。義姉の実父の家とは義母の初婚の相手だ。我が家とは直接には縁もゆかりもない。そんな家が何故。私は無言で先を促した。


「ところが、義姉上が嫁いた家というのがなかなかに強欲というか。君の義母上に、後継がいなくなったならウチが面倒を見てあげましょうと申し入れたらしい。実父の家も、血縁の権限で義姉上に結婚許可を出した上で、義姉上の血縁者が義母上も守るべきだと申し入れたとか」


 私は息を呑んだ。


「それって……」

「そう、事実上、君の家は寄ってたかって乗っ取られかけている。そもそも両家が義姉上の嫁入りを助けたのも、それが狙いだったのかもね。

 さて、君の義母上はどう出るかな?僕だったら、前夫の家なんかに乗っ取られるくらいなら、従順な義娘に婿を見繕って、とりあえず家を継がせることを選ぶけどなぁ」

「それで義姉の嫁入り先は黙っているでしょうか」

「今のところは大人しくしているよ、君の義姉上が既に嫁いで手元にいる以上、義母上も何もできまいと思っているのさ」

「……」


 私は返事ができなかった。


「君が何を考えているかわかるよ。宝石箱だろう」

「……!」


 私はまたしても返事ができない。図星だったからだ。


「貴族の子息を婿に迎えるのには金がかかる。結納金は婿に来てもらう場合、嫁入りの倍はかかるんだ。そして君の家にそんな金はない。ところが」


 彼はニヤリと笑った。


「なぜか君の義母上は、君がもうすぐ受け継ぐ宝石箱の中には金銀財宝がザクザク入っていると勘違いしているようだ。だが僕は、とある(コネ)を利用して、宝石箱を管理している金庫に目録をもらったんだけどね。あるのは本当に宝石箱だけで、中身はカラッポだそうじゃないか」

「……」

「君、知ってたね」


 私は返事をせずにそっぽを向いた。

 そう、私は知っていた。母が亡くなった時点では、宝石箱には中身が詰まっていた。だが母が「宝石箱を継がせる」と遺言したので、父は「中身についての言及はない」と言い、奪っていったのだ。そして自身の遊興や、義母や義姉に費やしてしまった。宝石箱そのものにも価値はそこそこあるけれど、婿を迎える結納金には到底、届かない。


「どうして今まで黙っていたのかな?アテにしていた宝石箱がカラッポとなれば、義姉上の婿の結納金が用意できなくて破談、義姉上は婿は取らずに嫁に行くしかない状況を作りたかったとか?それとも恥をかかせたかったのかな?

 でも君、困った立場になったじゃないか。義母上は、君の婿にはとにかく義母上に従順そうな男を選んでいるようだよ。素行なんかは二の次だ。そんなのと結婚すれば君は一生、義母上から搾取され続ける。

 そこで僕の登場だ。僕なら結納金がなくても喜んで婿に入るし、三男だけど士官してるから収入もある。義母上の用意する縁談を避けるにも、僕と結婚してくれないか」

「義母は、宝石箱の中身については?」


 彼の求婚には答えず、私はそう聞いた。


「まだ知らない。でも、もうすぐ知ることになる。目録を送ってやったからね。さて君は、縁談の相手は結納金がないと知れば、君との縁談を望まないだろうと思ってる?どうせまとまらない縁談だから大丈夫だと?でもね、それがそうでもないんだ」

「どういう事でしょうか?」

「今、君の義母上は焦っていて気付かないが、その義母上に従順な男とやらは、義母上の前夫の家が送り込んだ男なのさ」

「え?」

「目録を取り寄せたと言ったろう?そしたら、僕の他にも取り寄せた人物がいたんだ。義母上の前夫の家だ。あの家は宝石箱が空なのを知っている。それでも手の者を婿入りさせようというのは、義母上に結納金を約束させた上で、払えないことを理由に君の家の家督を譲り受けようとしているのさ」

「……そこまでして乗っ取るほどの家でもありませんが」


 大した家でもないのにそこが疑問だ。


「うーん、どうやらね」


 彼は言いにくそうに口を歪めた。


「君の義母上が狙いみたいなんだよなぁ」

「……は?」

「義母上、前夫の息子からしつこく言い寄られてたみたいなんだよね。でも君のお父上と再婚してしまったから諦めていたみたいなんだけど」


 彼はまた横目で私を見た。


「義母上は、前夫の家がよほど嫌だったのかな。前夫亡き後、あまり評判の良くなかった君の父上と……、失礼。あっという間に再婚した。だから諦めたけど、お父上が亡くなった上に最近、義母上は義姉上と共に社交界に出入りしているだろう?前夫の息子は昔の思いが再燃したらしいのさ。自分にも妻や子供がいるのにね。で、どうする?」


 どうすると言われても。


「よく調べましたね。どんな(コネ)とやらをお持ちなのか、見当もつきませんが……」


 彼を見ると、黙って片眉を上げるだけだった。追求すまい。


「そうですね。まずは義母を追い出しましょうか。私しか後継候補がいない今、横槍が入る前に私を正式な後継に据える必要がありますね。そして私に味方してくださる方と結婚しておけば、義母の用意した縁談とやらは破談となります。宝石箱が空で結納金がないと義母が知った時点で、この縁談は破綻していますけど」


 彼の表情は変わらない。


「その上で、そもそも父と結婚したのさえ前夫の家と共謀して我が家を乗っ取ろうと画策したからだと告発すれば、さすがに義母とは絶縁できるでしょう。義母は嫌でも前夫の家に行くしかないですね。他に引き取り手はないでしょうから。なるほど私には早急に婿が必要なようです。私に味方してくれる婿が。でも」


 私は顔を上げで彼を見た。


「私が婿を必要とするのはわかりました。でも、あなたはなぜ私に?」


 次は彼がそっぽを向く番だった。耳が赤い。


「……小狡い策を巡らしているかと思えば真摯に努力していたりして、びっくり箱みたいに次になにが飛び出してくるかわからない、そんな姿にやられてね、逆境を跳ね返す強さにもすっかり参ってしまったと言えば、信じてもらえるかな」


 私は思わず吹き出してしまった。


「最初からそうおっしゃっていただければ。では、とある方の、実直な素顔を軽薄な仮面で隠しているお姿に恋心を抱いてしまったけど、お相手は三男だったので自分の実家を継ぎたくなり、義姉を焚き付けて、ある嫡男と恋仲になるように仕向けたと言えば、信じていただけます?」

「フハッ!」


 彼も吹き出して満面の笑みを浮かべた。

 そう、気になる相手は三男坊。継ぐ家督を持っていない。となれば、吹けば飛ぶような我が家の家督でも、ないよりマシである。ダメ元で義姉を焚き付けてみたが、義姉はあっさりひっかかった。さて、器量望みで強欲な一家に嫁いで行った義姉だが、私の技術なしでどれほど保つだろうか。


「君ならやりかねない。是非信じたいな。特に恋心のところを」


 彼は私の手を握ろうとしたが、私は素早く引っ込めた。


「でも、求婚をお受けするには、ひとつ条件がありますの。なかなかに難しいですわよ」


 彼は苦笑した。


「なんだろう」

「恥を忍んで一生に一度だけ申します。私の母は下の病を患っておりました」


 下の病とは、この国に現れる性病のことだ。特に貴族に多い。浮気が横行しているからだ。


「……それは」

「母は貞淑な妻でした。勿論父から感染(うつ)されたのですわ。でも下の病は、男性にはむしろ勲章でも女性には恥でしょう?父から感染されたというのに。母は、病の露見を恐れて治療を拒み、それはそれは酷い状態になりましたの。亡くなったのはそのせいです。父もそれで亡くなりましたが、治療を受けた分、まだ母より幾分マシでした。宝石箱の中身の大半は、治療費に充てられたのだと思いますよ。それでも、苦しんで苦しんで亡くなったのです。私、あんな死に方をするくらいなら、生涯独身でいたいと思ったものですわ。ですから」


 言葉を止めた私に、彼はまた吹き出した。


「浮気に釘を刺すやり方すら斬新だなあ。わかったよ、浮気をするなら絶対に病気のない子とすることにするよ」

「そうじゃありませんわ、ずるい方ね!」


 彼は悪戯っぽく笑い、私たちは自然と手を取り合った。


「誓いますよ、僕の姫君。君以外には手を出さないと。で、まだ、求婚の返事を、もらってないんだけど」


 彼のおどけた言葉の中に真剣さが垣間見えた。軽薄を装っているが彼はきっと誓いを守ってくれるだろう。

 さて、どうしようかしら。ちょっとしたイタズラ心が湧かないでもなかったが、彼の手がほんの少しだけ震えていることに気づいた私は、微笑みながら愛の言葉を口にした。



アレ?なんというか、もっとこう、甘い話になるはずが。

こんな話になりましたが楽しんでいただければ嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。…頭脳戦が凄すぎて、気づいたらハッピーエンドに着地してた感が…いや、本当に凄すぎです。読み返したら主人公とヒーローの名前が無いのにスラスラ読めちゃうこのお話。幸せになりたいとめっちゃ頑…
策士がいっぱい…まあ策士も恋をしたり夢を見たりする訳で。 策を聾しても手に入れたいものがそばにあれば、そりゃあ欲しくなりますとも。
めでたしめでたし。 なんだけど、なかなか大人なビターの味わい。 子どもではいさせてもらえなかったヒロイン、ちょっと素直ではないけれど深い愛を隠し持っていそうな相手に出逢えて、良かった! これからの2人…
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