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9話 殺したい

アナさんの説明を聞いて俺はまた少し近づいて、でも岩陰に隠れるモンスターを見た。


 襲ってくる様子はない。さっきも感じない。

 本当に会話イベントみたいだ……ま、その先に何かを討伐する展開があるかもしれないけど。


 ……というか、しっかり手順を踏む辺りゲームイベントらしさが凄いな。

 モンスターハウスみたいな意味なくモンスターと戦う、そういった簡単なものしかないと思ったんだけど……手が込んでる。


 で、これだけ手が込んでるってことは……。



「あ、う……」

「やっぱり、キャラ立ちがしっかりしてる。……。種族はゴブリンで間違いないけど、他とは見た目が全然違う」



 まだ痛みが残る腹を抑えながら俺は軽快しているであろうゴブリンに近づいた。



 背丈は普通のゴブリンよりも低い、けど背筋が曲がってないからか、子供って印象はない。


 肌の色も普通のゴブリンと違っていて、少し薄い……黄緑寄りももっと薄いかも。

 ゴブリンだけどどことなく人にも近いかな。


 髪の毛も生えてるし、何といっても顔つきから邪悪なだけじゃなくて色々な心情が読み取れる。


 黒目と白目があるからそういう風に感じるのかな? なんというかデフォルトされているようにも見える。



 確かゴブリンにはゴブリンキング、じゃなくてゴブリン軍曹以外にも別種のがいた気がするけど……もしかしてこのゴブリンはそれの進化前なのかもしれない。



「と、観察はここまでにして……。あ、あのう、僕悪い人間……モンスターじゃないんです」



 あんまりコミュニケーションが得意じゃない俺が唯一持つ技術、伝家の宝刀を抜いた。


 これで無差別に襲ってくるようならもうお終い。

 この狭い道で鬼ごっこスタート――



「や……」

「あぁ……」



 両手をごねごねしながらゆっくりゆっくり近づいていくと、恐れていたことが起こった。


 ゴブリンがやけに高い声を上げて奥に下がってしまったのだ。


 おいおいおいおい、しかも『や……』ってこの数秒で俺嫌われちゃってんじゃん。

 女の子にフラれたみたいな衝撃とショックが全身を駆け巡って……あれ? ぶたれたところが塩を塗られたみたいにヒリヒリと痛むよ。



『あーあーもう何してるの? これだからあんたみたいなチェリーボーイの皮かぶりは……』

「え、何で分かったの……。いや、違うから! まだ成長中だから! 身体も! 心も!」



 意気消沈してその場に佇んでると、アナさんがあり得ない暴言を吐いてくれた。


 別にいいじゃん! 特にあれの方は生まれ持ったものなんだから! これが好きって人もいるかもしれないでしょ! いや、まぁ、そもそもそんな関係になるような人もいないけど……。



『あははははははははっ! どんだけ敏感なのよあんた! そんなところも嫌いじゃないわよ! というかわかりやすいわね! やっぱりそういう人って特徴も似るのかしら!』

「くぅぅう……。そんなものでは決まりませんから! 見ててください! そもそも完全に逃げられてないということは可能性が――」



「――あ、う?」



 アナさんとのやり取りを終えて勢いよくゴブリンの方を見ると、いつの間にかその距離は近づいていた。


 もしかして俺とアナさんとのやり取りが面白かったとか? いや……。


 よく見れば腕や足に縄の跡のようなものが見える。

 こいつはもしかして……。



「いじめ、か?」

「うっ……」



 俺が思い浮かんだ言葉を口にするとゴブリンの方がぴくっと動いた。

 どうやら図星だったみたいだ。


 というか人の言葉は分かってる、か。



「……。大丈夫俺たちはお前を襲いたいわけじゃない。ただ少し話がしたいんだ。同じはぐれもので、同じ逃げ道に隠れている者同士だからさ」

「お、あじ?」

『ん? これって……。ふふ……』



 言葉は理解できているようだが、喋ることは難しいみたいだな。

 でも関心を持ってくれているのは分かる。


 もう少し、今度は理由を持って近づいてみるか。



「あんまり声を張るのも得意じゃないんだ。それにゴブリン軍曹にこの場所を、出入り口を悟られて出てくるのを待たれるのも困る。だからもっと近づいてもいいかな?」

「う、う……。うう」



 ゴブリンは俺の言葉に困ったように悩み込んだかと思えばこくりと頷いてくれた。


 これで一先ずの面倒は避けられ――。



 ――たったっ。



 ゴブリン逃げ始めました。軽快な音鳴ってます。


 ああああああああああああああああああ!! また……また馬鹿にされる! 被っている者代表としての矜持が――



「こぃっち……」

「え?」

「だあじょぶ」



 その場で悶えているとゴブリンは振り返って手招きをしてくれた。

 どうやら、話すために場所を変えようと言いたいらしい。


 こうして拙い言葉しか出てこないけど、考えていることを簡単に交えられるのは俺が種族:ゴブリンを獲得していることも影響しているのかな?



「はよ」

「あ、ちょっと!」



 ゴブリンは俺がついてくるのを確認できたからかスピードを上げて奥へ進む。


 マップを見た感じちょっとひらけた場所があるっぽいな。

 まさか罠ってことはないだろうけど、一応警戒はしておこう。






「――つうた。ここだあじょぶ」

「おお、ここは……」


 マップに表示されていたのは広い空間だけだった。

 だが実際に訪れてみると平地とは別に、低い天井の空間があった。


 青く光ってやけに明るくて、何よりも透き通るほどきれいな水が溜まっていた。


 地上の鍾乳洞に似てるけど……こんなところが突然現れるなんてやっぱりダンジョンの仕組みは異常。これも魔素が満ちているからなのかな?



「ん、のむ」

「あ、ありがとう」



 ついついこの綺麗で神秘的な光景に目を奪われていると、ゴブリンは水を木の器を使って汲んで来てくれた。


 鍾乳洞の水は軟水で飲み水にもなったはずだから、問題はないはず……やった、これで飲み水探す手間が省けた!


 いやあ、走ったり戦ったりで喉乾いてたんだよな。



「んっぐ! ぐぎゅ……ぷあああ!! 美味い!!」

「……のんあ?」

「あ、ああ。助かったありがと――」

「じゃ、おねあい、きいて」

「え? いや、そのそれは」

「のんあ、見た」



 やけに俺が水をのむところをじっと見ていると思ったら……可愛らしい見た目に騙されたな。

 まさかこのゴブリン、人並みに狡猾だったなんて。



『――イベント【ゴブリンの頼み】に変化の兆しがあります。対象との会話において報酬の交渉が可能かと思われます。またこの報酬により、新たなシステムが解放されるためのクエストが発現するかもしれません』



 ずっとだんまりだったアナさんがやけにわざとらしく仕事モードに入った。


 まさかアナさん、こうなることを知っていて俺がゴブリンの後をついていく時も水を飲むときも黙っていたのか……。

 これ俺の周りの連中が裏切る展開とかないよね?



『大丈夫大丈夫! 私があんたを裏切るなんてことは……多分ないわよ! ゴブリンにも寄り添えるところとか、嫌いじゃないもの!』

「褒めてくれてありがとうございます……。で、いいのかな?」

『それよりもほら、ゴブリンちゃん何か言いたそうよ』



 アナさんに促されてゴブリンを見ると目を輝かせたまま、何をお願いしようか楽しそうに悩んでいた。


 なんだか嫌な予感がするけど……。頼む! 簡単なおつかいくらいであってくれ!



「じゃ、ゴブリ、じゅい……殺して。いっよに」

「殺、す?」



 キラキラ輝く目からは想像も出来ないような物騒過ぎる言葉がその口から出てきた。


 で、ゴブリンじゅい……か。



「えっと術師?」

「うぅん」

「じゃあ獣医?」

「なあに、そえ」

「……ってことは、軍曹がいるわけだから……。……。……。嘘、だよな」



 俺の知っている『じゅ』と『い』がつく、それでいて最も軍曹に近い階級は……



「もしかして准尉?」

「そえ!! なあまいった! みじゅのんだ!! だーらこれはきまり!!」

「決まりって……准尉は軍曹より3階級も上なんだぞ。どれだけ強いのかも検討がつかん。そんなの今の俺だけじゃ」

「わーしもたたあう!!」

「戦うって言ってもな……」

「あれ、おああさん殺した。友達も。……ゆる、さない」

「恨みはなにも生まないって思う、けど……。はぁ、そんなこと聞いた手前」





 母親を思い出したのか、ゴブリンの瞳には涙が溜まり今にも零れそうになっている。


 こんな風に女の子に泣かれたんじゃ、断るなんてできない。


 ん? というか女の子……俺でどうしてこのゴブリンがメスって思ったんだ?



『これでイベントの最終目標が決定ね。そのためのクエストとフローチャートはちょっと待ってて。……よし、完了。後は報酬ね。これは交渉で――』



「あ、あいがと!! その、えと……殺せあら、私の身体をあげう」

「は?」

「おくさん!!」

「んーっと、それはちょっと困るかな」

「じゃあお世話!!」

「それも、その――」

『馬鹿!! それが最善の報酬じゃない!! 折角最上級の報酬を提示してくれているんだからさっさと首を立てに振るの!!』



 こっわ……。

 アナさんのお目当てに一体何があるってのさ。


 はぁ、仕方ない。それも報酬として頂くとして……もう一個お願いしたいことがあるんだよな。

 というか俺の本命はそれ。



「あの、それはそれとして……ここで暮らさせてもらうってのはできないかな? 敵に見つからず休める場所があればイベント……約束も果たせ安くなると思うんだが」

「いい!! でもそれ、今からでいい。というか、そうおもてた」



『お、やったじゃない。これで拠点の確保ができたみたいよ。それで……拠点の発展メニューが追加されたわ。……うふふふ、これは思わぬ発展ね。こうなればあれも叶うんじゃ……』



 朗報に混じるアナさんの不気味な笑い声。

 なんかもう色々始まって俺はまだ高らかに笑えないかも。


 なんかアナさんが関わってるっぽいフローチャート、クエストのほうも不安に……。



【ゴブリン×50の討伐】



 ふぅ……これが一番最初、ですか。

 うん、一回寝てからまた確認しよ。

お読みいただきありがとうございます。

モチベーション維持のためブクマ、評価よろしくお願いします。

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