7話 アナウンス
「おいおいおい、あれよりもヤバい奴がいるのかよ……。図鑑の情報と違うんですけど。というか軍曹って言い方的に同じのが他にいてもおかしくない……」
「――がぁぁああっぁああっ!!」
「考え事もさせないつもりですか……」
まだまだ他のゴブリンたちが邪魔でろくに俺を追いかけては来れないようだけど、ゴブリンキング、もといゴブリン軍曹の鳴き声は洞窟内にけたたましく響き渡る。
このままだといつかは追いつかれる。
そうじゃなくても似たような奴、もっと上の存在に出くわせばアウト。
だから安全かどうかは分からないけど、まだここよりはマシな気がるからとっとと中区にまで移動したいところ……。
つってもマップすらもないんだよなあ。
探索者みたいに事前準備ができている『人』に比べて俺はなにもかもが無さすぎ……。
あっ、でも贔屓してくれるアナウンスさんは好きですよ。
本当に大好きなんでマップとか、回復アイテムとかくれたらなぁ……なんて、そんな都合よく願いを叶えてくれるわけないか。
探索者の間でもアナウンスは機械的で感情がないもの、ただのシステムでしかないって認識で……俺みたいに話し掛けるようなのは本当に切羽詰まってるか、変わり者か、それに関わるスキルを持ってるとかでしか――
『マップを所望しているのですね? 了解しました。マップ及びミニマップ機能をステータス画面また視界に付与。そして……。オペレーターの好感度が上昇しました。オペレーション方法が切り替わりました。……ふふ。モンスター担当のくっそ暇な役職を勤めること数年、やあっっっと話し相手ができた!! もう同僚とは別々の地区で、飲みに行くような仲間もいないから、ずっと暇で暇で暇で!!』
……え? なに? アナウンスさんからクールが消えたんですけど。
完全にオフのOLさんテンションなんですけど。
『もしかして嫌だった?』
心読んできおった。この圧、ゴブリンの比じゃない!
『なによ! あんだけ好きって言ってたくせに!! あ、もしかしてツンデレってやつ? あー、それはそれで可愛いかも! ってそろそろ敵がくるからちゃんとマップ見て!』
え、あ、はい。すみません。
……俺、ダンジョンってRPG要素多めだと思ってたんだけど、もしかしてギャルゲ要素も含んでんのか?
……。嫌じゃない。むしろグッド。
ダンジョンがどうやって作られたのか、とか……そんなのは知らないけど、もしこれを作った存在がいるのであれば美味い酒を飲み交わせるかもしれない。
『ギャルゲ? ううん、そんなおはいいからまずはマップ! ほら、その辺りに道があるでしょ?』
「あ、え、本当だ」
視界の隅にはゲーム画面のようにミニマップが勝手に表示されていた。
全体を見ることはできない、というか基本的には俺が一度通った道と周りしか表示できないようで……はっきり言えば中途半端。
要するにマップ埋めは自分でやってくださいシステムで、案外楽しいやつ。
で、俺が少し走ったこともあってか、マップには道の少し先に他の道が表示されていて、アナウンスはそれを注視して欲しいといった感じ。
ただ普通の道と比べて色が違うのが気になるけど……。
『その色は極端に道が狭いことを表していたり、ギミックがあったりを意味しているの』
「な、なるほど」
『ほら、そのマップの位置にある道……あれ! あそこが繋がってるから!』
あれ! って言われても指差しがあるわけじゃないから分からな……くはない。
何かしらのマーク、標識が現れたってわけじゃない。
直感的に知った、というか元々知っていたみたいに情報が馴染んだ……。
アナウンスってのはこんなにも万能なのか……でも俺の身体を何かに乗っ取られたみたいでちょっと怖い。
アナウンスの性格からしても警戒だけは怠っちゃだめだな、うん。
「ま、どんだけの甘い誘惑があっても男の矜持を守り抜いてきたんだ、そんな簡単には――」
『それ、奥手なだけでしょ。わかるわかる、あんたみたいなツンデレ人間ってそこにこだわってる事多いもんねぇ。そんなところも嫌いじゃ――。って、馬鹿なこと言ってないで飛び込んで!』
アナウンスに何もかも見抜かれて、恥ずかしいやら怒れるやらで顔が熱くなってくるのを感じていると、急な命令が大声で発せられた。
出会ったばかりの人の言うことを聞くなんて抵抗がないわけじゃない、けど万年上司の圧を受け続け、面倒事を避けるために身に着けたこの従順さがここにきても発揮。
俺はその先が安全かどうかも確認しないままその身をアナウンスに預ける覚悟で飛び込んだ。
「い゛っ……マジで細いのな、ここ」
壁の下の方、普通に歩いていたら暗くて見逃してしまうであろうそんな横穴。
そこに身体を回転させながら突っ込むと、俺の背中に硬い何かがぶつかった。
そっと手を伸ばして確認すると、それは穴から1メートルほどの場所で広がっていて、どこまでも続いていることが分かった。
つまりこれがこの道の壁。
そしてこの道の幅は1メートルほど。
……ということで、ゴブリン軍曹は当然入り込めない。
「逃げ切った、か。……いや、助かった助かった。ありがとうございます。えっと……アナウンスさん?」
『ふふん! どういたしまして! お礼ができる人は嫌いじゃないわよ。でも女性をただアナウンスと呼ぶのはどうなのかしらね?』
「じゃあ、なんて呼べば?」
『あー、そうね……それじゃあ私のことはお姉さま、とか?』
「……却下です。とういうわけで今後ともよろしくお願いしますアナさん」
『雑ねえ……しかもアナって下ネタ?』
「そんなわけないでしょ……。そんなセクハラしたら今のご時世速攻裁判沙汰ですよ。いいですか、やってませんから俺。何と言われても、それでも俺はやってませんからね」
『そんな強く否定しなくても……冗談よ冗談! そんな痴漢の冤罪を叫ぶみたいな――』
「俺は竜瀬彰人。だからそのまま竜瀬でいいですよ」
俺はなんとなくその先の言葉を聞くのが恥ずかしくなって適当に自己紹介を済ませてやった。
というかそんなことなんでアナさんが知ってんだ?
いや、これだけの人間がダンジョンに入ってきているんだ、そういうダンジョンの外の情報を得ていてもおかしくはないか。
『うーん、ひねりもなにもないけど……いいわ、ご所望なんだものそう呼んであげる。それでね、命令でここに入らせて申し訳ないんだけど――』
「――ごがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
完全に逃げ切ったと思い、油断しているとけたたましい鳴き声が壁の向こうから響いてきた。
どうやらとんでもない速さでやってきたゴブリン軍曹は俺のことを見失い怒り狂っているみたいだ。
緊張感が走る。とはいえこの中には入れない……はずだよな?
「いや、こいつはデカいからこっちに来れないとしても他のゴブリンは余裕で抜けてくるんじゃないか?」
ぺたぺたとゴブリン軍曹以外の足音までこちらに近づいてくるのが聞こえると、背筋につうっと汗が流れた。
この道はあまりにも狭い。それに出入口も。
だから入ろうとするのは少数、それであれば隙を突いて殺すことはできると思う。
でも少ししぶとさを見せられて、失敗して、殺すことができなければ……機動力を削がれるこの道で逃げることも難しく、連戦連戦、最悪の場合ぎゅうぎゅうに詰め込まれて一気に飲まれる可能性だってある。
「……一旦塞がないとか」
『あー、その必要はないかしら。あいつらここには絶対入ってこないから』
ゴブリンたちがここに気付かないうちに出入口を塞いでしまおうと辺りを見回す。
すると、そんな俺を見て少し申し訳なさそうにアナさんは口を開いた。
といいつつその口の形も、アナさんが人かどうかもわかりゃしないんだけどね。
「それはどういうことですか?」
『まずマップを見てもらってもいい』
「はい……」
アナさんの言葉通りに依然俺の視界の一部を埋めているミニマップを見た。
特に変わりはなく、この道は赤色の線で区切られていて他は白色。
あ、一応消したり付けたり、拡大縮小もできるのか。
『色々といじれることは分かってくれたみたいね。じゃあ今度はその赤色の場所をタップしたり、詳細を見たいって念じてみて』
「はい」
そっと指を伸ばしてマップの赤いところに触る。
これって道が狭いだけのマークって言って……はなかったな。
確か他にも『ギミック』があるとか何とか……。
――【イベントポイント解放中:強制進行待機中:予測難易度レベル25】
「25……。あのこれってなんですか? イベントとか、強制進行とか……。特にこの強制ってのが気になるんですけど」
『それは、その……。つまり……ほら! ゲームでもあるじゃない! このイベントをしないと進めない! みたいなの』
「つまり、これをクリアしないと俺は永遠に何かを制限される、と?」
『へ、へぇ……。結構頭の回転が速いのね。そういうところも嫌いじゃないわよ! だ、大丈夫! 制限されるって言ってもこの階層、じゃなくて区画から出られなくなるだけだから!』
「……。……。……。それ、ヤバくない? 俺、まずはこの区画から出るのが目標だったんだけど、さっきも敵が強すぎて追われる身だったんですけど……」
『で、でもあのままだったらそのまま死んでたかもだから……と、とにかく寿命が延びたって思えばいいじゃない!』
「その言い方……結局死ぬって前提なのでは? ……。い、今ならまだ待機中。ゴブリンも消えったっぽい。……なら、ワンチャン――」
俺は外の様子を軽く確かめると勢いよく出入口に頭を突っ込もうとした。
――ゴン。
「い゛っ!!」
しかしこの道はもうイベント仕様として隔離されているのか、俺は透明な何かに頭をぶつけて、ふっくらとたんこぶを作ることになってしまった。
「くぅ……。いいんだよ、こんなところまでゲームっぽくしなくてえぇ!! ってか、ゲームっぽいなら難易度くらい選ばせてくれよぉ……。こちとらモンスター初心者なんですけどお!」
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