6話 鷹の目
「そういや、ガチャがどうのこうのってずっと言ってるよな……ってそれもここから出て行ってからか。もっとヤバいゴブリンが来る可能性もあるし」
俺は薄暗くなったこの場所を目を細めながらゴブリンたちがやってきた道を歩く。
逃げていったゴブリンたちとは違う方角に逃げたかったけど、そんな都合よく道があるわけなかったから仕方がなかった。
とはいえ、イージスは俺が今歩いてるこことはまた違うところに向かって行った気がするんだよな。
そういった移動系のスキル、或いはアイテムがあるのかもしれない。
探索者じゃなかったからその辺は疎いんだけど、最近じゃ魔石を使ったスクロールだとか、そういったスキルが付与されている装備とかがあるらしい。
ダンジョン以外の場所だと『魔素』が薄くてなかなか実用できていないらしいけど、それらを使えるように『魔素』をダンジョンから地上に運ぼうとしている企業とかもあるんだとか。
あ、ちなみにこれはまだ外ではあんまり出回ってないニュースだから内緒です。
というのもこの『魔素』の研究が進んでないんだよな。
魔力のもとになってるってことが分かってて、これによって『魔力』が回復するってのとか、スクロールなんてアイテムが作れたのも探索者の経験談とかスキル内容から見出したものだし……。
はっきり言ってこれまで政府がダンジョン研究者たちのために使ってる税金は無駄だと思う。
特に東京ドームと同じくらいの広さがある研究所はその象徴で、確か月に1回くらいでデモ活動されてるんだよな。
税金を無駄使いをするな、それでもって……モンスターを飼育してるんじゃないだろうな、って……。
「今ここから出たらイージスとか探索者よりその人たちのが怖いかも――」
「――ごがあっぁあああぁあぁああぁああっ」
罵られ、暴行され、そんな最悪なもしもの瞬間を想像していると鳴き声というよりも泣き声といった方がしっくりくるそれが道の先から流れてきた。
野太くて荒々しくて、でも間違いなくゴブリンの声。
さっきのが言霊となっちまったのか……俺は本当に『ヤバいゴブリン』を呼び込んでしまったらしい。
「まさかゴブリン、キング……」
現在ゴブリンが確認されているのはここ1階層のみ。
その中で最も体格がいい個体を俺たち人間はそう呼んで図鑑に登録していた、はず。
モンスターの情報は基本『鑑定』とか『看破』とか『読取り』とかそういったスキルを使わないと分からなくて、図鑑は主にその人たちに依頼をすることで作成、更新されている。
ただゴブリンキングのように種族の中で突出して強い個体はスキルを使っても表記は種族で統一されているらしく、あくまで探索者が遭遇した時に得た情報から勝手に名前がつけられているらしい。
なんでそんなことをする必要があるのかって? そりゃあその分危険だからに決まってる。
――ドンドンドン!!
まるでフローリングを踵歩きするみたいなデカい足音が近づく、背筋からは汗が流れて……俺の中でモンスターの勘が警鐘を鳴らす。
逃げろ逃げろってね。
つっても逃げ場なんてないし、この際思いっきり突っ込んで、躱しつつ逃げるか?
「でワンチャンダメージを負わせて足を止めさせる……いや、首を狙えば即死だっていけるか?」
危機感を覚えながらも、初めての戦闘での高揚感を思い出しながら俺は走り抜ける準備に入る。
脚にぐっと力を溜める。
するとふさふさと毛が生える感触が湧き、重くのしかかる体重を跳ね返そうと脚の筋肉がバネのように縮小。
見ると、それは灯り犬の脚に似たものに変化していた。
どうやら俺のこうしたいああしたいって意思に基づいて最適な変化が起こるようだ。
モンスターの特徴を取り込んで使える、これもスキルの1つってことでいいのかな?
「まぁなんでもいいか。これで俺が成り上がる、の前に生き残れるならさ。……よーい、どんっ!!」
クラウチングスタートに近い低い姿勢から俺は一気に地面を蹴った。
暗いせいで殺風景、だけど周りの景色があれよあれよという間に流れていく。
そして前方から流れる足音が次第に大きくなる。
危機感なんか忘れるくらいに気持ちいい。
万年運動不足だったから心配ではあったものの、この足なら肉離れもなんのそのなのかも。
「この速さなら、いけるっ!!」
その速度と器用な足遣い、それと鋭い爪が引っ掛かることで壁走りさえも可能になる。
だから俺はできるだけ上を通ってなんならこのまま走り抜けてしまおうと調子に乗った。
そう、乗ってしまった。
――ゴン。
鈍い音。
でも硬い何かがぶつかった。いや、ぶつけられた。
暗さと押し込まれていた危機感のせいで、俺は前からの攻撃に気付けなかった。
高いところから落ちて俺の眼前にはごつごつした地面だけが映る。
頭が痛い、くらくらするし眼をやられたのか視界が暗すぎ――
――スッ。
優しく何かが俺の目元を拭った。
少し湿っているけど、柔らかいその感触は優しい。
「あ、ありがとうございま――」
『一定時間経過したことで自動でガチャが行われました。結果、スキル:【誘いの灯】を取得。お試し発動されます』
咄嗟に俺の中の社会人心が顔を出してお礼を告げようとする。
だけどその拭ってくれた布は俺の下半身まで伸びて、そして……スキルが発動。
すると俺は途端に声がでなくなってしまった。
「ごあ……」
だってスキルによって現れた赤い玉、それが照らしたのは兎くらい目を真っ赤にした巨大なゴブリン。いいや、ゴブリンキング。
まだまだ距離はあると思っていたけど実はそんなに距離がなかったのか?
……もしかして、足音だとか泣き声だとかの音量を調整して距離を曖昧にさせていた?
だとすればこいつは相当に頭がよくて恐ろしい。
それに走っていた俺に武器をぶつけたことも考えると、その練度も高いんじゃないか?
とにかく、逃げることが不可能になったってのは事実。
「やるっきゃないか。……ふっ!!」
――パシッ。
「う、そだろ」
「ごが……」
今度は脚ではなく腕と手に力を込め、目の前に見えるゴブリンキングの顔面を狙って目一杯、素早く腕を伸ばした。
灯り犬の爪と毛、そしてその敏捷性を生み出すしなやかな筋肉。
これによる攻撃はどう考えてもこのでかぶつじゃ反応できないと思ったのに……簡単に受け止められてしまった。
しかも俺の両手はゴブリンキングのデカい手で掴まれて塞がれて……そのまま腕ごと体を壁に押し付けられた。
それでもって俺の股間を空いている手でまさぐってくる。
ゴブリンは繁殖能力が高くて、性欲が強い。
ということでおそらく俺の性別を確認しているんだろう。
まったくもって気持ちが悪い。
「お前なんかに触られたって一銭も出してやれるか!! この下手くそ!!」
両脚を動かして必死に抵抗。
だけど、俺の情けない蹴りじゃダメージはないのかゴブリンキングは顔色1つ変えない。
「……!」
「うがっ!!」
それどころか俺が男だってわかったからなのか、無表情で俺の腹や顔を殴り始めた。
痛い。だけど耐えられるくらい。意識が飛ばないくらいの威力。
こいつ、俺が仲間を殺した犯人だって分かってわざといたぶろうとしてるのか。
本当にヤバいのに掴まっちまった。
とはいえ、俺になんの作戦がないわけでもない。
この短い時間で手に入れたスキルとモンスターの特徴を利用して……ここを脱してやる!
「まずは……腕に意識を」
――スル。
「ごあ!?」
細く痩せ細ったゴブリンをイメージ。
そうすることによって俺の腕は緑色で今にも折れそうなほどの細さに。
それを咄嗟に握り直すのは難しかったのか、俺はゴブリンキングの拘束から抜け出した。
とはいえ、このままじゃ周りを他のゴブリンに囲まれるだけ。
だから俺は自分の生み出した『誘いの灯』を急いで掴み、投げた。
一応これも武器として認められるようで、ハンドボール投げ15メートルという記録を持つ俺でもそれはグングン飛距離を伸ばしていく。
「「ぎぎっ!!」」
そしてそれに釣られる普通サイズのゴブリンたち。
岩陰なんかにも隠れていたのか、想像よりも多くのゴブリンたちが一斉誘いの灯を目指して走り出す。
バーゲンセール会場のおばちゃんを連想させるほどどのゴブリンも仲間を押しの押しのけで、遂にはゴブリンキングさえも押し倒す。
まさかあの誘いの灯がそこまでの効果を有しているとは思わなかったけど、これでこの場から離れられそうか。
「いっ……」
ゴブリンキングに殴られた箇所を抑えながら俺は背後を気にしつつ走り出す。
これ、骨にひびが入っててもおかしくない。
しばらくは真正面からモンスターと対峙するのは無理そう――
『一定の被ダメージを確認。ダンジョンでの生存時間が一定を超えました。生存スキルを視認。以上3つの条件が整いました。生存スキル:【鷹の目】を取得しました。元来鳥獣種のスキルによるものであり、その性能の十分な発揮にはあなたの場合これの捕食が必要です』
これからの活動を危惧していると、またまたアナウンスが流れた。
ここまでアナウンスが流れるのも、ダンジョンの一部としてモンスターという存在があるからなのか。
とにかく助かる。
それでもってこの鷹の目によって見える世界、それに情報は今の俺にとって救世の処置と言っても過言じゃない。
だってもう辺りは昼並みに明るく見えるし、敵の強さも明確だから。
「ゴブリンのスキルも……。ああ、だからゴブリンキングも俺のことを的確に狙えて……ってこいつゴブリンキング、じゃない?」
敵を視野に入れ、意識するとその名前と情報が視認できた。
それによるとゴブリンキングの本当の名前は……。
『――ゴブリン軍曹』
キングなんて立場からは遠くかけ離れた役職を冠にしていたのである。
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