5話 灯り
――ゴンッ!
「ぎ、きゃぁぁあっ!!」
「あ、当たった……。しかも……き、効いてる?」
後区のモンスターは対応適正レベルが15以上。
レベルが上がったって言っても2レベルの俺の攻撃なんて大したダメージにならないと思ってたけど、このゴブリン大分いい声で鳴くじゃん。
なんだろう、その声とか擦りむいた膝を見ていると……興奮してきてる自分がいる気がする。
「いや、一旦落ち着け自分」
対応適正レベルってあくまで人間が人間の基準で勝手に作ったもので、ここに居る実際のゴブリンのレベルも確かそんなに高くない。
つまり種族によってパラメーターの上昇値、基本値ってのは違うわけで……もしかしてモンスターになった俺の基本値とか上昇値って相当高いのかもしれない。
ステータスの確認も可能になったみたいだし、その辺の確認がしたくてしょうがない。
ゲームだとこういった変化を楽しむのも醍醐味だし、やっぱテンションが上がるからな。
けどダンジョンは非現実じゃなくて、あくまでリアル。死んだり痛かったり……当然一時停止なんてもんもあるわけがない。
「――ききゃああああっ!!」
「続々と、か。攻撃したんだからそりゃそうか。よし! 全員まとめて掛かってこい! ぶっ飛ばしてやるからよ!! ……ってそこまでの自信なんてあるわけないんですけど!!」
ダメージを受けた仲間を守るように、俺に余裕を与えないように、ゴブリンたちは一斉に襲い掛かってきた。
「くっ! 見えてはいるけど……これじゃあ、長くは持ちそうにない。もう逃げらんないし、戦わなきゃなのは分かってるけど……しんどすぎんか?」
素手だけじゃなくて、こん棒、槍、投石、盾。
近距離攻撃と遠距離攻撃で分かれて攻撃を仕掛けてくるゴブリンたちには大きな隙が生まれにくくて、避けるのも難しい。
レベルが上がったことでパラメーターに記載されない、体力だったり動体視力だったり、機動力だったり、そんなものも上がってるからか、一応即死攻撃はもらわないものの、どうしても槍とか石が掠っちまう。
反撃してもその都度盾を持ったゴブリンが前に出てきて、それに攻撃を吸われる。
当たればそれなりにダメージは負わせられるはずなんだけど、鬱陶しすぎる。
正面から拳、そしてその背後からは見事に仲間を避けての槍攻撃。
そんでちょろちょろ動き回ってサポートする盾のゴブリン。
頭ばっかりを狙ってくる投石陣。
おい俺は弾幕ゲーをやってんじゃんねえんだぞ! 初戦なのにストレスフル過ぎるだろ!!
「――ぎっ!」
「ぎきぃ……」
「は、はは……。ばーか、お前らのコンビネーションなんてそんなもんかよ」
戦闘開始から10分くらいが経ち、こんなのがいつまでも続くかと思ったころ。
ゴブリンたちの攻撃に変化が訪れた。
その変化ってのは投石が仲間に当たったり、槍が仲間の皮膚を切り裂いたり……とどのつまり精細さにかき始めたっていうこと。
怒るゴブリンと謝るゴブリンがなんとも滑稽だぜ。
結局のところ人間だろうがモンスターだろうが、集中できる時間は限られてるらしい。
確か人間の場合の持続時間は30分、だからゴブリンってのはそれよりも劣った存在ってことが判明。
二足歩行で人間に近い見た目でもしっかりモンスターってのがよくわかる一面だ。
しかもこいつらは血の色が……。
「ぎっ!」
青い。
槍が頬を掠ったせいで殴ったりその爪で突いたりしていた一匹からその青い血がドロリ。
人間よりもねっとりとしていて出血量は多い。
それでいて匂いは独特、少しツンとして酸味が強そう。
舐めたら……結構旨そうかも。
『――ダンジョン内にてスキル、捕食衝動が強制的に発動されました。目的達成のため身体能力が一時向上。全てのパラメーターが現レベルで可能な域まで上昇。その値+30。人食衝動の抑制レベルは維持され、【高】のままです』
またアナウンスが流れた。捕食衝動、これがこんな場所に連れて来られた原因の一つ。
人を喰ってしまうことにつながるヤバいスキル。
だけど脈を打つ身体が、興奮する脳が、自分を晒け出すことで得られる解放感が包んで……正直気持ちがいい。
身体も前よりずっと調子がいい。痛みもすっかり感じない。
頭はあの時と違って分別がつく。
これは相手がモンスターだからなのか、それともこの抑制レベルってのが効いているからなのか。
とにかくこのヤバい状況でも俺は……食べたいから、全力で戦える。
「――ぎっ!!」
「そのパターン嫌いだったけど、今なら見え見えで……美味しさしかねえな。そんでもって……はは。実はずっと狙ってたのかも、お前のこと」
槍を持つゴブリンとその攻撃を隠すように前に立って素手で戦うゴブリン。
この内の前にいるゴブリン、つまり今声を上げているゴブリンのその予備動作がはっきり分かった。
左右に避ける前にある若干の揺れ、それと同時にその垂れ下がった耳たぶがいつもより大きめに震えるのだが、これが後ろにいる槍を持つゴブリンへの合図。
以前までなら映像に撮って、スロー再生してようやく気付くかってところだけど……スキルの効果すげえ。
これによって襲ってくる槍の位置を捉えた俺は、後ろに引かれるよりも先に槍を掴み……。
――バキ。
折った。先端部分だけを片手で。
「きぃぃ……」
「そっちでいいのか? 逃げる方向は」
そうして前で戦っていたゴブリンは不利な状況に気付いてその場から離れよう振り返ろうとする。
俺はその身体を捕まえるでもなく、空いている手で思い切りどついてやった。
そうするとどうなるかというと……。
「「ぎっ!?」」
ドミノみたいに後ろにいた槍持ちのゴブリンまで倒れてくれる、と。
ただ、これだけじゃ大したダメージにならない。
だからって馬乗りになったところで、2匹もいたんじゃ簡単に返される。
ということで俺はさっき手に入れた槍の先端を両手でぐっと握って思い切り振りかぶりながら……倒れ込む!!
「だぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
渾身の一撃を加えてやろうと思うと勝手に声が出てくる。
漫画とかのあれってマジものらしい。
で、そのおかげで口は盛大に開かれて、返り血がこれでもかと口の中に入り込んでくる。
「き、ききゃ……うぷっ」
肺にでも槍の先が刺さったのか、上にいたゴブリンは口からも血を吐き、俺の顔を汚した。
下敷きになっているゴブリンはというと動きがやたら鈍くて、もう声を上げようともしない。
おそらく下敷きになっているゴブリンまで深く突き刺さった槍の先はそのまま心臓にまで届いたのだろう。
「……それじゃあ、いただきます」
一度立ち全体を見下ろすと俺は両手を合わせた。
そしてまず上にいた、その膝に擦り傷を作っていたゴブリンの首筋を齧った。
咄嗟に肉が齧りやすいよう犬獣の歯牙に切り替わったお蔭か、噛み千切るのに苦労はしなかった。
「ん、ぐ……。あぐ……」
―――ごっくん。
そうやってようやくいただけたその肉の質は……正直B級以下だと思う。
でもステーキソースのように纏わるこの青い血は思たっ通りやや甘く酸味が強くて……美味い。
酸味だからって腐ったもんとは全然違う味わいで、いいアクセント。
やや臭みを感じる肉だけど、美味しく感じるのはきっとこの酸味がその大部分を打ち消してくれてるからじゃないかな?
『経験値を取得しました。通常の経験値15の3倍である45を取得しました。初回捕食により種族ゴブリンを獲得、特徴を獲得、スキルの引継ぎガチャが可能です』
「2匹目は……」
同じようにして後ろのゴブリンにも噛み付く。
味は同じ。ただ槍を使っていた分少し筋肉質で硬い気がしなくもない。
『経験値を取得しました。通常の経験値15の3倍である45を取得しました。同種のモンスターを捕食しました。同種のスキル取得機会を得ました。初回ボーナスによりスキルを1つ取得しました。取得スキル【武器適正補正】』
「き、きき……きっ!!」
「ききゃあぁあぁぁあぁああ!!」
2匹目の肉を味わっていると、俺の食事シーンに怯えたのかゴブリンたちが一斉にこの場から引き上げ始めた。
スキル捕食衝動の効果時間と俺の食欲は持続中。
相手の戦闘パターンにも慣れてきたところで、ここからは絶体絶命どころか経験値大量取得のフィーバータイムになると思っていたのに興ざめもいいところじゃねえか。
「せめてレベルアップまでは経験値を稼ぎたいんだけど……あっそうだ!! これちょっと試してみるか」
俺はゴブリンに刺さったままの槍の先端を引き抜いて、ゴブリンの群れのしんがり、少し変わった紋様が描かれた個体に狙いを定めた。
スキルの説明はまだ確認してないけど、これくらいできてくれればしばらくは捕食衝動が発動しなくてもやっていけるかもしれない。
この強い、新人潰しの区画で狩る側として。
「どりゃあっ!!」
「ぎっ!?」
真っ直ぐ飛んでいったそれはゴブリンの脳天にヒット。
思ったよりも刺さりは浅くみえるけど、面白いくらい簡単に俺は即死を決めてやることに成功してしまったらしい。
「……。やるじゃん俺。というか、このスキル。ちょっと説明を見……いんや、先に食っちまうのと、あれの処理のほうが先か」
ステータスを確認するよりも先に俺は、ゴブリンに刺さった矢理の先端部分を引き抜くと、それを灯り犬の残した誘いの灯り向かって放り……破壊。
そして薄暗くなったダンジョンの中、仕留めたゴブリンの肉を噛み千切ったのだった。
『経験値を取得しました。通常の経験値15の3倍である45を取得しました。レベルが3に上がりました。スキルの引継ぎガチャが可能です』
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