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3話 追放

「――ん、うぁ……」



 口が回らない。上手く話せない。感覚が薄い。


 眠いから? いいや、勝手に涎が零れてくのを止めることも難しいのは異常。


 それに手足も鈍くて、まるで金縛りみたいだ。



 朝……にしては暗い。

 だからって家って言うには地面がごつごつしすぎてる。


 外なのは間違いない。

 でも俺、なんでこんなところで寝てるんだ?



 ……。……。……。そうだ! 俺、あの時……人間を喰おうとした。

 それで銃口を突っ込まれて……死んだ、んじゃなかったのか?



 もしかしてここって天国? にしてはあんまりいい景色じゃないな。石壁だし、変な匂いするし。



 生きてる……。だったらここはどこだ? なんで、なんで俺は……人間を喰おうとした、モンスターなんかになった?



 口の中に残っている血の味、あの時はあんなに美味しく感じたのに今は気持ち悪いだけ。

 これはあの探索者のスキルが切れたからか?



「わか、らんな。はぁ……こんなのでも出社でき――」

「当然できない。大分落ち着いているかと思ったが、まだ錯乱しているのかな?」



 ぐるぐると頭を回している間にようやく話せるようになったけど、すべて言い切る前に誰かにそれを遮られてしまった。


 籠った息遣いと、機械音のような声質の生で性別は分からないけどかなり高圧的だってことは分かる。

 なんで俺の周りにはこんな人間ばっかり集まるんだろうか?


 ま、だからそういった人間には慣れてるんだけど。



「人間を喰いたいとはもう思ってない。そんでもって自分がモンスターになったことも理解してる。だから今のは小粋な冗談ってやつです」

「……。なるほど、確かに錯乱はしていないようだ。ただこの状況に順応し過ぎているのは恐ろしいと思うが」

「昨日……いや、もっと前になるかもしれないし、実は当日なのかもしれないけど……。とにかく目覚める前に起きたことを思い返せばこれくらいの余裕は生まれますよ」

「ふ、それもそうか。どうやら君は思ったよりも優秀らしい」

「上司には問題ありって言われましたけどね。それで、あなたはだれですか? なんで姿を見せてくれないんですか? てかその口ぶりだと全部知ってるんですよね?」



 俺が質問をすると少しの間その場は静寂に包まれた。


 そして気まずさに耐えきれなそうになった頃、俺の正面に唐突にその声の主が現れた。



 全身を包むスマートな白色の鎧。膝裏まで伸びるマント。顔全てを包み隠す仮面。


 子供ならテンションが上がってしょうがない見た目だろうな、これ。

 まぁ俺も嫌いじゃないけどこういうの。



「……。また暴走した場合に備え距離をとっていた。君がどれだけ暴れようとも傷1つ負うことはないだろうが……探索者たる者、いついかなる時もダンジョンでは警戒をすべきだろう?」

「えっと、俺探索者じゃないんで分かりませんけど……。多分合ってんじゃないですか? ……てか探索者なんですね、あなた」

「ああ。『イージス』と言えばわかるかな? それともこの盾を見せればわかるかな?」



 背負っていた黄金に輝くその盾は金よりもちょっとだけ白くて神秘的。

 プラチナとも違うそれが何で出来ているのかは誰も知らない。



 分かるのはそれがどんな攻撃も通さない大楯であるということだけ。



 そんな童話に出てきそうな盾を持っているのが『イージス』。

 上位の探索者で、人一倍依頼をこなす仕事馬鹿。


 俺たちの会社に届く企業からの依頼だけじゃなくて、個人の依頼まで受けて……しかもその依頼料は激安。

 いろいろと条件はあるものの、本当に困っている人たちの味方らしく、好感度ランキングはいつも一位。


 ただ俺たちからしたら膨大な仕事を生み出す厄介者だったりしたんだけど……。



「なんでその『正義の味方』が俺なんかのところに? というか活動は休止してたんじゃないんですか?」

「……『正義の味方』、だから。それを執行するのは私の仕事だから」



 俺は人間だったはずなのに、モンスターとなり、人間を喰った。


 イージスが正義だって言うなら俺はいわば『悪』。


 だから『イージス』は俺を殺しに?



「でも……だったら俺なんか寝ている間にでも殺せばよかったんじゃないですか? 俺の力がどんなものか分からないと言っても、あのイージスならわけないでしょ?」

「……やっぱり冷静だな。自分の境遇をよく理解できている。覚悟ができているならこちもやりやすいというもの。もう遠慮はしない」

「あっ……」



 イージスはそう言って背負っていた盾を片手で構えると、探索者でもなんでもない俺でさえ感じられるくらいの荒々しい殺気を放った。



「……『第一攻撃形態:破邪顕正』」



 盾に光が灯った。でもそれだけじゃない。


 次第に大きくなって、その中央に十字架、そして……盾に翼が生えたのだ。



 神々しいその映像は俺の目を刺激して、咄嗟に目を逸らしたくなる。



「これが、その盾の効果……いや、ただそのデザインとか技名が中二病過ぎて目も当てられないだけだったりして――」



 ――バサ。



 お茶目な冗談に過ぎなかったのに、イージスはこっちの言葉を遮るように翼をはためかせて突っ込んできた。


 なるほど、その翼はその大きな盾を浮かせ軽くさせる役割を担ってるってわけね。見た目以上に理にかなってる技じゃないか。


 って感心してる場合じゃない。



 このままじゃまともにあのシールバッシュを喰らっちまう。

 先端が尖ったりしてるわけじゃなくても、あんなデカくて速いのを受ければ全身の骨が砕けかねないぞ。



「って、避け――」



 トラック並みに速くて、やたらとデカいそれをこの距離間で回避するなんて俺にできるはずもなかった。


 頭ではまずいと思っていても、逃げようと思っていても、身体はまだそこ。






 ……。痛いって言う暇も、触れてる感触も、何がどう当たったのかさえ、分からない。


 分かったのはなぜか、俺の身体が宙に浮いてるってことだけ。



 走馬燈がないってことは即死ではないんだろうけど……。



「うっ……。多分死ぬな、俺。でもまぁ、お気に入りのセクシー女優の引退はほとんど見届けられたから悔いはないか」

「そうか。なら本当に殺してやろうか」



 攻撃が当たったのか、ひりひりとする脇腹を抑えながら、俺は地面に転がった身体で天井を見上げる。


 すると、視線の先にイージスが映った。

 もう盾は構えていない、その右手にあるのは……多分、モンスターの死体?



「それって……俺今、盾で吹っ飛ばされたんじゃ……」

「はぁ……。お前のそれは私の作った柔らかい羽が僅かに掠っただけ。直に盾に触れてさえいない。まともに当たっていれば即死だ。このモンスターのようにな」



 イージスはぺしゃんこになり、毛も抜け落ちたもうなんだか分からない状態のモンスターを片手に、ため息を吐いた。


 なんか俺呆れられてる?


 てかそのモンスターどこにいたやつ?



「……。もしかして、俺の背後とかにそれがいた、とか?」

「やっぱり気付いていなかったか。……。この辺りのモンスターは人間を殺すことに長けているはずなのに弱すぎ。私がしたのは反対の手で軽く払い除けただけだっていうのにな。……それでもってそれに気づかないお前は信じられないくらいに弱い」

「し、仕方ないでしょう! 俺探索者じゃないんだから!」

「モンスターの特徴を持っているだけで弱い。私の盾のスキルによって浄化されないのは意外だが、特定の『血』をくれてやればどうということのない存在」

「すみませんね! どうということのない存在で! ……って、その血がどうのこうのってどういうこと?」

「教えたところでどうせお前は死ぬが……そうだな、そんなに知りたければダンジョンに慣れることだ。そうすれば自分のことは勝手に知ることができる」



 俺の質問に冷たくはあるものの、答えてくれるイージス。


 この優しさもイージスの好感度が高い所以……なのかもしれない。



「……助言するんですか? 敵なのに」

「敵だと思っているのか?」

「あ、いや別にそうじゃなくて……今のは言葉のあやでしょ!」

「そうだな。お前は終始私を攻撃しようとはしなかった。なに、冷静ならば危険はない。父の言う通りだ」

「父?」

「お前には関係のない話だ。さて、もとより私の仕事は危険な亜人の処理で、殺せとは言われていない。仕事はこれにて完了。帰還させてもらう」



 イージスはモンスターの体内から魔石をくり抜くと俺に背を向けた。


 なんだか知らないが、俺は助かった、というか助けられてしまった。


 こんなわけわからんところに連れて来られて絶望を感じていたりもしていたけど、その実とんでもない幸運に恵まれたらしい。


 よくよく考えれば俺みたいなよくわからん奴、場合によっちゃ獄中にぶちこまれた挙句、死刑だってあり得たかもしれないわけだしな。



「……。ありがとう」

「……私はお前を助けたわけじゃない。仕事をこなしただけだ。もし礼を言いたければ私に命令をしたやつにだな――」

「それでもっ! 助かった、この恩は忘れない。きっと、また会ってその時は……」

「……。そのままの状態であれば迷惑なだけだ。人食欲求を自分だけでコントロールできなければ、今度は殺すことになるだろう」

「なんとか、します」

「それに、会ったところで私にメリットはない」

「それも、なんとかします。俺と会えたことがイージス、あんたにとってプラスに思えるように。そうだ俺――。……。例えば無害でみんなに人気の最強モンスターがあんたのペットになったらどうです?」

「……。ふふ、それは少し面白いかも、『ね』。……。当然ありえないことだが。おっと、少し話過ぎたようだ。私は行く。こんなことを話したのだからしばらくは死体となって現れてくれるなよ。それこそ面白過ぎる顛末だ」



 イージスは仮面越しでも分かるくらい楽しそうに去って行った。

 その後ろ姿はなんだか光って見えて、心なしかこの場所自体が明るくなったような気さえする。



 結局あいつ、ただのいい奴だったな。こんなになった俺を助けてくれただけじゃなくて、目標を与えてくれるなんて。


 なんだかんだ地上なんかよりも楽しくなったりして……この『ダンジョン』生活。

お読みいただきありがとうございます。

モチベーション維持のためブクマ、評価よろしくお願いします。

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