19話 なんで?
「あ、があぁあああああああああっ!! 駄目、それされる……長に、愛してもらえなくなる!!」
「なに言ってんだか、さっきまで俺の尻を撫でまわそうとしてた奴が!!」
「か、えせっ!!」
ゴブリン呪詛人形はわたわたと動き出したかと思えば、狂ったように怒り始めて側にいたゴブリンから槍を奪い取った。
するとそれを使っておもむろに俺を貫こうとする。
自分たちにとって不利益にしかならなもの、そう判断してとうとう殺すことにしたらしい。
で、問題はその攻撃の練度と威力なんだか……その筋肉は飾りではないようでひゅんひゅんと、普通のゴブリンでは鳴らすことの出来なかった風切り音を何度も何度も容易に発せさせるほど。
しかも槍を掴もうとするも、それを見切って蹴りで反撃、さらには咄嗟の払い攻撃何かも混ぜてくる。
長く、小回りの利きにくい槍の扱いだが、こいつはそれを熟知した上で隙を生かす戦い方をしている。
「あっぶねえ……。ちっ、厄介すぎる」
普通のゴブリンとは数倍、いや数十倍は面倒な敵だ。
それにこのゴブリンは1匹じゃない。
「――がうっ!!」
「がうがう! 大丈夫!?」
俺との戦闘を1匹に任せた上で他のゴブリン呪詛人形たちはリンを、もっと言えば移動手段であるがうがうを狙って攻撃を仕掛けてきた。
それも普通のゴブリン数匹を引き連れて。
リンだってレベルアップして強くはなっている、だけどあの数を、ゴブリン呪詛人形を数匹相手にするのは不可能。
スクロールは手に入れたんだここはもう離れた方がいい――
『残念だけどそれは無理ね。いいえ、帰ることはできるけどそれをするまでには時間がかかる』
「それってどういう……あっ」
俺は慌てて辺りを見回した。
ゴブリンを殺したことで散った血。
それは地面にべったりとこびりついて……足元だけを見るとただ広がっているようにしか見えないけど、視野を広くして全体を確認してやるとそれは擦れながらも模様に見えた。
こいつらこの場所を、拠点自体に呪いをかけたのか。
これだけゴブリンがいて、なかなかこの目の前にいる1匹に加勢してこないと思ったら……これを描いて逃がさないようにしていたのか。
『迂闊だったわ。でも拠点③は1度こちらのものになってるから、こんな効果が永続されることはない。それは安心して』
「でもお時間がかかるんですよね? それってどれくらいですか?」
『……30分はかかるかしら』
「逃げ回ってどうにかなる時間じゃないですね」
『うん。もう腹を括って戦うしかないってこと』
「……勝てますかね?」
『それは……。ううん。勝てる! 絶対に勝てるわよ! そんな気弱じゃなきゃね!』
「はは、それじゃあそれ信じて頑張りますか」
アナさんの言葉にあった変な間。
きっと今の俺のステータスじゃ、これをどうにかするのは難しい、というか普通無理なんだろうな。
しかもそのうちリンがやられれば、人質にもされるわけで……。
こうして攻めあぐねているこの状況は想像通りすぎて好ましくない、というか最悪だ。
それに外から狙い殺す時とは違う、戦闘の緊張感もまずい。
ゴブリン軍曹と初めて対峙した時よりも、恐怖を感じて一歩踏み出す勇気が必要になってしまうのは、俺のレベルが上がって敵の力量を測る野生の本追うまでもが強化されているからなのか……。
まったく、無駄なもんばっかり強くなりやがって……どうせならもっと馬鹿みたいな量のスキルを覚えたり、異常な攻撃力を寄こせっての。
流行りだった成り上がりものの物語ってのは俺つええチート能力がつきものだろう?
「って文句言ってる場合じゃないか。ないものをねだってなんもできないんじゃ上司に肩を叩かれるかねないからな。淡々と、まずはできる仕事を探してこなす。それが社会の生き方ってもんだからな」
俺は槍を突く攻撃をギリギリ躱し、右手を地面にぶつけつつも石ころを拾ってグロウショットに装填。
すると俺に隙が生まれるのを待っていたかのようにゴブリンはいっそう素早い手つきで槍を伸ばし、ゴムを引っ張る方の手、右手を狙ってきた。
これを避けるのはもう不可能。
でも今の俺、そんな普通からやや脱した状態までひっそりとことを進めた俺なら、避けれなくてもそれを弾くことくらいはできるかもしれない。
――キィン。
金属がぶつかったときのような高い音が鳴った。
そして槍は俺を突き切れず、少しだけ跳ね返った。
痛みはある、凄くある。
痛みで転げまわりたいくらい。
でもそれを奥歯をぐっと噛むことでギリギリ堪える。
そんでもって俺は手を止めない。
必死な思いでグロウショットのゴムを引っ張って……一発、どこでいい、とにかく当たることだけを考えて石ころを放った。
「あ、がっ……うがあ!!」
「へ、へへ……形勢逆転だな。おら、単純作業は得意なんだ、寝転がってる暇はねえぞ」
石ころを装填してゴムを引っ張り放つ。威力を高めるのは二の次、まずはこいつが怯んで動けなくなるまで連続で撃ち込まないといけない。
1発、3発、10発……。
当たり所を急所から逸らされ続けて、なかなか仕留め切れない。
こっちが優勢なのに変わりはないってのに気持ちが……焦燥感が抜けないのがやけに気持ち悪い。
「くそ、ゴブリン軍曹なんかよりよっぽど硬くてしぶとい!」
「ぐ……おおおおっ!!」
本当にこのまま押し切れるのか……そう頭に過ると、ゴブリン呪詛人形の周りにわらわらと通常のゴブリンが駆けつけてきた。
そしてそれをこいつは……。
――ぶち、ごき、べき。
なぐり、引きちぎり、噛み切って殺した。
「くふふ……。もっと、レベルを……。呪いの強化をっ! 契約を破棄したものに呪いによる罰を!」
「なっ!」
また脚が動かなくなった。
それに今度は腕まで……とんでもない強制力が俺を縛る。
攻撃もさせてもらえない。
まずい、まずまずいこのままじゃ……殺される。
「やっと……捕まえた」
――からん。
ゴブリン呪詛人形の槍が地面に落ちた。
そうして両手が空くと、嬉しそうに、涎を垂らしながらドンドンと歩み寄ってくる。
こいつ、俺を殺すことを止めた。
俺で遊ぶつもりだ。尻がどうのこうのとか、もうそれでは済まない。
そう思てしまうくらい、こいつの目をよどんでる!
「く、おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ん? は、はははははははは!!」
俺は犯されないためにも、重心を前に前にかけて、倒れるようにしてその首筋を狙って歯を押し当てた。
モンスターとなった俺の歯であれば噛み千切ってやることができるそう思ったからだ。
でも、歯は食い込んでくれない。
まるで岩にでも噛み付いたみたいに、むしろ折れそうで、痛みもある。
「レベルアップして、呪いもいらないくらい強くなっちゃった。あ、ははははは!」
笑い続けるゴブリン呪詛人形。それに反して俺の身体からは汗が止まらず流れ落ちる。
ここからじゃどうあがいても反撃できる気がしない。
これが詰んだってやつか……。
俺はあの時殺されていたはずだった、だからまだ死ぬことに、嫌だけど諦めがつく。
だけどあいつはどうだ? がうがうは知らんが、そもそもリンはあの場所であそこで、幸せとは決して言えない状況であったとはいえ、安全に暮らせていた。
俺が接触したことで、その恨みに火をつけて……死ぬ思いをする。
多分メスのリンは俺よりもねちっこく弄ばれるだろう。
俺が巻き込んだから、俺が弱かったから……。
「あっ……」
そう思っていると俺の頭の中で1つのイメージが浮かんだ、これは……この女性は……誰だ? なんで泣いてるんだ? なんで、笑いかけてるんだ? なんで、俺はこんなに苦しいんだ? なんで、俺の手は届いていないんだ?
なんで? なんで? なんで? なん――
「逃、げてっ!! 早、くっ!!」
「リ、ン?」
その声でイメージは消えた。
そして俺はこの場に戻ってくることができた、そんな気がした。
「俺は……何を?」
「殺させない! 私は、お母さんみたいに……殺させない! 大事だから! 絶対、殺させない! 今度は逃げない!」
俺を見て、声を張り上げるリン。
それを他のゴブリン呪詛人形たちと通常のゴブリンは笑うながら囲んで、手足を掴んで……舐める。
「や、やめろ!!」
「がううううううううううっ!!」
その光景に声を上げると、先にやられていたであろうぼろぼろになったがうがうが遠くで吠え、赤い……でも小さい灯りの球を顕現させた。
意識をそれに向けさせるため、がうがうも自分の主人を守ろうと必死なのだろう。
「う、ああああああああああっ!!」
それによって生まれた隙を突いてリンは拘束から逃れると、通常のゴブリンを押し倒し、槍を奪う。
それで何度も何度もゴブリンを攻撃して、必死になって戦う。
こんなに小さい、しかもゴブリンが俺のためになって……それなのに俺は、何もできない。
こんなことで地上の奴らに頼りにされるような存在になんかなれっこない。
俺は『また』なにも救えない……。
「嫌だ……。そんなのはもう嫌だ。大したこともできなくて、すみっこで1人の役立たずでいるのは……こんなとこまできてなんも変われねえなんて、嫌に決まってる!」
「――逃げっ! あっ! く、あああっ!!」
「リン!」
攻撃を続けていたリンの腕をゴブリン呪詛人形が掴んだ。
だが、それに抵抗しながらリンは持っていた槍で通常のゴブリンを突く。
仲間をやられたことに血相を変えるゴブリンたち。
その顔からは笑顔が消え、リンを殴り、蹴り飛ばす。
そうしている間にもリンに突かれたゴブリンの呼吸は弱くなり、ついには途絶えた。
このままだとより攻撃がヒートアップする。
思ってまた大声を出そうと喉に力を込めていた時だった。
『――竜瀬! ゴブリン50匹の討伐が完了したわ! さっさと報酬送るから、あんなの蹴散らしちゃいなさい!』
アナさんの力強い声が響いてくれた。