18話 紋様
「――ど、どうもぉ……」
「どーもー」
「がーうー」
ゴブリンが100匹も湧いてくる前にスクロールへたどり着きたかったから、ステータスもなにも見ずに俺たちはまた拠点③に足を踏み入れる。
今日までのゴブリンとの戦闘経験から、こいつらは仲間意識が強い。
だから俺たちがゴブリン軍曹を殺したという事実を知られてしまった場合、また相手に確信がなくてもそれっぽい状況にいた場合、迷わず襲われる。
ただ一回拠点③から出て、ゴブリン軍曹を殺したことに対してアリバイのある状態であればその限りじゃない。
俺たちが拠点③に現れてもゴブリンたちが死んだゴブリン軍曹のことの見続けて、俺たちに興味がなさそうなのはそれが理由、だと思う。
一応種族の姿を一部反映。
リンもがうがうも殺気をしまってにっこにこにしていることも、効いてはいるのかな?
「それでスクロールは……」
一先ず安全なことが分かると、俺はきょろきょろと辺りを見回した。
マップにスクロールの場所が表示されていないのはそれがその対象じゃない、ダンジョンが生み出した自然物じゃないことを意味している、とかかな?
俺とか他の人間もマップには表示されてないし。
「……だとすれば、スクロールのある場所もゴブリン准尉がその場所を悟られないように作った場所の可能性が高い」
「スクロールの場所は、ゴブリンの湧くところじゃないの? だから湧いたばかりのを追えば……」
「スクロールはそれ自体をワープの出入口にするわけじゃない。元々スクロールってのはそれを読んだり、開いたりした状態にしておくことで対象に効果を付与するものだからな」
「んー……それって魔法?」
「それも間違ってはいないかな。地上にあるスクロールは魔法、魔力を用いて作られているらしいから。ただ違うのはスクロールを使う人に魔力は必要ないってとこと、効果時間だったり、回数だったりの制限はがあること。どうやらダンジョンというのは簡単に誰でも強力な魔法を使えるって状況をよく思っていないらしい」
「それってダンジョンって生きてるの?」
「あ、いやそれは例えというかなんというか……ま、まぁそこはあんまり気にしないで欲しいかな。それより、それっぽいところはあったか?」
「んー……スクロールの気配は分からない。でも……上から、すっごく怖い感じがする」
リンが指差したところ、そこには特に何もない。
マップにもなにか特別な表示はない。
この部屋に、その場所に怖い何かがいるということはない。
でもなんだろう、俺もさっきから誰かに見られているような……そんな気が――
『ゴブリンたち、そのほとんどが外を目指して歩いてるみたいだけど……あの筋肉がついている奴ら、じっとこっちを見てるわね』
アナさんの声を受けて、くるりと身体を回すと悪寒が……背筋がぶるりと震えた気がした。
一匹一匹がセクシーなポージングをとり、ふっくらと厚い唇をプルンと弾ませて……。
「あ、ああん……はぁんっ」
「は、はは……」
艶めかしい声を溢した。
視線が熱い、鼻息が荒すぎてここまで音が聞こえるし、がっぽりと鼻の穴が広がってる。
あ、あいつら発情してやがる。
き、きっとメスのリンを見て、だよな? そうだよな?
「あいつら、知ってる。忠誠心が高くて、性欲も強い。お父さんもあいつらに連れてかれて……ずっとお尻を痛そうにしてた」
「……それって笑っていい話でいい?」
「いい」
「そうか……でも、なんだろうな全然笑えないや」
増えてきたゴブリンたちをかき分けてやってくるそのゴブリンたち。
――ブシュ、ぶち!!
かき分けて……るだけじゃないなあれ。
他のゴブリンの顔に手を当てて握り潰したり、耳や鼻をにぎりえぐり取っている。
まるで仲間をゴミみたいに。おかしいな、ゴブリンってのは仲間意識が強くてそんなことはしないような種族だと思っていたんだけど……。
「ゴブリンだっていっぱいの種類がある。それで上に立つ奴が変わった奴ほど、直属の家来もおかしくなる。多分ここはあいつの担当、なんだと思う」
「あいつ? もしかして知り合いか?」
「知ってるだけ。でも、それでも、1番まともだったこともあってあいつのまとめる集落で暮らしてはいた」
「まとも? あんなのがか?」
「うん。あいつらは自分が気に入った顔だけを仲間って認める。だから、比較的顔が良かった私たちはそれなりに優遇されて……私たちだけにまともだった」
「なるほどね」
「野蛮なゴブリンをわたしたちのために殺し、食べ物も分けてくれて……でも、当然見返りは求められた。それが……」
「お尻だったってことか……ということは」
リンの話を聞き、俺は息を飲んだ。
だがこれから起こることを考えればこうなってしまうのはしょうがないと言えるだろう。
それにしても見返り、か……求められるものは分かったけど、向こうはなにを差し出してくれるのかね――
『――残り18匹、15匹、10匹……おかしいわ。数が減ってる』
「え? もしかしてそれって……」
向かってくるゴブリンたちを牽制するようにグロウショットに手をかけていると、アナさんから思いがけない情報が届いた。
クエストの50匹のゴブリン討伐。これの数が急激に減っているらしい。
交渉材料を作る、それだけじゃなく俺たちがどんなクエストを進めているかも知っているかの行動に、普通のゴブリンたちとは違う恐怖を感じてしまう。
「はっ。こんなことしてくれても俺の身体はそんなに安くはないっての――」
「ね、あれって……」
俺が恐怖を押し殺して毅然とした態度でゴブリンたちと向き合っていると、先頭にいたゴブリンが後ろでから1枚の長い紙を取り出した。
こいつら、こんなことのためにゴブリン准尉のやろうとしていることに逆らおうってのか? いや、こんなことも許されるのがここをまとめる特別なゴブリンってことなのか。
ゴブリン軍曹か感じたあの野性味ある強さとはまるで違う、賢い強さ。
「それ、くれるのか?」
「……ん」
ゴブリンはこくりと頷くと、スクロールを掴む手を前に出して動きを止めた。
これを直ぐに受け取ってしまえばどうなるか……へへ、勝手に力が入っちまうよ。入っちまって……。
「もらったああ!!」
「うがっ!?」
俺はゴブリンの手からスクロールを奪ってしまっていた。
交渉は決裂、既に尻は2つに割れている!!
「逃げるぞ!! リン、がうがう!!」
「わかった! 急いで乗って!」
「わおーん!!」
俺は急いでがうがうに乗り込もうとした。
だがその時、俺の脚が止まった。
何かにビビったってわけじゃない。
俺の意思とは別に、勝手に脚が止まってしまったのだ。
これはスキルか? だとすればあいつらの、ゴブリンのもの……いや普通のゴブリンの中でも少し上の存在、リンの集落の長によるスキル?
「――強制契約。既に支払ったものに対価、また違約金ならぬ違約体の支払いを命ずる。……その意思表示、確認できず。長による呪詛を発動。取り立てる力を得る。レベルアップシステムの利用が可能……。ここに居る奴らを糧に……。更なる支払い義務を生み出す」
ゴブリンはリンと同じか、それ以上に流暢な日本語で独り言を言い始めた。
何かに熱中して、それを布教しようとする時のオタク並みに早くてやけに不気味だ。
あれはもうゴブリンって簡単に括っちゃいけないいけない生き物じゃないか? というか、名前がゴブリンじゃなくなってる。
これが進化ってやつか?
『違うわね、どっちかという覚醒が正しいかしら。長とかいう奴の傀儡として、のだけどね。名前は【ゴブリン呪詛人形】。知識はある程度あるより人間に近いゴブリン。でも他人の話を聞くような奴らじゃなくて、とにかく呪いに忠実。気を付けて、無鉄砲なところが特徴で……位と言えばゴブリン軍曹と同程度、戦闘能力は上よ。それと、呪いを自身と敵両方に掛けられる』
ゴブリン軍曹よりも強い奴らに尻を狙われるって……それだったら、普通のゴブリンと耐久バトルしていた方が良かったんじゃないか?
なんか頭身が高くなったように見えるし、気になるのはあの紋様。
普通のゴブリンが持っていた硬化の紋様を描くスキル、それによって書かれた紋様に似ている。
もしかするとここにいるゴブリンたちは、その集落や長、主によってそれぞれの効果を持つ紋様を描いて反映させることができるのか?
まったく……本当に退屈しないよ、ダンジョンってやつは。
……。いやでも、ということは……それに対抗できる方法も対になっている可能性が――
「――ばあがっ!!」
いつの間にか俺の正面にはゴブリン呪詛人形が立ちはだかり、大きく口を上げて喜んでいた。
そして、その手は俺の脚をそっと触り、尻まで伸びる。
――すっ。
「おほはっ!」
「きもい声出すなって!」
このままじゃやられる……そう思った俺は咄嗟にゴブリン呪詛人形のその腹に触れ、その紋様から塗料のようにこびりつく液体を拭った。
そしてそれを自分の脚に適当に塗る。
すると……。
「やっぱり動く! これぞ自己流呪い払い!」
『竜瀬! こっちもスクロールの解析完了したわよ! スクロールに書かれた文字はその紋様と同じ塗料が、血が使われてる。なら、ちょっとい勿体ないけど……』
「モンスターがこれ以上湧くのを阻止、ですね。分かりました」
アナさんの情報からすぐに察した俺は、拭った塗料を伸ばしてやるために、それをちょっと味わうために自分の手をなぶり、スクロールに大きな×を書いてやった。
ああ。甘い血、普通のゴブリンなんかよりも圧倒的に……っていかんいかん、また入り込んじゃうところだったよ。
どうしてか、ゴブリンでも強い個体の方が血が上手く感じて……満足度が高いんだよな。
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