表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

17話 尻

――ひゅっ。



 風切り音は石ころを飛ばした時より高く大きい。


 それは俺の歯、というか弾の先端の形状が尖っていて、風の抵抗を少なくしているから……だと思う。

 で、その違いが何に影響しているのかというと、推進力、つまりはスピードだ。


 歯の再生時間と俺の負担を考慮してあんまり回数は試せなかったけど、歯で作った弾の方が目的への到達が圧倒的に速かった。


 石ころでの攻撃であれば、場合によっては見てから避けられていたかもしれないけど、これなら……。



「うご!? あがっ……」



 いくらその音を頼りに気付けたとしても、完全に避けることはできない。


 実際今放った弾はゴブリン軍曹の米噛みからずらされはしたものの、眉よりも少し上あたりに直撃。

 硬い頭蓋骨と放たれた弾がぶつかって、弾けるような、でも低めの音が拠点③の中で響いた。



 静かで暗殺向きの石ころ弾と、とにかく威力の稼げる歯弾。



 はっきり言って魔法とか剣スキルとかに比べるとあまりにも地味な絵面で、面白みには欠けるけど、『狩り』という一点に関してはこのグロウショットと覗き穴、それにリンとがうがうによる誘導は効果的、効果的すぎるコンビネーション。


 個々で見ればそこそこでしかないけど……例えるなら安い冷凍のハンバーグにチーズ、例えるなら少ししょっぱくし過ぎたハンバーグに目玉焼きくらい、そんな風にしてそれぞれの個を引き立て、マイルドに、豪勢にしてくれるこのチームプレイ。



 そんな俺たちの手にかかればゴブリン軍曹なんか、もう敵じゃなかったらしい。



「びっくりするくらい簡単に、倒しちゃった……」

『アイテムを自動で取得します。初回討伐ボーナスによりスキルを獲得しました。経験値取得を保留しています。それで……クエストクリアに必要な残りゴブリンの討伐数は20となりました。……って一気に減り過ぎじゃない? というかこんな説明なかったんだけど……隠しルートってことかしら? まったく、こっちでも管理できないくらい派生先が多いのは、どうなのかしら? でも……やったわね竜瀬!』

「……はい!」



 ゴブリン軍曹を殺せたことを知らせてくれたアナさんは、自分の言葉にツッコミを入れたり、苛立ったりして大変そうだったけど、少し間を開けると嬉しそうに声を掛けてくれた。


 まだまだ正面からぶつかり合うのは不安だけど、こうして倒せるって分かったことはこれ以上ない成果で、なによりもこれでビクビクしながらダンジョンを歩き回ることが減りそうなのは大きい。



 拠点を出ないと手に入らないもの、特に尻を拭く比較的柔らかい野草とか、排泄物などをダンジョンに高速で吸収させる効果を持つ香草を摘む時に感じていたあのドキドキが無くなると思うと……少し泣けそうになるレベルなんですが。



 多分こういった苦労があったことをアナさんも知っていたからこそ、こうして声を掛けてくれたんじゃないかな?



 いやぁ、今日みたいなめでたい日はもう帰って祝勝会をしないと。

 ……でも酒がないか。



 こっちでも酒が飲みたいけどそれはいくらなんでも贅沢が過ぎるのかな――



「――ごがあ……」

「え?」

「がうがう! 下がって! まだ……いっぱい来る!!」



 ゴブリン軍曹を一匹仕留めたことで気持ちを緩ませてしまった。


 だから俺はより拠点③にゴブリンが生み出される……移動してくるなんて想像もしていなくて、額から汗が流れ落ちる。


 リンは俺よりもそいつらが現れることに早く気付けたから、その姿を見つかることなく扉を潜って来てくれたが……もしあの場に俺もいたら、きっと逃げ遅れて殺されていたに違いない。



「リン!」

「危機一髪! あれは流石に相手できそうにない。あれ、多分100は湧いてくる」

「そんなに……でもまだ全部出て来てるってわけじゃないのによく分かるな」

「『あれ』が用意してた分、それを考えれば、ここに移動させるのは大体それくらい……。ゴブリン軍曹が最初に出てきたから、まだ他が移動させられるまでhあ時間がかかるって思ってたけど……もう『向こう』はいっぱいなんだと思う」



 リンの話に『あれ』とか『向こう』とか曖昧な言葉が増える。

 でそれが何なのかは容易に想像ができる。


 あっれてのは、ゴブリン准尉。

 それがこいつらをここに移動させてきた張本人であり、『向こう』……つまりはゴブリンの本拠地でふんぞり返ってるモンスター。


 まだ俺がゴブリンを50匹分殺していないからか、どうやらその存在を明確に発言させることができないみたいだ。



『最終期限まではまだ時間はあったはずだけど、こうやって最悪のペナルティが準備されていくのね。なんというか、勉強になったわね』

「勉強になった、で済めばいいですけど……」

『また気弱になってるわよ! 大丈夫! あれだけ強くなったんだからもっと自信持ちなさい!』

「は、はい」



 実際に背中を叩かれていないのに、なんだかジンジンする気がする。

 そういう言霊使いなのか、アナさんは。


 そういえば、こんな状況だってのに随分と気分がいい。これも励ましの言葉があったからなのか?



「って、それどころじゃない。これって多分全員中区に流れてくんですよね? だったらどうにか止めないと」

『うーん、後区で戦ってる私たちからしてみればこっちにいる数が減ってくれた方がよくないかしら? その方が戦いやすいでしょうし』

「えっと、それはあるかもしれませんけど……やっぱり人間はできるだけ助けておきたいなって……。そもそも俺の目的としても、無視はできないですよ。リンだってまた仲間のゴブリンが女性を捕まえていたぶるところはみたくないだろ?」

「うん! お母さんみたいにさせるのは、やっ!!」



 最初からリンは友達とか、母親が殺されたからゴブリン准尉を殺したいと言っていた。

 だとすればこうやって焚きつけてやれば、否定はしてこない。


 それを利用する自分に少しでだけ嫌悪感を覚えるけど……アナさんの他人をないがしろにするような提案や発言には反対したい。


 というのもアナさんはダンジョンを管理する1人だけど、この人間臭いところがいいなって思うから。

 なんだかんだしょうもないやり取りがあるからホームシックにもならないって思うんだよね。



『はぁ……。分かったわ。この後のクエストにゴブリンとの戦闘に関わるものが現れる可能性もあるし、中区に移動しようとするゴブリンの阻止、これをサポートして上げる。でも時間がなくなったら諦めなさいね、固執すると余計なことにならないものよ』

「はい、ありがとうございます」

『まったく、凄くいい返事じゃない。そういうところ、嫌いじゃないわよ。それで? 何が聞きたいのかしら? 私を説得するようなこと言うのはそれも理由なんでしょ?』

「えっと、はい。まずなんですけど、この……多分スクロールの効果だと思うんですけど、ゴブリンが現れるようになった仕組みについて詳しく……それと、その出どころの確認がしたいです。あ、出どころっていうのはゴブリンがどこからやってきているのかっていうのと、スクロールがどうやって用意されているのか、この2つです」

『……思ったより、多いわね。お願いごと。私がめんどくさがりだってことはもう分かってるもんだと思ってたけど?』

「はい。でもなんだかんだ言いながらやってくれるんですよね? アナさんってそういう頼りがいのある上司? みたいな感じですから」

『……。それ、あんまり嬉しくない例えかも。はぁ……。まぁいいわ、この私をこれだけ、非効率なことで働かせてくるんだもの、【システムの解放】が済んだ後でご褒美はたっっっぷりもらっちゃうからね』

「わ、分かりました」



 システム、このクエストをクリアすることで解放されるとか言ってたやつだっけ……。


 アナさんの言い方からしてそのご褒美と巻毛があるんだろうけど……面倒なものじゃなきゃいいなあ。いや、あの様子じゃ面倒なものは確定してるか。



「安心して、私も手伝う!」

「あ、ありがとうリン」



 俺が不安そうな顔をしていることに気付いたのかリンは、ポンポンとお手の背中を叩いてくれた。

 それにがうがうは手をペロぺりと舐めて、気をつかってくれる。


 アナさんがそうじゃないって言いたいわけじゃないけど……最近はこの2人、2匹が癒しになってきてたりして。



『それじゃあ、ご要望に応えるために早速2人……じゃない3人には仕事を請け負ってもらうわね』

「は、はい」



 ――ごくり。



 アナさんのアナウンスモードの声色についつい喉がなってしまう。

 聞いたはいいけど、無茶な条件じゃなければいいな――



『スクロールの効果の把握と違って、その構造や使用状況を知るにはまずそれに長く【触れる】ことが必要なの』

「……。あの、それってつまり……」

『察しが良くて助かるわ! そう、あの中に飛び込んでスクロールのところまで行って、それで解析が終わるまで触っててってこと』

「ええ、っと……」

『ほら、急がないとドンドンドンドン新しいのが湧いてくるわよ。大丈夫、今のレベルなら打ちどころが悪くない限りとりあえず死なない、それだけは保証してあげるから』

「死なない、ってでけですよね? 他にいろんなことされる可能性もあるんですよね?」

『それは……ゴブリンって、雄でも男性を好むことがあるらしいから……。お尻だけは死守した方がいいかも』



 最悪の画ずらが目に浮かぶ。


 そんな地獄みたいな光景を誰が好んで見たいって言うんだよ! ゴブリン×俺、なんて冗談にならないぞ! やっぱ全部撤回しようかな?



「大丈夫、お尻は私とがうがうで守る。竜瀬は私の気持ちを、汲んでくれたから。その分私もがんばる」

「がう!」

「……あ、ありがとう」



 俺の尻に手を当てる2人、あまりにも面白い画だけどその目はまっすぐで冗談なんてこっぽっちも交じってない。


 こんなの撤回できるわけがない。


 こうなったら……。



「アイテムを出現させて……頼む、これで強化されてくれ。俺の尻!」



 さっき倒したばかりのゴブリン軍曹がドロップしたそれを取り出すと、俺は調理することなくそれを口の中に放り込み一飲み。


 祈りながら尻に手を当て、一歩また一歩と拠点③へと脚を進ませた。

お読みいただきありがとうございます。

モチベーション維持のためブクマ、評価よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ