14話 2対2?
「わうっ!?」
「やあああああああっ!!」
新しく作った出入り口から勢いよく飛び出ていったゴブリンは大きな声を上げながらその手を振り上げる。
奇襲を仕掛けるにしてはあまりにも派手で、俺にさえ戦闘経験の少なさが窺える。
こんなの返り討ちにされたっておかしくない失策だけど、灯り犬ってモンスターは思っていたよりも臆病な性格をしているみたいで、そのあまりにも大きな声にびくっと体を震わせて動きを止めてくれた。
そのお蔭もあって振り上げた拳は手前にいた灯り犬の頭を強く叩き、『きゃいん』と情けない声を上げさせた。
ゴブリンの頭の中で湧いた灯り犬に呼び声を上げさせる作戦は、単純な暴力による強引なものだったらしい。
これだけで無鉄砲に突っ込めるのはある意味尊敬できるかもしれない。
でもその情けない鳴き声じゃモンスターは呼べそうにないし、そもそも今わらわらと仲間がやってきてもちょっと困る。
出入口とか覗き穴とかがバレるのも良くないし――
「わおんっ!!」
思いの外ゴブリンの攻撃が通ってしまったからか、ついつい追撃を忘れてしまっていると、もう1匹の灯りが仲間がやられてしまったことに腹を立てたのか、それとも情けない仲間に腹を立てたのか、顔つきを変えて殺気を放ちつつ鳴いた。
そしてそれに焚きつけられたのか、攻撃を受けた方の灯り犬もイラっとしたような凶悪な表情でゴブリンの首を噛もうと口を大きく開けた。
「まずいっ!」
ゴブリンはそれを躱そうとしているが、灯り犬の動きは速く、すぐさまそれに対応。
俺は最悪の状況から脱するために急いでグロウショットのゴムを引っ張り、離した。
「わ、ぼぉ……」
「ち、当たり所が悪いか……」
弾となった石ころはそんな灯り犬に当たりはした。
でも集中する時間がなかったせいで急所を外した。
さっきのゴブリンたちとは違って即死にはならなかったのだ。
とはいえその一発が効き灯り犬に隙が生まれたことで、ゴブリンは体勢の崩れた灯り犬の脇にまで移動、攻撃を加えようとする。
再びの有利、これならまず1匹を仕留められ――
「わうっ!」
「なっ!?」
ゴブリンばかりに注意を向けていたのが仇になってしまった。
まさかこんな短時間で、もう1匹の灯り犬がここまで迫って来ていたなんて……。
この距離じゃグロウショットの性能が活きないな。
仕方ない、一応ゴブリンを殺すことができたステータスではあるんだ、正々堂々戦ってやる。
「くらえっ!」
「わ、おっ……」
迫ってくる灯り犬の顔を狙って右ストレート。
仕掛けてくる相手に対して、完璧なカウンターになると思って突き出した拳……だけどそれはギリギリのところで躱された。
どうやらこいつの動体視力や反射神経はゴブリンのそれを軽く超えているみたいだ。
流石、ここをデスエリアと呼ばせるモンスターなだけはある。
なんて余裕ぶってはいられない。
というのも灯り犬のその鋭い歯で俺の腕に食いついて顎に力を入れている。
鱗があるからとはいえ、次第に食い込むそれは強烈な痛みを与えて、俺の額から嫌な汗を流させてくれる。
このままだと腕を食いちぎられておかしくない。
だから流石に……このまま黙って、なんていられない。
「う、ああああっ!!」
俺は声を出しながら自由の利く右脚を勢いよく、真上に突き上げた。
すると膝が灯り犬の下顎にクリーンヒット。
深く刺さった歯はすっと抜けてくれた、がそれで怯むでもなく灯り犬は俺の身体を頭でどついてきた。
痛みは少ないけど、距離をとられた。
自分の機動力に自信があるのか、きょりを とったようだけどこっちにはグロウショットが……ってこれ……。
「全然、当たらない」
動きの止まっていない敵、しかもこれだけ早く動く敵に飛び道具を当てるのは至難の業だと思い知らされる。
左右に揺れながら俺の攻撃を躱して、しかも一気に距離を埋めたかと思えば歯を食い込ませるのではなく、爪でひっかきダメージを負わせてくる。
噛み付いてきたときと違って、動きを止めてくれないからカウンターを打ち出すことができない。
しかもそのあと調子に乗って深追いしてくれる訳ではなく、すぐに引き下がるからチャンスはいくら待ってもやってこない。
ヒット&アウェイ戦法をまさかモンスターがやってくるなんて……面倒過ぎる。
「こうなったら、無理矢理に捕まえるしかない」
モンスターを呼ばれるリスクもあるわけだから、これ以上時間を稼がれたくはない。
そう思った俺は脚に力を集中させる、そんなイメージを膨らませる。
そうすることで俺の脚にはもっさりと毛が生えて、筋肉も膨らむ。
これならこいつの脚を止められる、早さに追いつける。
――すっ。
灯り犬の鋭い爪が俺の顔の横を通り過ぎ、皮膚を切り裂く。
そしてそのまま走り去ろうとする灯り犬だが、俺は犬獣種の特徴を得たその脚で急いでその姿を追う。
さっきまでは追いつくことかなわなかったそれだが、この足のお蔭で攻撃の範囲まで近づける。
背後をとれる。
灯り犬が引き下がるときに油断しているようで、ややスピードを落としてしまっていることも追い風になる。
「捉え、たっ!!」
発達した脚を使って灯り犬の後ろ脚を狙う。
「ぐあ!?」
低めに放ったローキックがようやく灯り犬を捉えた。
急所を攻撃できたできたわけじゃあないけどダメージはそこそこにあったのか、その声は痛々しく、体勢はぐらりと大きく崩れた。
致命傷にならずとも足払いとしては100点の効果。さらに距離を詰めて今度はその脳天をかち割ってや――
「う、ぐああぁああっ!」
「こい、つ……」
両手を組んで思い切りその頭目掛けて振り下ろしたが、灯り犬はその強靭な前足で思い切り地面を蹴ると、それを躱してしまった。
この大きな体をたった一本の脚でこれだけの距離を移動させるのなんて、不可能だと踏んでいたけど……本家本元の犬獣種の脚は俺のものよりも筋量が多く、でかくて、こんな無理もできてしまうらしい。
これも日頃から走り回っているものとそうじゃないものの差なのかな。
完全に舐めてた。
今の一撃で捉えられないとなると、注意力は高まってしまうし、攻撃を当てるのがより難しくなってしまう……。
いやそれよりもこのままだと……。
「わぅ……」
灯り犬は準備をしているのか、軽く口開けて軽く吠え……。
そのまま大きく息を吸い込み始めた。
それを確認して、俺はここから先の通路をマップでみて見ようとするが……まだマッピングされていない範囲、どれだけの仲間が呼びよせられるのかは分からない。
それに、灯り犬の遠吠えによってモンスターがこの場所にリポップする可能性だってある。
「……吠えられるよりも先に、逃げるしか――」
俺が仕方なく出入口に向かって移動をしようとすると、それをさせないとばかりに灯り犬は大きく口を開いた。
何とかなると思って出入口を潜ってきちゃったけど……選択を間違っ――
「がうぅ……」
「あぐぅっ!?」
「……え?」
モンスターハウス状態になってしまうことを半ば諦め、逃げることを止めて身構えようとした。
その時、俺と対峙していた灯り犬がその口をすぼめて、目を見開いた。
この低い声は遠吠えではない、仲間を呼ぶそれじゃあない。
じゃあなんなのかというと、それはダメージを負った時の呻き声。
灯り犬よりも高いところから襲ってきたそれによる、噛み付き攻撃の影響だ。
首元を噛み付かれて、血を溢し……呻き声はだんだんと小さくなっていく。
『対峙していた灯り犬の絶命を確認。経験値が保留されます。アイテムを自動取得しました。スキルガチャが可能となりました。……まったく、こんなスキルを発現させていたなんて思わなかったわね。流石イベントを発現させた個体ってとこかしら』
そうして灯り犬から生気が感じられなくなると、アナさんは淡々と情報を伝え……俺の目の前にいるそいつにコメントをした。
呼ばせる……その根拠は灯り犬を攻撃して泣かせられる自信があったからじゃなかったようだ。
「よしよし、よくやったよくやった。『がおがお』にもあとで肉食べさせてあげるからな」
「が、おがお?」
「うん。こいつの名前。こいつは今日から私の手下。だからこいつも仲間!」
灯り犬を殺したのは、ゴブリンと戦っていたはずの灯り犬。
そしてそんな灯り犬を手懐けているのは俺たちの仲間であるゴブリン。
さっきまで殺し合っていたっていうのに、ゴブリンに撫でられる灯り犬は嬉しそうに目を細めている。
どうやらこの灯り犬、『がうがう』にはもう俺を襲うとする意思はないようだ。
なんか、さっき見た時よりも一回り、二回りくらい大きくなって怖くなっているように見えはするけど。
「まさか、こんなことになるなんて思わなかった……」
『うん。モンスターが【テイム】スキルを取得できるなんてね……。これも竜瀬っていう人間みたいなモンスターと接したからなのかしら? ま、なんにせよよかったじゃない!』
「そう、ですね……。昨日の敵は今日の友って言葉もあるわけだし……。よろしくお願いします――っておいおい!」
『がうがう』は俺の言葉を聞くと嬉しそうに頬を舐め、首筋を甘噛み。
そのまま自分の背に俺を乗っけて見せると、通路の先に少しだけ視線を送って壁際まで下がった。
「まさか俺たちじゃ気づけない敵に気付いてる? ……そっか、なら一旦引いてもらえるよう頼めるか?」
「……」
「ん? どうした?」
ゴブリンに声を掛けたが返事はない。
なんだか考え込むような表情だ。
早くこの場を引いてくれないと困るんだけど……ほんと全然いうこと聞いてくれない子――
「名前」
「名、前?」
「私も名前欲しい! 『がうがう』にはあって、私にはないのおかしい!」
「なるほど……。じゃあそうだな……ゴブリン、ゴブリン……。『リン』なんて、可愛いんじゃないか?」
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