12話 レア武器
俺の問いかけに対してアナさんは少し困ってしまったのか、変な間ができる。
それによる緊張感のせいなのか、溢れだした感情じはだんだんと俺の中に戻ってきて、体温が下がっていくようにすら感じる。
「う、ぐ……。ごめな、さい」
「……。いいさ、このくらい。むしろ俺も勝手に触って悪かった」
俺は思考がいつも通り回るようになり、自分の腕の中にいたその小さなモンスターが泣き止んでいることに気付いた。
相手がモンスターとはいえ、もう大丈夫そうな女の子をずっと抱いているのは流石に悪いと思いゆっくりと押すようにして距離をとり、とってもらう。
その時ゴブリンが少しだけ寂しそうな顔をしていた気がしたけど……きっと親とかそういうのを思い出していたこともあって、何かに甘えたくなったんだろう。
まったく、本来の俺だったら不釣り合いな役どころにもほどがある。
なんだって俺の推しキャラの多くはあらあらうふふ系年上お姉さん。
あの母性にむしろ疲れた体を癒された派なのだ。
『……大分もとに戻ったみたいね。それでその、武器のことなんだけどもう少し後から……。……ううん、ここでそんなこと指示するのも、おかしな話よね。私はあくまでサポート。成長を、強くなることを手助けする立場なんだから』
アナさんは自分の言葉を無理矢理喉の奥にしまった。
こういうところは流石ダンジョンのシステムを担う? だけあるなって思う。
ま、これはちょっと上からの言い方になっちゃうかもしれないから本人には言えないけど。
「ありがとう」
『いいの。さっきも言ったように私はサポートする立場、そういうのが仕事なんだもの。……でもね、アナウンスする側の気持ち、それはちゃんと考えて欲しいわ。折角色々教えてあげてるんだから。もし次無視するようならお姉さん怒っちゃうわよ』
「は、はは……分かりました」
茶化して誤魔化してくれているけど、声のトーンが低めなのと、そこにいないのに確かにプレッシャーを感じるせいで全然笑えない。
その感覚はゴブリン軍曹を目の前にしているときよりも重くて、なんだか急に喉が渇いてしまうくらいだ。
『うん。それじゃあまず武器……の前に注意させてもらうわね。あんたのステータスにある捕食衝動レベルが【中】になった原因、これは殺意が……狩りへの欲求が影響していると考えられるわ。だから、武器がどんなものに仕上がっても冷静に。気持ちが逸ってしょうがなくなるようなら、まずは私を想像して』
「アナさんを?」
『そう。それで私の存在を、つ、強く……か、感じられるようになるから』
なるほど、つまりそれでアナさんが俺に干渉、孫悟空の頭にある輪っか……確か緊箍児だったっけ? とにかくあれみたいに抑制してくれるってことか。
うん。それは理解できたけど……言い方を選ばない、変に照れる、この二つによるコンビネーションが炸裂して、なんかこっちまで恥ずかしくなるようなやらしさが……。
これのせいで想像が、豊かになりすぎたらどうしよう。
あ、さっきとは違う意味で気まずい空気が……。
「どしたの? みんな?」
『と、とーにかーく!! 壁の向こうでもっとひどいことが起きるよりも前に武器を作りましょうか。安心して、あんたの尻尾はちゃんと素材として使えるから。まあ、低武器作成台じゃそれを活かしたものができるかどうかは微妙だけど』
この空気に耐えられなくなったのか、ゴブリンが静寂を破ってくれると、アナさんがわざとらしく声を張り上げた。
それがちょっと可愛らしく思えて、こんな時だってのになんだかほっとする……って、微妙かぁ。
「まあいいか、それよりも速く作るのが優先。……えっとこれ、また念じればいいのかな?」
――【アイテム選択:なし】
武器の作成、そう心の中で呟くと台の真上辺りにステータス画面と同じように文字が浮かんだ。
なしってなってるのはまだ俺がこの台に対象となるものを乗せていないから、だと思う。
「だからこれを置いて……っと」
――ドン。
俺は斬られてしまった自分の尻尾を拾い上げて台の上に乗せた。
こうして手にとってみると結構重くて柔らかい。
断面が凄く痛々しい、当然まだ俺に引っ付いてるそれもこうなってるんだろうけど、もう痛みは引いて出血も止まってちょっと痒いだけなんだよな。
こんな簡単に、しかもリスクが低く手に入るものならレアリティとかも低そう……。
――【アイテム選択:竜瀬の尻尾(B)】
いや、思ったより高くない?
ま、基準が分からないから何ともなんだけど……というかこうやって利用するとランクが表示されたりするのか。
ゴブリンの耳とかはさっさと使っちゃったけど次からはチェックしないと勿体ないことになりそう。
まあ今回に限っては出どころが俺自身だから勿体ないとかはないんだけど……。
それで、えっとこのまま作成っと。
――しゅう。
「わっ!?」
「おお、結構派手な演出なんだな」
『……これって、もしかして』
アイテムの決定と作成を念じると白い煙がドライアイスに水をかけた時のように台の上で漂い始め、俺の尻尾を包み隠してしまった。
そうしてそれを息を飲んで見つめていると、きらりと一瞬光が射した。
これが完了の合図ってことかな?
というか作れる武器の選択してなくない? できれば今は弓とがいいんだけど……。
――【完成品:グロウショット(E)、武器種スリングショット、保持スキル:弾変換】
「え? こんなの武器種にあったっけ?」
『やっぱり。あれってレア演出だったのね。やったじゃない、あんたってやっぱり凄く運がいいわ』
出来がったそれが意外なもの過ぎて困惑してると、アナさんは勝手に納得しつつ声のトーンを高くした。
こんなところにぶち込まれたやつに運がいいって言葉、しかも『やっぱり』っておかしいと思うんですけど。
それにこの武器の名前にある【E】って表記はあんまりよくないんじゃないの?
だって俺の尻尾が【B】なんですよ?
「本当に当たりなんですかね? それにパチンコ……スリングショットって、弓とか槍の方が殺傷能力は高そうだけど」
『それは……。つ、使ってみなきゃわからないじゃない! レア引いたんだから今は喜びましょ!』
歯切れの悪い返答だなぁ。
ま、リーチがあんまりにない武器よりはいいか。
「できたなら、はやく」
「ああ。分かってる」
ゴブリンに軽く急かされつつ、俺はその辺に落ちていた石ころを数個拾い上げると覗き穴のまで駆け足で戻る。
さっきの様子からして捕まってる人たちがすぐに殺されるってことはないだろうから、急ぐ必要はあるけどあくまで冷静に冷静に、暗殺者の気持ちで、仕事をする時みたいに淡々と淡々と働け……。
「数は……3、いや4。ゴブリン軍曹はいない。だけどさっきまでのより強そうで……とりわけ向こうのはでかいな」
覗き穴から外の様子を見てまずは敵の数を把握。穴は拡張されたことで全体を見渡せるようになっている。
未だに俺を探してることもあるのか、それとも他に帰る場所があるのか、ゴブリン軍曹の姿は見えないが、それでも敵の数は少なくない。
対して人間、女性は一人。
その顔にはまだ精気が残っているように見えるが、もうあきらめてしまっているのか、それともゴブリン達を刺激しないためなのか抵抗はしていないようだ。
状態は磔、それを2匹のゴブリンが突いたり舐めたり撫でたりしながら楽しんでいる。
それを後方からハンディファンを使って涼みながら眺めているのが一番デカいゴブリン。
そしてそれらから離れた所に立っているのが一匹。
おそらくはこいつが警備役なのだろう。
何かあった際にすぐに仲間を呼びに行けることもあってか、通路近くから動こうとしない。
なら、まずはこいつから処すか。
この武器に一撃必殺って言えるほどの殺傷能力はおそらくない、だけど……。
「冷静になったからか、それとも沸き立った食欲のお蔭か……なんとなくだけど、あれを狩るにはどこを狙えばいいかが、分かる」
「がんばえ」
『落ち着いてね』
仕留めるべき敵を見つめながらスリングショットに石ころを装填してゴムを引っ張る。緊張感が走る。息が止まる。
ダンジョンっぽくないし、強そうでもない。
でも期待をこの期待を背負う感じ、気持ちの静まっていく感じ……アナさんの心配を払拭できることも踏まえて、俺に会っている武器なのかもしれない。
弓よりもでかくて仰々しくないのもいい。
「……こ、こ」
――ひゅっ。
十分に引っ張り、チャージしたゴムを離した。
勢いは十分。
覗き穴、スリングショット、そして自分という並びがあるからどうしても距離が出て狙いにくい状況ではあったけど、狙いのゴブリンが視線の直線状にいてくれたおかげで着弾不可能ということはない。
そうなればあとは、祈るだけ。
――パン!
「あ、当たった……」
視界に映ったのは倒れる一匹のゴブリンと飛び出した血。
音のわりに地味な光景ではあるものの、ゴブリンはこっちを視認する暇もなくその場に倒れた。
即死……最悪敵の脚を止められるって意味でも米噛みを狙ったわけだけど、まさかここまであっけなく倒れてくれるとは思わなかった、な。
まずい、ちょっと呆気にとられそう。
というかこれ、とんでもなく楽な狩――
「――ぎぎ!? ぎぃ……」
あまりの手応えに緊張感が途切れそうになっていると、仲間をやられたことで慌てたゴブリンたちが辺りを見回し始め、死体に群がり始めた。
この覗き穴からの攻撃で一番危惧していたのがこっちの居場所を知られることだったが、向こうからは俺たち、というか覗き穴の位置は分からないのかもしれない。
「ただ万が一もある。それに、このチャンスを逃すなんてできるはずない」
唇をそっと舐めて俺はすぐさま石ころを装填。
1匹、2匹……そして3匹の米噛みにそれをぶち込んでやった。
やはり当たり所がいいと即死させることができるようで、どいつもこいつも一撃でその場に沈んだ。これ、狩りって楽しいかも。
「ふふ……」
『……竜瀬?』
俺はそのまま覗き穴を見つめる。
するとアナさんの声に不安そうな色が混ざった。
でも俺はそんなことを気にせずスリングショットからもう一発だけ弾を発射する。
狙いはあの、ゴブリンに捕えられ無防備な人間。
『竜瀬!! あんた、まさかこの捕食衝動に――』
「……大丈夫です。ちゃんと見てくださいよ」
『え?』
声を荒げるアナさんを宥める。
確かにあの女性は魅力的だったけど……最終目標を達成するためには食うよりも助けることの方が大事。
「今の一発で枷は外れて……ほら、自由になりましたよ」
『ほんと、ね』
狙ったのは縛られていた手に巻かれた拘束具。
ゴブリンの作ったものなのか一発放っただけでもうそれは外れて、女性は解放された。
何が起こったのか分からないと言いた気な顔をして見せると、その瞳から涙をあふれさせた。
そして俺の存在を知るはずもないのに、深く深く頭を下げると剥がされ奪われた持ち物を拾い上げてその場から去って行った。
地上に出るために無害で最強のモンスターになる……これが俺の、従来の最終目標なんだけどさ、イージスみたいにヒーローになるってのも悪くはないのかも。
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