11話 覗き穴
「すぅ……。はぁ……。うん、マシになった。でもまだちょっおと匂う……」
途端に消えたアイテムたちに驚く間もなく俺は匂いチェックを開始。
結構広くて籠らなそうだけど、やっぱ風がないと滞留するのな。
こりゃ余計に穴が欲しくなる。
ま、覗き穴ってのがどれくらいの大きさなのか分からないけど。
えっと……マップに穴とかの表示が追加されてて……パッと見大きそうには見えるけど――
――ぱちぱち……。
「おお!! すおい!! あちち!!」
「ん? おお! もう火がついてるのか! 薪を足さなくてもいい感じなのかなこれ! って、触ると危ないから! わかんないものに勝手に触らない!」
薪の燃える音とゴブリンの嬉しそうな声に振り返ると、そこには交換したものがデデンって効果音が出そうなほど堂々と設置されていた。
調理台も武器作成台も思ったより大きくて、それって分かるようになのかそれぞれを代表する道具が脇に揃えられてる。
基本は念じるだけでいいから、そんなに凝ったものは必要ないと思うけど、これを使う時がきたりもするのかな?
火を触るのは良くないけど、ゴブリンが興奮しちゃうのも分かる。
「ごめん……」
「いや……。面白いよな、こんな風にいろいろなものが急に出てくるんだから。よし! 早速低武器作成台をいじってみようぜ」
「うん!」
「あ、でも先に……」
「ん?」
俺はゴブリンの腕をできる限り優しく掴むと水の近くまで連れて行く。
ゴブリンの身体について詳しいわけじゃないけど、女の子なんだから火傷の痕を残すわけにはいかないだろ。
――ちゃぷ。
「うん。水ぶくれにはなってないから多分大丈夫。でも、少し赤みがあるからしばらく水に手を突っ込んでおいたほうがいいな」
「……」
「どうした? もしかして冷たすぎたか? うーん、確かにここって日がないから水もとびきり冷たいか。それに流れもそこそこ早い速いし……もしつらいようなら――」
「だいじょぶ。……あーがと」
「おう! しばらく一緒に戦うんだ、身体は大事にしてくれよ」
「……ん」
やけに素直に頷いてくれたな。
さっきまでの流れでやらかしたって思ったけど、何とか挽回できた……かも。
折角できたいい流れを切らないよう、この高いテンションでまたボロが出ないよう、ここは一時撤退としますか。
俺は俺で気持ちが冷静になるまでアイシングタイムだ。
『……なるほどね、童貞なのってこれも関係するのかしら。竜瀬……恐ろしい子』
「また俺の心を読んで……。まあいいや、何もしないままなのはそれはそれで落ち着かなくないし、ゆっくり覗き穴のほうでも……」
『冷静に……本当に出来るのかしら? もっとボルテージが上がっちゃいそうだけど』
「そりゃあこのご時世に覗き穴なんて、男心が……いや、あの、今のは嘘というか冗談で――」
――ふわっ。
顔が熱くなるのを感じながらなんとか言い訳しようとしていると、このモンスターの身体のせいなのか、遠くから漂ってきた風に乗り鼻の奥まで強い匂いが駆け巡った。
こんなところで風が吹くのは異常、もしかしてここ以外の区、洞窟状になっていない場所と近い?
いやマップを見た感じはしないけど……じゃあなぜ?
というか……なんだこの匂い。
甘ったるくて、纏わりつくようで……自然の者とは到底思えないような複雑さがある。
「これってもしかして……」
俺はその匂いの原因を探って早足で移動を開始。
この匂いはこっちの壁から……あ、ここって。
「覗き、穴……か?」
マップと照らし合わせてみると、匂いが流れてくる場所と重なった。
外からこんな匂い……誰が、何がそうさせているのか……。
「嫌な予感がするな」
俺は息を飲んで壁にあった穴に目を当てた。
穴の大きさは指で輪っかを作った程度。
だからか、外が見えにくくて仕方がない。
でもそれが回る様子、ゴブリンの手に握られていた道具ははっきりと視認できた。
「……携帯型扇風機、ハンディファン」
ダンジョンの人工物らしさを感じさせない造り、風景、それらとアンマッチで違和感バリバリなそれは間違いなく夏の定番品だった。
こんなものゴブリンが作り出せるはずがない。
となれば……。
「きゃ、あぁぁあぁ……。や、止めて……」
響いてきた女性の声は間違い鳴く人間のもの。
ゴブリンたちはこの壁の向こうで人を襲い、その荷物を剥いでいる。
この声の数、ゴブリンたちの声……それから察するに向こうは生け捕った人間を痛ぶるためだけの部屋らしい。
「最悪の隣人。あー、騒音で警察に通報してビビらせてやりたい気分」
『ほんと、それには同意だわ。ゴブリンって見た目もだけど性格も汚くて、立場的にあんまり言いたくないんだけど……やっぱり嫌いだわ』
溜息を洩らすと、いつもとは違ってアナさんが俺に同調してくれた。
だからか、言葉にはしていないけどさっさと殺しちゃって……ってその心の声が俺にも届いてきた。
こんなに所望されていて、俺もここに来て以来最も殺意が高まっていて、これを断ることなんてできるはずもない。
とはいえ、ここから攻撃する手段も視界も足りな――
――にゅ。
思考を巡らせていると俺と覗き穴の間にゴブリン手が割って入り、穴に引っ掛かって、どうやったのか穴を拡張させた。
敵のものじゃない、これは……この赤くなった手は……。
「あい、つら……。ま、た……」
温厚で子供らしいいつもの声とはまるで違う、怒気の籠った声が俺の耳を突き抜け、背筋をぞわりと震わせた。
あー。この光景、こいつにだけは見せたくなかったんだけど。
「ころす。ころすころすころすころすころすころすころすころすころす……」
念仏を唱えながら人間の女性をイジメ続けるゴブリンを睨むその顔はゴブリン軍曹なんかよりもよっぽど迫力がある。
小さい穴だったから大丈夫とも思ったけど、まさか拡張されて……全部見えちゃったなら、こうなるのも仕方ない。
けど、このままこの恨みが爆発してしまえばどうなってしまうか……最悪この穴から無理矢理手とか伸ばして――。
――たっ。
「え?」
『追いかけて竜瀬! 早く!』
「わ、分かりました」
最悪のパターンを予想していると、ゴブリンは思っていたものとはまるで違う行動を始めた。
陸上選手顔負けのスピードで走り出したゴブリン、その足は一直線で低武器作成台へと向かったのだ。
「あいつ、何するつもりだよ!」
慌てて追いかけるが当然一番で到着したのはゴブリン。
そんなゴブリンは低武器作成台にあった小さな鋸に手を掛けた。
な、なんだ自分で武器を作ろうとしてるだけか、それならちょっと安心――
「ふ、ふ……あああああああっ!!」
『あ!? あの子まさか!!』
鋸で木を鉄を骨を断つかと思ったが、そういえばそんな素材はどこにもない。
となればゴブリンが断とうとしているのは……自分自身。
自傷行為にためらいがあるのか、絶叫して己を奮い立たせて耳に鋸を当てようとする。
低武器作成台の作成、これを成立するためにアイテムを消費することが必要だってことを台の性質を読み取って理解した。
しかも、俺が実際にゴブリンの耳を対価として物と交換する様を見せてしまったせいで、その耳を切り落とそうと……。
最悪の想像を超える最悪の現実。
おいおいおい、場合によっちゃゴブリンが死んじゃうんじゃないか?
どうする? どうする? ……そうだ!
「誘いの灯」
後先考えなしに俺はスキルを発動。
空中に現れた灯りのついた球体を俺はぎゅっと掴んだ。
「ん、ぎっ……」
それをモンスターの本能で視認しようとするゴブリン。
俺はそれを確認しながら灯りを高く蹴り上げて、急いでゴブリンを捕まえに行く。
――びりっ。
「ふぅ……最初に取得できたのがこのスキルで良かったよ」
俺がゴブリンを捕まえられそうなところまで移動する頃には、ゴブリンの視線は灯りを向いていなかった。
とはいえ、耳を切断する間もないと思ったのか、ゴブリンは咄嗟に抵抗。
で、きっとそのつもりはなかったんだろうけど……その手に持つ鋸で俺でさえも、そこにあったことを忘れていた、いや知らなかった尾っぽが斬られた。
手足に比べて血は少なくて感覚も薄いけど……いってぇなぁ。
「あ、ああ……ちが……ちが――」
「大丈夫。大丈夫だから」
『……。……。……。あ、それ……』
俺はゴブリンを落ち着かせるためにやや強引に抱き寄せ、頭を撫でた。
キザすぎて人間の時なら気持ち悪いとさえ思えたけど、自分と相手もモンスターだって思うと怖いものなしでこんなことだってできるものらしい。
アナさんからのツッコミが怖くもあったけど、なぜか何も言わない。気を、使ってくれてるのかな?
「――う、ぐ……。だってああやって……わだじ……ままも」
「そうか」
「う、ぐ……う、あああ」
涙声で何を言ってるのか欲聞き取れないけど、なんとなく想像ができてしまうこいつの過去。
次第に増える涙、これってきっとここまで我慢してた分なんだろうな。
我慢して我慢して強く強く気持ちを持って……。
イベントをなんでこのゴブリンが発生させているのか、単にダンジョンの気まぐれ、元々あったプリセットなんて適当に思ってたけど……そうじゃない。
この現象には、そのモンスターの思いが乗っかている。
それが分かっただけで……どうしようもなくやる気が湧いてくるな。
『――捕食衝動レベルが【中】に落ちました。……まだまだ大丈夫だとは思うけど、その、あの、ちょっと気を付けてあんまり接触し過ぎるのは危険だから』
「わかりました」
『それとパラメーター上昇が+40に。捕食衝動のスキルレベルが2になって――』
「わかりました」
『……あいうえ』
「わかりました」
『はぁ、捕食衝動レベルが下がるとこうなっちゃうこともあるのかしら。全然私の話聞いてないじゃない』
「それよりアナさん……」
『それよりって――』
「俺の尻尾……それでも武器って作れますよね。きっと、俺みたいに食べたいって、飢えて飢えてしょうがない武器が」
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