ハジマリの涙
戦乱…
どんな平和な世界でも消える事は無い言葉…
勝ったもの、勝者が全てを手に入れ、負けたもの、敗者は全てを失う。
それはある意味、新たな戦乱を呼ぶ力を奪う為の手段としてはある意味もっとも『平和的手段』と言えるかもしれない。
只一つ、『人命』という犠牲が無ければ、の話だが。
その戦乱の火が…たった今、シリッジ帝国の辺境の村で起ころうとしていた。
「桐谷三嗣…あくまでもこの村と共に潰える気か…」
月も隠れた暗闇の夜、その村は悪夢に包まれる事となった。
桐谷三嗣がシリッジ帝国の辺境に築いた小さな村…。
そこは人種、国籍問わずあらゆる者を受け入れる『この世を捨てて来た者達の楽園』だった。
最初は皆気味悪がり、近付く者は居なかった。
しかし、三嗣の献身的な活動、貧困層の人間を受け入れる寛容な行動のおかげで村には人口が増え、そういった人々が文字通り『この世』を捨てて平和に暮らしていた。
そんなある日、シュテローゼ国から1人の女性がこの村にやって来る。
『シュテローゼから逃げて来た、ここに匿ってほしい』という女性の懇願を、三嗣は一も二もなく受け入れた。
最初は男性を下等生物と見下すシュテローゼ国の人間だけあって、村の人々、特に男性は警戒していたが、その女性はそんな心を持っていない…全てを受け入れる心を持つ三嗣と同じく寛容な心を持っていたため、すぐに打ち解けた。
やがて女性と三嗣は結婚し、一子を儲けた。
村は大いに賑わい、宴が開かれた。
全てが平和だった。
まさしく…村は三嗣の理想としていた『桃源郷』そのものであった。
ずっとずっと、そんな日が続いて欲しいと思っていながらも、三嗣は一抹の不安を抱えていた。
それから8年後…その不安が当たっていたと三嗣が気付いた時には全てが遅すぎた。
村が炎に包まれる。
泣き叫ぶ子供の声
そんな子供を必死に呼ぶ親の声
その声をかき消す程の爆音と銃声…
三嗣「男は避難路を確保しろ! 女子供をなんとしても逃がすんだ!」
村の中央で、三嗣が必死に呼び掛ける。
道を塞ぐ瓦礫を蹴散らし、自らも妻や子供、村の人々の為の避難路を確保しようとする。
そんな三嗣を取り囲む囲むシュテローゼ国の女性兵達…
「男の分際で我等の姫様を奪うなど…」
「穢らわしい男め…」
女性兵たちが次々と憎しみにまみれた言葉を投げかける。
三嗣「君達とも、分かり合えないのだろうか…」
三嗣が懐から剣を取り出す。
「穢らわしい男となど、分かり合いたくも無い」
三嗣「そうか…なら…」
「覚悟しろ!」
女性兵たちが一斉に剣を抜いて襲いかかってくる。
しかし三嗣は一度剣を構えると…
三嗣「すまない…」
横一閃に薙払った。
その力強き一撃は旋風となって目の前の女性兵たちを次々と蹴散らしていく。
「くっ…こいつ、『異能』を持っているのか…」
三嗣「舞え…」
三嗣が起こした旋風によって、女性兵達は迂闊に近寄れない状況となった。
「これでは…姫様を取り戻すにも…」
三嗣の背後にはたった1つの避難路がある。
既に村人の避難は終わっていた。
後は…
三嗣「(死んでもこの道を通さないこと…ぐらいか)」
三嗣の周囲数メートルの範囲に旋風が吹き荒れる。
しなやかに、されど激しく、まるで意志があるかのように音をあげる。
三嗣「さあ来い…! ここを通らなければ先には進めんぞ!」
「ちっ…化け物め」
女性兵たちが苦渋をなめる。
その時だった。
?「へえ…噂通りの鬼神っぷりね」
三嗣「おや?…君は…」
女性兵の間を割って出てきたのは、まだ年若い少女だった。
正装なのだろうか、この殺伐とした雰囲気には似合わないメイド服を着用している。
しかし…その殺気は周りの女性兵を圧倒的に凌駕していた。
?「男のくせに…私が嫉妬するくらい勇ましくて鬱陶しい…」三嗣「生憎と人に嫌われるのは慣れてるのでな…この出逢いもまた必然…かな?」
にっこりと笑って言ったが、反対に周りを覆う旋風はより一層激しさを増していた。
三嗣「…メイド服はもう少し大きくなってから着るものだと思うがねぇ」
?「…言ってくれるじゃない…」
少女の殺気が強まる。
三嗣「(…死んだかな…)」
とある山岳地帯にて…
?「駄目よ晴海! そっちは危険なのよ!」
晴海「駄目って…父ちゃんが心配じゃないの!?」
?「心配よ…痛いくらいに…でもお父さんは逃げろって言ってたでしょ?」
晴海「…っ!」
晴海と呼ばれた少年が母親らしき女性の手を振り切り、村の方へ駆け出した。
走った
走った
ただ父親に会いたい一心で山を駆け下りた。
何度も滑って転んだがそんな痛みすら感じない程少年の心の中は父親でいっぱいだった。
ズドオォォォン!
凄まじい轟音が村の方角から聴こえてきた。
思わず耳を塞いでしまう。
周りは暗闇、記憶と音だけを頼りに少年は必死に村へと駆けた。
一方、村にて…
?「ぐっ…貴方本当に人間…!?」
少女が荒い息を吐きながら後方に飛ぶ。
メイド服は既に血の色で赤に染まっていた。
その血は少女自身のものなのか…はたまた三嗣のものなのか…
どちらにせよ、三嗣の方もかなりの深手を負っていた。
三嗣「本当さ…それにこっちこそ驚いたよ。君は本当に人間なのかい?」
三嗣も片膝をついてボロボロになっている。
?「ええ…正真正銘の人間よ…ちょっと魔術が使えるだけの只の人間…貴方と変わらないでしょ?」
三嗣「ああ…全くだな………ッ!」
三嗣がふと驚く。
この気配は、この後ろから近付いてくる気配は…
三嗣「(晴海…何故!?)」
?「(?…奴の動きが変わった?)」
三嗣「そろそろ退いてくれると嬉しいんだが…」
?「そう言われると尚更退きたくなくなるわね」
三嗣「(…仕方ない…死なば諸ともだ…)」
三嗣が剣を放り出した。
?「!?」
三嗣「風神拳!」
三嗣が掌底を放つ。
たちまち轟音が鳴り響き、凄まじい程の風圧が発射される。
?「きゃあああっ!」
風圧はたちまち少女を飲み込み、巨大な旋風となって少女を切り刻んだ。
三嗣「…これで…終わってくれれば…ぐっ!」
三嗣が吐血する。
只でさえ負傷を負っていた身なのにその状態で巨大旋風を発生をさせたのだ。
三嗣「はあ…はあ…死んだ…かな…?」
三嗣が地に倒れ込む。
見る見るうちにその端正な顔は生気を失っていった。
やがて旋風が収まり、三嗣の前には…
?「があああっ…ば…化け物め…まだこんな手を…」
風神拳の直撃を受けた少女がそこに立っていた。
?「でも…これで私の勝ち……うぐっ…」
三嗣「…降参だ…煮るなり焼くなり好きにしろ」
?「もう…そんな体力は無いわよ…どうせ死ぬんでしょ?」
三嗣「そうだな…あ…死ぬ前の頼みといっちゃ何だが…」
?「…いいわ、1つだけ聴いてあげる…どうせ姫様を諦めろって言うつもりでしょ?」
三嗣「…いいや」
?「何?」
三嗣「もう直ぐ…私の息子がここに来る…そいつに…『 』と…言ってくれ」
三嗣の回答に少女は驚きを隠せなかった。
?「…妻より息子を選んだのね…いいわ、その願い、聞いてあげる」
三嗣が手を伸ばす。
三嗣「コレを…息子に…」
少女の手にペンダントが渡される。
?「…親バカね…」
三嗣「そうだな…別に恥ずかしくは無いぞ」
?「…不思議ね」
三嗣「何が?」
?「男である貴方に…私が何の憎しみも持たなくなるなんて…」
三嗣「風が……憎しみを奪い去って行ったのさ」
?「……楽しかったわ、桐谷三嗣」
三嗣「私は楽しくなかったな…」
?「願い通り…貴方の息子の命は保証するわ…だけど、その他の者は…」
三嗣「構わん。無駄に逃げ足は速い連中だからもう遠くに逃げてるだろう」
?「…お前達、何をボーっと突っ立っているの? 早く追いかけなさい」
少女が周りに倒れ込んでいる女性兵達に命令した。
「り…了解しました!」
女性兵達が三嗣の後ろを走っていく。
三嗣「さ…最後に…名前を聞かせてくれないか?」
?「……ヘルメス…由来は時の女神から…」
三嗣「そうか……似合ってるぞ、メイド服」
ヘルメス「…臨終時なのに元気のいいこと…」
三嗣「息子に…た…の………」
三嗣の眼がゆっくりと、静かに降りていった。
ヘルメス「……貴方なら…シュテローゼでもそれなりにやっていけたかもね…」
夜明け…
晴海はボロボロの体で村にたどり着いた。
途中、シュテローゼの女性兵に出逢ったが何故か自分を見逃してくれた。
そして、『僕』の眼に映ったのは…
地に倒れ伏す父親…
そして自分と殆ど変わらない年であろう少女…
少女はこちらを振り向いてこう言った。
『一緒にお墓、建てましょうか』
何故だろうか…父ちゃんを殺したのは十中八九この女の子だろう…直感がそう言ってる。
なのに、父ちゃんが『怒らないでやってくれ』って言った気がして…
知らぬ間に、僕は少女とお墓を作っていた。
そして、少女は自分にペンダントを渡してくれた。
父親の形見だからしっかり持ってろって…
父ちゃんの仇にそう言われるのは腹立たしいような…でも説得力がある…
お墓をつくり終えたころ…朝日が上ってきた。
このお墓は父ちゃんの墓ってわけじゃない。
この村の、父ちゃんがこの村を作ったって証拠なんだ。
だから僕は…
生きてみせる…
『生きてみせろ』
不思議と…涙は流れなかった。(でも後でちょっと泣いた)