けっして叫んではいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、実はお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ、絶対に叫ばないでね」
「え!?」
意図のわからない注意にやや大声で聞き返せば、美沙が慌てて人差し指を立てる。
「実はこの部屋、いわゆる『事故物件』なの。死に際に助けを求め、叫んだ女性がいたけれど誰にも気づかれず亡くなったんだって……だからこの部屋で大声で叫んでは駄目。それ以外は何をしてもいいから」
「叫んだら……どうなるの?」
「……わからない。けれど、とにかく叫ばないで。できるだけ大声も出さないで」
「約束よ?」と念を押され私は慌てて頷く。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、猫で遊び、冷蔵庫のソーセージを猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
「はぁ、退屈……」
思わずそう呟けば、どこからか声が聞こえてくる。
……ベ、叫ベ……
咄嗟に口元を抑え、息を殺した。
――まさか、美沙の言っていたオバケ?
まずい、美沙の言う通りなら叫んじゃいけない。何なら、声を荒げるのも駄目だ。
ヤバい、コイツ思いっきり「叫べ」って言ってる。私に恐怖のシャウトをさせるつもりなんだ、そうして私をあの世に連れて行くつもりなんだ……駄目だ、絶対に声を上げちゃいけない。必死に恐怖を押し殺す私に、そいつの声は聞こえてくる。
……上弦トノ……戦イデ……死ヌ柱ハ……
「!?」
咄嗟に耳を塞ぐ。
こいつ……私に叫ばせたいがために、映画公開中の大人気鬼退治アニメをネタバレする気だ……!
まずい、と感じる私に声が近づいてくる。
……最強ノ軍師ノ……正体ハ……実ハ……
……Mノ……製造方法ト……一族ノ……秘密ハ……
節操なく色々な作品のネタバレしてきやがる!
共通点は中の人か。
いや、やめろ! 私は動画配信サービスに登録していないから映画はレンタルか劇場に足を運ぶと決めているんだぞ! どれも面白い作品だし結末を知っていても何度も見てしまうが、未視聴の人間にその先を教えるのはマナー違反だ。
なんて卑怯な手で叫ばせようと……! いや、しかし負けない。こんなところで叫んで堪るか、と歯を食いしばる。
やがて、声が聞こえなくなったところでそっと目を開くと――何事もなかったかのように猫がこちらへ近寄ってきた。
「ニャー」
どうしたの? と言いたげに小首をかしげ、丸い目でこちらを見つめてくる。かと思うと猫は急にじゃれついてきた。
能天気な、しかし可愛い奴めと微笑ましくその様を見守っていたら――猫はこの上なくあどけない仕草で、何かを取り出す。
それは自分とよく似た、猫のぬいぐるみだった。ちょうど子どもとその腕に抱えられたぬいぐるみを彷彿とさせるようなサイズの差、猫はそれをぎゅっと抱き締め――すりすりと頬ずりをする。例えるなら愛しい恋人を抱き締めるように、母親が我が子を抱き締めるように。慈愛たっぷりに、ゆっくりと抱きしめるその姿は――あまりにも、可愛すぎた。
「カワイイ」と「kawaii」の夢のコラボ。究極合体、奇跡の融合。可愛さの大爆発、なんかもう可愛すぎて言葉が足りない。
「――っ!!!」
あまりの可愛さに悶絶し、叫んだ私の前に勝ち誇った笑みを浮かべる女が現れた。
「……あれほど叫ばないでと言ったのに……」
唇を縫われ、叫ぶどころか声を発することすらできなくなった私を前に、美沙は声量を抑えながらそう呟く。
その横で猫が、何事もなかったかのようにぐうぐうと昼寝をしていた。




