第二話
神々から万能の加護を受けた村の由緒ある巫女一族の家に双子の姉として生まれた。
村は万能の加護のおかげで一度も米などが不作になる事や、魚などが不漁になることはなかった。
神々から月の加護受けた一族で、この家に生まれた娘は必ず異能を授かり月の巫女として村のみんなを助ける存在だ。
その逆の存在する。
異能を授からなかった娘は禍いを呼ぶ新月の巫女にされてしまう。
それが私だった。
私だけその異能を授かることができなかった。
私の次に生まれてきた双子の妹の梨花は、傷ついた者や病んだ者を癒し、穢れを浄化させることができるまさに巫女としての異能を授かっていた。
当然、両親は異能を授かって生まれた梨花を溺愛した。
何も授からないまま生まれた私は彼らから愛されることなく育った。
住んでいた村のみんなからは何も力を持たない無能な忌み子だと蔑まれた。
生まれながらにして梨花は両親や村のみんなにとても愛されていた。そして、新月の巫女である無能な私を蔑む様に育てられた。
梨花はいつも私に罪をなすりつけ、両親達に理不尽な理由で殴られる私を見て影で笑っていた。
「可哀想なお姉様。お姉様も異能があればよかったのに。あはは♪」
血の繋がった家族でも私は使用人以下の扱い。奴隷の様な生活を送り続けた。
綺麗な着物を着たこともなければ、美味しいご飯も食べたことない。可愛いお人形とか綺麗な髪飾りなんて以ての外。
私に贈られるのは、叱責と暴力と無茶な命令ばかりだった。
幼かった私はいつも空を見上げて神様を恨んでいた。
どうして私には何もくれなかったのか。
どうして優しい家族の元に生まれさせてくれなったのか。
どうして私ばかりこんな目に遭わなければいけないのか。
当然、どんなに恨み言を言っても空からは何も返ってこない。
こんなに真面目で虚しい生活がいつまで続くのだろう。そう考えながら生きてきた。
けれど、そんな日々を送ってきた私に光を与えてくれた出来事が起きた。しかも二回も。
一つは大好きなのぶと出会えたことだ。
冷たい雨が降り頻る日、いつも通り梨花の嘘で激しく叱られた私は家を締め出された。
今よりも強くない幼い私は、叩かれて真っ赤に腫れた頰を摩りながら涙を拭っている時だった。
小さな小麦色の柴犬の子犬が私の足元に近付いて来たのだ。
驚いた私はその子をそっと抱き上げた。怯えることも吠えることもなく、その子犬は嬉しそうにハッハッと息をしていた。
まるで慰めてくれるかの様に小さな舌で私の顔を舐めてくれた。くすぐったくって思わず笑ってしまった。久々に笑ったと思った。
初めて私に寄り添ってくれた子。私が触れても逃げずに懐いてくれたこの子が私の初めての友達となった。
私はこの子の名をのぶと名付けた。のぶは私の親友。どんなことがあってもこの子だけは守り抜きたい。
のぶに対して不満なんて全くないが一つだけ不思議なことがある。
それは、初めて会った時から成長が進まないことだ。
もう出会って十年以上経つのにまだ子犬のまま。出会った頃のままと言った方がいいだろう。
見た目はもちろん鳴き声も変わらない。そうゆう犬種なのかと思うも調べる術がない。
それでもいい。この子が普通の犬じゃなくても、のぶは私の親友で恩人だ。
もう一つはとても不思議な男の子との出会い。
のぶと出会ってから半年ほど経った頃の出会いだった。
丁度桜が満開になっていて、散った桜の花びらが舞い、道には桜色の道ができる大好きな春の暖かな季節だった。
おつかいの帰りに桜の樹の側で泣いている私と同い年ぐらいの男の子が座り込んでいたのだ。彼の存在を教えてくれたのはのぶだった。
わんわんっと吠えるのぶを追ってきた私はその子に駆け寄った。
「のぶ!!」
泣きじゃくっていた男の子は、のぶを呼ぶ私の声を聞いて顔をこちらに向けてくれた。
その子の頭を見るとそこには人間にはない鬼の角が生えていた。私は一瞬だけで驚くもすぐに落ち着きを取り戻す。
私の顔を見た男の子に私に恐る恐る話しかけてきた。
「君…誰…?」
「私は真弥。この子はのぶっていうの。ねぇ?どうして泣いているの?」
「転んで怪我して…足が痛くて…帰れなくなっちゃって…」
男の子の膝には擦り傷があった。派手に転んだのか大きな傷口からは血が出ていた。
梨花の様に異能を持っていればこんな傷すぐに治してあげられたのに無力な私にはそれができない。
私に出来ることは、少しでも男の子を落ち着かせて足の傷の痛みを和らげてあげることぐらいだ。
私は着ていた着物を破り、近くに流れている川で破いた布を濡らし男の子の足の傷を優しく拭った。
鬼の男の子は最初はその様子を不思議そうな顔で見つめていたけれど、はしゃぐのぶに興味が逸れて笑顔に変わっていった。
布で傷した所を覆った頃には鬼の男の子はすでに泣き止んでいた。痛みも消えていた様で安心した表情を浮かべていた。
「ありがとう。これで父上達のところは帰れるよ」
「よかった。私も安心したよ!のぶもでしょ?」
「わん!!」
のぶの元気な声に私達は笑い合った。
「父上と母上と桜を見に来たのだ。久々の下界だったからはしゃいじゃって…でも、君に会えたから」
優しく微笑む男の子に私はドキッとしてしまう。少し顔も熱くなった気がしたがどうしてなのかこの時はまだ分からなかった。
まだ名前を聞いていなかったことに気付いた私は男の子に問いかけようとした時だった。
遠くから私を呼ぶ母さんの声が聞こえてきたのだ。すぐに戻らなければまた叩かれてしまう。
「ごめんなさい。行かなきゃ…」
「待って!!君の名前は」
「私の名前は真弥!!この子はのぶっていうの」
「真弥…」
そう私の名前を呟くと、男の子は声がした方を冷たい目付きで睨みつけた。さっきまでの優しい微笑みから切り替わって私は内心驚いていた。
すると、男の子は私の髪を結んでいた白い帯を掴み優しく引っ張り解いてしまった。
突然のことで私は焦って何も言えずにいた。
「真弥。僕が一人前になったら必ず君を迎えにいくよ。それまでこの帯を預からせてくれない?」
「どうゆうこと…?」
「再会の約束として預からせて欲しい。すぐには無理だけど、必ずあの愚か者共から救い出してあげる。必ず幸せにするからそれまで待ってて。のぶ、それまで真弥のこと頼んだよ」
そう言い残すと強い風が桜の花びらを巻き込みながら吹き込む。あまりの風の強さに目を瞑ってしまった。
風が止み静かさを取り戻したと同時に恐る恐る目を開けるとさっきまで居たはずの男の子の姿が消えていたのだ。
私は慌てて周りも見渡すも私とのぶ以外誰もいなかった。
一瞬夢だったんじゃないかと思ったけど、解けていた髪に触れて彼は本当にここにいたのだと実感する。
彼が言った"一人前になったら必ず君を迎えに行く"という言葉に私は希望を導き出す。
この二つの出会いが誰からも愛されなかった私の人生にまた光が差したそんな気がした。
それから何年か経った頃。十八歳の誕生日の三ヶ月前に鬼神の使いと名乗る狼の妖が実家に現れた。
彼が告げた言葉に私は勿論、梨花や両親、そして、屋敷に支える者と村のみんなは驚愕した。
「真の月の巫女の十八歳の誕生日の満月の晩、鬼神様の花嫁として捧げよ。もし、拒むなら神々から授かった全てを返してもらう」
狼の妖が告げた真の月の巫女の今と鬼神の花嫁を捧げよという言葉。
真の月の巫女。まるで異能を授かった梨花が月の巫女ではないという言い方。どういう意図があるのか分からない。
鬼の神様がどうして月の巫女を花嫁にしようとしているのかも。
ひとつ思い出したことがある。
それは、あの鬼の男の子が一人前迎えに来るという約束。
もしかしたら鬼神は彼なのではないかと一瞬だけ思ってしまったが、約束を交わしてからしばらく経っている。きっと向こうは忘れているだろうとすぐにその考えは捨てた。
もう一度だけ会いたい。大きくなったあの男の子が見てみたい。
でも、叶えられないまま時間は過ぎてゆくだろう。
きっと、鬼神様は私ではなく月の巫女である梨花を連れてゆく。私はずっと此処で奴隷の様に働く人生なのだろう。
けれど、その約束が何もない私の全てを変えるなんてこの時は何も思いもしなかった。