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第一話

私はある神様のもとで暮らしている。

実家にいた頃よりも幸せに満ちた生活を送ってはいるが、何も持っていない私にはあまりにも勿体なさ過ぎた。

私を助けてくれた神様は私を嫁にすると言っているが、こんな私に彼の妻なんてとても努めきれない。寧ろ足を引っ張るだけの存在だ。

神様の彼には私よりも相応しい人がいる。絶対に。だからこれ以上此処に居てはいけないなのだ。

私は身支度を終えて少し一息をつく

すると、背後から"ワン!!"と聞き慣れた子犬の鳴き声が耳に入った。


「のぶ。おいで」


私に駆け寄ってきたこの子は柴犬の男の子。名前はのぶ。

実家にいる時に出会った子犬で私の初めての友達だ。

理不尽な理由で家から締め出された私を励ましてくれたのがのぶだった。

この子がいなかったら私は今頃、自決を選んでいたと思う。


「のぶ。一緒にここを出て静かな場所で暮らしましょう。山奥でひっそりとね」


のぶはキョトンとした様子で私を見ていたが、私が笑うと彼も嬉しそうに吠えて顔を舐めてきた。とてもくすぐったい。

私の家族はこの子だけ。ずっと私のそばにいてくれたのも。

だからのぶと一緒に幸せになる。誰にも見つけられない秘境でひっそりと。

私は必要最低限の荷物だけ持ち、鬼神様の屋敷を出ようとする。

心残りなんてない。のぶが私のそばにいてくれればそれだけで十分なのだから。


「のぶ。私達ならどんなことでも乗り越えられるはずよね」


のぶは"わん!!"と元気よく吠えた。私はのぶのあまりの可愛さに彼に頬擦りをする。

まだまだお金のこととか不安は尽きないけど、のぶがいればなんでも乗り越えられる気がしてならない。

だから私は鬼の花嫁なんかになるより山奥でひっそりと愛犬と共に暮らしたいのだ。

決意を固めた私は部屋に手紙を置いて出る。

使用人達の目を掻い潜り、遂に屋敷から脱出し自由を噛み締めた。

この先の未来は絶対に明るい。きっとそうに違いない。

もしかしたら鬼神様が私を探しに来るかもしれない。

まだまだ大変だけどのぶと一緒ならなんでも乗り越えてやる。のぶがいれば私に怖いものなんてないから。

不安は尽きないが前向きな気持ちで私は歩みを進めてゆくのだった。







一羽の鴉が屋敷から出ていこうとする真弥の姿を見下ろしていた。カアっと短く鳴くと鴉は止まっていた木から飛び去る。

鴉が向かった先は主人の元。

主人の手に止まった鴉は再び短く鳴いた。

鴉の主人は優しく鴉の頭を撫で彼が見てきたものの報告に耳を傾けた。


「ありがと。海波(かいは)。で?真弥の様子は?」

「はい。弘乃様の言う通り屋敷を脱走しました。あの子犬も一緒です」

「そう。やっぱりね。全部想定内だ。絶対僕から逃げるだろうって思ってたから」


鴉の海波は、一大事でも冷静な主人を見ていつも通りだなっと安心していた。

弘乃と呼ばれたその主人は真弥が屋敷を逃げ出したことに特に慌てる様子を見せなかった。寧ろ、全て予想していて分かりきっていた。


「どうします?追いかけますか?連れ戻すなら少し手荒な真似も辞さないですけど」

「うーん。追うだけ追ってくれる?連れ戻すのは僕の役目だし。ちゃんと追跡の術はかけてあるし。それに、真弥を脱走させたのは僕の責任だから」

「弘乃様のせいではないです。あの馬鹿幼馴染のせいですよ。あの女が真弥様に余計なことを吹き込みやがるから…」


海波の口から出た馬鹿幼馴染とあの女という言葉に弘乃は眉を顰めた。


「……寧々のことか。まだ僕の嫁になるつもりでいるの?」

「ええ。まだ諦めていない様子です」

「もう寧々の親父さんにはとっくに話は付けてる筈だけど。もうアンタの娘を娶るつもりはないって。全然ダメじゃん。ちゃんと説得するって言ってたくせに」

「どうします?」

「まぁ、いろいろ考えてはあるからね。真弥より私の方が相応しいなんて言わせないくらい口聞けなくなるぐらいのことはね……」


弘乃の口元は微笑んでいるが目が全く笑っていない。

海波は弘乃が完全にキレてしまっているとすぐに悟った。

幾ら幼馴染と言えど、自分こそが弘乃の妻に相応しいと言って真弥を傷つけ追い出したのは到底許されない。

そして、弘乃に有る事無い事を言って、挙げ句の果てに「貴方の花嫁はとても酷い人。よりにもよって巫女でも何でもないただの無力な人間だなんて!!あんな女より私を選んで!!」と泣き縋ってくるだろうことも容易に想像できた。


「あんなのより大事なのは真弥だよ。ちゃんと僕の気持ちを知ってもらって帰ってきてもらわなきゃ!」

「そう簡単に帰ってきますかね?真弥様、なんかるんるん気分で屋敷を飛び出してきましたよ?」

「知ってるよ?真弥はあの子犬と静かに暮らしたかったらしいけど、まだそこに僕がいないから。真弥がいない人生なんてあり得ないし」

「……怖。真弥様に嫌われても知りませんよ?」


弘乃は満面の笑みを海波に向けた。


「絶対に嫌われない。だって、真弥も僕と同じ気持ちなんだもん。だから迎えに行くのさ」


鬼神・弘乃のその言葉に海波はこれ以上何も言い返せなかった。呆気に取られてもうため息しか出なかった。

弘乃の嫁に来てくれた真弥に同情した。


(執着と溺愛が凄すぎてお腹いっぱいっす。真弥様もとんでもない神様に愛されてしまったなぁ…)


海波はカアっと一言だけ鳴くと、弘乃の手から勢いよく離れ真弥とのぶを追う様に飛び去っていた。

弘乃はその様子を見守りつつ自身の身支度を終える。


「すぐに迎えに行くよ。真弥。僕の愛する人。僕の光」


弘乃は懐から血が付いた白い帯を取り出し大事そうに眺めながらここに居ない真弥に愛を誓う。

彼の脳裏に幼い頃のある出来事の思い出が過った。それは真弥を愛したきっかけだ。

今、彼の手にある血染めの白い帯もその一つだった。

すると、気配を感じた弘乃は舌打ちを打つ。帯を見ていた目から、殺意がこもった凍てつく視線をそちらに向けた。

気配の正体は見なくても分かった。今この場で殺してやっていいと考えたが、まだ勿体無いと思い殺意を止まらせた。


(命拾いしたな、寧々。でも…次はないからな)


再び帯を懐にしまい、弘乃は何も言わずに風を跨いながらその場を立ち去った。

背後からその様子を見ていた幼馴染の寧々は真弥を妬んだ。


(やっとあの屋敷から追い出せたのに!!どうしてここまであんな人間の女を愛すの?!!


寧々は悔しそうに指を噛む。


(何の力も持たないあんな女を!!私の方が弘乃に相応しいのに!!!許せない…!!!こうなったら私の手で殺すしかない…)


怒りと嫉妬に満ちた寧々は鷹に姿を変えて空を駆ける。真弥が去って行った道に向かって飛び去る。

目的は当然真弥の暗殺だ。

今の寧々に何を言っても通用しない。

彼女をそうさせてしまった原因である父親の言葉が脳裏に過ぎる。


《もうお前が弘乃様の花嫁になる見込みは完全に無くなった。鬼神様直々に断られてしまったのだ。寧々、ワシがお前に相応しい良い男を探してきてやる。だから悲しむな。もう諦めろ。そして、変な気を起こすな》

(何が諦めろよ…!!諦め切れるわけないじゃない…!!絶対に殺してやる…あの人間の娘…!!そして私が弘乃の花嫁になって幸せになるのよ…!!)


父親の思いに背き、寧々は鬼神の花嫁を殺しに向かう。

その先に幸せあると信じて寧々は空を駆け抜ける。破滅への道だと知らないまま。




それぞれの思想が交差する。だが、真弥はそんなことなど知る由もなく、静かで穏やかな自然の中での素敵な生活を夢見ながら子犬ののぶと共に歩みを進める。

彼女に忍び寄る鬼神も真弥との甘い世界を夢見ていた。

2人が再会するのも時間の問題だろう。

鬼神に愛されてしまった乙女が望む生活の訪れは早速波乱に満ちたものとなった。

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