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4兄弟海の旅

作者: ポルム

「ほら、行くよ」

うしおが大きな声を出す。

「ごめんなさいー」

海月の心のこもっていない声が響く。

「お兄ちゃん…」

珊瑚はそこまでしか言わなかったが目からわかった。

(お兄ちゃん、本当に行くの?)

うしおは口を結んでうなずいた。両親もいない今日は家出日和だ。

「ちょっとまってよー。俺は海月の分と2人分やってるんだから!」

ふたごにしてはあまりにも似ていない大耀の声。

「ごめんね。本当に。」

海月は小さな声で大耀に行った。

「なんのなんの。妹のためにやるくらいあたりまえでしょ。」

「そう。実際は私がお姉ちゃんだよ。」

「どっちでもいいよ」

こんな話をずっとしてるのだから、遅くなるのは当たり前だ。

「もう!お母さんにばれちゃうよ」

「いや!」

海月がびっくりするくらい大きな声を出した。このことを言い出したのは海月なのだ。それに大耀が真っ先に賛成した。そのことにうしおは賛成せざるを得なかったのだ。珊瑚はそのことにはいつまでも反対していた。

「準備おぉけぇぇ!」

大耀がさっきの海月よりも大きな声で言った。

「いくよ」

ガチャっとドアが開く音がした時、珊瑚はこれまでにないほど不安な気持ちになった。

「ゆんゆちゃん」

珊瑚はカバンの中の縫いぐるみ「ゆんゆ」に話しかけた。誰にもばれずに入れたのだ。みんなは、そもそも珊瑚がぬいぐるみを持っていることさえ知らない。ゆんゆちゃんは友達にお誕生日プレゼントとしてもらったのだ。大耀が大きなジャンプで電気を消した。

「ナイス大耀」

うしおが今日初めて笑った

「じゃ、行くよ」

4人が出てドアが閉まった。

「大丈夫かな」

海月はびくっと震えた。閉まるのが目に見えなくても音でわかるのだ。海月は目が見えない代わりに聴覚がすごく敏感だ。

「大丈夫だよ。海月が言い出したんだろ?」

大耀が海月の上に乗る。

「う!」

海月が声にならない声を上げる。

「やめな大耀。」

珊瑚がきつい声で言う。大耀は気まずそうな顔をして海月から離れた。先頭で歩くうしおにみんながついていく。ただ何も言わずに。

4人が地下鉄に入ると一気に緊張の空気が舞った。歩調のあった4人の足音が音のない地下鉄のホームに響く。

「ちょっと待って」

うしおが声を出した。何分ぶりだろうか、この時間に誰かがしゃべったのは。うしおはリュックを下ろしてメモを取り出した。

「3番桜城線」

うしおはそれだけ言うとまた歩き出した。大耀は海月の腕をしっかりとつかんで、また海月は白い杖で地面をついている。

やがてチャイムが鳴った。地下鉄がうしおたちのまえを通り過ぎる。大耀は反射的に帽子を押さえた。珊瑚も髪の毛を抑えた。薄暗い地下鉄のホームは誰もいない夜のようだった。地下鉄が止まってホームにいた何人かの人が乗る。うしおたちはその人たちに押されて地下鉄に乗った。

その時間は驚くほど長かった。地下鉄で日本海域一本の電車の駅に行くだけなのに、そのほんの2,30分が2,3時間に感じられた。

―ただ一人を除いて

もちろんそれは大耀だ。大耀は靴を脱いで座席に座って立ったり座ったりしながら外を眺めている。地下鉄なんだから何も変わらない、ただ光が見えるだけのはずなのに大耀はなぜか楽しそうだ。

その永遠の2,30分が終わってからまた無言の歩きが始まった。うしおを先頭にして

珊瑚、そして大耀は海月と腕を組んでいる。地下鉄のホームを出るとこれまで遠出したことのなかった4人にとって初めての空間が広がった。両親は旅行には連れてってくれないしこんなところにも来てくれないのだ。うしおはキッズ携帯を取り出した。クラスメイトの恵三に頼んでインターネットが使えるように改造してもらったのだ。キッズ携帯をもらうのにも一苦労した。そのお金も、恵三への注文金もすべて4人のお金から使った。もうそこから家出は始まっていたのだ。

10分歩いたところで珊瑚がバテてきた。察しのいいうしおはそのことに早々気づいていたようで

「ちょっと休憩しようか」

といった。いつもなら「もうきゅーけー?」と文句を言う大耀も海月の腕を持っているとさすがに疲れるようだ。

(使いたくないけど)

(480円。いや360円だ。僕はまだいける)

うしおは財布から360円を取り出して3人分のジュースを買った。

「お兄ちゃんも飲んでよ。リーダーが倒れたら何にもできないじゃない」

3人分渡した後、珊瑚が怒こったように言った。

「うぅ。なんで…」

うしおは早くも半泣きして惜しみの120円を入れた。

「あっ!全部飲んだらだめだよ!」

うしおがそう言ったときにはもう遅かった。大耀は空っぽになったペットボトルを振り回していたのだ。海月と珊瑚はまだ半分ほど残っている。

「もう!」

うしおは自分のペットボトルを開けてうしおのペットボトルに3分の1くんだ。

「電車は地下鉄と違って暑いからね。つくまでそれで我慢して。」

大耀はきまり悪そうな顔をした。

外は地下鉄のホームと違って足音が響かない。人々のざわめく声が聞こえるだけだ。でも、アスファルトの上を歩く4人のわずかな足音は本当に歩調が合っていた。 長い時間だった。

ようやく駅について、4人がペットボトルの水、海月と大耀はジュースを飲む様子がぴったり一致した。

「まだかな」

大耀は明るい声で叫ぶ。

「もうすぐ…」

「もうすぐ来ると思うよ」

大耀の腕を持っていた海月がとっさに行った。まるで私だって仲間に入れてほしいと言っているようだ。

「なんでわかるの」

うしおはそのことを言ったわけではない。でも、海月は何も答えなかった。

海月の言った通り、3分後には電車が来た。うしおも珊瑚のように心臓がドクンと大きくなった。歩いているうちにいつの間にか結構田舎に来ていたみたいだ。きれいな緑が風に揺れている。

「気持ちいい」

珊瑚が初めて笑った。

1時間後

うしおはまっすぐ前を見ながら横で寝ている大耀を見た。規則正しい寝息はまるでメトロノームのようだった。海月も、寝付いていないが今にも寝そうだ。話しかけても

びくともしない。珊瑚は酔わないのをいいことに本を読んでいる。どんどん都会の景色が流れて行って田舎の景色が見えてくる。うしおたちは初めての感覚だ。都会ではないところに出たことはない。テレビで見たくらいだ。

大耀が目をこすりながら目を開けた。そして窓に目をやってまた戻した。

「えっえっ!?」

大耀は大きな声を出してもう一度窓を見た。大耀の声に海月も珊瑚も気が付いた。

「わあ」

珊瑚が声を上げる。海月は見えないのが不満なのか頬をぷくっと膨らましている。やがて目的地について、4人はぞろぞろと降りた。海月は体を伸ばしてうーんとうなっている。

「私にだって聞こえるよ。風の音とか。わかるもん」

それはいつもの強がりの海月じゃなくて気持ちよさそうにしているときの声だった。緑が広がる田んぼや畑の景色はこの4兄弟誰もが驚いた。

「あとちょっと歩けば大丈夫。近くの公園にテントでも建てたらいいよ」

と言ってうしおは手提げカバンから折り畳み式テントを取り出した。

また4人はさっきのように歩きだした。けれどさっきのように全員が暑苦しそうにしてゆっくり歩いている様子ではなく、今度は全員がふわふわしていて楽しそうだった。あまり世話をしてくれず理不尽なことで激怒してくる両親と代わって妹弟たちの面倒を見ているうしおにとってはとても楽な時間だった。

「ふぅ。ここらへんでいいかな」

うしおは岡川緑地という名の場所に寝転んだ。残りの三人も同じように寝ころんだ。

「あったかぁい」

珊瑚が言った。まるで今までの疲れを地面が吸い取ってくれているようだった。緑の芝生が4人の体をくすぐった。

「さ、テントを立てないと」

うしおがのんびり立ち上がる。

「えぇ。めんどくさいぃ」

大耀が唇を尖らせる。なんて無責任な、とうしおは少しムカッとした。

「そんなこと言ってないで。おっきめだから、これやったらまた遊びに行こうよ。近くに海があるって」

その瞬間時間が固まったようにみんながうつむいた。大耀以外が

―うみ。それは4兄弟にとって憎くて親しくてどうしようもないものだった。自分たちの名前であり、家族の名前でもあるのだ。

「わ、私やるよ。使い物にならないと思うけど」

珊瑚がおどおどしながらいった。うしおは何も言わずににこっと微笑んだ。

公園の隅にあるベンチで海月と大耀は座っていた。

「なんか、ごめん。私のせいでこんなことになって。私が何も言わなければ、ずっとあのままだったのに」

海月がだれにも聞こえないように言った。でも、

「いやだよ。あんな家でずっとあのままなんて。いやだ」

大耀が大きな声で言った。

「だってさ、母さんも父さんも…」

「できたよ~!」

うしおが明るい声で叫んだ。

「わーい」

大耀はさっきの感じとは全く違って走っていった。海月はなんだかイライラして石を蹴り飛ばした。

海月は素早い大耀の気配に近づきながらうしおたちのもとへ行った。

「わぁ~すごい!」

海月はまたむっとした。

(わたしだって。みたいのに)

大耀は大きなテントに入ったり出たりして遊んでいる。

「海に、いく?」

うしおが少し気まずそうに言った。

「海…」

海月は肩を落とした。珊瑚も。そんなことが察知できない大耀は

「何だよみんな。行こうよ行こうよ。海」

大耀はスキップか走っているのかわからない進み方で3人の周りをまわった。

時間の流れにそってうしおたちは海へ向かった。ずいぶん進んだところで潮のにおいがうしおたちの体にまとわりついた。

ザザーと絶えることなく波の音が続く。

少し赤みを帯びた空を反射させる海はきらきらしていた。

「知らなかった、海がきれいだなんて。」

うしおがぽつりとつぶやく。

「聞こえる」

海月が言った。

「何が?」

大耀が海月に乗りかかる。いつもなら「わっ」と前に倒れ掛かる海月だが、今回に限っては動じなかった。

「遠くの船の音」

「海月…」

そうだ。海月は耳がいい。目が見えない代わり、音に敏感なのだ。

「ポーって笛の音」

海月はそっと目を閉じた。

「ねえ、うしおおにいちゃん。うしおって海っていう意味があるんだって。漢字で書くと…」

海月はそこまで言うと手を砂浜にやってわさわさとうごかした。そして枝の棒を取ると慎重に文字を書きだした。

“潮または汐”

「しってるよ。戸籍には右の汐で登録されてるけど、漢字で書くとかしこまった感じであんま好きじゃなくて。」

「そうなんだ」

海月は静かに言った。

「もどろうか」

うしおが歩き出した。

「ちょっと待って。また明日さぁちょっと水遊びしたいな」

大耀が言った。

「うん」

うしおが微笑みかけた。

その日の夜

「ふわぁ。お兄ちゃん何してるの」

珊瑚が目を覚まして言う。

「お金の計算だよ。帰り代を使って残りはご飯と…」

「いつまでここにいるつもり?」

珊瑚が声を張り上げる。海月が寝返りを打った。

「賛同せざるを得なかったって言ったけど、お兄ちゃんっていっつもそうじゃん。自分は悪くない。他の人に乗っかっただけって、他人のせいにする。わたし、お兄ちゃんのそういうとこ嫌い」

珊瑚はそういうとがばっと寝床にもぐりこんだ。

うしおは寝床に入ってもなかなか寝付けなかった。

(お兄ちゃんっていっつもそうじゃんお兄ちゃんのそういうところ嫌い)

「そんなこと言われたって」

うしおは小さく縮こまった。このまま消えてしまいたかった。

次の日。

うしおたちはまた海に来ていた。全員、うでまくりしてよごれてもいい服を着ている。

「わーい」

大耀は海水を手ですくって海月にかけた。

「つめた!」

海月は大耀にやり返した。目が見えなくてもなぜかあたっている。

「ねえ兄ちゃん。おなかすいたよ」

大耀が電池が切れたようにうしおの前に座り込む。

そりゃそうだ。昨日1日飲み物しか飲んでないんだもの。

「買いにいこっか」

うしおは微笑むと走っていった。わずか数分後。走っていったとは思えないほどの速いスピードで戻ってきた。

「はい」

4つのお総菜パンを手渡す。

「全部ウインナーロールだから喧嘩しないでしょ」

うしおが大耀の不満を読み取った。うしおは大耀がウインナーロールが嫌いなことを忘れていたのだ。

「もう!」

大耀が地団駄を踏まないばかりに怒った。

「兄ちゃんのバカ!」

と言いながらも大耀はウインナーロールをガツガツ食べていた。

「ねえ。次どこ行く?」

うしおがいった。

「音と光の大博覧会」

海月が言った。音と光。それは自分も楽しめるようにと思ったのだろう。

「ちょっと歩くと疲れるかもだけど行く?」

汐が言おうとする前に珊瑚がその言葉を横取りした。

「いいよ。無料だし」

うしおは目を合わせずに言った。

4人は歩いた。

「ねえ、どんくらいかかるの」

大耀が早々に言い出す。

「あと16分くらいかなぁ」

うしおがふらふら歩きながら言う。

「16分なんて待てないよぉ」

海月はきらきら照るお日様に手をかざした。目が見えなくても、温かさはわかる。

「海月はたいようまぶしくないのかぁ」

「うーん、まぶしくはないかなぁ。」

海月は困ったように言った。お日様は歩くうしおたちをギンギラギンとてらした。

「あっ!あれじゃない」

さっきまで暑さでぐったりとしていた珊瑚が、急に明るい声を出した。

「ほんとだ」

うしおも探検家ポーズをして眺める。

「やっと着いたぁ」

海月は首の後ろらへんの汗をぬぐった。お日様から逃れられることができた4人はほっと安堵のため息をつく。

「どうする?一緒に回る?別々にする?」

「海月と一緒に回る!二人で一緒に回れば」

「わたしは、べつべつがいい。」

大耀の言葉を遮るように海月が言う。

「私はたまにはあなたとは離れたいの。今日は珊瑚お姉ちゃんと行きたい」

海月は冷静に言った。

「うええ?そんなぁ」

「大耀が私と一緒にいたいだけでしょ」

「そりゃそうだけど…」

大耀が口をつぐむ。

「私だって、いっつも大耀と一緒は嫌よ」

「そりゃそうだけど…」

大耀がまた同じ言葉を繰り返す。

「そういうことだから」

海月は手をぶんぶんとふって珊瑚の手を見つけた後、珊瑚を引っ張ってすぐに言ってしまった。

「はあ」

うしおは深くため息をついて。何せよ、大耀の心に深く傷がついただろう。

「一緒に…行く?」

うしおが恐る恐る話しかけたが大耀はうつむいたままだった。

「あなたたち!」

はっとしてうしおは振り向いた。そこには警察が立っていた。

「ここで何をしているの!」

警察官はうしおの顔を覗き込んだ後はっとした顔で言った。

「浜海…さん?」

「!?」

うしおの首筋に冷や汗が伝った。

「にいちゃん!?どうしたの」

大耀が気付いた時にはうしおは耳を抑えてうずくまっていた。

「母さん…」

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