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御客様は死体です



 かつてあるところに<ウィンフィール>という開放的な国がありました。


 そこでは店主の存在が――<訣別の魔神>の存在が広く受け入れられていました。国民が<訣別の魔神>の質屋を当たり前に利用していたのです。


 そこでは自分の全てを質草に入れ、赤児から人生をやり直す者もいました。


 記憶も知識も当たり前に取引されており、貧しい者でも寿命を賭ければ一気に這い上がる事も可能でした。


 這い上がれず死ぬ者も少なくなかったのですが、一発逆転の可能性は確かに存在していたのです。長く苦しむより、短く楽しく生きようとする者が大勢いました。


 ウィンフィールでは質屋が銀行代わりに使用される事もありました。価値の変動と死に気をつければ各々が身に宿した資産が失われる事はありませんでした。彼らは財布を持たず、自分達が内包する価値で様々なやりとりを行っていました。


 お金以外のものを蓄えるため、質屋が使われる事もありました。


 元気が有り余っているのであれば活力(それ)を売って小銭を稼ぐ事も出来ました。眠れない夜に活力を売り、あえて肉体を疲労で満たして睡眠導入剤代わりにする者も大勢いました。


 質屋に電気を預ける商売も存在していました。


 質屋を蓄電所代わりにしたのです。店主は電気を貯め込み、さらには転移能力でそれを遠隔地に運んでいました。そうする事で送電ロスも大幅に減らし、電線などの設備も大幅に削減していました。


 ただ、寿命を使った賭博や投げ銭。肉体交換によるスワッピング。物品を質屋に預けておいて目的地でそれらを取り出す密輸の利用など、退廃的な利用方法も横行していました。


 取引を使った兵站管理により、ウィンフィールは軍事面でも他国の先を行きました。侵略戦争も積極的に行い、多方から価値を奪いました。質草用の材料を得るための略奪も公に認められていました。


 よく言えば「開放的」で悪く言えば「野蛮」なウィンフィールですが、縛られないがゆえに大きく栄えていました。危ういバランスの上ながらも奇跡的に栄えていました。


 その繁栄をもたらした訣別の魔神を多くの者が受け入れていました。善人も悪人も彼を隣人として扱いました。時には神として敬っていました。


「しかし、そんなウィンフィールも<源の魔神>が滅ぼしてしまった」


 源の魔神は訣別の魔神を崇める者達に対し、激怒しました。


 自分以外の魔神(カミ)を崇める者達に激怒しました。


 源の魔神はウィンフィールのある世界を一瞬で潰し、大勢を虐殺しました。指でプチトマトを潰すように世界を一瞬で潰し、大勢を殺してしまいました。


 訣別の魔神は1人でも多くの御客様(にんげん)を救おうとしましたが、一瞬で世界が滅びていった事で大勢を救うことは出来ませんでした。


 悲劇はその後も続きました。


 源の魔神の部下たる天使達は――主の命により――ウィンフィールの生き残り狩りを始めました。癇癪を起こす源の魔神への恐怖に突き動かされた天使達による生き残り狩りは苛烈なものになりました。


 訣別の魔神こと「店主」はその後も生き延びてきましたが、今も源の魔神に睨まれ続けています。彼の目から逃げるように隠れて暮らしていました。


 未だ自分の存在意義を証明しようとしつつ――。


「ウィンフィールの民は、貴殿にとって我が子のような存在だったはずだ」


「いいえ。我が子ではなく御客様ですよ」


「大事という点は同じだろう?」


 天使の言葉に対し、店主は「そうですね」と答えました。


 天使は我が意を得たりといった様子で説得を重ねました。


「仇討ちに協力してほしい。源の魔神亡き後、貴殿は好きに商売を続ければいい。あの邪神がいなくなった後の世界は天使(われら)と貴殿で分かち合おう」


「…………」


「仇討ちのためにも、共に立ち上がろう」


 天使は熱っぽく語り、再び店主を神殺しに誘いました。


 しかし店主はその誘いを断り続けました。


「私は理性的動物(みなさま)の僕。世界を進化させるための機構(システム)です。誰に対してだろうと仇討ちなど行いませんよ」


「貴殿を慕ったウィンフィールの民が泣くぞ……」


「彼らの仇討ちが必要なら、貴女も殺すのが筋ですね」


 店主が手指を組みつつそう言うと、天使は目を見開きました。


 気づかれているとは思っていなかったのでしょう。


「執行官のマモン様。貴女は当時、ウィンフィールの残党狩りに参加していました。異世界に逃れて生き残っていた私の御客様を老若男女問わずに殺しましたね?」


「何故、その事を……」


「私は御客様の記憶を読み取っただけです」


「取引を望んだのは、そこを見透かすためか……」


 天使は自分の迂闊さを悔やみましたが、店主は「先程も言いましたが――」と言いながら言葉を続けました。


「私は仇討ちなどしません。源の魔神相手だろうと貴女相手だろうとね」


「…………」


「貴女達と戦う理由なんてないのです。必要に迫られた場合は仕方なく戦い始めますが、基本的に尻尾を巻いて逃げさせてもらいますよ」


「どうしても戦わなければならない時があったら、どうするのですか?」


「その時は戦います。殺します。私如きが彼の魔神に勝てるとは思えませんが、戦いが避けられない時は戦わざるを得ない」


 店主は「私が戦う必要はないでしょう」と言いました。


 自分が出る幕ではない。案外誰かがコロリと神殺しを達成するかもしれない。


 それは貴女かもしれませんよ、と店主はイタズラっぽく言いました。


 そして神殺しを達成するためにも異能(ちから)は如何ですか――と誘いました。天使は黙って店主を見つめた後、返答せずに席を立ちました。


「また来ます。今回の話、よく検討してみてください」


 店主が答えるより早く、天使は表口から帰っていきました。


 今度はドアベルを鳴らして出て行ったのですが、そのドアベルは直ぐ鳴る事になりました。客ならざる者がいつもの調子でやってきたのです。


「ひょっとしてさっき、天使が来てなかったか?」


 ドアベルを鳴らしてやってきた眼帯白髪の自称用心棒は店主に問いました。


 店主が「御客様の個人情報は明かせません」と言うと、用心棒は店の外の方を見ながら「やっぱり来てたか」と呟きました。


「そいつの用件は『源の魔神殺しに協力してくれ』じゃなかったか?」


 店主は「おや?」と言いたげな様子で自称用心棒に視線を送りました。


 用心棒曰く、「源の魔神を何とかしよう」という動きが水面下で活発になっているようです。彼の魔神があまりにも強く、あまりにも傍若無人がゆえに――。


「アタシの知人達が源の魔神排除に乗り出しつつあるんだよ。自分達で祭り上げたくせに手に負えなくなったから消すんだとよ」


「物騒な話ですねぇ」


「お前さんを新しい秩序の神に推す動きもあるそうだ」


「ご冗談を。私は注文(オーダー)は好きですが、秩序(オーダー)は苦手ですよ」


「だよなぁ。……多分、さっきの天使の背後にも奴らがいるはずだ」


 用心棒はそう言いつつ店の椅子に座り、店主に問いました。


「それで? お前さんは奴らの企みに乗るつもりか?」


「言わなくてもわかるでしょう?」


 店主は手慰みに商品を磨きつつ、そう返しました。


 用心棒は快活に笑って、「まあな!」と返答しました。問うまでもなくわかっていたものの、つい咄嗟に問いかけてしまったようです。


「お前はそういう奴だよ。……でも仮に、源の魔神との戦いを避けられなくなった場合はどうするんだ?」


「勝てないので、みっともなく逃げるしかないですね」


 店主は肩をすくめ、「末弟は私より遙かに優秀ですから」と言い、さらに言葉を重ねていきました。


「『戦争』の存在意義を与えられた弟も末弟には敵わなかったのです。平和的な取引しか出来ない次兄(わたし)は逃げるしかありませんよ」


「けど、お前の転移能力(あし)は対策されたんだろ?」


「それはまあ、仰る通りなのですが……」


 店主はついこの間、用心棒に助けてもらった事を思い出しながら「逃げるのが難しい場合は、噛みつくかもしれませんね」と言いました。


「私如きの足掻きが通用する相手とは思えませんがね。末弟は本当に優秀ですから。逆らったら一瞬で殺されてしまいますよ」


 店主は人差し指と親指を動かしつつ、「それこそプチトマトをプチッと潰すように屠られますよ」と言いました。


そうならなかった(・・・・・・・・)時の方が(・・・・)恐ろしいです」


「確かに。お前の場合は――」


 2人の会話はそこで途切れました。


 乱暴に開かれた扉の音が、彼らの会話を断ち切ったのです。


 扉を開き、やってきたのは――。


「源の魔神が来た。ここに……!」


 つい先程帰ったはずの天使でした。


 彼女は冷や汗を流しつつ、噂の魔神の来訪を知らせました。





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