利き目
以前にも述べたと思うが、私は右目を網膜剥離をした経験があり、年に1度の定期検査が必要である。それで、本日がその検査日で、眼科受診をして来た。
いや、慌てるでない皆の衆。おお、聞こえるぞ。私を心配する皆の叫び声のような悲痛な声が聞こえるぞ。
慌てるでない。ならば、結果を先に述べよう。
『異常なし』
である。何も問題無かった。網膜剥離をして4年くらい(5年かも?)経過したと思うが、異常異変があったことは無い。安心したかね? 皆の衆。私は日頃の行いが良いのだ。神と言う存在が、もしいたら私に…いや、いたらそもそも私が網膜剥離になることもないのでは? はっ!? 私は神に呪われたのか?
話しが大きく逸れて、何を伝えたいのやらだな。
眼科受診での出来事について触れようと思ったのが本題である。
当日(今日)は天候にも恵まれ、ちょっと寒かったが、雨も雪も降ることもなかった。私は日頃の行いが良いからな。何故に天候を気にするのか? それは、目の検査をするために散瞳(瞳孔を開く)するからだ。そのため、当日は車の運転が出来ないので、歩いて眼科クリニックに行く必要があった。
「ちょ、待てよ」
そんな台詞をキムタクがドラマで言ったような気がするが、私が言ったわけではない。
慌てるでない。
『タクシー使えよ』
皆の衆はそう言いたいのであろう? 私のかかりつけの眼科クリニックは、歩いて行ける距離ギリギリにある。そりゃ、雨や雪が降ればタクシーを使っても良いかと思うが、歩いて行けるからな。普段からウォーキングをする私にすれば、これくらい歩くのは余裕のよっちゃんイカだ。
まあ、正直、思った。私は神に祝福されているから天候に恵まれた。
「幸運の女神は我に微笑んだり」
っと、口には絶対に出さないからな。私は都合の良い無神論者でもある。完全な無神論者ではなく、都合の良い無神論者だ。都合の良い無神論者が何かと問われれば、私は自分に都合の良い時だけに神を利用…何か罰が当たりそうで怖いな。そうだ。罰を当てるのは神ではないのか? だから、私は都合の良い無神論者である。
えっと、何であったか? 話しが大きく逸れるのは私の持ち味なので、まあ、別に気にすべきではないな。
では、タイトルの『利き目』に触れ…やっと戻ったか。
本日の眼科受診で、利き目を調べられた。ホールテスト法というやつだ。今まで調べられなかったから、何事かと思ったのだが、見え方とか調べたのであるが、別に異常は無かった。
私の利き目は、左だった。
それで、目にも左右の利き目があるらしく、グーグル先生でちょっと調べた。
何の為に調べるとか色々とあって、面倒なのでここでは書かないので、興味のある人はググってくれたまえ。
その中で、面白いデータがあった。手の利き手と目の利き目の割合である。
私は、手は右利きである。目が左利きなので、その割合は8%とのこと。一番多いのは、右手右目で74%。そうか。私は少数派なのだ。何か特別感があるな? まあ、皆の言いたいことはわかる。
『それがどうした』
で、あろう? 私もそう思う。利き目利き手なんてどうでも良いのだ。ただ、生活する上で多数というのは色々と便利である。特に手が右利きだと、使う物の殆どが右利き用に設計されている。手だけは右利きが便利であるな。
そうだ。私の視力について述べて終わりにするか。
私は、車を運転するには眼鏡等が必要なくらい視力は悪いのだが、眼鏡を掛けた時の視力は左右ともに1.2以上ある。遠くが見やすかったり、近くが見づらい時があったりは…!!!
『老眼じゃないのか?』
と、思った者? おろう? いるな? いらっしゃるな?
丁寧に言っても仕方ないか。そうだな。軽く呪っておくか?
『いやいや、まだ若いよ』
と、こちらはそう思った正直者。非常に良い心掛けである。褒めて遣わす。そう思った正直者には、きっと神の祝福が訪れるであろう。
都合の良い無神論者の私に言われてもありがたみは無いか?
あ、変な宗教勧誘とかではないからな、と。
私は、都合の良い時だけ神を利用しようとする、都合の良い無神論者である。
興味がある人はエッセイ「想像で描く世界旅行記 ~The World Travel Diary~ 」の連載を始めたので、読んでもらえると嬉しく思います。




