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適度な距離を保てないとこうなります

午後は、午前の競技の決勝がほとんどで、声が枯れるほど応援しっぱなしになった。



ちなみに賭けは僅差で野呂君が勝ったらしく、お昼の態度はどこへやら、上機嫌で報告しにきた。


残念ながら団としては2位だったけど、放課後は自由参加で打ち上げをやるらしい。


この体育祭を機会に仲良くなった上級生と、もっと親密になれるかもしれない、と女の子は特に参加する子が多いみたいだ。




「なー、なっしーもいこーよー」

「後片付けがまだまだあるし、家のことしたいから。ごめんね。野呂君たちで楽しんできてよ」

「えーー。じゃあ、ご褒美の件も、お弁当の件も、あとで連絡するよ」

「お弁当はいいけどさぁ」


ご褒美の件は承知してないんだけど?



私は打ち上げには不参加。

早々に教室へ戻って下校準備をしている人が大半だけど、私は救護テントの片付けをしている途中だ。


早く教室に戻ろう、と野呂君の名前を呼んでいる女の子たちから、ちょっと睨まれる。


「ほら、みんな待ってるよ?早くいきなって」

「んー。じゃ、今夜電話すっから!」




「何あいつ、ちやほやされちゃって」

野呂君と入れ違うようにテントに来たゆっこが、離れていく背中にむけて、べえっと舌を出した。


「ゆっこは行かないの?」

「みんなで騒ぐのは好きだけど、去年、合コンみたいな感じになったから行かない。りこもいないしさー」

「そっか・・・・・ねえ、ゆっこ。試験明けでいいから、休みの日に会えないかな?その、うちで」



「・・・・・・・えっ!!りこんちで?」


ゆっこが物凄い食い付きで、がっっつと肩を掴んできた。いや、鼻息荒いね。


「ホントに?りこんちで?」

「う、うん、うちで。・・・・・イヤ?」

「ずぅえっっっっったい行く!!!」


え、そんな前のめり案件?


「だって!今まで!りこの私生活、ほとんどヒミツだったじゃん!」

「いや、そんな芸能人ぶってたつもりはなかったんだけど・・・・」


でも正直、友達はおろか、あっちゃん以外がうちに来たことないもんね。


「あ、でもゆっこ以外を呼ぶつもりはまだないから、秘密にしてくれる?」

「もちろん!!やったぁ!!!」




俄然ハイテンションになったゆっこに、後で改めて連絡を入れる約束をして、片付けに戻る。


とはいえ、話しをしていた間にテントの荷物はほとんどまとめられていて、校舎に運び入れるだけになっていた。これなら、さほど時間はかからず終わりそうだ。





校庭に残って片付けをしている生徒も、大分少なくなってきた。


テントにあった最後の箱を保健室まで運び終わったところで、運悪く声を掛けられなければ、これで帰れたのに。



「悪いな山盛。放送部のやつらが見当たらなくて」

「いえ、そんなに重くないですし。このまま放送室に置いておけばいいですか?」

「ああ。俺はまだ校庭の片付けがあるんでな。じゃ、頼んだぞ」


前にほのかちゃんが話題にあげていた野隈先生は、ジャージがはち切れそうな巨体を揺らして行ってしまった。




抱えた箱は大した重さはないが、放送室は3階だ。


「ふぃー、やっと着いた」


重さのある放送室のドアをあけるため、いったん箱を下に置くと、後ろから伸びてきた手がドアを開けた。


ぎょっとして振り向いた先にいたのは野呂君で、驚いて固まっている私を不思議そうに見下ろした。



「入んないの、なっしー?」

「な、な、なんでいるの」

「箱抱えて歩くなっしーが見えたから」



もう一度「入んないの?」と大きく開けてくれたドアを慌ててくぐる。

部屋の隅に箱を置いて振り返ると、何故か野呂君も中にいて、ドアをパタンと閉めた。




「え」


なんで閉めた。



「体育祭でもっとなっしーとイチャつくつもりだったのに、全然できなかったからさ」

「い、いちゃ?」

「しかも、この後は帰っちゃうだろ?」


じり、と近づいてくる野呂君と同じ分だけ後ろに下がる。



「あ、後で電話するって言ってなかった?」

「デートの話?うん、夜に改めて電話するよ」

「え、今は何するつもり、ちょ、野呂君。なんでこっちくんの」


下がって下がって、背中が壁に着いた。



「なっしーにもっと応援してもらいたかったな」

「してたしてたしてた」


顔の横にトンと野呂君の片手がついた。


「ひぃっ」

「ひっどいなー、なっしー。ここはキャ!でしょ」

「なななななな何するつもりっ」

「なんかしてもいいの?」



トンと両手が壁についた。


「ねえ、なっしー。今日、なっしーに見てもらいたくて頑張ったんだ」

「さ、さようで」


怯んで縮めた体は、もう身動きがとれない。



「オレ、なっしーが好きだよ」


顔がぐっと近くなる。



「なっしーもオレを好きになってよ」

「っ」



いやだ

怖い


「なっしー?」

「・・・っ」




ガチャリとドアノブの回るの音にハッと我に返る。



「なんだお前ら、まだいたのかー。外の片付けもおわったからもう帰っていいぞー。って、野呂も片付け手伝ってたのか?」

「なっしーの手伝いしてたんですよー」


いつの間にか私から離れていた野呂君が、何でもないように野隈先生と話しているのを、壁に張り付いたまま、ただ見ていた。



「こんな狭い部屋に女の子と2人きりは感心しないぞ」

「えー、見逃してくださいよー」

「いいからお前ら2人とも早く外に出ろ。鍵締めるぞ。

ん?大丈夫か、山盛」



大丈夫なわけない。


「おい、山盛に何かしたのかー?」

「えー、未遂ですよー。ね?なっしー、帰ろ?」


私へと伸ばされた野呂君の手にビクリと体が震える。



「どうしたんだ山盛?」

「・・・なっしー?」


何でもない、って言わなきゃと思うのに声がでない。


「・・・・・っ」





「どうしたんですか、野隈先生」




聞こえたあっちゃんの声に、ずるずると床に座り込んだ。



「いや、山盛が具合悪いみたいでな」

「では私が保健室に連れて行きますよ。野隈先生は施錠をお願い出来ますか?それから野呂君。玄関で君を探している子達が待っていましたよ」

「げ、マジかよ。先に行ってくれって言ったのに。なっしー、じゃあ今夜電話するから!」


どうにか野呂に手を振ることはできた。



「山盛さん、立てますか?」


へたりこんだまま、あっちゃんを見上げる。

声に出さず、口パクで『大丈夫か』と聞かれたので、へにょりと笑うと、私にしか聞こえないくらいの声で「ったく」と呟き、眉をしかめた。



「顔色が悪いですし、貧血でも起こしたのかもしれませんね。山盛さん、抱えますよ?」


あっちゃんに抱え上げられながら、心配してくれた野隈先生の横を通り過ぎるときに目礼すると、「明日は祝日で休みだしな。家で大人しくしてろよー」と、にこやかに見送られた。






いつもの白衣の肩に顔を押し付ける。

お姫様抱っこで運ばれてるところを誰かに見られたら、質問責めに合うから、これなら顔もバレなくてすむし、ちょうどいい。


一言も喋らないまま、あっちゃんが連れてきたのは保健室ではなくて、あっちゃんの車で、後部座席に座らされた。


「荷物とってきてやるから、じっとしてろ。んで見つからないように寝そべってろ」

「・・・・・・うん」

「すぐ戻るからな」



バタンとドアが閉じるのと同時に、シートに身投げ出した。



まだ、手が震えている。

ぎゅ、と握ったり閉じたりしながら息を整える。


「大丈夫、大丈夫」


男の人全員が怖いわけじゃない。


ただちょっと、慣れない事態にパニクっただけだ。



「あは、やだな。落ち着け私」



野呂君も、もちろん野隈先生も怖い人じゃない。

なのに、なんでまだ手が震えたままなんだろう。



ふと、目の前にある、脱ぎっぱなしのスウェットの上着を引き寄せる。

あっちゃんがいつも、朝着ているやつだ。


芳賀先生として、学校で着ているのを見たことはないから、車の中で脱いで行ってるんだろう。


フルジップのスウェットをフードまですっぽりと被ると、ぎゅっと自分の体を抱き締めた。


「・・・・あっちゃんのにおいだ」



もう一度ゆっくりと深呼吸をして息を整える。


「大丈夫、もう大丈夫」







安心して、そのまま眠ってしまったらしい私が目を開けた時、ドアップのあっちゃんの寝顔が至近距離にあった。



そっと手を伸ばして頬にふれる。


珍しく本を読んでる途中で寝てしまったのか、顔の下に枕のように本が広げられている。


きっちりとあげられている芳賀先生スタイルの前髪が少し崩れ、艶やかな黒髪が目蓋にかかっているのを払うと、目尻から頬へとつつつ、と指を撫で下ろした。



「腹が立つくらいキレイな顔」



高校生のときからキレイな顔をしていたけど、今は髭の感触も少し感じる大人の男の人。


すこし髭が伸びてざらりとする頬を摘まんで引っ張ると、あっちゃんと目があった。


あ、起きてた?


「おいりこ、覚悟はできてんだろうな」

「や、やさしくしてね?」



両頬摘ままれて、たてたてよこよこのブルドッグフルコースの刑をくらう。

頬がめちゃくちゃ熱い痛い!


ソファーに寝かされてたらく、痛みに悶えて転げ落ちたところで、ここがあっちゃんの家だって気付いた。



「うー、絶対赤くなってるしー」

「俺のお肌を無断おさわりした罰だな」

「今何時?」

「学校から帰って来て、そんなに経ってねえよ」


すっかり寝入ってしまった私の鞄から鍵を探すのが面倒だって理由で、あっちゃんちに連れてきたらしい。


「駐車場からここまで背負ってきたんだぜー。車内はクーラー効かせてたとはいえ、体操着の、ちょっと汗かいて寝てる女子高生背負った成人男子に向ける、ご近所さんの視線が痛いのなんのって」

「お巡りさん呼ばれなくてよかったね」

「うわ、他人事かよ」


そろそろ夕飯を作り始める時間だ。

鞄を受け取って帰ろうとすると、あっちゃんがぽす、と頭に手を置いた。


「なに?寝癖でもついてた?」

「んや」


あっちゃんは頭に置いた手をつつつ、と頬まで撫で下ろした。


「なに、仕返し?」

「・・・・この手は怖くないか?」



見つめる瞳には、反応を窺うような心配の色。



「あっちゃんだもん、平気だよ」


頬にふれる手に自分の手を添える。



「少しビックリしちゃっただけだから。あはは。恋愛事に免疫なさすぎも問題だねー」

「前に泣かせた俺が言うのもなんだけど、度を越すようならあいつにイヤだってちゃんと言えよ?」


どこまでが自分の許容範囲かわからないからなぁ。

それでも野呂君の件で相談をする人なら、心当たりはあるんだ。



「高道君とかゆっこに相談してみるよ。でーー。でね?今日のこと、駿兄にはナイショにしておいて?学校についてきちゃいそうだから」

「だな。今日も本当は見に来たかったらしいぞ」

「ほらー、もう。じゃあ、私もう行くね。あっちゃん、本当にありがと」

「おー」

「夕飯はいつもくらいの時間には出来てるから」

「無理しなくていいぞ?」



自分の家まで徒歩10歩。

玄関を開けて中に入るまで、10歩向こうからあっちゃんが見ていたので、バイバイと手を振ってドアを閉めた。






「はあーーーーーーーーーーっっ」


ズルズルと背中を玄関ドアに預けたまま座り込む。


あっちゃんがあんなに心配するなんて、私のテンパり具合最悪だったんだって、嫌でもわかる。


手のひらで顔を覆って、ようやくあっちゃんの上着を着たままだって気付いて、乾いた笑いが漏れた。


「あーーだめだなぁ。まだパニクってるのかな」




自分は恋愛に、異性に興味がもてないんだと思ってた。でも、今日ので、嫌でも自覚はした。


「私、好意を向けてくる男の人が怖いんだ。恋愛ごととか向き合いたくないのに、無理矢理向き合わされると、怖くなっちゃうのかな」


無理矢理向き合わされる、と言う点では女の人相手もダメかもしれない。



理由なら見当がつく。



『欲しいと思ったヒトが、たまたま他の女のものだっただけよ。奪える余地があるなら奪うの。相手が身内だからって、遠慮するなんて愚かだわ』


そう言って、家を引っ掻き回し、母の恋人を寝取って子供を産んだ姉。




『娘の癖に、あの人に色目を使うなんて!出ていって!!』


母の目を盗んでは私の体に手を伸ばしていた、母の若い恋人も


その男に組み敷かれ体をなぞられてた私の頬をはってなじった母は、次の日には私がいないと困るのだ、暮らしていけないと涙を流した。



恋も愛も、自分は傍観者でいい。

どうかもう、、巻き込まないでほしいと体が拒否反応を起こしてしまうんだろう。




袖の長いスウェットに埋もれたままの手を、ぎゅと握りしめる。


「でも、だからって逃げ回るのも、有耶無耶にしてしまうのもダメだよね」



男の人全般が怖い訳じゃない。

恋バナで盛り上がる女の子達が嫌なわけじゃない。


自分が渦中にいるとだめなんだろう。


とりあえず、今日みたいにパニクってあちこちに迷惑をかけないようにしなくちゃ。



「ゆっこには・・・ちゃんと話そう。野呂君は・・・いつもで悪いけど高道君にお願いしちゃおうかな」



あとは、駿兄が帰ってくるまでに、この顔を何とかしないと。


部屋で服を着替え、あっちゃんに借りた上着を畳んでいるとポケットからカサリと音がする。


「ん?・・・あ」


ポケットから出てきたのは、いつもあっちゃんがくれる苺味の飴。


「私にくれるつもりだったのかな」


もしかしたらポケットに常備してるのかも。


「ふふ」



飴はありがたく頂戴することにして、デスクのうえにコトリと置いた。





「なにかいいことあった?」

「え?」

「顔、嬉しそうだから」



帰ってきてから駿兄に倒れた云々がバレるよりも先に顔がにやけてると指摘された。


もちろん、あっちゃんがさも当然のごとくバラしてくれたから、倒れた云々もしっかり追求されたけど。



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