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熱中症じゃなくても倒れたりします

「ふー、あっつぃ」


梅雨の合間の晴天は、とにかく湿度がすごい。

日焼け対策よりも熱中症対策をしっかりとしないと、自分もあっと言う間に倒れそうだ。



今日は全学年での体育祭。

あくまで授業の延長の行事なので、保護者も部外者もいないけど、全学年混合の団割りなので、普段は遠目に見るしかできない先輩たちともお近づきになれる、絶好のチャンスなのだ。


なので、ちょっと異様な熱気もありつつ、ここまでじゃなくても、と思ってしまうような朝からの晴天のせいで、開会式の段階で私のいる救護テントに、数名運びこまれてきていた。



タオルを冷すため用だったはずの、すっかりぬるま湯と化したバケツの水を入れ替えてくると、同じ救護係の子に声を掛けて、自分のクラスの場所へと急いだ。




「あ!りこ!!もうすぐ出番だよ!」

「ちょ、待って、早いっ早いっ!」


ぶんぶんと手を振ってるゆっこのところに急ぐと、入退場門まで引きずられるように走って連れていかれる。


たったこれだけで息も絶え絶えの、運動があまり得意じゃない私は、走るものは悉くパスで、綱引きと全員参加のダンスだけなんだけどね。



「山盛さん、救護お疲れ様」

「あれ、高道君も綱引きだっけ?」

「欠員の補充にね。僕は走るの遅いから、こういうのなら手伝えるかなって」

「私も一緒だー」


カラオケ以来、話す回数の増えた高道君は、いつもと同じように穏やかに笑いながら、「あいつに会った?」と聞いてきた。



「・・・・野呂君のこと?」

「うん、朝からずっと山盛さんを探してたから」

「なんだろ。これ終わったら探してみるね」


とはいえ、運動の得意な野呂君は、出ずっぱりで大忙しなはずだ。




「うう。腕がぷるぷるする」

「あはは、運動不足が如実にでるよね」


綱引きを終えてすぐあとは、ゆっこの出る徒競走だ。

運動不足に祟られている腕をさすりながら、入退場門で待機していたゆっこに声を掛けると「りこのために頑張るから!」と謎の宣言をもらった。

そしてそのまま元気よく行進していってしまった。



「・・・なんで私のため?」

「そういえば、ゆっこちゃんと雅也で賭けてるみたいだよ」

「は?なにを?」



パーンとスタートの銃声に弾かれるように視線を校庭に向ける。よかった、ゆっこは次だ。


いつもは綺麗に巻いて垂らしている髪を今日はポニーテールにしている。赤いハチマキもよく似合うゆっこは、格好イイ美人さんだ。


銃声と共に走り出したゆっこは、他をぐんと引き離してのぶっちぎりの1位だ。


ゴールして、こちらにブンブン手を振ってるゆっこに、大きく振り返していると、その腕をぱしりと掴まれ、思わず力一杯振り払ってしまった。



「ご、ごめっ高、道君?・・・じゃない」

「なっしー、振り払うなんてひどい」


いつの間にか隣にいたのは野呂君で、にこにこ笑いながら「ご褒美、忘れないでな?」と念押ししてきた。



「ゴホウビ」

「約束したろ?次、オレ走るから見ててな!」

「え、ちょ、野呂く」

「また1位とってくるから!」

「ちょ、まっ・・・・・・・行っちゃった」



野呂君は、ゆっこたちの次、男子の徒競走に出るようで、あっという間に行ってしまった。


「山盛さんも雅也と何か賭けてるの?」


実はどこにも行っておらず、野呂君に場所を譲っただけだった高道君が「チャレンジャーだね」なんて笑う。



「うーーーん。承知した覚えはないんだけど、したことになってるみたい。そういえば、ゆっこたちが賭けてるのって何?」

「あはは、お昼ご飯争奪戦だったりしてね。あ、ほら雅也走るよ」



スタートから飛び抜けて早い野呂君は、そのままゴール。こちらに向かって派手にアピールしすぎて、3年の先輩に怒られていた。



「高道君。あの・・・デートって何するんだろう」

「へ?あぁ、雅也と賭けてたのってデートなの?」

「強制参加の賭けだし、野呂君の得意分野だし、なんか納得はいかないんだけどね」

「あはは、まあ、あいつも必死なんだね。許してやってよ。山盛さんが嫌な気分になるような事はしないだろうから、デートっていっても気楽に考えていいんじゃないかな?」


気楽なデートって・・・・。


眉をぐぐっとしかめた私を見て高道君が苦笑する。


「あんまり調子に乗るなとは釘さしておくよ」

「よろしくお願いします」





アナウンスが入り、これから応援合戦だ。

応援合戦は伝統的に人気者が団の代表として集まる、注目の種目だ。

どのグループも見目からキラキラしい。


ちなみにうちのクラスからはゆっこも野呂君もメンバーに入っている。



「山盛さんは、前で見てこないの?」


ここぞとばかりにみんな、前に前にと詰めかけている様子は、アイドルグループのライブ会場のようだ。


「うちの団のときは見るけど、そろそろ救護係の交代にいかなきゃ」

「そっか、頑張って」



体育祭では、競技に使う小物の準備の係とか、練習をまとめる係とか、みんな何かしらの係になる。


ほとんどの子は、放課後にみんなでわいわい楽しみたいから、事前準備とかの係だ。

けど、私は事前準備で学校に遅くまで残るのはあまり参加できないからと、当日の係になった。


当日係もたくさんの係があるけど、今日みたいな日は救護係が一番忙しいかも。




案の定、救護テントにいくと、保健の先生は熱中症気味の人の対応が忙しくて、怪我の手当てが滞っていたので、慌てて手伝いに入る。


大きな怪我ではなく、擦り傷がほとんどだから、私でも十分対応できるのだ。





ゆっこたちの出番を気に掛けながら、応援合戦の賑やかな声や音楽、アナウンスに耳を傾ける。


それが良くなかったんだろう。


私の後ろの机に置かれた、脱脂綿を浸した消毒液の瓶に、強く肘がぶつかってしまった。



ガラス瓶だ、割れたらマズイ!



ぐらりと傾き机から落ちかけた瓶に、後ろ向きに体を捩って手を伸ばす。


無事に机から落ちる寸前に瓶は手に出来たものの、捩った体が戻せず、足が縺れた。



「う、わ」


手には離せないガラス瓶。

目の前には薬箱などが置かれた机。



あそこに顔から落ちるのは痛そうだなぁ、とぎゅ、と目をつぶった。





「っと、あっぶね」




机に向かって顔面ダイブまっしぐらだった私のお腹を誰かの腕がグッと支えて持ち上げ、足がぶらんと浮いた。



「あっちゃ・・・・芳賀先生」

「山盛さん、まずは手の中の瓶をそこの机に置いてください」



馴染みのある腕が、背中から抱き止めている。


保健の先生がこっちに走りよってこようとするのを視線で止めたあっちゃんは、私をゆっくり地面に降ろした。私が手にした瓶を机に置いたのを確認すると、お腹に回した腕に再び力を込めた。



「なに、わっ、きゃ!」


そのまま体を持ち上げられて、パイプ椅子に座らせられた。


「救護係が怪我しないように気を付けてください。それと、タオルを数本欲しいのですが、予備はどこですか?」

「あ・・・その箱の中です。何に使うんです?」

「応援に熱が入りすぎて鼻血を出した人がいましてね。すでに止まっていますが、血塗れなので。山盛さん」

「え、あ、はい」


立ち上がってタオルを取りに行こうとした私の肩を押さえ込んだあっちゃんは3本のタオルを手に取ると、じっと私の顔を見てきた。



・・・・・眼圧が、怖い。

怒ってますかね?



「落ち着くまではそこに座っているように」

「・・・・・・・・・・・・はい」





立ち去っていったあっちゃんが見えなくなると、テント内が騒がしくなった。


「今の見た?やっぱり芳賀先生カッコいい!」

「白衣じゃないのも新鮮だしっ。半袖の二の腕、意外と逞しいよね!」

「私も抱きしめられて叱られたーい」


「こら!あなたたち!!そんなに元気なら戻りなさい!」



きゃっきゃと盛り上がっている子達の声を背中で聞いて、いやいや、と思う。


だきしめられてはいないし。

大体あれは、こらっ!めっ!みたいな甘いやつじゃなくて、お前うっかり怪我すんじゃねえよってやつ。





アナウンスが、これから自分達の団の応援合戦が始まることを告げる。



「わ、ゆっこかわいぃー」


何となく言いつけ通りパイプ椅子に座ったまま校庭を見ると、チャイナドレスの格好をしたゆっこたちが校庭の中央に進み出てきた。


私でも知ってるゲームの登場人物に扮してパフォーマンスするらしい。


ゆっこに手を振ると、隣にいた野呂君とも目があった気がしたのだが、ぷい、と顔を背けられた。



・・・・なんだあれ



首を傾げてみたものの、全く思い当たらないので気のせいだったのかも、と応援合戦に見入るうちに忘れてしまった。






「うひゃーあ!おいしそーーう!!」


木陰に広げたお弁当を囲むのは、いつぞやカラオケに行ったメンツだ。


「僕たちもお邪魔しちゃってごめんね」

「りこちゃん、ほのかたちもご馳走になっちゃって大丈夫だったぁ?」

「たくさん作ってきたから、高道君もほのかちゃんも遠慮せずにどうぞ?あ、橋本君はほのかちゃんにつくってもらったの食べてね?」



ほのかちゃんは橋本君と2人で食べたかったんじゃないかな、と心配もしたけど

「ほのか、お料理苦手なので、いっしょに食べられるのうれしいですぅ」と、おにぎりを頬張ってたからいいのかな。



重箱4つのお弁当のおかずがどんどんと消えていく中、一言もしゃべっていない野呂君をちらりと盗み見すると、じとりと見つめられてた。怖い。


「・・・・なに?」

「・・・・・あ、えっと。そういえば野呂君とゆっこで何を賭けてたの?」

「そうだ!りこにお願いなの!賭けに勝った方にスペシャルランチ作って欲しいの」


なんと、本当に私のお弁当を賭けて勝負してたらしく、手を組んでうるうるとお願いされる。

ちなみに個人戦は1位になった数、団体戦は勝った数で競っているらしい。


運動音痴の私には理解できない、賭け方だった。



「う、うん。いいけど・・・・」

「おい、雅也。さっきから何拗ねてるのさ。山盛さんが困ってるよ」

「・・・・・」


見かねて声を掛けてくれた高道君は、午後の競技の準備があるらしい。

「なんか、雅也がバカな態度とっててごめんね。お弁当おいしかったよ。ごちそうさま」と高道君らしいスマートなお礼を言って離れていった。


橋本君とほのかちゃんも、午後が始まるまでは2人でのんびりするらしく、すでにいない。




「ちょっと雅也なんなの!いつもはうるっさいくらいに話してるくせに!りこのお弁当たべるなら、もっと美味しそうに、感謝して食べなさいよね!」

「・・・・・・なっしー」

「うあ、はい!な、なに?」

「なっしー、年上が好きなの?」




・・・・・・・・・・・・・・はい?





予想外の言葉に私もゆっこもフリーズしていると、「さっき見た」って低い声で言われる。



「芳賀に抱かれてた」


「語弊!!」

「え!やだりこ!やっぱ芳賀センセ狙いだったの!」

「すでに誤爆!!!」


野呂君が見たのはさっきの救護テントの時だろうけど、よろけたのを助けてもらっただけだ。


そう言うと、ゆっこは「なんだー」とつまらなそうだったけど、野呂君はまだ拗ねている。


「嬉しそうだったじゃん。顔、赤くなってたし」

「あの距離から私の顔色がわかったことに驚くよ」


「なっしーの友達って男も年上だし」

「え!何それ、誰それ!!そこ詳しく!!」

「ゆっこ、お兄ちゃんの友達だよ。そしてちょっと落ち着こう」



再三いうが、野呂君はそれなりに人気がある。

そのうえ、ゆっこのきゃいきゃいと騒ぐ声に、周りから注目を集めていることに気付いて、嫌な汗が出る。



「そういえば、りこは芳賀センセと話すの、普通に話せるよね」

「普通じゃない話し方ってどんなよ」

「やっぱり年上好きなんだ・・・・」

「つーか、雅也!アンタりこの彼氏でもないくせにウザイ!」

「彼氏希望なんだからいいだろ」




「「え」」




私の声と被ったゆっこは呆然と野呂君を見たあと「そっか」とだけ、静かな声で言った。



午後の部開始のアナウンスが入る。

野呂君が立ち去っていく背中を、ゆっこがじっとみている。



彼氏、なんて、直接的な言葉で言われたのは初めてだけど、驚いたわけじゃない。

今まで、好き、とも付き合おう、とも言われてないからと、曖昧に誤魔化して逃げてたけど、やっぱりダメだよね、と叱られた気分ではあった。




それよりも


「・・・・ゆっこ 」


普段からは想像出来ない、静かな目で、野呂君を見送るゆっこの姿に、なんて声を掛ければいいかわからなくなった。


「私達も行こっか、りこ。遅れちゃうね!」

「うん・・・」


すぐにいつものゆっこに戻ったけど。



野呂君とのあれこれは、ゆっこには話していない。


もしかしたら、と思ったことが引っ掛かって言えずにいたんだけど。でも、やっぱり話しておこう。


今はまだ心のなかでぎゅっ、と決心だけする。


もう一度、集合を促すアナウンスに背中を押されるように、歩き出した。



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