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適度な距離を保ち節度をお守りください

いつもの放課後と違って、なんだかソワソワしてる雰囲気なのは、3者面談が始まったからだ。


親を見られるのが恥ずかしいからか、変にぶっきらぼうな態度だったり、キャラ変してる子があちこちにいる。微笑ましいなぁ。




「おい、白鳥。次だとよ」

「ちょおーっと!!名字でよばないでよ!」


私もゆっこも今日が面談日。私は一番最後の時間だからまだまだ後だけど。


本名、白鳥百合子なゆっこは自分の名前にトラウマがあるらしく、基本『ゆっこ』で呼ぶようにと徹底してる。


お嬢様みたいな名前と本人とのギャップにからかわれたり、ガッカリされたりするのが煩わしいらしい。



「あーん、いってくるよーりこー」

「がんば、ゆっこ」



優しい母親ではなく厳格な父親がくるとかで、今日は朝からテンションの低かったゆっこは、出ていってすぐに戻ってくると、ぎゅっと抱きついてきた。


「よし、充電オッケ。行ってくるわ」

「がんばれー」



「なんだよー、ゆっこばっかずるくねぇ?」


ゆっこと入れ違いに教室に入ってきたのは野呂君で、さっきまでゆっこが座っていた私の前の席に、どかりと後ろ向きに座った。



なんだか探るような視線をむけてくるのは、ここ数日の常で、あの駅で別れた翌週からだ。


あっちゃん=芳賀先生だとバレたのかとビクビクしたけど、次の日の土曜日に『なっしーの友達、大分前から仲良いの?』『実は彼氏だったりしたら俺ショックだよ』とか、軽い感じのノリではあったけど、がっつり探りのメッセージがきたから、バレたわけじゃないみたい。



あっちゃんからの助言も受けて、兄の友達が心配して

来てくれたんだってことにすると、今度は『兄ちゃんの友達って、そんなに仲良くなるもん?』と余計に疑われる羽目になった。



他の人に吹聴するつもりはないのか、ありがたいことに、その話題をだすのはいつものお弁当の時間で、みんながいる前で話題に乗せることはない。


そのかわりの、この視線なのだけど。




「野呂君は面談おわったの?」

「オレは明日だから。なっしーは誰来んの?」

「兄。仕事早退してくるみたい」


ちょうどピロリンと鳴ったスマホには『今から行くよー』の駿兄のメッセージ。


『仕事のスーツのままでいいかな。ちょっとオシャレしていく?』

『なんで。そのまま来て』


なんの面談を受けるつもりなの。



「なあ、なっしー。兄ちゃんの友達って奴とよく遊ぶの?」

「?」

「背の高い、年上の、駅に迎えに来てなっしーに自分の上着わざわざ着せた奴」


・・・・なんとなくトゲを感じますね。


「名前、呼び捨ててたし」

「みんな、りこって呼ぶじゃない」

「ちょっと睨まれたし」

「それは気のせいだって」



私の席に頬杖をついて見上げていた野呂君が、パタリと身を伏せた。


「の、野呂君や?」

「なっしー。ねえデートしよ」

「・・・・しない」

「なんで?」



なんでだと?


付き合ってるわけでもないのに、デートってするものかい?


「オレはなっしーのこと、もっと知りたい。なっしーにオレのこと知ってもらいたい。だからデートしよ」

「・・・・・・・しないよ」

「えー。じゃあ今度の体育祭で、なんか1位とるからご褒美でデートしよ」



教室はまだ数人残っていて、私の席にうつ伏せたままデートを連呼する野呂君に、チラチラこちらを見ている。


なんで私がご褒美くれなきゃならないんだ、と内心思いつつ、デート連呼を阻止すべく、再び口を開きかけた野呂君に「しーー!」とやったのに、「なにそれ、かわいいね」とにっこりと微笑まれてしまった。



「・・・・ここでその話はもうやめようか、野呂君」

「恥ずかしがりやだなぁ。かわいいからいいけど。じゃご褒美約束な!」

「ちがうちがう、色々ちがう。あ、ちょっとー」


もう用は済んだとばかりに、急に元気になると教室を出ていってしまった。


面談の時間まであと1時間。

残された私に向けられる好奇な視線から逃げるように、美術室に向かうべく、そっと教室を出た。





面談の期間は基本的に部活動はどこもやっていない。

もともと実稼働人数の少ない美術部は、予想を裏切らず誰もおらず、それどころか美術室に鍵がかかっていた。


職員室に鍵をとりに行くと、4人ほどしか先生もいない。担任をもっていれば面談中なのだから、少なくて当たり前なのだが。


そんな中で先生の選り好みをするわけにもいかず、目が合ってしまったあっちゃんに渋々声をかけると、鍵を持ってついてきた。




特別教室の並ぶ校舎は人の気配もまばらで、いつもは窓から聞こえてくる外部活の声もないから、すごく静かに感じる。


白衣の後ろ姿は、私を振り返ることはないけど、多分歩くペースはだいぶゆっくりめにしてくれているのか、いつもの私の歩くペースだ。




「鍵だけくれればいいのに」


ぼそりと呟いた声はしっかり聞き取ったようで、前を向いたまま


「面談中は、基本は部活動は休みなんですが、知らないんですか?」と、嫌みな感じで返された。



「悪戯に立ち入られないよう、わざと施錠してあるんですよ。鍵だけ渡せるわけないだろ、ほれ」

「・・・・器用だね」


ドアを開けて美術室の中に入った途端に口調を変えたあっちゃんは「忘れ物か?」と内鍵を下ろした。



「ちょっと教室に居づらくて。面談まで時間あるし、駿兄は学校ついたら電話してくるはずだから」

「なんかあったか?」

「野呂君関係でちょっとね。芳賀先生はここにいて平気なの?」


帰る気ゼロな感じでガタガタと引き摺ってきた椅子に座ったあっちゃんは、「休憩させろ」と壁にぐでりとよりかかった。


「面談中の職員室にいたって、主担のかわりに雑用任されるだけなんだ。ちっとサボらせろ」

「いいけどー」



美術室は廊下の突き当たりの部屋で、ドアはひとつだけ。3階のここは、窓際にいかないかぎり外から様子を覗かれる心配もないし、あっちゃんが寄りかかってる壁は、ドアの真横。

つまり廊下からドアの窓越しに部屋の中を見ても、死角になって見えないんだ。



「野呂関係って、どうしたー?」

「んー。ねぇ、恋愛と友達の好きって、どっから違うんだろう」

「また唐突だな。そもそも聞く場所も人選も間違ってるぞ、りこ」



私は異性に恋愛感情らしいものを感じたのが小6以降ない。それだって、今考えればアイドルにトキめくような、憧れの感情だったのだと思う。



「野呂君のことは良い友達なんだよ。でも距離を詰められればドキドキするし、異性として意識してないかといったら嘘になるし」


突然距離を詰められると怖い、って気持ちが先にたってしまうけど、野呂君が私に向ける行動に困ったなぁとは思うものの、嫌悪感を抱いたことはない。


それって、自覚してないだけで自分も野呂君に好意をもちはじめているからなんだろうか。


「好きでもない人相手にドキドキしたら、なんか・・駄目じゃない?」




黙って聞いていたあっちゃんは、ぐりぐりと眉間を揉むと深く息をついた。


「友情と恋情のドキドキの違いなんて口で説明するもんでもないし、感じ方は人それぞれだからな。大体なんで俺に聞くんだよ」

「経験値の差」

「んだそれ」



こっちこい、と手招かれて近づくと、腕をぐっと引かれ、気が付けばあっちゃんの膝の上だ。


「ちょっちょっ、ちょっと!」


顔が近い!



体を仰け反らせようにも、腕を掴まれたまま片足の上に座らされてしまったので、あまり身動きがとれない。


「暴れるな、落ちんぞ」


腰に回された手に、ぐいっと体を引き寄せられる。



「りこ」


聞き慣れているはずなのに、聞き覚えのない温度の声に背筋がぶあっとなる。



「りこ」

「や、あっ、あっちゃん」


とっさにうつ向いた顔を上げられない。

ばくばくとなる心臓が口から飛び出してきそうだ。



「りこ」

「はな、は、離して」

「仮にも夫相手に恋愛相談なんてすっからだろ」


耳と首筋に吐息がふれる。



なんだか泣きそう。



「りこ?」

「も、離してよぅ」



上擦った声で、それでも顔を上げられずに必死に言葉を紡ぐと、腕を掴んでいた手が離され、ぽす、と頭に置かれた。




「ほれ、俺でもドキドキしたろ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


「だから、野呂だからドキドキしたわけじゃなくてな。嫌いなやつ相手じゃなきゃ、こんな風にされればドキドキするって。特にりこは免疫ねえんだし」



いまだ、膝に座らされたまま、よく頭が働かなくて、あっちゃんの言葉が呑み込めない。


「だからー。好きでもない男でもドキドキはすんだって・・・・・・りこ?お、おい」



ようやく顔を持ち上げられたのに、あっちゃんは目が合うなり、ものすごく慌てだした。


「わり、やりすぎた。悪かったって」


あっちゃんの足を跨ぐように座らせられていた私を、ひょいっと抱え直して横抱きにする。


「泣くなって、りこ」



・・・私、泣いてるのか。


目元に伸ばした指先に、濡れた感触がある。


泣いてるのだと自覚したとたん、余計にパタパタと零れだした涙は、黙ったまま抱き寄せられた、あっちゃんのシャツに吸い込まれていった。



「悪かったって。参った、泣きやんでくれ」


白衣がわたしを包みこむように囲う。


背中に回されたあっちゃんの腕が、なぜかひどく熱く感じた。








涙は止まったものの、泣いたのは一目瞭然だったんだろう。


連絡がきて校門まで迎えに行くと、女子数名に囲まれていた駿兄は、私を見るなり血相を変えた。


「誰に何された」

「犯人はあっちゃんだけど、半分私のせいだから」

「・・・・篤史は職員室かな?」

「駿兄、顔が怖い」


そして、学校では何もしないでね。

「あいつ。今夜シメる」



校門付近に佇んだまま、こちらを見ていた女の子達を振り返って王子様スマイルで手を振ると、黄色い悲鳴が返ってきた。


イケメン+高身長+スーツ+爽やか対応だもの。

明日から、駿兄関係の突撃訪問が増えそうだなぁ。



「面談の時間は?」

「まだ15分前だから、ん?な、なに?」

「篤史のコロンの匂いがする」


・・・・・・・・・警察犬か


「匂いがうつるようなことされたの?」

「もう!その話は後で!ほら行こ」


手を引いて歩きだすと、手を握りかえて隣にならんで歩きだした。

いや、手は離して良いんだけども。



「高校って、なんか懐かしいなあ」

「駿兄はこの高校じゃないでしょ」

「うん、それでもさ。空気って言うか、雰囲気って言うか。青春甘酸っぱーみたいな」


・・・・全然わかんない


駿兄は繋いでいた手を離すと、くしゃりと私の頭に手を置いて笑う。


「りこはこれからたくさん経験するよ」

「・・・青春はいいや」

「それでも、だよ。まぁ、さしあたってまずは担任の先生攻略から頑張るか」

「それ、青春と違うじゃん」



いつもの駿兄の、いつものやり取りにホッとする。



校舎内を連れ立ってあるくと、かなりの頻度で振り向かれる駿兄をそっと見上げると、にこりと微笑み返された。


懐かしさを感じるほどには、駿兄は大人で、今、制服を着せても浮いてしまうんだろう。


スーツも白衣も、子供の私との線引きのようで。そんなことを考えてしまうこと自体が、きっとまだ子供なのだ。





「では大学に進学するかもまだ決めていないのかね?お兄さんはなんと聞いていますかな?」

「卒業後の話を改まってしたことはなくて・・・申し訳ありません」

「いやいや、これをきっかけに話し合ってください。だが山盛さん、就職は厳しいと思うぞ」

「・・・・・はい」



担任の宮田先生は定年間近なお爺ちゃん先生で、ベテランだけあって話はどんどんすすんでいく。


「とりあえず、といってはなんですが、どの道にでも進めるよう理系4大の選択科目をとりましょうか」

「2学期から分かれるのは理系と文系ですか?」

「あとは就職予定の実技コースですな。普通科は3年には更に細かく分かれるので、遅くともそれまでには進路を決めてください」

「・・・・・はい」




手渡されたたくさんの資料を鞄に突っ込むと、玄関で待っている駿兄に駆け寄る。


難しい顔で俯く姿に、やはり迷惑をかけてしまったと、申し訳なくて「ごめん」と謝ると、無言でスマホを突きつけられた。



「・・・なに?」


写っているのは、どアップの駿兄の王子様スマイル。


「『盗撮成功。バラまかれたくなければ、りこが泣いた件チャラにして』だって」

「あっちゃん、馬鹿なのかな」

「馬鹿なんだよ。徹底的にシメル」



ものすごくイイ顔で『殺』とだけ返す駿兄をちらりと盗み見ると、ぽすりと頭に手が置かれた。


「さっきの面談のことな。家に帰ってからゆっくり話そうな?」

「・・・・うん」

「よし。久々の明るいうちの帰宅!2人分だけドーナツ買ってから帰ろう」

「うん」



くしゃっと髪を乱す、大きな掌のぬくもりに安堵する。

そんな自分に嫌気がさして、気づかれないよう、小さく小さく、ため息をおとした。





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