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兄と呼んでいいのはいつまでですか

「だからさー、りこがポケットにねじ込んだ用紙が落ちてたからさー、届けに行ったんだって」


トントントントントントンダッダッダンっ!


「親切じゃん、俺。そりゃー、青春してんなぁって聞き耳たてたのは悪かったけどさー。野呂には見つからないようにちゃんと隠れたしさー」


トントントントントントントンザッザッドンっ!


「みじん切りの気迫が怖ぇよ、りこー」

「手伝わないならこっちくんな」

「ひでぇ、アイスちゃんと買ってきたのにひでぇ」




精神的ダメージが大きくて、帰ってきてからもしばらく悶えてたせいで、夕飯がすっかり押してしまった。

ので、ストレス発散も兼ねて、今夜はチャーハンだ。


ガンガン切ってジャンジャン炒めると、ちょっと気持ちが落ち着くんだもん。



今日こそ残業であれと願ったのに、むしろいつもより早く帰ってきやがったしね。


「駿太が、りこ1人なんだぞって、うるせぇんだよ」って言うのは嘘じゃないと私も思う。

心配性な兄め。







「ところでさ、お前ら付き合うの?」

「ごほっ」


向かい合ってもくもく食べてる途中に突然なに言い出すだ、あっちゃんめ。


「いやさ、告白っぽかったけど、好きだとも付き合ってとも話してなかったじゃん」

「仮にその話をしてたとして、なんであっちゃんに話さなきゃなんないのよ」

「えーー。気になるし。一応、夫だし」

「えー、じゃない」



確かに野呂君は、お前気に入ってるぜアピールは前のめりでしていったけど。


「・・・仮に告白だったとしても、付き合わないよ。私まだ恋愛とかよくわかんないし」



正直言うと苦手だし、もっといえばちょっと怖い。


食べ終わったお皿を片付け始めると、俺が洗う、とあっちゃんも立ち上がった。





汚れの少ないものから順に手際よく洗っていく姿は、以前は考えられなかった姿だ。


「あっちゃん、洗い物うまくなったね」

「まあ、駿太と順番とはいえほぼ毎晩やってりゃな」

「前は洗剤の量もアホみたいに出してたのにね」

「お前、やっぱまだ怒ってんな?」



軽く水切りした食器を拭いて棚に戻していく。

ちょうど手に取った、お弁当箱はあっちゃんのだ。



「例えばさ、私に彼氏ができたとしたらよ。あっちゃんと結婚してるって言わないとしてよ?肉親でもない男にお弁当作って持たせたり、家に上げてご飯一緒に食べるなんて、許してくれるもの?」

「いや、そこは許してもらってくれ。俺が死ぬ」


「しかもよ、その男の家の合鍵持ってて、掃除も洗濯もしてんのよ。これって許容範囲?」

「ごり押せ、押し通せ。俺の生死がかかってる」


「・・・・私に彼氏できたら、困るのあっちゃんか」

「駿太だって同じだろ」

「一応家族だもん、それこそ許容範囲」


ぐぬぬ、って唸ってるけど、ホントに。





家から追い出された私に、一緒に住もうと声を掛けてくれた駿兄は、その当時住んでた、単身者むけの小さなアパートから、2人で住めるようにって、わざわざ2部屋が独立してるここに引っ越してくれた。



引っ越しにかかる費用も、追加の家具もみんな駿兄が用意してくれて。

だから、せめてと家事全般は請け負った。


学生なのに無理するなよって駿兄は申し訳なさそうだったけど、その前から、正確には小5の時から家事をしているから、私にとってはあまり負担じゃない。


独り暮らしをしていた駿兄の家に、ご飯を作ったり片付けに行っていた時よりも移動距離がない分、むしろ負担は減っている。



ところが、予定外の負担が付いてきた。



「わざわさ引っ越すねって挨拶に行ったのに、翌翌週に隣に越してくるなんて予想外すぎるし。最初はちょっと駿兄とBL的な仲なのかと思ったもん」

「やめろ。だいたい、サービス残業続きでボロ雑巾みたくなってる俺に『りこと一緒だと超快適!』とか『飯がうますぎる!』とか連日写真つきのメッセージ送り続けてくる駿太が悪い」

「それにしたって、普段の面倒臭がりはどこ行ったのよ。フットワーク軽すぎでしょ」

「俺、やる時はやるタイプ」

「使い方、絶対間違ってる」



ちなみに、今までよく病気にならなかったなと思う、汚部屋の主人である2人は、私が衣食住をフルで管理するようになってから、お肌の調子がいいんだとか。

ホント、どうでもいい。



「もうすっかりこの快適な暮らしに慣れちゃったからなー。今さら彼氏ごときで無しになるのはイカンな」

「ごときって。あっちゃん、そっちのアイス一口ちょーだい」

「おちょぼ口で食えよ」

「ケチくさいっ!」



クリスピーで挟まれてるアイスをあっちゃんが、ほれ、と差し出してくる。


パキリと一口かじりついたあと、口の端についたアイスをペロッと舐めとる。



「・・・色気の欠片もねぇんだけどな」

「なにそれ。私、喧嘩うられてる?明日の朝食抜いてほしいの?」

「ごめんなさい」


なにやら盛大な溜め息をついてたあっちゃんは、頬を叩いて謎の気合いを入れると、テーブルの上に見覚えのある用紙を置いた。



「で?面談日程どうすんだ。駿太ならりこが言えば、どの日でも都合つけてくるだろ」

「・・・わかってるけど」

「2年の面談は進路を見据えて、教科選択がメインだ。大学だなんだはそこまで詳しく決めてなくてもいい」

「・・・・知ってるけど」

「原因はお前の母親か?駿太か?」





私は、とある事情で母親とはもう一緒に暮らせない。


駿兄は気にするなって言ってくれるけど、いつまでも駿兄と一緒に暮らすわけにもいかないだろうって思ってる。


「お母さん、面倒で後回しにしてた死別離婚の手続き

、終わったみたいなの」

「それでも、あいつはお前の『お兄ちゃん』だろ」




駿兄が17歳、私が7歳の時に、駿兄のパパと私の母親が再婚した。そして、小5の時にパパが亡くなった。


母親の連れ子である私と、5歳上の姉はパパと養子縁組していたけど、パパの連れ子である駿兄と母親はしていない。


当時すでに17歳で、実を言えば駿兄自身が母親をあまり良く思っていなかったことで、駿兄がお願いしてのことなんだそうだ。


だから、戸籍上は義理の『兄』ですらない。

そして、亡くなったパパとの死別離婚の手続きを終えた今となっては、名目上すら『兄』ではないんだ。



もともとの駿兄の幼馴染で、大学まで一緒だったあっちゃんは、家族以外で唯一そのことを知ってる人だ。




「進路の相談なんて、甘えすぎじゃない?きっと駿兄は責任もってくれちゃうし」

「そんなにごねると、俺が保護者代わりの夫だって面談するぞ」

「やだよ!!」

「ったく。『お兄ちゃん』でいたいのは駿太だ。ちゃんと相談してやれよ」

「・・・・・・・うん。鼻やめて」


ぐにっと鼻を押し潰してくる長い指をぺちりと払う。



「明日のお弁当、あっちゃんの好物いれたげるね」

「夫のありがたみがわかったか!」

「やっぱやめる・・・・・ん?」



チカチカ光るスマホを開くと、表示されたメッセージに苦笑が漏れる。


『ご飯食べた?』

『篤史は帰ってきてるの?』

『りこ?何かあったのか??』

『篤史も返事ない!りこ、どうした!!』


3分おきのメッセージに、『今気付いた。あっちゃんと食後のアイス食べたとこだよ』って返事を送ると、間髪いれずに『何も心配事はないか』と返ってきた。


「あはは、あっちゃんの方にも大量メッセージ入ってるんじゃない?」

「なんだこれ、束縛彼氏かよあいつ。ひくわー。しかも俺の方は罵詈雑言の嵐だし」


電話を掛けてこないのは、まだ仕事中だからだろう。



『大丈夫だよ、仕事頑張って』と送信し掛けて『寝る前に相談したいことがあるんだけど、いい?』

と送ると


『電話する!!』と秒で返ってきた。





「今夜、駿兄に面談の日聞いておくよ」

「おー」


いつものように玄関まで見送ると、頭にぽすりと手を置かれた。


「・・・なに?」

「1人でさみしいなら添い寝してやるぞ」

「・・・明日おこしてやんないよ」



冗談だろって焦りだしたあっちゃんをドアの外に押しやり、少し安心してる自分に気がつく。


「はーっ。やっぱり私ってまだまだ子供なんだろうなぁ」


自分なりにけっこう悩んでた面談の事、駿兄のこと、こんなにあっという間に片付けられたのは、あっちゃんに話せたおかげだ。


この名前だけの結婚だって、あっちゃんに迷惑かけるってわかってたのに、断り切れなかった。


・・・・心のどこかで喜んですらいた




深く息を吐いて部屋に戻ると、またスマホがチカチカ光っている。



「駿兄、心配しすぎーーーって、うわ」



表示されたのは、ちゃっかり記憶のすみに追いやったはずの『野呂君』の名前。



『今、何してんの?なっしー』

って、可愛いスタンプが首をかしげて聞いてくる。



「・・・・こっちの問題もあった」


取り敢えず、返事はすべき?

既読スルーはさすがになんだしなぁ。



悩みに悩んだ末、『今から勉強』とだけ返すと『マジメか』ってすぐにレスがついた。



本当は今からお風呂だけど、そんな妄想を掻き立てるような報告は必要ないだろう。



『電話していい?』


だから勉強だって。


『よくない。おやすみなさい』

『あ、なんか嬉しいね!おやすみだって!』



よし、もうスルーしよう。


野呂君には申し訳ないけど、今、彼の告白まがいの分まで処理できるキャパが私にはない。


「野呂君への対応は明日考えよう」


駿兄との電話は23時すぎてからの約束だから、それまではとスマホの画面を下にして置いた。








「なっしーが冷たい」

「え?」

「なにアンタ、キモい。つか入ってくんな」

「いいじゃんゆっこ、オレもいれてよ」


いつものようにゆっこと机を並べてお弁当を食べていると、コンビニのパンを片手に野呂君が混ざってきた。


・・・・若干キョドった私がバカみたいなくらい、野呂君はいつも通りだ。



「・・・野呂君のお昼それだけ?」

「なっしーのおかずもらおうと思って。お!すっげーのあるじゃん!」

「それアタシのだから!アタシの為に作ってきてくれたの!」


自分のお弁当のほかに、唐揚げと厚焼き玉子、ピーマンのナムルとかがタッパーにぎゅう詰めして、ゆっことの間に置いてある。


「こんなに食えないだろ」

「持って帰るの!」

「ゆっこ。それはやめよう」



結局、居座って食べ始めた野呂君に、ゆっこが改めて「りこが冷たいって何よ」って聞いている。



「昨日の夜になっしーに冷たくあしらわれてさー」

「やめなさいよ。りこは家事とかもあって、忙しいんだから」

「え、なんで?」


あー、野呂君には話してないからなぁ。


「兄と2人暮らしだから」

「え!まじで!!」

「あんまり吹聴しないでね。実家が遠いからだけど、変な詮索されても嫌だから」



ちょうどその時、スマホに入ってきた駿兄のメッセージに吹き出す。


「なになに、りこ」

「んー。その噂の兄が昨日から出張してるんだけど、外食に飽きたって」

「兄ちゃん、贅沢じゃね?」


『みんな味付けが濃い。早く家に帰りたい』


昨日の夜ご飯からだから、まだ3食目だろうに。

帰ってきたら、しばらく好物づくめにしてあげるよと返事を返す。

だからちゃんと仕事してください。


「なんか兄ちゃんが羨ましいわ」

「いつもは毎食、りこのご飯だもんね」

「・・・普通の家庭食だよ。特別美味しいわけじゃないと思うけど」


あー、でもさ。と、いつの間にそんなに食べたのか、すっかり残り少なくなったタッパーから、野呂君が最後の唐揚げを口にいれる。


「今夜、なっしー1人なんじゃん」

「それ、アタシのなのに!!」

「金曜だしさ、飯食いがてらカラオケにでもいこうよ」

「りこ!こんなやつの誘いにのらなくていいからね!!」

「じゃあ、ゆっこも一緒でいいよ?」

「りこと2人で行くつもりだったとか、ばっかじゃないのっ!あ、でも私もたまには、りこと遊びたいかも。だめ?りこ」



なんだかんだと理由をつけて、ゆっこと遊ぶのも5月以来だしなぁ。


「・・・一応、兄の許可をとってからね」

「ほんと?やった!!」

「えー、ゆっこは遠慮しろよ」

「なんでよ!!」



そして、あっちゃんの了解も得ないとだ。

スマホで送ったメッセージにはすぐに返事がきた。


「・・・・・・・・・放課後、一回家に帰ってからでもいい?制服で行くのダメだって」

「お、じゃあ私服のなっしー見れるんだ。ラッキー」

「用意できたら連絡してっ。駅前に集合しよっ」



あっちゃんめ。

『今夜はカップ麺か。週末なのにつれぇなぁ』

『奥さん、旦那に冷たすぎない?』

『駿太に話したら帰ってくるかもな』


怒涛の連続レスに可愛いスタンプを返したのに



『制服で行ったら補導してやる』


なんて、笑えないからやめて欲しい。





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