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「なっしーのタイプの男ってどんな人?」

「アタシのたまご焼き堂々と奪いながら、よくそんなこと聞くよね!」

「まぁまぁ、ゆっこ。」



教室で広げたお弁当箱からおかずを奪っていったのは、同じクラスの男子の野呂君だ。


明るい茶色の髪は前髪をピンで飾り留め。片方の耳朶に小振りなピアスがひとつ。

ものすごくイケメンってわけじゃないけど、おしゃれで盛り上げ上手で、クラスでも学年でも、皆が名前を知ってる陽キャだ。


地元がここでもなく、決してフレンドリーでもない私に、入学当初から気さくに声を掛けてくれた人でもある。


「たまご焼き残り1つだったのに!」

「ゆっこ・・・・また明日作ってくるから」

「うまっ。で?なっしーのタイプは?」



自分のお弁当はもう食べ終わったらしく、ガタガタと椅子を持ってきて居座ってしまった。



ちなみに、なっしーは私、山盛梨子のあだ名だけど、彼しか呼んでいない。



「なんでそんな唐突に、りこのタイプ聞くのさ」

「やー、最近女子たちで1組の小田が格好いいとか、3年の土岐川先輩がいいとか、よく話してんじゃん。なっしーはあんま、そーゆう話してんの見たことないからさ」

「あんまり興味ないからなぁ」



もくもくとお弁当を食べる私の横で、じゃあ雅也はどうなのよ、とゆっこが聞いている。


「オレ?んー、ゆっことなっしーだったらなっしーかな。派手な子、俺苦手」

「なんでここの2択にした。つか、アンタに派手とか言われんの、ムッかつくわー」

「ゆっこは派手ってゆうか、美人ではっきりした顔立ちだよね。私はコケシ系」

「おかっぱだもんな、なっしー」

「りこのはボブっていうの!」



きゃいきゃいジャレてる野呂君とゆっこは小中同じで、ゆっこ曰く腐れ縁らしい。その縁で私にも話しかけてくれたし、今もよく絡まれるんだけどね。


「で?なっしー」

「じつは私もちょっと気にはなる。どうなの、りこ」


タイプ云々忘れてなかったのね。



「一般的なイケメンは私も格好いいな、とは思うよ」

「ほらりこ、年下の可愛い系がいいとか、年上の格好いい系がいいとかさー」

「・・・私の中で『年上』と『格好いい』は組み合わさらないんだよね」

「何その意味深発言!そこ詳しく!!」

「アタシが先に聞くの!」


俄然食いついてきた2人にドン引いていると、教室の入り口がざわついた。




「山盛さん」



さほど大きくないのに、何故かよく通るその声は聞きなれた声だ。


「提出してもらったプリントで聞きたいことがあります。放課後に職員室まできてください」

「あ、はい」


それだけ言うと去っていった白衣の後ろ姿が完全に見えなくなると、ゆっこが一口チョコをそっと私の前に置いた。


「御愁傷様」

「芳賀センセの呼び出しとか、気が重すぎだろ。なっしー強く生きろよ」

「いやいや、職員室にいくだけだし。チョコはありがたくもらうけど」



スマホを手に取るとメッセージの着信を確認する。


・・・こっちに何も入ってないってことは、本当に勉強のことだけだろう。



よかったよかった、となれなかったのは、代わりに違う人のメッセージがあったからだ。



『新しいパンツってどこだっけ』


・・・・兄よ。下着の管理ぐらい自分でやりなさい


「どしたの、りこ」

「眉間にシワよりまくってんよ?」

「ちょっとね。兄のアホ具合に頭痛がしてただけ」


『一番上の左側の小さい引出し。泊まり決定なの?』

『あった!今日から2泊になりそう』


2泊か。ビジネスホテルでもアメニティはそれなりに揃ってるから、他に持っていくものは・・・


「りこのお兄さんていくつなの?」

「26。会社員だよ」

「なっしーに似てる?」


あ、胃薬と解熱剤は持たせなくちゃ。

駿兄は図太そうに見えて、寝床変わると熟睡できないタイプ。繊細さの欠片もないのになんでだろ。


『薬もあった!りこ、1人でもさみしくない?』

『はいはい、さみしいさみしい』


返ってきたのは号泣するスタンプに、もはや苦笑しかこぽれない。


「似てるって言われたことないよ。タイプが全然違うからね」


私は駿兄みたいな整った顔立ちじゃない。



『篤史にも伝えておいたからねー。何かあったらすぐに連絡してね!』

『早く仕事に戻りなね。いってらっしゃい』

『いってきまーす』



似てるはずがない。

そもそも私と駿兄は血は繋がっていないんだから。








放課後、不憫そうなゆっこに見送られて職員室まで来る。


教師で26歳なんてホントにぺーぺーで、どんなに顔が良くて人気があろうと、1匹狼感だそうと、やることも雑用もたんまりあるんだって。



「すみませんが少し待ってもらえますか、山盛さん」

「・・・手伝いますよ」



あっちゃんの机の上には大量の紙の束。


この時代に手でホチキスをガショガショとめるとか、どうなんだろう。

職員室のでかいプリンターにステープル機能あるだろうに、と思ったら、針がきれちゃってるらしい。


・・・・予備、用意しておいてほしい。



資料室って名前の雑用部屋に場所を移すと、ドアを閉めた途端にクール眼鏡が悪態をつきはじめた。


「ったく、なんでもかんでも押し付けやがって。スポ科のキャンプ実習の資料なんて、俺なんの関係もないっつーの」

「あー、スポーツ科はそんなのやるんだー。つか、私はもっと関係ないんだけどね。芳賀センセ、針ちょうだい」

「わりぃな、りこ」

「学校で名前で呼ばないの」



ドアが閉まってるとは言え、そのドアのすぐ外は職員室。しかもドアの窓から丸見えだ。

うっかりな言動は怖い。



「こーゆうのこそ電子化すりゃいいのになー。そういえば駿太、今日から泊まりだって?」


なのに、全然気にしてくれない大人が目の前にいるから、私が気を付けるしかない。


「その話は後でね」



ガッショガッショとホチキスを無心でとめる。


「りこ」

「だから名前っっんむ?」


顔を上げたタイミングで口に放り込まれた、ナニカ。


「手伝ってくれる駄賃。好きだろ?その苺の飴」

「好きだけど・・・・・」



ドアの窓はあっちゃんの背中側。


「誰かに見られたらどーすんの」

「俺の背中で、りこの姿なんて殆ど見えないんじゃねえ?」



つまり承知のうえってことね。


ニヤニヤ悪い顔して笑ってる手元は止まらず、ガッショガッショ、ホチキスをとめてる。



・・・・・・口の中が甘酸っぱい。



「芳賀センセ」

「んー?」


「どっかで余分にとめてますよ。3ページ目だけ1枚足りません」

「・・・・・・まじかよ。いや、3ページ目だけコピろうぜ、それでいいじゃん」

「ダメな大人め」


コピってくるわ、と部屋を出ていった白衣を見ながら、口の中の飴をガリガリと噛み砕いた。



甘酸っぱいのなんか、今はいらないのに。








「山盛さん、3者面談の希望日程表、まだ提出してませんよね?」

「出しました」

「白紙で?」


無事に全てのホチキスどめがおわり、職員室に戻ると無情に突きつけられたのは、昨日が期限の面談日程表だ。


むう!スカしたムカつく口調でしゃべっちゃってさ!



「忌引でお休みされてる、担任の宮田先生のかわりに預かりますから、明日持ってきてください」

「芳賀先生がなんで?」

「今月から副担任になったからです。知らなかったのですか?」



・・・そうだっけ?


首を傾げたまま、再び手元に戻ってきた日程希望表を睨み付けるように見ていると、すぐ隣の浪川先生が「山盛さんのご両親、忙しいの?」と、聞いてきた。



サラサラストレートロングの髪を片側に寄せてひとつに結ってある、いつでもほんわか笑う、優しい雰囲気の女の先生だ。


ただし、空手部の顧問で、本人も黒帯だって話だから、ほんわかは見た目だけかもしれない。



「いえ、実家が少し遠方で。母は日中仕事しているので、こちらに来るのは無理なんです」

「実家?あら、じゃあ山盛さんは一人暮らしなの?」

「・・・・兄と住んでいます」

「それならお兄さんに頼んでみたら?」



ええーーーー。


露骨に顔をしかめたからだろう。

「あらら」なんて苦笑されてしまったけど、白衣眼鏡は無表情のままだ。


「芳賀先生、山盛さんにも事情があるんじゃないかしら。ねえ山盛さん、担任の宮田先生はご存じなの?」

「いえ、特に何も話していません」

「そう。もし良ければ芳賀先生のかわりに私が聞きましょうか?」


・・・なんで浪川先生に話す必要があるの



「浪川先生、お心遣いは有りがたいのですが、宮田先生に任されている手前、私の方でなんとかします」

「あら。遠慮されなくてもよろしいのに」


含みのある笑顔を見せる浪川先生に、あぁ狙いはあっちゃんか、と悟る。


白けた目で見ていると、もう一度「明日には持ってくるように」と念押しだけされて帰された。










「よっ。長かったじゃん、なっしー」


鞄を取りに教室に戻ると、なぜか私の机の上に野呂君が腰かけていた。


「雑用も手伝わされたから。野呂君は何してるの?忘れ物?」

「あーー、いや、ちょっと」



窓の外から運動部の声が聞こえてくる。

2年の教室は1階だから、いろんな音が入ってくるんだ。


「なぁ、なっしー、あのさ」


いつもと違って言い淀む口調に首をかしげる。私の机から荷物を手にとっている間も、野呂君は机に腰かけたままだ。


「結局なっしーはどーゆう男がタイプなの?」

「ええ?またぶり返すの?」

「うん。どんな男が好き?」


だいたい好きなタイプとか困るんだけどなぁ。


「私、好きってよくわからなくて。いいなって思っても簡単なことで興醒めしちゃうし。それに、いいなって思うのも瞬間の言動だったりでタイプじゃくくりづらいかな」

「じゃ、今は好きなやついないの?」

「もうだいぶいないかなー。小6のときの初恋が最後の恋かも」

「なんか演歌の歌詞みたいじゃね?」


そっか、と言う野呂君は俯いていて、呆れられてるのか、笑われてるのかすらわからない。




「じゃあさ、俺でもいいよね?」


「・・・・・・・・・・・・・え?」



腰かけていた机からピョンとおりて、後ずさった私の後ろの机に手をついた。


両腕で囲まれてる!なにこの流れ技!!



「タイプないならさ、俺をタイプにしてよ」

「え?・・・・は?ちょっ、ちょっと待って、ひ!」



野呂君がぐっと身を屈めて顔を覗き込んでくる。


「近い近い近い近い近いっ!」

「俺のタイプはなっしーだよ」

「や、わかった、わかったから離れて!」


いや全然わかってないけども!!

って、昼の2択をここでまた出されても!!


「ゆっことの2択じゃないよ?」

「エスパーか、野呂君」

「なっしーだけが今の俺のタイプ。ね、俺にこーされて嫌?」

「嫌っていうか、すごく困る!!!」


顔から血の気が引くのがわかった。

うっかりすると突き飛ばしてしまいそうだから、野呂君が近づけば近づくほど、のけ反るほかない。

腰が!腰がおれる!


「ドキドキする?」

「骨がボキボキする!!!」

「ツレナイなぁ。ま、いいか。嫌じゃないなら、これから意識してもらえるように段々に追い詰めるよ」

「十分追い詰められたよ!」


そういうことじゃないけど、ま、また今度ねって言うと、私の手を引いて身をおこしてくれたあと、ヒラヒラと手を振って教室を出ていった。





なんだあれ!

なんだあれ!!



動機息切れでゼーハーする。

貧血を起こしたのか頭がクラクラくる。

ずるずると座り込んで息を整えることしばし。


「ダメだ、全然落ち着かない。もう帰る、もう帰ろ」


さっき野呂が出ていった後ろ側のドアを恨めしげに見つつ、ヨロヨロと前のドアから出る。



「はぁーーー」

「はぁぁぁぁぁぁぁ」



思わず漏れた溜め息に重なる、溜め息がもうひとつ。



ぎぎぎ、と声の元を辿ると、ドアに寄りかかるように小さくしゃがんで手で顔を覆う、白衣の人影。



「いっ、いつからいたの」

「・・・・・けっこう最初から?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



「なんで顔覆ってるの」

「なんかこそばゆくてな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



ダメだ、無になれ。

もう何も考えるな私。



「りこ・・・・」

「・・・・・なに」

「俺、浮気現場見たって怒るべき?」

「っばかーー!!」


取り敢えず、ガンっ!!と白衣の塊を蹴り飛ばして、走って逃げた。




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