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カレカノとか未知の世界なんです

私の土日の朝は早い。

天気が良ければなおさらだ。



平日に手がまわらない場所の掃除、洗濯を干し終えると、駿兄を叩き起こして大物の洗濯。その間にご飯。


週末だけの2人朝ご飯は、今日はフレンチトースト。

ブロック状の食パンを分厚く切って、電子レンジでささっと温めて卵液を染み込ませると、バターでじゅわりと焼く。


自分のほうには酢漬け野菜、駿兄には温野菜を添えたらできあがりだ。



「ふぁあ。おはよ、りこ」

「おはよ。食べたら隣にいってくるね」

「んー」


まだ半分寝てる駿兄がコーヒー片手にスマホを弄り出したのを見て、洗濯物を干したら隣のうちに突撃に行く。


『今から行くよ』って5分前にいれたメッセージに既読はつかないし、もちろん返信もないけど、問答無用で突撃する。




ピンポンは押さず、合鍵を使ってあける。

入ってすぐ、リビングに続く内ドアがあるのだけど、そのドアがどうしてか半分しか開かない。


ぐぐぐっと押しやって入ってみれば、箱の形のままの段ボールが乱雑に積み上げられてたらしく、雪崩をおこしていた。


早速溜め息をつきたくなるけど、こんなの序の口だ。



持ってきた、室内用にしているデッキシューズを履くと、我が家と左右対称なだけの、勝手知ったる間取りを突き進んで、やっとたどり着いた窓を開け放つ。


「ふぉーーっ、ホコリくさ!!」


このままいたら目から涙流れっぱなしになりそう。


うちでご飯食べてるから、生ゴミの腐った臭いがしないだけマシなのかもしれないけど、淀んだ、何とも言えない臭いがたちこめている。

加齢臭だって今度からかってやろう。



「こんな中で住んでてよく病気にならないなぁ」



たしか彼女(らしき)が1か月前にこの部屋にきたことがあるのも知ってるから、さすがにここまでヒドイとは思わなかった。



あちこちに脱ぎ捨てられた靴下と放置されてるタオルを拾い集めて、一回目の洗濯機を回す。


使用頻度の恐ろしく少ないキッチンにたつと、使用済みのコップや小皿を洗う。ここで料理しないから他と比べると異様にきれいだけど、ざっとアルコール消毒をしておく。


嫌な顔をされたけど、ないよりはと買ってもらって設置したロボット掃除機はホコリのつもり具合から多分未使用だ。ウエットとドライの両方ワイパーを使って床掃除が済むと、ちょうど洗濯が終わった。



さて、大物いくか。



掃除機をかけてえないとはいえ(そもそもこの家にはないけど)さっきからの物音にピクリともせず寝ているあっちゃんは、遮光カーテンを開けても上掛けを剥ぎ取っても、まるで起きやしない。


まだ肌寒いくらいの朝の空気に、さすがに身を縮めたけど、枕をスッこ抜いても起きやしない。


が、私が用があるのは、その下のシーツなんだな。


「あっちゃん!起きてーあっちゃん!」


肩を揺らしたくらいじゃ起きないのは百も承知だ。


「よし、声も掛けたからね?文句言わないでよね」


よいせ、と壁とあっちゃんの間に滑り込むと、捲ったシーツを引っ張りつつ、勢いよく背中を蹴って押しやる。


無駄に大きいからどーんと一気には蹴飛ばせないので、少しずつ蹴り転がしていって


「いってぇ!」


どっす、とベッドから蹴落とすのがセオリーだ。



「お前もうちょっと優しくおこせよ」

「優しくしてる間に起きないのが悪いの」


かきあげてない、ぼさぼさの長めの前髪。

その前髪からのそぐ、眼鏡に隠されていない切れ長の瞳が寝起きでトロンとしてる。


「うーーん、相変わらず寝起きでも顔はいい」


ヨダレの跡がついてなければ、鑑賞用としては満点なんだけどなぁ。



「はい、起きた起きた!これ洗ったらご飯にするから、顔洗ってきちゃってよ」


おーだか、うぇーだかよく分からない返事をして、のっさり立ち上がる。


「シャワー浴びてくるわ。・・・・りこも入る?」

「はい、減点。あとで駿兄のヘッドロックの刑ね」

「採点厳しすぎ」




寝起きのイケメンのアホ発言にちらりともトキメかないのは、ただの慣れだ。

でもさすがにシャワー浴びた後に上半身裸で接近しないでほしい。


「むしろセクハラか」

「なんだそれ。りこもコーヒー飲んでくか?」

「んーいいや。この後、駿兄と出掛ける予定なんだ」


持ってきたタッパーから、卵液に浸ったパンをじゅうじゅう焼く。

本日2度目のフレンチトーストだ。


土日だけはゆっくり寝ていたいらしく、あっちゃんからお願いされない限りここに来たり、ご飯を一緒に食べたりしないので、今日みたいな日は私にしてみれば2度手間だ。まったく面倒くさい。



あっちゃんがご飯食べてる間に、風呂場とかの掃除も済ませ、ゴミや段ボールをまとめておく。


まとめておけばちゃんと捨てるのだから、おかしなものだよね。




ふと気がついて冷蔵庫をあける。

腰丈ほどの小さな冷蔵庫には飲み物がメインで、潔いほど食材が入っていない。



しゃがみこんで、いつもはしない冷蔵庫チェックを始めたからか「どした?」ってあっちゃんも覗き込んできた。


「前に女の人が来てたでしょ?持ってきた野菜とか残ってたらマズイなって思って」

「ここで飯作ってもらったことねぇぞ?そもそも家にあげてねえし」

「ん?下で会った時、スーパーの袋もってたよ?」


振り向いたら思いの外、至近距離にあっちゃんの顔があって「わ」とのけぞったら、後頭部をしこたま冷蔵庫にぶつけた。



「おい、冷蔵庫壊すなよ?」

「私の心配してよ。もう!そんな近くから覗き込まないでよ!」

「見えねえんだもん」


理不尽だと、ぶぅ垂れながら、私に覆い被さるようにしていたデカイ体を起こす。


「あの人、彼女じゃなかったの?」

「浮気しねぇって言ったろ。大学ん時の友達と飲んだとき、騙されて合コンにされたやつな。なんかの話の流れで、飯とか隣に住んでる友達の世話になってるって話したんだよ」

「あー。騙されたとか、エサにされたとか怒ってて、駿兄に宥められてたやつ?」

「それそれ。友達って女だろって食いつかれてさ。男らにはやっかまれるし、なんかしんねぇけど、自分が飯作ってやるって対抗意識燃やす女がいて」



悪ノリした友達がその女の人を焚き付けたらしく、ある日、その友達と2人で家の前で待ち伏せされていた。



「言い出しっぺの奴は隣に住んでんのが駿太だってわかったらソッコー逃げやがったのに、女の方は余計ノリノリになりやがって」

「駿兄のこと知ってる人だったの?」

「知らね。俺とサークルが一緒だとか言ってたけど全然覚えてねぇしな。でな、その日は追い返したんだけど、次の日も来やがってさ」


私が会った、スーパーの袋を持ってた時がそのときだったみたいだ。


「まかり間違っても彼女とかじゃねえし。飯作ってやるとか知らねぇ女に言われても怖ぇだけだろ?家にあげるわけねえじゃん。間違ってもセキュリティー解除しねぇよ」

「ふうん」


大人な美人な女の人だった。

あっちゃんが高校生の時の彼女もきれいな人だったから、てっきり彼女が来たんだと思ったのだ。


「なに?妬いたのりこ?」

「・・・・なんでよ」

「連絡先すら教えてねぇし。俺、奥さん一筋だぞ?」

「はいはい」

「んで?駿太とどこいくんだよ」

「出張があるかもっていってたじゃない?だからその準備。ショッピングモールだよ」

「ふーん・・・・・」


しゃがんでいた私をあっちゃんが引っ張りおこすと、ちょうど玄関から駿兄が入ってきた。


「りこー。いいよー」

「待っててー。じゃね、あっちゃん」

「おー」



バタバタと家にもどって、大急ぎで自分の身支度を整える。とはいえ、オシャレするわけでもないからあっという間だ。


「ごめん駿兄、お待たせ」

「待ってないよー」

「遅えよ、りこ」


「なんであっちゃんもいるの」






近場のショッピングモールで済ますはずが、ちょっと遠くの場所になり。


デートスポットでも映えスポットでもない、午前中はオサレな若者よりも、杖がわりにカート押してるお爺ちゃんお婆ちゃんのほうが目につくような地元密着型のところにお店を変更した。



「さみしんぼか、あっちゃんめ」

「りこ、篤史は仲間はずれにされて拗ねたんだよ」

「アホか。駿太と一緒にすんな」



2人とも無地のロンTにジーンズとかチノパンを合わせただけのラフすぎる格好なのに。

ここは年齢層高めの庶民派なお店なのに。


さっきから女子のチラ見がすごい!

時々お婆ちゃんですら、いい男ねぇって呟く。



「ねえ、同じ学校の子にあったらどうしよう」

「別に」

「りこはお兄ちゃんが守るよ?」

「駿兄、敵と戦うわけじゃないの」



駿兄もあっちゃんも、お仕事モードと違って、髪の毛は無造作すぎるヘアだし、あっちゃんはキャップ被ってる上に、雰囲気が違うから気付かれづらいだろうけどね。


2人とも自分達が目を惹くクラスのイケメンだって、もう少し自覚してほしい。

ナンパの邪魔者扱いうけるのは心に優しくないんだからね。


こうなれば時間との勝負だと、覚悟を決めて必要なものをちゃちゃっと買い揃えだしたけど、ここは所謂、地元系ショッピングモール。


高校からは絶妙な距離で離れてるし、いくらイケメンが連れだっていようと、都内のように声をかける猛者はきっといないって気づいて、ちょっと余裕が出た。


自分の見たいショップもあちこち見て周り、いつの間にかもうお昼前になってた。







「なあ、篤史。彼女つくってもいいんだぞ?」

「いらねえし。仮にも既婚者に浮気すすめんなよ」

「お前、一途なタイプじゃないだろう?」

「過去形にしとけ」



駿太の言うとおり、前まで言い方は悪いが、来るもの拒まずで恋愛はかなり適当だった。相手は大概、自分の顔面に惚れて付き合いだし、当たり障りなく『彼氏』として接してやれば満足してくれていた。


それでもだんだん会うことすら億劫になり、スマホでやり取りするだけの俺に不安を感じるらしく、逆ギレされるか、フラれることも多かった。



そして時には、この間の押し掛け女のような『私の魅力であなたを夢中にさせてみせる!』的な猛者もいる。



「この前、家に押し掛けてきた積極的な子もいたらしいじゃないか」

「りこのやつ、チクったな。あの女は問答無用で却下だっつの。あの女、アパート前でりこに会ったらしくてな。りこのこと、なんつったと思う?」



『あれが駿太先輩の妹?地味が服着てるみたいな子ですね。もしかして料理はあの子が?あは、あんな子だったら料理くらい取り柄がなきゃ、誰にも見向きされないですもんね。同級生だったら、一瞬で忘れちゃうタイプの顔だもの』



「俺、ぶん殴っちゃうかと思って」

「おーおー、俺が今からぶん殴りに行きたいわ」

「帰れって冷静に言えた俺、誉められるべきじゃね」

「誉めてやる。誉めてやる」



目の前では、お手洗いに行っていたりこがパタパタと走って戻ってきている。


身長は低くも高くもなく、カラーリングのしてない艶やかな黒髪は顎のライン。


人目を惹くような華美さも、愛嬌もない。が



「俺さー、このまま彼女出来ないかもって最近ちょっと思う」

「妹離れしろよ」

「絶対、篤史にゃやらねえ」

「嫁にもらってるっつーの」

「名目上だし」

「つうか駿太のものでもねえよ」



「ごめんお待たせ。なに楽しそうにジャレてるの?」



見上げてくるのは、自分達の衣食住という生命線を、大学生の頃から握っている少女だ。

駿太にとっては、多分出会ってからずっと。


始めて会った時は、当時高校生だった自分達からみると、小学生になったばかりの、真新しいランドセルを背負った無邪気な子供だった。



今や大人になる手前の立派な女子だが、今も昔も媚びることはまるでなく、自分は誰かをいつも世話しているのに、誰かに世話されることには不慣れな、甘え下手なままだ。



「いや、腹へったなと思ってよ」

「りこ、たまには外で食べてこーよ」

「んー。じゃあらーめん」

「色気ねぇなぁ」



自分達にとっては人心地のつける家そのもののような彼女も、もう高校生。


今のところそんな話は聞かないが、好きな男もそのうち出来たりするんだろう。



「りこー。好きなやつ出来たらお兄ちゃんには教えてね」

「突然どうしたの?知ってどうするのよ」

「・・・査定?」

「絶対教えないって今決めた」



冗談だよー、心得を叩き込むだけだよーと背中に覆い被さる駿太を、べりり、と剥がして捨てるりこと目が合う。



「・・・なに、あっちゃん」

「いーや?おい駿太。ここだけの話、りこは男友達なら、ちらほらいるぞー」

「え!聞いてない!!」

「ちょっと、あっちゃん!職権乱用しないでよ!」



この結婚は母親たちからりこを守るためのもので、そこに俺や、りこの恋愛感情はなかった。

だから、お互い自由に恋愛していいことにはなっている。


けれど、りこに本当に彼氏ができたら、この生活を続けていくのは難しいってこともわかってはいる。



「怪しい芽は早々に摘み取ってくれる」

「駿兄ってば、そんなんじゃないんだってばー。もう、あっちゃんのせいだからね!」

「正式に責任とってやるぞ?」

「篤史なんてお断りだ!!」





あんまり想像したくねぇけどな





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