爆弾を投下したのは身内でした
テントへ戻った私たちを待っていたのは、困った顔の駿兄の友達2人と、彼らを引き連れた加納さんだった。
ゆっこたちはまだ釣りに行っているらしく姿がない。
「篤史先輩、お久しぶりです!」
チュールスカートをひらめかせて綺麗な笑顔を浮かべたその人は、あっちゃんにととと、と近付いてくると、触れようとしたその手をさっと避けられて首をかしげた。
「篤史先輩?」
「あんた懲りてねぇの?つか名前で呼ぶのやめてくんね?」
「・・駿太先輩と一緒に来てくれたから、あの日のこと許してくれたんだと思ったのに」
「はあ?あんたのせいで来る羽目になってっけど、あんたのために来たわけじゃねえよ。つーか、俺がダメなら駿太、とかなに考えてんの」
あっちゃんはもともと口が悪い。
それにプラスで蔑むような目で見下ろされて、さすがに怯んだように後退りした。
「こっちに関わんな」
「ちょっ、ちょっと!待ってよ!」
私の手をひいてテントへ歩きだしたあっちゃんに再び伸ばされた彼女の手を、今度は音をたてて振り払った。
「・・・おい、梶原」
「んあー?」
あっちゃんが声をかけたのは、目の前の加納さんじゃなく、その後ろにいた白に近い金髪の男の人で、さっき元ホストだって教えてもらった人だ。
「お前がもともとの元凶だろ。責任とってひきとれ」
「ごめんてー。責任とる奴は別にいるからー」
梶原、とあっちゃんが呼んだ人ではなく、一緒にいた柔和な顔つきの人が加納さんの耳元で何かを囁くと、加納さんは渋々ながら頷き、何度もあっちゃんを振り返りながら元の場所に戻っていった。
「か、加納さん!!」
それを引き留めたのは、歩さんだ。
意を決して声をかけたといった感じで、胸の前でぎゅっと握りしめた両手は、力を入れすぎて白くなってる。
「お、おは、お話ししたいことがあります!」
近くに高道君はいなくて、加納さんの友達2人と少し遠くからみている。
・・・何が始まるんだろう。
突っ立って見ていた私は、あっちゃんに引っ張られてテント内まで連れていかれ、ほぼ無理矢理椅子に座らされ、テントの入口に立ち塞がるようにあっちゃんが椅子を移動した。
これじゃ歩さんたち見られないじゃない。
「何、あっちゃん」
「お前は首突っ込むんじゃねえよ」
「・・・余計気になる」
「おい、りこ」
どうにかあっちゃんの体の隙間から覗き見ると、歩さんはおずおずと加納さんの近くに寄って行くところだった。
「なんかすごい深刻そうだけど、なんの話してるかあっちゃん知ってるの?」
「大体な。今日のメインだしな」
「あーあれ、歩ちゃんが『物申す!』ってやってるんだよー」
「『物申す』?」
私の疑問に答えてくれたのは梶原さんで、飲み物片手に私の横の椅子に座った。
「なんでお前はこっち来てんだよ」
「篤史ばっか、りこちゃんといっしょでズルぅい。あ、りこちゃん、カジ君って呼んでねー」
「はあ」
梶原さんは、うんうんようやく話せたって泣き真似して、「そもそもお前があの女、俺んちに連れてきたのが元凶だろが」って、あっちゃんに足をガンっと蹴られてる。
あ、この人が悪ノリした友達かぁ。なんか納得。
「大学の時から、駿太も篤史もノロケるだけで、絶対に会わせてくれないからー」
「お前だからこそ会わせるかっての。今日だってあの女対策で呼ばれたんだろ」
「うわー、ひどーい。息抜きくらいさせてよー。りこちゃんも篤史なんかほっといて、あの彼氏と遊びなねー」
「えっと・・・彼氏?」
あの、水浸しの子といい感じだったじゃんってニヤニヤされる。
さっきの野呂君との川遊びを見てたんですね・・・。
自分のどんくささを指摘されたようで恥ずかしくなって、広げっぱなしになっているお菓子をポキポキかじる。
「ところで『物申す』ってなんですか?」
「ありゃ。彼氏発言流されちゃった。で、なんだっけ、あ、加納さんね!加納さんってさー、ある意味かわいいんだよ。自己顕示欲が強い割に打たれ弱くて。女王様って感じじゃないし、ありゃただのかまってちゃんだよー」
「どっちにしろ迷惑な女だろ」
梶原さんは私の質問に対してではなく、何故か歩さんの先輩について語りだした。
「それにさ、後輩ちゃんもハッキリ嫌だって言えないタイプの子だよねー。ずっと彼氏君がサポートでついてるしさー」
バーベキューが始まってまだ2時間たってない。
歩さんとは今日が初対面なはずなのに。
「梶原さんは、人をよく見てるんですね」
「カジくんがいいなー。昔の職業病でね。今も接客業だし、自然と見ちゃうのかもー」
「こいつ今、実家の花屋」
「今度おいでー。アレンジメントしてあげるよー。でね『物申す』っていうのはー・・・あ、もしかしてこの計画、篤史が立案者だ?」
梶原さんが差し向けた人差し指をぐにっと曲げてから、あっちゃんが面倒そうに息をついた。
「駿太に相談されて、矛先を間違うなよって言っただけだ」
よく意味がわからなくて首を捻っていると、梶原さんが指をふーふーしながら、よく考えてごらん、と微笑んだ。
「歩ちゃんの相談は、加納さんっていう職場の先輩だし、職場環境のことでしょー?愚痴や相談ならわかるけど、改善を社外の人に求めるのは違うでしょ、ってことー」
「駿太を紹介しろってねだられてんのと、仕事上での迷惑行為は別問題だ。困ってんのは勤務時間内の話がメインだろ。そっちはまず会社の上司に相談するべき」
「うーん。でも歩さん、最初は駿兄にお願いするのも断ろうとしてたんだよ」
高道君が押しきったかたちで、話を進めてたもの。
「だから駿太が彼氏のほうにもよく話をしてただろ。自分でなんとかしてからよそに助け求めろって言ってたんだよ」
「そこまでは言ってないけどね」
「駿兄」
着替えから帰ってきた駿兄は、「彼女たち、話始めてるみたいだね」と見上げた私の頭にポンポンと手をおいた。
「ちょっと思うところがあったとはいえ、気軽に引き受けちゃったのは俺だしね。俺からは、場を設ける協力はするから歩さん自身に頑張って欲しいってことと、大和くんは手出ししないでねってことは伝えたよ」
高道君と頻繁にやり取りしてたのも、その話がメインだったらしい。
「だから、加納さんを懲らしめよう!じゃなくて、当事者で話し合ってねーなんだよー。お互い、連れてきた友達とか彼氏とか慰めてくれそうな人たちがいるしねー」
「懲らしめる、でいいんじゃね?あの女が連れてきたにしてはまともなのが来てよかったけど、慰めが必要な感じかよ。逆ギレしそうじゃねぇ?」
「あっちゃん、あの女って言い方やめなってば」
つまり今、歩さん自身で加納さんに迷惑ですよーって思いの丈をぶつけてるってことなのか。
「なあ、あっちケンカでもしてんの?」
こちらも着替えを終えたらしい野呂君が、テントに顔を出して「怒鳴り声きこえてきたけど」と後ろを振り返りながら言う。
「りこ」
「や、だって気になるってば!」
渋い顔で睨んだあっちゃんは、でもそれ以上は引き留めることはなくて、私は野呂君と駿兄と一緒にテントの外にでた。
目の前は修羅場だった。
「なによ!なによ!!馬鹿にして!」
顔を真っ赤に、大声で捲し立ててる加納さんは、片腕をやんわりと柔和な顔つきの人に引き留められてる。
相対する歩さんは緊張からか蒼白い顔だけど、まっすぐ加納さんに向き合ってた。
「なにもこんな大勢の前で言うことないじゃない!あなたが手伝えることは回して下さいって言ったからじゃない!」
「みっ、ミスをそのままで回されるとは思わなかったんです。それにわっわたっ、私がミスしたようになっていて」
「そんなことしてないわよ!私のせいにしないでよ」
遠くから見守っていた高道君や加納さんの友達たちも集まる。だんだんヒートアップする2人の話をまとめると・・・・何というか、お互いの認識の不一致が大半だった。
余分な仕事を回していたのは、いつも手伝ってくれる歩さんだから、余裕があるのだと思っていたから。
そしてなにより、一度も迷惑だとか、できないとか、断られたことがなかったからだった。
加納さんは友達から『先輩でフォローする立場なのに、フォローしてもらってお礼はしたの?』と言われグッと詰まり、『歩ちゃんが話す隙を与えずに捲し立てなかった?』と確認されると顔を真っ赤にした。
「もっと早い段階で、わたしが伝えるべきだったんです。いろいろ誤解させてしまってすみませんでした」
「・・・怖い先輩だと思ってたから言い出しづらかったってことでしょ。私をなんだと思ってんのよ」
「ちょっと、さつき」
友達が嗜めたが、より火をつけてしまったみたいだ。
「自分は年下の彼氏にあれこれ世話やかれて甘やかしてもらって、駿太先輩まで味方につけてっ。嫌いな私をやり込められていい気持ちでしょうね!」
「そんな、そんなつもりはっ」
「アンタみたいな甘ったれの可愛い子ぶりっ子大っ嫌いよ!!帰る!!!」
行くわよ!と友達に怒鳴り付けると、そのまま自分のバッグを引ったくるようにもって行ってしまった。
「なんだあれ、おっかな。でも言い分ちょっとわかる。これじゃ加納って人にとったら吊し上げだもんな。何したか知らないけどさ」
「うん、そうだね・・」
多分ここにいるメンバーで、事情を全く知らされていないのは野呂君だ。そんな野呂君の感想だからこそ妙に胸に落ちた。
加納さんとずっと一緒にいた駿兄の友達と駿兄は、何やら話した後、荷物を片付けだした。
どうやら彼らも帰るみたいだ。
「加納さんのことはお友達にもフォロー頼んでおいてあるし大丈夫だろ。晒し者にされて怒ってるけど、さっき帰りがけに俺に連絡先を聞きにきたくらいは元気なんだと思うよ。断ったけど」
「大嫌い!って、大人でも言うんだなー」
「野呂君、なんでそこが気になるの」
青ざめた顔をしていた歩さんも、言われたことに思うところはあったのか、一緒に来ようとした高道君を制して駿兄にぺこりと頭をさげた。
「会社だとやっぱり言い出しづらかったから。この機会を設けてもらってよかったです。ご迷惑お掛けして本当にごめんなさい。ありがとうございました。変な空気にしたままで申し訳ないけど、わ、私たちはこれで帰りますね。お礼は改めてさせてください」
「うん、頑張って」
「山盛さん、片付けを手伝えなくてごめんね」
「いいよ、気を付けて帰ってね」
歩さんと高道君は、最寄りのバス停からのんびり帰るらしい。最後にもう一度、駿兄にぺこりと頭を下げて帰っていった。
一気に人数が減り、静かになったところに、ゆっこたちが「あれ?人少なくなーい?」と陽気に釣りから帰ってきた。
さあ空気を変えよう、と残っているみんなを駿兄が集めて、テントの前で集合している。
コンロの側にいるのは私と野呂君だけで、あとは椅子を輪にして座って、さっきまでの加納さんと歩さんの件を話しているみたいだ。
ちなみに、梶原さんと木崎さん以外の駿兄の友達2人は、今あっちゃんが最寄り駅まで車で送っていってるので、最初からすると半数に減った勘定だ。
「プライベートと仕事と、ちゃんと区切りつけたいけど、共通の知り合いとかいるとちょっと難しいよね」
「お、ゆっこちゃん。わかってるー」
「バイトしてるとさ、けっこうあるんだよね。社会人だと他のしがらみもありそうだもんね」
そーそー、大人って大変なんだよー、とゆっこと梶原さんは意気投合して盛り上がっている。
「そもそもさ、歩さんとその先輩を話し合わせるのが目的だったんなら、お兄さんの友達、こんなにいなくてもよかったんじゃない?」
「あはは。もちろんそれだけじゃないみたいだけど。それにしても、ゆっこちゃん酷いな。駿太からは妹の友達に頼まれたってきいてたんだけど、ゆっこちゃんじゃないのかな?」
ん?と首をかしげるゆっこに、木崎さんが苦笑する。
「イケメン揃えて遊びたいってお願いしたんだろう?あ、イケメンじゃなかったから怒ってるのかな?」
「えー、これでもホスト時代は売上上位だったのにー。りこちゃん、慰めてー」
「あははは、梶原は死にたいのかな?」
コンロで焼き物をしている私に向かって伸ばした梶原さんの手は、駿兄にべちっと叩き落とされた。
小腹がすいたというゆっこの為に、タッパーで卵液に浸してあったフレンチトーストを焼いている。今日はフランスパンだ。
人数が減ってしまったけど、用意してきた分が余っても勿体ないし、全部焼いちゃうかな。
「・・・・・・・」
オレもやるって手伝いをかって出てくれ、手慣れた感じでトーストをひっくり返す隣の野呂君をチラリと盗み見る。
いつもは饒舌な野呂君が、さっきからずっと黙っている。だけなら、そんなに気にすることはないんだけど、何か言いたそうに私をチラッと見ては、息をついてトーストに視線を戻すんだもの。
「あの・・・・野呂君?」
「!え、オレ?えっと、え?」
「や。何か、私に話でもある?」
「なっしーに?オレが?ないよ、ないないない」
「・・・・・・そう?」
ちなみに、これでこのやり取りは2回目。
・・・・私、野呂君になにかしたんだっけ?
私と野呂君の微妙な空気は皆には気付かれていないようで、まださっきの話題で盛り上がっている。
「アタシはお兄さんをはじめ、みんな大人のいい男!って感じで大満足です!お兄さんありがとう!!」
「えーっ!筆頭が顔だけの駿太なのー??っいて!やめて駿太!これ以上叩くとハゲるからー!!」
頭をかばう真似をした梶原さんは
「さつきちゃんは駿太と篤史ともお近づきになるつもりだったんだろうに、かわいそうだったねー。駿太くらい、もう少しだけ優しくしてあげればよかったのにー、あいてぇっ!!」
と駿兄に鼻先をはじかれていた。
そっか、そもそも加納さんは駿兄たち狙いでセッティングを歩さんに頼んでたんだもんね。
でも駿兄はやれやれ、と首を振る。
「そもそも今日は、俺の個人的な復讐があったから吊し上げたけど、帰った2人のうち1人は加納さんとけっこういい感じになってただろ?」
「あー、あいつ連絡先交換したって言ってたかもー」
「あの、笑顔が穏やかな感じの人?アタシ一回も喋ってないや」
「こっちのテントにはりこちゃんいたからー。接触禁止されてたんだよー。あ、ちなみに俺は連絡先教えてないからね。ていうか、りこちゃんと交換してない!りこちゃっっ」
スマホを手にもって立ち上がった梶原さんは、後ろから木崎さんに膝裏を蹴られて椅子に逆戻りし、駿兄に頭を叩かれていた。
「いってー!木崎、お前も敵かよー!」
「やだなぁ。しつけだよ、躾。な、駿太」
「ご所望なら調教してやってもいいぞ?」
「待って駿太!目が笑ってないよー!!」
焼き終えたフレンチトーストの皿をみんなに配り終わると、駿兄に手招かれて私も椅子に座る。
「お兄さんたちは今でもよく会ってるんですー?」
自分で用意したホイップクリームを山のようにトーストにかけていたゆっこが駿兄たちに声をかけると、何故か木崎さんも梶原さんも私を見る。
「?」
「やー。卒業後は職種もバラバラでなかなかね。会うのは年に何回か飲みに行くくらいだったかな。ここ2年はそれもほとんどなかったよ」
「俺とカジはよく会ってるけどね。篤史も駿太も、夜は家を空けたくないみたいだしね」
「あはっ!もしかして、りこが家にいるからだったり?」
なるほど納得、って頷くゆっこに「え、なんで??」と食いかかってみたけど、「道理よね」と静かに頷かれた。
そこで納得できなかったのは私だけじゃなかったようで、横に座っていた野呂君が「はあ?」と大きな声をあげた。
「え、ちょっと待って。兄ちゃんはともかく、なんでアツシって奴まで同じ理由で納得なんだよ、ゆっこ」
「えー、だってそれは、だって・・・ねえ?」
言っちゃマズイのはわかってるけど、なんて説明したらいいかわかんない、って顔で意味深に返したゆっこは、なんでか駿兄に助けを求めた。
「駿兄ちょっっっ」
「篤史とはほぼ同居してるからだね」
「どっ、どうきょーーっっっ????」
ああああああああ