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純粋には楽しめません

夏休み最後の週末、わいわいと賑やかな車内は8人乗りのレンタカーに7人プラス荷物でぎゅうぎゅう詰めの満載だ。


「えー!歩さん24才なの?大学生かと思ったー」

「この前、補導されかけたんだよね、歩さん」

「ヤマト君!もう!!」


3列目シートにゆっこと高道君、彼女さんの歩さん。


「付き合って2年目とかー。アタシにだけ内緒だったのってずっこくない?」

「・・・・・るせぇ」

「なに雅也、まだ拗ねてんの?こっどもねー。ねー、りこー」

「あは、ははははは」


2列目シートに野呂君と私。


「りこ、ティッシュとって」

「うん?駿兄は?あ、電話中か」


助手席に駿兄、運転があっちゃんだ。



「だってさ。なっしーと一緒にバーベキューって聞いたから来たのに。アイツも来るとか聞いてない」

「大勢でやるって言ったろう?あと、年上の人にアイツ、なんてだめだよ雅也」

「そーそー。アツシさんに失礼だよー。ねー、りこ」

「あははははは、はぁ」




実は、野呂君だけあっちゃん=芳賀先生だと知らせてない。


歩さんは駿兄との会話では『篤史』は誰かはわからなかったみたいだけど「大学で俺を知ってる人なら篤史も知ってるはず」って駿兄がいうので確認したところ、写メを見せたら「芳賀先輩だ」って、やっぱり知っていた。

芳賀先輩=篤史って認識がなかっただけらしい。


だから高道君には結婚のとこは伏せて、駿兄の友達が芳賀先生ということだけ知らせてある。


「へえ、びっくり」と恐ろしく淡々とした反応だったけどね。



そしてそんな高道君から「自分で気付くまで雅也には教えないでいいよ」と言われたのだ。

理由は、学校で知らない振りできるとは思えないから。とのこと。


「いい意味でも悪い意味でも雅也は裏表ないからね。プライベートの芳賀先生とも交流あるって、ペロッとバラされたら困るでしょ?」と言われれば頷くしかない。


ゆっこはゆっこで『アツシさん』呼びに「新鮮!」って喜んでるし。


あっちゃん本人は「バレてもそりゃそんときだ」って気にしてないし。キャップを目深にかぶって、いつもと違う眼鏡かけるくらいでは、まじまじ顔をみたらわかっちゃうんじゃないかなって、朝から私一人がハラハラしてる。






「わー!想像以上にいい感じじゃーん!」


今日の目的地は車で30分ほどの場所にあるキャンプ場で、グランピングもできる比較的新しいところだ。


「結構近場にこんなに素敵な場所があったんですね」

「今日の参加者でもある、大学からの友達のツテなんだよ。じゃなければ、この時期はとっく前に予約が埋まってるからね」


駿兄と高道君は『事前打合せ』とやらで、けっこう仲良しさんになったようで、いまや名前で呼び合うようになっている。



車から降りて、ぐーっと伸びをしてるあっちゃんに「運転お疲れ様」と横にならんで大きく深呼吸した。


がっつり森の中ではなく、整地された広々としたキャンプ場だが、釣り堀もあったり豊かな自然も残されていて、少し空気が涼やかだ。



「せっかくのお休みだったのに付き合わせてごめんね」

「りこのせいじゃないだろ。面倒くせぇけどな。ほれ、ちゃんと帽子かぶってろよ。日焼けすんぞ」

「ちょっと!これじゃ前が見えないよ」


私のサファリ帽をグッと目深にかぶせてきたあっちゃんに反撃したいが、さっさと荷物を下ろしに行ってしまった。



テントやイス、バーベキュー用のコンロなどのセットはもともと設備としてあったりレンタルがあるけれど、食材だけでも結構な大荷物だ。


とはいえ殆んどは男性陣が運んでくれたので、私はゆっこと食器やペーパー類などの軽いものを運ぶだけだ。



「はぁー。今日もお兄さんカッコよ。癪だけどアツシさんもカッコよ」

「癪って」


駿兄は私とお揃いのサファリ帽子にTシャツの上にシャツとアンクル丈のパンツ。全体的に爽やかな色味。

あっちゃんは、いつものキャップに黒ブチ伊達眼鏡。

オーバーサイズのTシャツにスウェットパンツ。珍しくモノトーンじゃないのは、私がセレクトしたから。


「いい男はなに着てもカッコいいわー。それよりさ、

お兄さんの友達ってどんな人がくるのかな」

「大学からの友達4人って言ったよ。私も会ったことないからどんな人かはわかんないけど」

「そっかー。お兄さんよりカッコいい人いるかなー。例の女は気にせず楽しんでって言われてるし、私は私のハンティングしていいんだよね?」

「ハンティングって。まあうん、楽しもうね」

「頑張る!」


ゆっこにも歩さんの迷惑な先輩の話はしてある。「なにそのウザい女」って一刀両断だったけど。



「あ!あそこじゃない?」


私たちのテントのところで手を振って待っていてくれた駿兄の友達は『条件のいいやつ揃いにした』って駿兄の宣言どおりの人たちだった。





女6人、男8人の総勢14人は、ざっくりと3つのグループにわかれて談笑中だ。


「あの子が仕事で迷惑かけてたみたいでごめんね」

「根は悪い子じゃないんだけどね。昔から男が絡むと、自信家っていうか高飛車っていうか、周りの迷惑を省みないんだよね」

「いいえ。私もちゃんと先輩に伝えてなかったですし。あ、これおいしい」

「それ、りこちゃんが作ったきてくれたサラダだって。気が利く子よねぇ」


迷惑な先輩の女友達2人と歩さんと高道君のグループは

、歩さんを囲んでまるで女子会のようだ。


「歩さん、この人たちと連絡先交換しておきなね?すみませんが、今後お友達の件で相談したいことがあったら連絡してもいいですか?」

「高校生なのに、しっかりした彼氏くんね」

「うちの彼氏にも見習わせたいわ」


なんと友達2人は彼氏持ちなんだそうだ。今日も女の子だけのバーベキューだと聞いて来たから、あまり長居をせずに帰るらしい。




「すごい!その会社、私でも知ってます!」

「はは。末端社員だけどね。ゆっこちゃんもりこちゃんも、かわいいよね。学校でモテるんじゃない?」

「アタシはダメダメで。なんでか気になる人相手だと塩対応になっちゃうんですよー」

「ははは、ゆっこちゃんはかわいいなぁ。りこちゃんは・・・攻めるにはガードが固すぎるのかな?頑張れよ野呂君」

「だったら木﨑さん、割り込んできてくださいよ」


このキャンプ場を手配してくれた駿兄の友達の木﨑さんとゆっこ、野呂君の3人はテントの中。あっちゃんと私はすぐ近くのコンロで、今はピザとオムレツを作っている。



「ねぇあっちゃん。あっちすごいことなってる」

「1人は普通の会社員だけど、元ホストと現役療法士もいるから問題ねぇよ、任せとけ。駿太はそのうちこっちに来るだろ」


視線の先は、テントから少し離れたところで談笑する、男4人と問題の女の先輩。加納さんという名前らしい。


その加納さんは、男の人たちに囲まれてものすごい上機嫌で、手にした酒瓶がどんどん空いていってる。


前に見たときもキレイな人だなって思ったけど、今日は長い髪をクルクルと巻いている。

ふわふわの短めチュールスカートにピンヒールパンプスで、野外なのにエラク気合入れてきたなと思った私の横で「社会人の癖にTPOを知らないの?」とゆっこが鼻で嗤って高道君に窘められていた。



「そろそろいんじゃねえ?」

「まぁだ。生焼けのピザは嫌でしょ?私、飲み物取ってくる。あっちゃんこれ見てて」

「俺のも持ってきて。あ、りこコップ貸して」


あっちゃんは私のコップに自分のコップから小さな氷を移すと、氷も入れてきてと渡してきた。


「もう!そのままでもすぐ溶けるじゃん。なんで私のコップにいれるかな」

「ちっせぇ氷だと飲みこみそうでイヤなんだよ」



ゆっこたちのすぐ横のボックスから飲み物を取り出して注いでいると「りこたち、仲良しだよねー」とゆっこにニヤニヤ笑いかけられた。


「アツシさん、ずっとりこと一緒にいるしさー。雅也がヤキモチ妬いて煩いのなんのって」

「野呂君はりこちゃんと篤史の間に割り込みたくても割り込めなくて、ずっとヤキモキしてるんだよ」

「るせー。木﨑さんも茶化さないでくださいよ。なぁなっしーもこっちきて話そうぜ」

「・・・・あー」


ちらりとあっちゃんを振り返る。

野呂君にあまり顔を晒さないように、あえてあっちゃんを遠ざけていたんだけどな。


「りこちゃん、大丈夫だよ」


駿兄の同期で、学部は違えどあっちゃんともよく遊んでいたという木﨑さんが片目を瞑って笑う。

今日来ている駿兄の友達の中で唯一、あっちゃんと私が結婚してることも、私たちの高校の先生してることも知ってる人だ。


「おい篤史。お前ばっかり、りこちゃん独占してないでちょっとこっちこいよ」

「アホか、んだ独占て」



ピザとオムレツも出来上がったのであっちゃんに先に持っていってもらう。

声を掛けると高道君と駿兄も取りに来てくれた。



「作ってばっかりじゃなくて、りこも食べたり楽しむんだよ?」

「ちゃんと楽しんでるよ?駿兄はそっち平気?」

「問題ないよ。ああ、ほら粉ついてる」


顔を持ち上げて両頬を確認すると、ぐい、と頬を拭ってくれた駿兄にお礼を言って、ゆっこたちのもとに戻る。

あっちゃんの横にストンと座ると、ぶはっと木﨑さんとゆっこが同時にふいた。


「え、ななななに?」

「あひゃひゃひゃ。無意識ってこわっ」

「あははははは、これはさすがに野呂君が不憫だな」

「え、なに?なに?」


名前の上がった野呂君は、なぜか私を恨めしげに見てる。


訳がわからなくて、あっちゃんの腕をつついたけど

「知らねぇ。冷めないうちにりこも食え」ってピザの乗ったお皿を手渡されただけだ。

なんなの?



テーブルを挟んでいるとはいえ、野呂君とは相向かいで、その距離1メートル。

さっきからやたらと見られているし、舌打ちもされたけど、本当に野呂君はあっちゃんのこと気がついていないようだ。

どうかそのまま気付きませんように。



「なっしー、それ食い終わったら川いこうぜ」

「アタシ、パス!木﨑さん、釣りしてきません?」

「ゆっこは誘ってねぇよ」


私が返事にまごつくのを見計らってか、ゆっこが耳元で「雅也もかまってやってよ」と小さく囁いた。


「それならあっちからも、もう1人誘ってこようか」

「やった!両手に花!!」

「はは、俺らが花かぁ。ゆっこちゃんは面白い子だね」


盛り上がるゆっこと木崎さんに笑いをこぼして、私も野呂君にこくりと頷いた。





キャンプ場の中央には子供でも遊べる程度の人工の小川が流れているけど、野呂君に連れられていったのは足首くらいまでの水位だが自然の小川だ。


テントからは少し離れているが、私に気がついた駿兄が手を振るのがよく見えるくらいの距離だ。



「うわ、つめてっ!なっしーも水さわってみな」


魚いるかな、と探し始めた野呂君は身軽に石の上を跳び跳ねていく。


「ほら。なっしーも」


恐々と石に足をのせた私の手を野呂君がぐっとひいてくれる。運動音痴の私だと、気を抜くと滑って転びそうだ。


なにやら川の中の石を積んで水をせきとめだした野呂君を見ながら川岸でしゃがんで水に手を浸すと、からだの熱がひいていくくらいに冷たい。


来年は3年生。夏をこんな風に遊べるのも今年だけかな、とパシャと掬っては水面に放る。



「なっしー、いたいた!魚!」


ほら!っと掬い上げた手をこっちに向けてくると、一緒に水飛沫がとんできた。


「ひゃ!つ、つめた!」

「ごめんごめん。顔についちゃったな」


私の頬にとんだ水飛沫を拭う、ひんやりとした野呂君の手にビクッとする。


「おー、肌すべっすべ」

「へっ?!」


私があげた声にカラカラと笑ったあと、スッと表情をかえた。


「なあなっしー。アツシって奴、ただの兄ちゃんの友達?」

「えっ」


反応を窺うように顔を覗き込む野呂君の真剣な眼差しに言葉がつまる。


「ムカつくくらい距離近いし、なっしーずっと一緒にいるしさ。正直けっこう妬ける」

「あっちゃんとは、その・・・・」


「あっちゃん、ね。・・・・・なっしー、このままキスしていい?」


頬に伸ばされてた手が、私を引き寄せるように力が入ったのに気付く。


けど、言われた意味がよくわからない。


「え?」


・・・キスって言った?

え、なんで?



「イヤって言わないと本当にしちゃうよ」


ゆっくりと近付く野呂君の顔に、ようやく片足が後退りした。その、足元の石にがくりと体がよろめいた。


「あ」


転ぶ、と思った私を、グッと引っ張った代わりに体勢を崩した野呂君が、バッシャンと派手な水音をたてる。


「野呂君!」

「やっべー!つめてーー!!」


尻餅をついて水の中に座り込んだ野呂君は、石を積んで作ったダムの成果で腰までずぶ濡れだ。ついでに水飛沫を浴びて、髪の毛もびっしょりだ。


「だっ、大丈夫?怪我してない?」

「転んだだけだし平気。うわ、かっこわりー」

「待ってて、タオル取ってくる」

「いいよ、急ぐと危ないって。ちょっ、なっしー!」



野呂君に注意されたそばから、石でよろけて足がもつれた。


「わっ!!」



ぐらりと傾いだ体は、けれど直後に抱き止められた。




「こら」

「・・・・・駿兄」


そのまま抱えられるようにして川から上がり、平坦な地面のところまで連れていかれると、いつの間にか近くに来ていたあっちゃんにバトンタッチされる。


駿兄は川に落としていた私の帽子を拾うと、川からあがってきた野呂君にタオルを手渡している。

流れるようなスムーズさだ。


「あれ?タオル」

「俺が持ってきて駿太に渡しといた」


こっちもスムーズだった。



「なっしーが転ばなくてよかったー」

「本当だよ。かわりに俺の靴は水浸しになったけどね」

「ありがと駿兄。野呂君も助けてくれてありがと」

「あー、オレのは自業自得っつーかだから」


バツがわるそうな野呂君と、それをじとりと見るあっちゃんと駿兄。


「?あ、そうだ。車に予備のサンダルも服も用意してあるから、野呂君もよかったら着替えてね」

「おー、さすがりこ。でも、りこの帽子の替えは・・ないよなぁ」


私の帽子なんてどうでもよい。

まずはびしょ濡れの野呂君の服をどうしかしないと風邪をひいてしまう。


「駿兄、野呂君に着替えだしてあげて」

「え、俺平気だよ。暑かったしちょうどいいって」

「君が風邪でもひいたら、りこが気に病むの。ほらいくよ」



バタバタしたからか、高道君たちもテントのほうから心配そうにこっちを見ていたので、大丈夫だと手を振っておく。




ちょうど昼時。太陽が眩しくて手を翳すと、頭にポフとキャップが被せられた。


「被っとけ」

「いいのに・・・」


自分のキャップを私に被せたあっちゃんは、髪をくしゃくしゃとほぐしている。


「顔、バレちゃうよ?」

「自分の心配しろ。眩しくてしかめっ面してっとブサイクだぞ」

「ひどい!」

「篤史、車のキー貸して」


あ、駿兄たちがまだすぐ近くにいたんだった。


振り向いてキーを投げ渡すあっちゃんを見る野呂君の顔は、まるで睨んでいるみたいだ。

どうしたんだろう。


でも、その目に驚きはないから、あっちゃんが芳賀先生だってことがバレたわけじゃなさそう。



「りこ、行くぞ」


テントへと歩きだしたあっちゃんを慌てて追い掛けた。



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