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意外な場所で意外な人からのご依頼です

今日は台風一過で雲ひとつない晴天だ。

照りつける太陽と、まとわりつくようなじめじめとした暑さのせいで、お墓に続く高台の階段をのぼるだけで、背中にじっとりと汗をかいた。


自分の元々の家から、少し離れた高台にある墓所はけっこうな広さがあって、お盆前の8月初旬だからか珍しくチラホラ人はいるものの、蝉の大合唱だけがよく響いた。


駿兄と2人でパパのお墓をキレイに整えたあと、並んで手を合わせる。



「もう6年もたつんだなぁ」


御彼岸はどっちかが、お盆とパパの命日には毎年、駿兄と一緒に来てお参りをしている。母親たちと来たのは亡くなった翌年だけだ。多分今は母親は来てすらいない。


お盆前に来ているのは、以前ここで会ったパパの親戚の人たちから、私が母親への批難を浴びたからだ。

私は非難を浴びても当然だと思っているが、それも含めて駿兄がすごく嫌がるから。



「そりゃあ、ランドセル背負ってた私が高校生だもの。駿兄なんかあっという間にパパの歳に追い付いちゃうかもよ」

「りこひどい」

「そしてあっという間に私も大人になっちゃうよ」

「・・・お兄ちゃんちょっと泣きそう」




ぐぐっと伸びをした駿兄が、眼下に広がる街並みを見下ろして「ここは変わらないね」と呟いた。


駿兄が高校までを過ごしたこの街は、2年前の中学までを過ごした私の地元でもある。


「さて。特に会いたい人はいない、というか、絡まれたら面倒臭い人しかいないけど、行きたい場所はあるんだよなぁ」

「駿兄の好きな喫茶店、でしょ?」


ここからなら歩いて10分ほどだ。


「私、喉乾いたし、夏限定パフェ食べたい」


絡まれたら面倒な人たちはそこには来ないだろうと確信できる、駿兄の馴染みのお店だ。


「じゃあ可愛い妹のためにお兄様が奢ってあげよう」

「やった!」





「わぁ、相変わらずのクオリティだねぇ」

「そこがまたいいんでしょう。あ、りこ。降りて来る人いるからまだ待って」


『喫茶しらゆり』は花屋さんの2階にあって、人一人分しかない薄暗く狭い階段をのぼった先にある。駿兄が一緒でなければ入るのに躊躇してしまうような、古めかしい喫茶店だ。


降りてきたのは自分より少し年上だろう女の子達で、何年か前の『純喫茶ブーム』がくるまでは、ここではあまり見なかったようなイマドキな子たちだった。



「おや、いらっしゃい」

「マスター、お久しぶりです」


飴色のカウンターの向こうから声をかけてくれた初老のマスターは、ドアベルを鳴らして入ってきた駿兄を見ると、目尻の深い皺を和ませて笑って迎えてくれた。


「りこちゃんもいらっしゃい。また綺麗になったね」

「え、や、あ、ありがとうございます」

「マスター、うちの妹を口説かないでくださいよ」


いつもの通り、テーブル席ではなくカウンター席に並んで座る。

ここに来るときは駿兄かあっちゃんと一緒のときだけだし、1年に1,2回しか来ないのに顔も名前を覚えてくれていて、毎回こうして声をかけてくれる。


「駿太君も、もう一人の彼も、りこちゃんしか女の子を連れてきたことないからねえ。違う子を連れて来るとしたらお嫁さんかな?」

「・・・・マスター、それ笑えないですよ」



駿兄は小さい頃からパパと一緒にきていたらしく、顔馴染みどころじゃないので、来るたびにこんな風にからかわれている。



運ばれてきた夏限定のパフェをせっせとやっつけていると、駿兄がすっと顔を寄せてきた。

駿兄も食べたいのかな、とスプーンを口に寄せてあげると、パクりと食べた後に「いや、パフェじゃなくて」と顔を赤らめた。


「窓際の一番奥のテーブルにいる人、りこの知り合い?なんかすっごい見られてる」


この店で見かけたことはないとはいえ、この辺には絡まれたら面倒な人が多いのは私も一緒だ。駿兄の体の陰からそろり、と盗み見ると、向こうもちょうどこちらを見ていたようで、バッチリ目があってしまった。



「え!高道君??」


思わず声をあげた私に、ヒラヒラと手を振って返したのは私服の高道君で、テーブル席の向かいには女の人が座っていた。



「あ、やっぱり山盛さんだった」

「なんで高道君がいるの??」


他のお客さんの迷惑にならないように、そっと高道君たちのテーブルに行くと、向かいに座る女の人からぺこぺこ頭を下げられた。


「すみませんすみません、お邪魔しちゃって本当にごめんなさい」

「歩さん、この子は僕の高校の同級生の山盛梨子さんだよ。山盛さん、この人は僕の彼女なんだ」

「山盛りこです、初めまして。むしろ私がお邪魔しちゃいました?」

「いえ!違うんです!私が、その!あ、私、小野歩と言います。あのそれで、あの」


高道君の彼女さんは年上のようだけど、何故かものすごく恐縮されている。そして慌てている。


「りこ?どうしたの?・・・あれ、君、小野さん?」

「おおおおお久しぶりです!」

「駿兄、知り合い?」

「うん。大学の時のゼミの後輩だよ」


なんと、彼女さんと駿兄も知り合いだったようだ。


マスターにお願いして、高道君たちのテーブルに席を移す。そう広くもない店内で立ち話は他のお客さんに迷惑だからね。



「高道君たちのデートの邪魔しちゃってごめんね」

「ここここちらこそデート中にごめんなさいい!」

「歩さん、2人は兄妹だと思うよ?」

「デートはあってるけどね。妹だよ」


はえ!っとおかしな声をあげた歩さんは、今度は誤解してましたごめんなさい、とぺこぺこ頭をさげた。



「山盛さんが声をかけてくれて助かったよ。実は歩さんがお兄さんに頼みたいことがあって。ちょうど山盛さんたちが入って来た時に、本人がいるって歩さんが呟いたから、失礼を承知で盗み見してたんだよ」

「ヤマト君違うの!いや、違くないけど、あーどうしよう!」


慌てふためいてしまった彼女さんにかわって高道君が説明してくれたことによると。



「・・・・・合コンのセッティング?」

「はい。まぁぶっちゃけて言えば、会社の先輩に山盛さんのお兄さんを紹介しろと、歩さん脅されるんです」

「ああぁ、山盛先輩ご迷惑をおかけしてごめんなさい・・・・でも断りますから大丈夫です」

「えー、歩さん。断れなくて困ってるんじゃない」

「ヤマト君、しーー!!」



会社の飲み会で出身大学の話になった時、その先輩と同じ大学だったとわかり、あるある話などで盛り上がったそうだ。

ところが、駿兄のゼミの後輩だと知ると、自分は高校から一緒だったのだと変な食いつきかたになった。

駿兄の連絡先を知らないか、同じゼミなら知ってるだろう、繋ぎをとれとしつこく言われ困っているうちに、実は家は知ってるから後は連絡先だけなんだと言われて怖くなったそうだ。


私でも怖い。

それだけ聞くとストーカーみたいだし、ストーカーならその片棒を担ぐことになりかねないんだもの。


「すいません。お店に入ってらしたときに先輩に似てるなーって思ったら声に出ちゃってたみたいで。そうしたらヤマト君が気がついちゃって、その、すいません」

「僕は山盛さんに気づいて、もともとそっちを見てたから余計にね」




歩さんからその先輩の名前を聞いても、駿兄はピンとこなかったみたいで首を傾げた。


「俺の同級生か1つ下かな。でもなんで俺?」

「ひ、1つ下の学年だと思います。山盛先輩、大学でも芸能人みたいに格好いい人だって有名でしたから、その、憧れてる子はたくさんいました」


歩さんいわく、名前を聞けば他学部でもわかるくらいには『かっこいい』と有名だったらしい。


「そういえば駿兄が高校生の時、家に女の子が押し掛けてきたこともあったよね?」

「へぇー。お兄さん、昔から格好良かったんですね。口許のホクロってセクシーですよね」

「やめてくれ。大体、俺に言い寄ってきてた半分は俺目当てじゃないんだよ?」



問題の先輩には、駿兄と同じゼミでもSNSのグループでしかやり取りをしたことがないと言うと、そのグループに一時的でいいから招待しろと言われ。

アカウントも連絡先も勝手に教えるわけにはいかない、と断ると使えない後輩だと執拗に詰られたらしい。


「ど、同僚の子から聞いた話だと、合コンで知り合って狙っていた人に、ちょっと前に派手にフラれたらしいんです。ちょうどその頃から絡みかたが酷くて」


同じ部署の、同じような職務内容の先輩だからこそ、完全にシャットアウトするわけにもいかず。段々と仕事のミスを押し付けられたり、自分の仕事でない業務を増やされたりし始めたらしい。


社会人としてどうなのそれ。


「小野さん、ちなみにその人は篤史のことはなにか言ってた?」

「あつし?・・・えっと、ごめんなさい誰のことかわかりません。あ、でもフラれたっていう狙ってた人も同じ大学だったみたいです」

「ふうん。・・・ちょっと詳しくいい?」



駿兄が事情聴取ばりに彼女さんに質問を始めたので、そういえば、どうしてここに高道君たちがいるのか聞いてみると、彼女さんが喫茶店巡りにハマっているからなのだそうだ。


「山盛さん、もしかしてここが地元?」

「うん・・・・そういえば、野呂君のこと沢山相談のってくれてありがとう」

「結局暴走して、フラれたのに余計に火が着いちゃってるけどね。ごめんね?」


・・・例の『恋愛対象になるぜ宣言』だ。


「雅也からは、毎日連絡とってるくらいだ、としか教えてもらえなくてね。とりあえず、迷惑にならない程度にしなよとは言ったんだけどね」

「あー。メッセージは朝晩必ず入ってるかな。この間は、ゆっことプールに遊びに行くのに一緒に来ちゃって、ゆっこがすっごい怒ってた」

「・・・・迷惑かけてたら、本当にちゃんと迷惑だって言わなきゃだめだよ?」

「うん。でもプールの時は助かっちゃったしなぁ」



近場のほぼ地元民だけのプールだったから、あっちゃんから散々ナンパに気を付けろと言われたけど、あり得ないって笑ってたのに、まんまと他校生に絡まれて、野呂君が割って入って助けてくれたのだ。


「まったく。山盛さんも、雅也に気がないなら中途半端に期待させないでやってね」

「・・・・・・はい」


「こらこら。妹に責任を投げないでくれるかな?」


いつの間にか駿兄たちの話は終わっていたようだ。


「中途半端もなにも、断ったのに踏ん張ってるのは彼でしょう?それともりこに、無情に切り捨てる嫌な役を押し付けるつもりなのかな?」

「駿兄、言い方」

「いえ、僕の押し付けでした。すみません」


駿兄もこの話はこれ以上は追及するつもりはないらしく、私が食べていた残り少ないパフェをキレイに掬い集めると、スプーンを私に差し出した。


「はい、りこ。あーん」


ぱく、と口にいれると、最後に残していたダークなチョコソースと濃厚な生クリームが、へこんだ気持ちに染み渡る。うま


「お兄さんと仲良しなんだね」

「?」


スマホをもったまま頬を押さえて顔を赤くした歩さんと、頬杖を付いて微笑ましく笑う高道君。

何か変だっただろうかと駿兄を見ると「チョコついてるよ?」って口許を指で拭われた。



「あ、写真ありました。この右側の青のカーデ来ている人です」


例の先輩の写真を見つけていたらしい歩さんがスマホを見せてくれる。職場での新年会のときだとかで、グラスを手にしたぎこちない笑顔の歩さんたち5人が写っていた。



「あれ?私この人知ってるよ?」


青カーデの人は数ヵ月前にアパートの前で会ってる。

あっちゃんの彼女だと思ってた人だ。


駿兄にそういうと、すっと一瞬真顔になってからにっこりと笑った。



「さて。小野さんの相談事は正直、俺が何とかする義理はないんだけど、今猛烈に何とかしてあげたくなったので協力させてもらうよ」

「駿兄、合コンに行ってくるの?」

「まさか。もっと健全に、楽しく、皆で盛りあがりつつ、小野さんの先輩にはキレイさっぱりバッサリ、僕たちのことを諦めてもらおうと思ってね」


りこも協力してね、って笑う顔はキラキラのアイドルスマイルだけど、目がびっくりするくらい笑っていないので怖い。この笑顔のときは何か企んでるときだ。



「青空の下でバーベキューをやるつもり。俺の友達も何人か誘うから、先輩とやらの友達も連れてきていいよって話しておいて。小野さんもくるでしょう?」

「お願いした身ですから」

「うん。りこ、ゆっこちゃんも誘っておいて」


なんで面倒事にゆっこを巻き込むのかと思ったら、

夏休み前の暴露大会の日に、ゆっこからお願いされていたらしい。


「夏休み中にバーベキューか、花火やりたいって言ってたんだよ。イケメンの友達を沢山連れてきてねってお願いされてね」

「ゆっこ・・・・・」

「ついでだから、例の野呂君とやらも誘っておいて」


「え!!!」


駿兄のアイドルスマイルがキラキラ度を増す。


「仲間はずれはダメだよ、りこ」


ついでって言ったのに、仲間はずれって。絶対駿兄が品定めしたいだけじゃないか。

あわあわと視線を泳がせると、視線が合った高道君が苦笑しながら、それは僕が伝えますと言い出してくれた。


「山盛さんからのお誘いだと変にテンションあがっちゃうと思うので。それで、僕たちはどんな役割をすればいいんですか?」

「特にないから、普通にバーベキューを楽しんでいいよ?ただ、ハプニングが起こるかも、とは伝えておいてくれるかな?」

「・・・・わかりました」




駿兄と歩さんと高道君とで連絡先の交換が終わり、

高道君たちが店を出て行くのを見送ると、再びカウンター席に移動して珈琲を追加で注文する。


口許に笑みをはいてスマホを弄る駿兄はすごく楽しそうだ。夏はキャンペーンとか企画が盛り沢山で仕事がすごく忙しいはずなのだが、いいのだろうか。



ふあっと漂ってきた珈琲の香ばしい薫りに駿兄から視線をはがすと、ソーサーの横に小さな銀紙の包みが2つ置かれていた。


「過保護で悪巧みが好きなお兄さんがいると大変だろう?僕からのお疲れ様のサービスだよ」

「ありがとうございます!マスターの優しさに、心が撃ち抜かれそうです」

「おやおや困ったな。僕は奥さん一筋だからなぁ」


いただきます、と包みを開ける。


「わ、生キャラメルだ!いただいちゃっていいんですか?」

「僕のおやつ用に作ったんだ。売り物じゃないから気にせず食べてね」

「あれマスター、りこだけなの?」

「可愛いりこちゃん限定サービスだよ」



スマホでのやりとりが終わったのか、駿兄が珈琲に口をつけてから、ふぅっと息をついた。


まったく。

企画力も計画力も行動力もこれだけあるのに、どうして生活力に反映されないんだろう。



「あ、篤史が夕飯までに帰るのか、だって」

「パフェ食べちゃったし、軽めにそうめんにしようかな」


とはいえ、麺だけじゃ腹が膨れないっていつも愚痴るから、何か肉系のおかずも作らないと。


「駿兄、買い物してから帰っていい?」

「篤史を甘やかしすぎちゃダメだよ」


マスターにまた来ます、と声を掛けると、お土産だよと銀色の包みを追加で2つ持たせてくれた。





パーキングに停めてあったレンタカーの中は灼熱だった。窓を全開にして走り始めたけど、入って来る風も熱風だ。


「あつ」


じんわり汗をかきはじめた首筋に手を当てようとするより早く、駿兄の手が首筋にふれた。



「ひゃっ、なっなに?」

「冷たくて気持ちいいでしょ?ずっと吹き出し口のとこで冷やしてたんだよ」

「・・・・ありがと。でも両手で運転してね」


もういいの?なんて笑ってハンドルに手を戻したのを見届けてから、改めてハンカチで首筋を押さえた。



「駿兄、彼女つくらないの?」

「何、突然。小野さんの先輩と付き合う可能性はまったくないよ?」

「うん。その人のことじゃなかったんだけど・・・ま、いいや」



本当に今更だ。

今までだってずっとこんな感じで、ただ自分がそーゆうことに今、敏感になってるから気になっちゃうんだろう。


「まだ俺の一番はりこだよ?」

「さすがにそれはマズイんじゃなかろうか」



大切にされてる幸せを噛み締める度に、今の生活を手放すことの不安が大きくなる。


いつまで1番でいられるだろう、なんて

考えること自体、バカげているのに。




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