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デートに立ち向かいます

夏休みが始まって8日目。

一昨日までの自主参加の補講も終わって、今日は野呂君と出掛ける日だ。


「1時間ごとにメッセージいれて安否確認する」って、朝から落ち着きない駿兄は過保護が酷すぎると思うし、「俺は仕事なのに、夫に堂々と宣言して浮気デートとかムカつく」ってあっちゃんは、学生に厳しすぎると思し浮気じゃないし。そして堂々と宣言するのはルールなのですよ。



野呂君と来たのは、ゆっこともよく出掛けるショッピングモールで、この辺ではかなり大きな複合施設。ここで映画をみた後、買い物する予定だ。


学生は夏休みだから、平日でもけっこうな込み具合で、「同じ学校のやつとも会いそうだな」って笑った野呂君の言葉に、内心で『誰とも会いませんように』って祈りながら苦笑いを返した。



『雅也には刺せるだけの釘を刺しておいたからね。これでも何か早まったコトしでかしたら、すぐに僕に教えてね』


野呂君の「ちょっと強引で困ってる」アレコレを相談した高道君からは、心強いお言葉をいただいた。


よっぽど刺された釘が多かったのか、野呂君と昨夜やり取りしたメッセージで『オレが調子にのってたらひっぱたいて』ってあったけど、それはむしろ難易度が高いからパスしたい。




「あー、笑った。腹痛いたいわ」

「だね。私、コメディものを映画でみたのってはじめてだったけど、面白いね」

「次またこような!」

「え・・・・あ、う」


野呂君と2人で、さすがに恋愛モノを観る気にはならず、無難な動物主役のコメディモノの映画は、話題になっていただけあって、とても楽しめた。

が、次、かぁ。



悩みに悩んだ末にデザインブラウスとパンツって無難な私とは違って(それでも褒めたおされたけど)

オシャレな野呂君は、いつもより髪型も凝ってて、自分によく合う服をわかってるんだな、って思うオシャレさだった。


デートっていっても、一緒にいて気が引けたり気まずい空気にはならず、どこまでもいつも通りのテンションだ。モール内のファストフード店でハンバーガーにかぶりつきながらの、気取らない会話も普段通りで。


だからこそ会話の中で、デートしてるんだった、と気付かされる度に私だけがギクシャクとしてしまう。



「食い終わったらゲーセンいこ。オレ、クレーンゲームすげー得意なの」

「すごいね。実は私、未経験者」

「うっそ!逆にすげーよ。俺んち、兄弟下に3人もいてさ、ねだられて取ってやってたら上達しまくっちゃって」

「4人兄弟って、賑やかそうだね」


こんなに野呂君がフレンドリーなのも、そのせいなのかな。


「なっしーは兄ちゃんだっけ」

「あーーーー。実はお姉ちゃんもいるの。もう結婚してて海外にいるから、会うことはそうそうないんだけどね」

「外国暮らしとかセレブだな!」


いや、全然セレブではないんだけど、姉の話題はこれ以上広げたくないので適当にながしておく。




トレーを片付けて店舗の外へ出ると、「はい」と野呂君に手を差し出される。


「?」


特にもってもらうような荷物はない。

首をかしげて見返すと、にこやかな笑顔が返ってきた。


「デートだし、手、つなご?」

「・・・・・へぇっっっ」


思わずあげてしまった声に、通りがかった何人かにチラリと振り返られて、恥ずかしさに顔が赤くなる。


にこにこ笑う野呂君は、差し出した手を引っ込める気はまるでないみたいで「ほら」って急かしてきた。



たかが手だ。

きっとこの手をとるまで、野呂君は待ってるぞ。

知らない人からチラチラ見られるくらいなら、早く繋いでしまえばいいんだ。



でも、手が伸ばせない。



「うーーん。じゃあなっしー、はい」

「え、ガ、ガム?」

「そう。どうぞ?」


さっきまで伸ばしていた手を引っ込めた野呂君は、斜めがけにしてたバックから、銀の包み紙にくるまれた小粒をとりだして手のひらに乗せた。


「はい、あげる」

「う?あ、ありがとっっっっ!!!!てっ手!」

「よし、捕獲。んじゃ行くか」


ガムって餌にまんまとつられた私の右手は、野呂君に捕獲され、あっという間に繋ぎ直された。

ビックリしたけど不思議と怖くなかったのは、野呂君がすぐにゲームに夢中になっていたからだろう。


ちなみにガムは改めて左手に渡してくれた。



クレーンゲームの間も「利き手が空いてるから問題ない」って繋いだままの手は、私の人生初クレーンゲーム体験でようやく離された。


「なっしー、ちょい。もうちょい右!そこそこ、んであっあー、回しすぎ!ちょい戻す!そこ!」

「・・・・・・・・取れた!!」

「やったじゃーん!」


取り出し口からドキドキしながら取り出したのは、オジサン顔のシュールなネズミの小さなぬいぐるみ。


「取れた、私でも取れた・・・」


達成感と妙な愛着がわいて、お疲れ顔のネズミを掲げあげて感極まっていると、その横に色違いのネズミがぶらんと現れた。



「お揃いな」

「え・・・・・・あ、うん」

「いつも学校に背負ってくるリュックにつけてよ。オレもつけるし」


私が掲げていたあの一瞬に取ったらしい野呂君のネズミは、ニヒルに笑っているやつだ。



「え、これをつけるの?リュックに?」

「今日の記念にな!ヤマトたちに見せて自慢しようぜ」

「へぇ」


いや、これが自慢になるのかちょっとよくわからないけど・・・お揃い


「お、お揃いっ!?」

「よし、次行こーぜ。なっしー、どれやったことある?あんまゲーセンとか来ない?」

「わ、わっ」


あまりに自然に手を繋がれてしまい、今度はすこし怖くなって慌ててしまう。


「どした?」

「えっと手。汗かいちゃったから、繋ぐのちょっと」

「そっか。残念だけどしゃーないか。なっしー次なにやりたい?」

「えっと、ゲームセンター自体ほとんど来たことないから、何があるのかもわかんないの」

「じゃあ、オレのオススメのやろうぜ。こっち!」



悲鳴をあげながらゾンビを倒したり、金魚すくいに燃えたり、汗だくのゲームセンターの後は、雑貨屋やペットショップを見て回って、あっという間の1日だった。





「なっしー、こっちこっち」


夕暮れ時、屋上のテラスは熱気がまだ少し残ってはいるものの、昼間のうだるような暑さに比べたら、ずいぶんと過ごしやすくなっていた。


モールの屋上は緑地や噴水などがあり、あちこちにベンチが設けられている。

ゆっこともよくここで、飲み物片手に長々と話し込んだりするのだけど、この時間は恋人たちの姿が多い。


野呂君に連れてこられたのは、そんな一角で、けれど、眺望のいい場所ではなく、建物の壁のへこみを利用したベンチのようなところだった。



「ここさ、外の景色があんまり見えないから人気なくて、いつも空いててさ。余分な物が見えない分、空がホントにきれいに見えんだ」


上を向いた野呂君につられて仰ぎ見た空は、夕暮れから夜へと変わる、狭間の色だ。


「キレイだねぇ。マジックアワー、だっけ」



眩い夕焼けとは違う、暖かなオレンジと金色と、宵闇の藍の色が幻想的で溜め息がでそうなほど美しい。


お互い黙ったまま、じっと魅いっていると、ベンチについていた手に野呂君の手が重なった。



「びっびっくりした、どうしたの?」

「オレとヤマトとゆっこが幼馴染みって聞いてる?」

「うん。ゆっこから」


実を言えば手を引き抜きたいけど、さすがにタイミング的に出来ない。


空を見上げたままだった野呂君は、重ねていない方の腕で片膝を抱えると、顔を埋めながら呟いた。


「オレの口から詳しい話はできないんだけど、ゆっこさ、友だち関係で色々あって小学生んとき学校こなくなったことがあって」


中学時代はその件を引きずってか、ずいぶん周りから距離をおいて接していたのだという。


「親しくなりすぎないように常に一線ひいてる感じでさ。だから高校入ってすぐに、なっしーと仲良くなったって聞いてホントにビビったんだ。俺たち以外で特定の友達作ると思わなかったってゆーかさ」

「そんな特別な出会い方とかじゃないけど・・」



一見派手に見えるゆっこだけど、顔立ちがはっきりしているだけで派手なメイクはしていないし、髪型も凝ったまとめ方をしてるだけ。スタイルがいいからスカートが短く見えるだけで校則違反になることはしていない。


それでも人目をひくからか、入学式から何日もたってないのに同じ中学らしき子以外からもたくさん話しかけられてた。

人気があるんだな、と思う反面、ゆっこはすごい硬い表情で、不思議に思ってたんだ。


教室で配られた大量のプリントを机から落としまったのを拾ってくれたのが直接話したきっかけだ。


無言でプリントを拾ってくれた指先が、まるでハンドクリームのCMに出てくるみたいなキレイな手で、思わず「ほわ、きれい」って呟いてた。


無言で訝しげに見返されてしまったので、慌てて言い訳するみたいに、色味のあるネイルで飾り立てるわけじゃないのにキレイな艶があって、ラウンド型に整えられている爪が素敵で、見習いたい手入れ方なんだとあわあわと口から溢れた。


だって、自然に見えるのに、すごく手間ひま掛けてキレイにしてるのがわかったから。

自分にはまるで出来る気がしないけど、それでも見習いと思える身だしなみだったから。


「爪が、爪がスッゴクきれいで、あのっ」


テンパって爪、爪って繰り返す私に、ゆっこはポカンとしたあと「なんで爪?」って爆笑してた。




「いい子だいい子だって、しばらくなっしーの話ばっかしてさ。あんまり話題にするから、どんな子なんだろって、オレまで気になっちゃって、んで話しかけたってわけ」

「え!どんな話きいてたの」

「なっしーの自慢ばっかだよ。料理がうまいとか、さりげない気配りがうまいとか」



ゆっこが自分の幼馴染みである野呂君に、自慢するように私の事を話してくれてたなんて。

なんか照れくさいけど、嬉しいな。


「正直最初は大人しい感じってだけで、ゆっこが激推しする意味が全然わかんなったんだけど」


苦笑する野呂君に、私もそりゃそうだと苦笑いを返す。私は特別何かが抜きん出ているわけじゃない。


「たださ、一緒にいるとホッとすんだ。息つけるってゆうか、変にカッコつけなくて済むっていうか。あ、やっぱいいなって」



ふっと、こちらに向けた瞳は、まっすぐに私を射抜くようでドキリとする。

重ねられている手を嫌でも意識する。


「なっしーはオレのコト、まだ友達としか見てないってわかってんだけどさ。ちょっとずつ意識してもらえばいいやって思ってたんだけど、やっぱ無理だわ」

「え、あの」

「なあ、なっしー」



重ねられた手が、きゅ、っと握りかけてくる。



「今はもう、どこがいいのかなんて、挙げたらキリないからいわないけどさ」



まるで私が握り返すのを待つように、また、きゅと握られる。


「オレ、なっしーのこと好きだよ。オレと付き合ってよ」









窓にもたれて電車に揺られながら、にぎにぎと自分の手を握る。


野呂君の手は握り返せなかった。



デートは思いの外すごく楽しかった。けれど、どうしても一定以上の距離を詰められると、怖い、と思ってしまう。


今は友達の延長でいい、とも言われたけど『とりあえず付き合う』に返事することなんて出来なかったし、重ねられた手を振り払うのを我慢してた時点で、恋愛的な関係に発展するのはほぼないと思う。


さすがに怖いんだとは言えず、とりあえずで付き合えないよ、とあやまった私に、何故か野呂君は「やっぱなっしーはそうだよな」とホッとしたように息をついていた。



ピロンとなったスマホをひらくと、ゆっこからメッセージが入っていた。


『雅也、フッたんだって?ヤマト経由で連絡あったんだけど。ウケる』

『なにその連絡網。断ったは断ったんだけど、恋愛対象になるから、頑張るって返された』

『あいつポジティブすぎ!そこが取り柄だけど(笑)』


オレじゃ無理ってんじゃなくて良かった、なんて笑った野呂君は、その後はいつものテンションで、帰りも家まで送るって言うのを、なんとか理由をつけて駅でバイバイしたのだ。


『今以上に頑張られたら困るよ』

『わざわざりこに宣言したあたり、雅也のやつ攻めてくると思うよ?』

『キャパオーバーし過ぎて知恵熱でそう』

『雅也が見舞いに行くとか言うからやめときなね?』


確かに。今までの行動力を考えると押し掛けられそうだとスマホをしまいながら小さく笑っていると、ポンと肩を叩かれて飛び上がった。



「あ、やっぱりりこだった」

「~~~~もうっ!駿兄!!おどかさないで!」


ごめんごめん、なんて、ちっとも悪いとは思っていないのが丸わかりの駿兄は、デート心配してたんだよーと笑う。


「夕方のメッセージになかなか既読つかないしレスまですごい時間かかったしりこのかわいさにくらくらきて悪さしてるんじゃないかとか何かあったのかなって」

「駿兄息継ぎ。それちょっと怖いって」

「夕飯前の時間に帰ってきたのはいいけど、その表情・・・・・・何があったのかな?」

「いや、ホントに怖いってば」



仕事帰りのスーツ姿の駿兄に窓際にじりじり追い詰められていると、ふっと近くの席の女の子達の会話が耳に入った。


『あの人カッコ良くない?』

『付き合ってるのかな?でも女の子釣り合わなくない?』


ヒソヒソとしたそんな会話は、慣れっこな内容だ。


どこにでもいる平凡顔の自分と違って、目の前の兄は、見慣れていたってイイ顔だなと思うのだから。


言われ慣れた会話はいつもはスルーするんだけど、本日お疲れ気味で、駿兄に会ってホッとしてた今の私は、ちょっと意地悪してやりたい気分になった。



「駿兄ぃ・・・・」

「・・ん?」


ぽすっと駿兄に抱きつくと、当然のように私の背中に手を回してくれる。


「珍しいね、りこ。もしかして今日、怖くなったとか?」

「・・・平気。でもちょっと疲れたから。甘えたい気分かな」

「ふふ、役得だなぁ」


蕩けるように微笑むアイドル顔のイケメンは、こんな平凡顔の私に激甘なんだぞ。




近くの席の女の子達の反応をわざわざ確めはしなかったけど、駿兄をつかって憂さ晴らししたバチはちゃんと我が身にふりかかった。


私の背中を抱いていた手は、電車を降りる時になると手に繋ぎ直された。

もういいよとも、実はそこまで甘えたかったわけじゃないんだとも言えず、そのまま手を繋いで満面の笑みの駿兄と家まで帰る羽目になった。


玄関先でバッタリ会ったあっちゃんからの、白けた視線が痛かった。


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